113話 魔王らしい演出を考える魔王
「サファイアとトパーズはどこにいる?」
俺はキューちゃんを連れて廊下に出ると、近くに居た見回りの衛兵に二人の居場所を尋ねる。
「は! お二人は武器庫の方へ向かわれたと思います」
「武器庫か。分かった、ありがとう」
衛兵に礼を言って、そのまま急ぎ足で武器庫へ向かう。すると衛兵の言った通り、二人を武器庫の前で見つけることが出来た。
「サファイア! トパーズ!」
俺の呼び掛けに二人が同時にこちらを向いた。
「アダマント? 何? 厄介事なら引き受けないよ」
俺が急いで近寄ってきたせいか、サファイアがあからさまに嫌そうな顔をして、牽制してくる。
「全然、厄介事なんかじゃないって。ちょっと二人に簡単な頼みごとがあってさ」
「頼み事?」
・・・・・・・
サファイアとトパーズに『頼み事』をした後、俺とキューちゃんは地下宮殿から地上に出る。
辺りはすっかり暗闇に包まれていたが、うっすらとした光が木々の葉につく夜露を煌めかせていた。空を見上げると、薄い雲に覆われた満月が柔らかな光を地上に落としている。
「よーし。じゃあ、とりあえず領事館に出発だ! キューちゃん、すぐに飛べるな?」
「はい、問題ございません。父上」
キューちゃんが、人間の姿からドラコーヌに姿を戻す。夜気を震わせて、巨大なドラコーヌが大きな翼をゆっくりと開いた。
「さあ、どうぞ。お乗りください」
キューちゃんが首を下げて姿勢を低くしてくれたので、そこから背中の上に乗る。
「掴まってください。飛びますよ」
キューちゃんはその言葉の後に大きく翼を数回羽ばたかせた。フワリと重力に逆らう感覚と共に、キューちゃんが空に飛び立つ。
キューちゃんはそのまま高度を上げ、ヤジリカヤ山脈の方へ向かって飛んだ。
ドラコーヌの飛翔能力は非常に高い。飛び立ったばかりだというのにあっという間にヤジリカヤ山脈の尾根を越える。
「領事館の真上まで飛んでいきますか? それとも途中のどこかで降りますか?」
キューちゃんが着陸場所の指示を求めてきた。
「そうだな。領事館の真上まで行ってくれ。せっかくだから魔王っぽく登場しようぜ」
ふふふ……ああ、認めよう。実は、魔王と呼ばれるのがちょっと嬉しかったりしないでもなかったり。せっかくだから今後も魔王らしい演出をしていこうと思ったのだ。ほら、『神』に敵対するのはやっぱり『魔王』の役目だろ?
「はあ……」
キューちゃんはよく分からないのか、曖昧な返事をする。まあ、キューちゃんには分かるまい。これは(元)日本人の男のロマンだからな。な?
「では、このまま領事館へ向かいますね」
キューちゃんはそう言うと、更に飛行速度を上げた。眼下に広がる山や森が、ものすごいスピードで過ぎ去っていく。
月の光で作られたキューちゃんの大きな影が森を通り過ぎるたびに、木々の間で休んでいた鳥たちが驚いて騒ぎ始めるのが見える。
しばらく飛ぶと、すぅっと飛行速度が弱まりキューちゃんが口を開いた。
「もうすぐ到着します」
さすがに早い。
「領事館の上に着いたら、そのまま滞空できるか?」
「はい。承知しました」
俺の依頼にキューちゃんは軽く答える。
そしてそのまま俺達はすぐに領事館の上空に到着した。
バサッ……バサッ……
暗い夜空にキューちゃんが羽ばたく音だけが響き渡る。
領事館を見下ろすと、屋敷の周りには煌々と篝火が焚かれており、よく見ると俺達が出てきた時には無かったテントの様な物がいくつも張られていた。
どうやら、既に例の聖騎士団が到着しているようだ。おそらく屋敷に入りきれない団員達が野営をしているのだろう。
俺は大気中のシフを集めて地上に放ち、野営中の聖騎士達の会話をシフ達に拾わせる。
聖騎士たちが身に着ける鎧の金属音や大勢の人間が行き交う騒めき、食事の準備をする音、野営のテントを張る音、様々な雑多な音に交じって、世間話のように為される会話が耳に入ってくる。
