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挿話 総領事誘拐事件

 

「ええい! チルサム様はまだ見つからぬか!?」


 広い領事館に、副領事の声が響く。


「申し訳ございません! 周辺もくまなく探しましたが、総領事の姿はどこにも……」


 領事館の警備を担う衛兵長が、青い顔で報告をする。


 侵入者とあの子供たちが逃走した後、チルサムの姿も見えなくなり総領事館は大騒ぎになっていた。


 あれから数時間、屋敷の人員も総出で捜索に当たったが、チルサムの姿はどこにも無かった。


「……やはり、子供たちと共にあの魔石の王に攫われたのだろう。魔石の王が逃げる直前まで総領事は確かにあの部屋にいたからな」


 シャルマーニが冷たい声音で言い放つ。上座に座る教皇ルルリナも硬い表情で頷いた。


「ま、まさか……そんな……。ああ、トルティッサ様になんとご報告したら良いのか……」


 副領事が首を振りながら、頭を抱える。


 その時、彼らが集まっている応接間の扉が強くノックされ、一人の衛兵が飛び込むように入ってきた。


「ご報告いたします! 例の洞窟についてなのですが、先ほどの大きな地震により崩落した模様です!! 探索に入った5名が行方不明、周辺の警戒をしていたもの3名が重軽傷を負いました」


「洞窟とはなんだ?」


 ルルリナがピクリと眉を動かし、副領事に尋ねる。


「は、はい。猊下。チルサム総領事が子供たちを発見した場所の付近に洞窟がございまして、子供たちはその洞窟の中からやってきたと言っていたのです。ですので、そちらにも捜索隊を出したのですが……」


「なるほど。ではその先に魔石達の巣がある可能性が高い訳だな?」


 副領事の報告にルルリナが険しい顔で確認する。


「……はい、そう考えております」


 ルルリナの強い視線を受けて、副領事は恐る恐る答える。


 副領事の答えを聞いてルルリナは頷くと、しばし黙考するように目を閉じた。ルルリナの厳しい表情にその場にいる者達は誰も口を開くことが出来ず、応接間は水を打ったように静まり返った。


 長い沈黙の後、ルルリナは決意したように目を開くと、決然とした声でそれぞれに指示を出した。


「シャルマーニ! 早急に教団本部に連絡をして、聖騎士団を呼び寄せなさい。チルサム総領事を救出するため、魔石の巣を攻めます!!」


「はっ! 承知いたしました!」


 シャルマーニは敬礼をすると、素早く行動に移った。


「せ、聖騎士団……」


 副領事はその言葉を聞いて、ごくりと喉を鳴らす。


 聖騎士団とは教団の教義に絶対服従の私設兵団である。信仰心と結びついた狂信的な戦闘集団として、近年では個別の戦闘力としては帝国軍の騎士よりも高いとも言われるようになっており、周辺国に非常に恐れられる存在となっていた。


「……副領事殿、貴方はバンドルベルの本家に今の状況の報告を入れなさい。それと併せて、『チルサム総領事は我らヴィーダ教団が必ず無事に救出する』と私が言っているということを伝えなさい」


「は、はい! ありがとうございます!」


 副領事はルルリナに深く頭を下げると、急いで応接間から退出していった。


「ふう……」


 応接間から全員退出した後、一人残ったルルリナはため息をつき、手を組んで祈る様に目を閉じる。


「……主よ。これで宜しいでしょうか」


 静かな応接間に、ルルリナの呟き声が溶けていった――。







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