103話 危険な観戦席
視点が変わります
「アイツ、何者なんだ? アダマントといい勝負してるぞ? 信じらんねー」
トパーズが、アダマントとジェムの戦いを見ながら呟いた。
「さっき、アダマントがあいつのことを『ジェム・ゾイダート』と呼んでいた。それに僕の事を『夜の雫』と呼んでいたし……。以前ルビーに聞いたことがあるのだが、恐らく『神』と一緒に行動していたという謎の魔石だろう」
サファイアも二人の戦闘を目で追いながら、トパーズの呟きに答える。
「謎の魔石ってどういうことだ?」
トパーズがさらに質問する。
「『神』と一緒に行動していた魔石は、アダマントによる『人化の儀』をせずに、人の姿を手に入れたようなんだ。つまり、元がどんな魔石なのか誰も知らないってこと」
サファイアの言葉に、トパーズが首を傾げて尋ねる
「ふーん。じゃあ、『人化の儀』をしないで人の姿になれたのは、他には誰が居るんだ?? ルビーとかもそうなのか?」
「いや。僕が聞いている限りでは、自力で人化したのはアダマントとあのジェムってヤツだけだ」
サファイアの言葉を聞いて、トパーズはようやくその重大さに気付く。
「え? うそだろ。 あんなにたくさんの人化した魔石が居るのに、自力で人化したのは2人だけなのか? ってか、あの人数を全部アダマントが人化させたのか?」
「まぁ、そういう事だね。一見そうは見えないかもだけど、アダマントの力ははっきり言って僕達とは別格だよ。……一見そうは見えないけどね」
サファイアは不本意そうなため息をつきながら、トパーズの質問に答える。『一見そうは見えない』を二回言ったところにサファイアの不本意さが滲み出る。
「マジかよ……。ってことは、もしかするとあのジェム・ゾイダートとかいう奴もアダマントレベルで強いってことか? 戦ってみてどうだった?」
そう言いながら、トパーズはサファイアの体についた新しい傷に目を移す。
「さあ、どうかな? アダマントと本気で戦ったことないから分からないけど。まあ、僕の体にこんなに深手を負わせるくらいだから、ジェムって奴も相当強いだろうね」
「サファイア、大丈夫~? 魔石に戻っちゃう?」
エメラルドが心配そうにサファイアの傷を見つめる。
「お前に心配されるほどやられてないよ。いいからお前は洞窟の維持に集中しろ」
相変わらずの塩対応でサファイアは答える。
「いや、でも実際けっこうヤバいって。いつまでも抑えきれないっつーの、コレ」
トパーズの言葉通り、明らかに洞窟は徐々に崩れかけてきていた。
「えー? まだ大丈夫でしょー? ガンバローね? ノムちゃん達!」
こんな状況でもエメラルドはあっけらかんと笑っている。
トパーズとエメラルドのやり取りを溜息混じりにチラ見したサファイアはその時初めて、二人の足元に小さな少年が座り込んでいることに気が付いた。
「……おい。そこに座ってる奴は誰なんだ?」
ふいにサファイアに指摘された人物はビクッと肩を震わせた。
「チルサムだよぉ?」
エメラルドの回答を無視してサファイアはトパーズに視線を向ける。
「……こいつ、人間か? なぜここに人間がるんだ? どういう事だ、トパーズ?」
「えっと……。こいつは俺達の恩人で、友達になったんだ。一緒に来たいって言うから連れてきた」
トパーズは言葉を選んでサファイアに報告する。自分がアダマントの目を盗んで、こっそりと連れてきたのだということは、言わない。
「連れてきた?」
サファイアは混乱する。
(人間との接触はアダマントが禁じたはずだが……。しかし、ここに居るという事はアダマントが一緒に連れてきたってことだよな? どういう事だ? 何か事情があるのか?)
「チルサムは偉いんだよ! 人間のソウリョウジなの!」
エメラルドがなぜか得意げにチルサムの紹介をする。そしてそれを聞いたサファイアはまた考え込む。
(総領事? この子供が? ……いや、しかし実際に良い身なりはしているようだ。アダマントも何か思惑があって連れてきたのか……?)
サファイアの考えがまとまる前に、アダマントの大きな声が聞こえた。
「くっそ、めんどくせー戦いは終わりだ!! 覚悟しやがれ!!! ジェム!!!!!」
思考を中断されたサファイアは、アダマントの様子を見て頭を抱える。
「はぁ。アダマントのやつ、完全に頭に血が上ってるよ。勘弁してよ……」
サファイアがそう呟いた直後、洞窟が大きく揺れ始めた。
「トパーズ! エメラルド! アダマントが魔力を解放するぞ!! 洞窟の維持はもう無理だ! 全力でその人間を守ることに集中しろ!!」
サファイアが大きな声で二人に指示を出す。よく分からないが、アダマントが連れてきたのなら、ここでその人間を死なせるのはマズい。
直後に低い地鳴りのような音が聞こえ始め、本格的に洞窟が崩れ始めた。洞窟内では土の精霊がアダマントにどんどんと吸い寄せられていくようだった。
「うわーん。ノムちゃん達が持っていかれる~!」
エメラルドが珍しく泣き言を口にする。
「なんなんだ? これ? アダマントは何する気なんだ?」
トパーズが焦りながら周囲を見回すと、そこにはノムだけでなく、どこかともなく現れた火の精霊達もアダマントに吸い寄せられるように集まってきた。
洞窟の揺れが更に激しくなり、地鳴りも段々と大きくなってくる。サファイアの氷で守られていない範囲では既に洞窟の崩落が始まっていた。
「死ね!!! ジェム!!!」
一際大きなアダマントの声が洞窟内に響いた瞬間、爆発音とともに地面に巨大な亀裂が入った。一瞬で亀裂は大きく広がり、その奥からは轟音を立てて大量のマグマが噴き出してきた。
そしてその場に居た者は全員、一瞬にして全てマグマに飲み込まれていったのだった――。