「明日にはここを出発してヤジリカヤ山に向かうんだろ?」
「ああ、今度は魔物狩りだとさ」
「我々、栄誉ある聖騎士団が魔石ハンターのような仕事をやらされるとはな。魔物など我らの敵ではないのに」
「しかし今回は魔石を集めに行く訳ではないぞ。チルサム総領事の救出が我々の任務だからな。ただ魔物を倒せばいいという話でもないぞ」
「ああ、それにチルサム総領事を攫った『魔王』という奴が曲者だ。魔物達の親玉なのだろうが……シャルマーニ様の攻撃を防いだという噂を聞いたが」
「なんだと? はっ。そりゃあお前、ガセネタだよ。そんなことある訳がない。どうせ反教団派の奴らが流した誤情報だろう」
「まあ、その可能性が高いとは思うが……。しかし実際にチルサム総領事は行方不明になっているからな。そのせいでバンドルベル家は大騒ぎになっているらしい」
「ああ。それは私も聞いた。それにしても今回の件で、我々が無事にチルサム総領事を救い出せばバンドルベル西境伯も教団派に入らざるを得なくなるだろうな」
「バンドルベル家が教団派になれば、必然的に魔石組合もこちら側に入るだろう。そうなれば一気に反教団派をひっくり返すこともできるな」
「それが今回の遠征の狙いな訳だ。教皇もバンドルベル家に恩を売るためにわざわざ大規模に聖騎士団を呼び寄せたのだろう」
「まあな。団長に副団長、全師団長まで召集されるなんて、国家間の戦争レベルの布陣だし。ただの魔物狩りにしては豪華すぎるぜ」
「まったくだな。ま、政治的な駆け引きだと思えば納得だ」
至る所で話されている聖騎士たちの会話を聞いて、やはり教団が俺達を攻めようとしていることは間違いないと確信する。
「さてと、どうやって試合の申し込みをしよーかな」
このまま降下して、『愚かな人間どもよ!』の決め台詞と共にキューちゃんの上から皆に呼び掛ける――ってのも、魔王っぽくてカッコいいが。……いや、混乱しちゃって試合の申し込みどころじゃなくなるか。
雷を落として一発脅してから呼び掛けるとかも、それっぽくていいかな? いやいや、それで領事館の周りの草原が火事にでもなったらそれこそ混乱しちゃうか。
「……普通に教皇に直接話すのが良いのでは?」
考え込む俺を見て、キューちゃんが至極真っ当な意見を述べる。
「えー。それじゃ魔王っぽくないじゃんか」
「……あの。父上、不勉強で申し訳ないのですが、先ほどから仰っている『魔王っぽく』と言うのはどういう行動のことなのかご教示いただけますでしょうか」
キューちゃんが真面目に聞いてくるので、俺も真面目に答える。
「そうだな。人間達を恐れさせつつ、しかしどこか威厳のある感じにしないとダメなんだよ。こう、なんか、思わず跪いてしまうような? 悪でありながらもどことなく神性を感じるっていうイメージかな」
「なるほど……奥深いですね」
俺のくだらないコダワリを聞いて、しかし真面目なキューちゃんは神妙に頷いて考え込む。
領事館のはるか上空をグルグルと旋回しながら、しばらく二人で魔王らしい試合の申し込み方を考える。
最初に口を開いたのはキューちゃんだった。
「わかりました、父上。どちらにしても試合を申し込むのであれば、やはり教皇に直接話すのが良いかと思います。ですので、周りの人間達に畏怖を与えつつ、教皇と面会すればよいのです」
「ほほう、詳しく聞こうか」
「はい。まずは、私の特技『麻痺の眼光』を使い、領事館周辺に居る聖騎士達を意識のあるまま麻痺させます。動けないのに意識がある状況というのは人間にとっては非常に恐ろしい経験になるかと思います。そして更に、動けない中で魔王とドラコーヌが自分達の脇を通り抜け、悠然と屋敷に入っていき、聖騎士たちが守らなければならない教皇の居る部屋に入っていったらどれほどの恐怖と絶望を受けるでしょうか!」
「よし、採用!」
俺達の作戦は決まった。割とあっさりと。




