117話 名前にこだわりたいタイプとこだわらないタイプ
――という訳で、俺は再び地下宮殿の牢獄に来ていた。
「……ようやく俺を殺す気になったのか?」
俺が話し掛ける前に気配を感じたのか、牢獄の奥からジェムの低い声が聞こえた。
俺は無言のまま、ジェムが居る独房の前まで行く。すると牢獄の奥ではジェムがベッドの上に体を起こしこちらを睨んでいた。
この短時間で既に起き上がれるまでに回復していることに俺は若干の驚きを感じる、と同時に自分の考える作戦の懸念が一つ消えたことを確信する。ふふふ……コレならいける!!
「ふむ。お前の死に場所を用意してやろうと思ってな」
ジェムの興味を引くため、ワザと遠回しな言い方で戦いの匂いをチラつかせる。直球で攻めるとこういう手合いは反発してくるからな……。慎重に攻めるのが良いだろう。
「死に場所だと? どういうことだ?」
思った通り、ジェムは少し興味をひかれた様な反応をしてきた。よーし、この調子で食いついてくれるといいのだが……と思いながら、引き続き勿体ぶった言い回しをする。
「いやなに。2日後にヴィータ教団の聖騎士団とちょっとした戦闘をする予定でな」
「ほう、聖騎士団か……」
ジェムは一言だけ発し、俺の言葉の続きを待っているかのように無言になる。
お、これは興味ありそうな素振りじゃないか。俺は内心ニヤリとする。
ジェムが『神』と一緒に行動してたのなら聖騎士団の強さは知っているだろう、と考えた俺の見立ては当たったようだ。帝国内で最強の騎士達と戦える訳だからな、バトルジャンキーが喰いつかない訳がない。
「場合によっては『神』が乗り移れるだけの人間が見つかるかもしれぬとも思ってな。俺が手を下す前にお前も楽しませてやろうかと思ったのだ。ま、嫌なら無理にとは言わんが……」
俺の言葉が最後まで終わらない内に、ジェムが口を開いた。
「もし、『神』の器に足る人間がいたら、そいつは必ず俺に戦わせろ」
流石はバトルジャンキー!! もはや参加すること前提!!
俺は作戦が上手く進行していることに内心ホクホクしながらも、それは表情に出さずに引き続き重い口調で会話を続ける。
「ふむ……良かろう。ただし、それには条件がある。お前は魔王の四天王の一人という役回りで出てもらうぞ」
俺は最後の大勝負を掛ける。
そう、ジェムが四天王に入れば……風の四天王が爆誕するのだ!!!!
俺はドキドキしながらジェムの答えを待つ。するとジェムはあっさりと答えた。
「……ふん。くだらぬ条件だがいいだろう。俺は強者とさえ戦えればそれでいい」
よっしゃあ!!! これで俺の理想の配役は全て揃った!!!! あまりに嬉しすぎて顔がにやけてしまうのを我慢する。 ジェムにくだらねーとディスられた気もするが、まあそれくらい許してやろうと微笑みを浮かべちゃうくらい寛大な気持ちだ。
「ふふ……では、時が来たらまた来る。ジェム、お前は早くダメージを全回復するよう努力せよ」
「ふん。余計なお世話だ。仮に全快でなくとも人間などに遅れは取らぬ」
お、今のやり取り、何かイイ感じじゃん……などと考えながら、俺は地下牢を後にする。が、ふと、もう一つ重要なアイディアを思いついて、足を止める。
俺はその場で少し考え、やはりジェムの独房に戻ることにした。
「ジェム」
俺は牢の前に着くとジェムに呼び掛けた。
「……なんだ? まだ何かあるのか、アダマント」
ジェムが面倒くさそうに返事をしながら、体を起こした。
「ある。重要な案件だ」
俺の真剣な声音が、静かな牢獄内に響いた。ジェムが「なんだ?」と短く聞く。
「『神』にお前の参戦を知られると面倒だからな。お前の名前を変えさせてもらうぞ。お前は今日から『ダイヤモンド』と名乗るがよい」
俺の言葉を聞いて、ジェムは怪訝な顔をして口を開く。
「神に? 名前を変えた程度で隠しきれるものでもなかろう」
ギクッ。コイツ鋭いこと言いやがって。もちろん本当の目的は『神』の目を誤魔化すためではない。
そう! 『ジェム』という名前よりも『ダイヤモンド』という名前の方が、他の四天王とも統一感があってイイカンジからだ!! 分かったかこの野郎!!!!
――と正直に俺の欲望丸出しの理由を伝える訳にもいかないので、俺は殊更難しい顔をして重々しく言った。
「この件については決定事項だ。余計な議論はせぬ。良いな?」
有無を言わせぬ物言いで俺は会話を終わらせる方向へ持っていく。これで更に問い詰められたら、どうしよう。シドロモドロ君になっちゃうかも……。
ドキドキしながら、ジェムを見つめているとジェムは「ハッ」と鼻で笑って答えた。
「まあ、お前の狙いなどどうでもいいし、名にも興味はない。好きなように呼べ」
俺の懸念は杞憂に終わったようだ。ジェム……否、ダイヤモンドが名前にこだわりないタイプで良かった、と心からホッとする。
「ではダイヤモンド。二日後に」
俺は心の高揚を抑えながら、努めて冷静な態度を崩さぬようにそれだけ言って、今度こそ地下牢を後にしたのだった。




