118話 魔王様のラストダンジョン
「アダマント様。キューチャン様とトパーズは、チルサム殿をお連れしてさきほど出発致しました」
宮殿の牢獄から戻った俺の元に、ルビーが報告に来た。
「それから、地下ダンジョンについては引き続きサファイアに任せております。が、トパーズが抜けた分、作業が大幅に遅れてしまいそうとのことでしたので、エメラルドに手伝いをさせております。……少し不安ですが」
うーん。試合会場を作るには土魔法は必須だ。トパーズの土魔法をカバーできるのは、まあエメラルド位だというのは納得なのだが、たしかに不安は感じる。
「そうだな、エメラルドが余計なことしないといいが……。ま、仕方ない。今は二日後に間に合わせること優先だ。サファイアも付いているなら大丈夫だろう」
トパーズの替わりにエメラルドを押し付けられて、怒っているサファイアの様子が容易に思い浮かぶ。が、ここは心を鬼にして押し付けようと思う。他にいい案もないし。スマンな、サファイア。
「それで、ジェムの方はいかがでしたか?」
報告を終えたルビーが今度は俺に質問してくる。
「ああ、問題ない。それから、アイツのことはこれから『ジェム』ではなく『ダイヤモンド』と呼ぶことにした。皆にも伝えてくれ」
俺がルビーにそう指示すると、ルビーはパッと高揚したような顔をして口を開いた。
「あの者に名を与えたのですか!? なるほど。敵対した者でも、軍門に下れば平等に扱うということなのでしょうか? アダマント様……なんという寛大なお心でしょう……やはり王道とは斯くあるべきなのですね!」
「え? あ……ああ、うん。そうあるべきだよな」
なんか知らんが、勝手に感動して早口で捲し立てるルビーに水を差すのも悪い気がして、当たり障りのない返事をする。
って言うか、ぶっちゃけ『カッコいいからその名前に強引に変えました』とはとても口にできないふいんき(←なぜか変換できない)だし。
「よし。それじゃあ、サファイア達のところに行って、会場の下見でもするか!」
俺はあからさまに話を逸らしつつ、ボロが出ない内にルビーを連れて試合会場へと向かうことにした――。
・・・・・・・・・
「こ……これは……」
サファイアたちの作業場に着いた時、俺は思わず絶句してしまった。そして俺の隣には頭を抱えるサファイアが立っていた。
「ちょっと目を離した隙にこうなってたんだ………」
俺たちの目の前にはそれはそれはものすごい巨大なダンジョンの入り口が構築されていた。
高さは300mはあるだろうか? 天井から床まで太い石柱が何本も連なり、まるで太古の神殿の様な佇まいを見せている。
「えーっとね、ここからヤジリカヤ山の中腹までずーっと繋がっててね! 迷わなければ1週間くらいで入口から出口まで行けるよ! 迷ったら二度と出れないかもだけど!! 作るのすっごい楽しかったよ!! あはは!!」
エメラルドのあっけらかんとした声が、凶悪な雰囲気を醸し出す巨大ダンジョンに虚ろに響き渡る。ダンジョンの奥からはその音に驚いたのか、巨大な吸血コウモリが耳障りな羽音と共に大量に飛び出してきた。
『なぜ1日も掛からずに、踏破するのに1週間もかかるダンジョンを作り上げることができるのか?』というそもそもの疑問を持つ事すら疑問に思うほどの気軽さでエメラルドが話すのを聞いて、もはや脱力しかできない。
「た、確かにダンジョンを作れとは言ったが……」
簡単なダンジョンで良かったのに。 そこまで言葉が続かず、俺もサファイアの隣で頭を抱えた。
ダンジョンがメインじゃなくて、試合会場がメインだから!! ダンジョンはエッセンス程度で良かったのに!! これじゃ試合会場にたどり着く前に聖騎士団が行方不明になるわ!!
「それとねー、ヴァナルカンドとかA級の子達をダンジョンの中に入れてあげたの!! みんな喜んで入って行っちゃった!」
「へー……。随分素敵なダンジョンが出来上がっちゃったなぁ……」
俺は遠い目をしながら、エメラルドに生返事をする。
つまり凶悪な魔物が跋扈する巨大なラストダンジョンが出来上がってしまったらしい。ここまできたらダンジョン内に宝箱とかセーブポイントを置いてあげないと申し訳ない気持ちになってくる……。
「エメラルド、肝心の試合会場はどうしたの!?」
呆然としている俺とサファイアに代わって、唯一正気を保っているルビーがエメラルドに確認する。
「もちろん作ったよぉ!! みんなの得意な魔法に併せて、『火』の広間と『水』の広間と『土』の広間と『風』の広間を作ったんだ!! これから案内してあげるよ! すっごいカッコいいんだから!」
エメラルドのその言葉に俺はピクリと反応する。
属性に併せた試合会場だと……!?
……なんだ、そのワクワクする仕様は!!?? くっ! エメラルド……恐ろしい子!!
「よし、エメラルド。すぐに案内しろ」
「はーい!!」
エメラルドの元気な声がダンジョンに響き、また巨大な吸血コウモリたちが飛び出してきた――。




