107話 視察
開始の合図と同時に、一瞬にして赤髪の魔石兵が剣を水平に構えてトパーズの懐に入り込んだ。
と、思ったのも束の間、トパーズがバックステップで素早く魔石兵の突きを躱しつつ、左手を振り上げる動きをする。
その瞬間、地面が盛り上がり複数の尖った岩が槍衾のように、魔石兵に襲い掛かった。しかし魔石兵はくるりと身を翻すと、躱した岩の槍の一つを蹴ってバラバラに砕いた。
砕かれた岩石は地面に落ちる前に、フワッと動きを止めたかと思うと、今度は一斉にトパーズに向けて弾丸のように向かっていった。
トパーズは少し虚を突かれた顔をしたかと思ったが、すぐにニヤリと笑って右手に持った剣を横薙ぎに払い、向かってきた岩石を全て叩き落とした。
ほんの数秒間で交わされた激しい応酬に、皆言葉を奪われる。しかし、すぐに広場はドッと歓声に包まれた。
「へえ、トパーズもあの赤髪の魔石兵もやるじゃないか」
俺が素直に感想を述べると、ルビーが嬉しそうに笑って答えた。
「お褒め頂き光栄です! あの魔石兵はスピネルですね。日頃の訓練の成果です」
「ああ、スピネルか」
その名前は覚えている。確か、90番目くらいに見つけた魔石だ。ルビーによく似た赤い魔石だったと記憶している。
「あーあ。見てよ。トパーズが本気になっちゃったよ? 周りの奴らも巻き込まれちゃうかも」
ため息交じりのサファイアの言葉が聞こえたと思ったら、広場に甲高い金属音が響き渡った。
音がした方に目を向けると、いつの間にかトパーズとスピネルが鍔迫り合いになっていた。
「お前、強いな! もっと本気でやれ! 俺も本気でやるからさ!」
トパーズの誘いにスピネルは困ったように、チラリと隊長へ目線を送った。隊長はスピネルのアイコンタクトを受けて、軽く頷く。
するとトパーズとスピネルを中心とした半径10m程の範囲に半円の結界が作られた。
「隊長の許可が出ました。結界内でなら本気を出します」
スピネルはそう言うと、トパーズの攻撃を弾き返し、剣を構え直した。トパーズが嬉しそうに口を開く。
「そう来なくちゃな。久しぶりに楽しい戦いになりそうじゃん」
エメラルドの隣で戦いの様子を見ていたチルサムが「信じられない……」と呟いた。
「魔石同士の戦いはここまで激しいのか? これでは人間の上位の騎士でも敵わないかもしれない」
チルサムの言葉に、エメラルドが無邪気に答える。
「トパーズは魔石の中でも結構強いんだよ! けどあの赤い子も結構強いよねぇ? あ、でもでも、私はもっと強いんだよ! スゴイでしょ!? 後でチルサムにも見せてあげるね!」
エメラルドの自分強い自慢にチルサムはまさか、と思いながら答える。
「はは、それは楽しみだな! 後で君がどれだけ強いかじっくり拝見させてもらおうじゃないか、エメ。なんなら僕と戦ってみるかい?」
「むむ。チルサム、エメが強いの信じてないでしょう? むむむ。いいもん、後でトパーズやっつけて見せるんだから」
エメラルドは頬を膨らませて、チルサムに突っかかる。
「こら、仲間をやっつけてどーすんだよ」
途中からエメラルドとチルサムの会話が聞こえた俺は、鼻息も荒くトパーズやっつける宣言をするエメラルドの頭をコツンと小突いた。
「あ! アダマント様! 盗み聞き良くない!」
「お前がでけー声で喋ってたんだろーが」
「むう~」
エメラルドがジトッと俺を見てくるが、俺はその視線を無視してチルサムに話し掛けた。
「俺としては、魔石兵と人間の騎士が戦うような事態にはしたくないんだよなぁ。なあ、チルサム……総領事だっけ? あんたもそう思わないか?」
チルサムは俺がやってきたことに気付くと、慌てて立ち上がり丁寧にお辞儀をした。
「ま、魔王殿。この度は勝手にこの国に付いて来てしまった私をお許しいただき、感謝いたします」
チルサムは俺を魔王と呼ぶことがすっかり定着しているみたいだ。苦笑いしながら俺はその場にどっかり腰を下ろす。
「ま、そんなに畏まんなくたっていいぞ。あんたは客人だ。俺達はあんたを招待したんだ……連れ去ったわけじゃなく、な」
俺がそう言ってニヤッと笑うと、チルサムもハッとした顔をして頷き、俺の隣に腰を下ろした。
「この度はご招待いただきありがとうございます。私も我々人間と魔石の皆さんとが争いになるのは避けたいと考えております。その為にはせっかくいただいたこの機会にしっかりと状況を見極めて参りたいと思います」
チルサムが大人びた表情で、俺の問いに答える。ああ、どうやらコイツはお飾りの総領事として派遣されている訳でもなかったらしい、と俺は認識を改める。と、同時に疑問が浮かぶ。
「で、なんでトパーズについてきちゃったんだ? あんただって総領事として大事な役割があるんだろう?」
俺が訊ねると、チルサムは少し俯いて話し始めた。
「実は……自分の生き方を迷い始めておりまして……」
「は?」
なぜかそこから俺は人生相談を受ける羽目になってしまったのだった――。




