111話 懐かしい味
エメラルドがルビーにコッテリと怒られている間、広場では兵士たちはいつも通りの訓練に戻り、俺達はルビーの怒りの矛先がこちらにきては堪らないので、エメラルドを生贄に捧げ、そそくさと神殿に戻った。
「父上、おかえりなさいませ。チルサム殿のお食事をご用意いたしましたがいかがいたしますか?」
先に神殿に戻っていたキューちゃんが、俺達に併せて人間の姿になって神殿の入り口で出迎えてくれた。
実はチルサムを連れてきた後、この魔石の町には人間の食事が無いことにいち早く気付いたキューちゃんが、ヤジリカヤを飛び越えて人間の町まで食料を買い出しに行って来てくれたのだ。
さすが伝説のドラコーヌは人間についてもよく知っている。この世界の人間に関する知識は俺達魔石の誰よりもキューちゃんが詳しいのだ。その知識にこれまでも何度助けられたことか。
「おお。キューちゃん、助かったぜ、ありがとな」
「お役に立てて、何よりです」
礼を言うとキューちゃんは嬉しそうに笑った。
「じゃ、チルサム。さっきの話の続きは食事しながらにするか」
俺が促すとチルサムが目を瞬かせつつ、遠慮がちに「……はい、ありがとうございます」と答えた。
俺達はそのままキューちゃんの案内で宮殿の奥に入っていく。
「スゴイ…」
キューちゃんに案内されて神殿の奥にある部屋に入った瞬間、チルサムが呟いた。それもそのはず、部屋の中央のテーブルにはこれからパーティが始まるかの様なご馳走が並んでいたのだった。
「記憶を頼りに準備してみましたが、この様な感じで宜しかったでしょうか?」
キューちゃんがやや不安げな面持ちでチルサムに確認する。
「……ええっと。そうですね、むしろ豪華すぎてビックリしました」
チルサムが戸惑いながら答える。そりゃそうだ。俺が学院に通っていた時にもこんなに豪華な料理は見たことがない。一人で食い切れないだろ、コレ。
「なんと、そうなのですか? 人間が私に捧げ物を持ってくる時にはいつもこのような感じだったので、これが普通なのかと思っていました!!」
……いや、キューちゃんに捧げ物って、多分神様への供物みたいなもんだよな。そりゃ、豪華にもなるわ。前言撤回、やっぱ人間の『日常生活』についてはキューちゃんよりも俺の方が詳しいわ。
「ま、とりあえず遠慮せずに食えよ。腹減ってんだろ?」
俺はチルサムに声を掛けつつドカッと椅子に座る。そのままグラスを手に取り手近にあった壺から赤い液体を注ぎ入れ、一口飲んだ。久しぶりに飲み物を口にしたが、その液体はとても懐かしい味がした。
「お、これカナンじゃん」
俺がそう呟くと、チルサムが驚いた様に口を開いた。
「魔王様はカナンをご存知なのですか? ヤジリカヤ地区でしか生産できない希少な名産品なのですが……」
「ん、まあな。学院にいた頃、トルティッサに貰ったんだよ。美味いよな、コレ」
俺がニッと笑って答えるのを聞いてチルサムが目を輝かせた。
「ハイ! 私も大好きです!……そうですか……父上が……」
「さ、チルサム殿もどうぞ」
キューちゃんがグラスにカナンを注いで、チルサムに渡す。
「あ、ありがとうございます」
チルサムはカナンを受け取ってキューちゃんにお礼を言う。今の会話でチルサムから感じられていた硬い雰囲気が和らぎ、警戒心の様なものがかなり薄まったように思えた。
取り立てて計算してやったわけではなかったが、ちょうど良いタイミングなのでこのままチルサムに全て話してしまうことにする。
「……でだ。さっき話していた敵についてなんだが、ハッキリ言うとヴィータ教の『神』、『デトリ』って名前だっけ? そいつが俺の敵なんだよな、たぶん」
「え!? ヴィータ教のデトリ神が……ですか? 」
チルサムが信じられないと言った顔で俺を見つめる。ま、そうだよな~、いきなりそんなこと言われても「そうですか」とはならないよなぁ。
「おー、洞窟で襲ってきた奴がいただろ? アイツの証言からすると十中八九間違いないかなと……で、そもそもそのヴィータ教ってのが一体なんなのか、どういう組織なのかをお前に聞きたいと思ってな」
「な、なるほど……」
「もちろん、さっきも言った通りお前が答えられないって言うんなら、無理には聞かないが」
俺の言葉を聞いて、チルサムは少し考える。しかし、すぐに顔を上げると俺を真っ直ぐに見つめて答えた。
「いえ。問題無いです。私が知っていることは全てお答えしましょう」




