99話 旧知
気取った笑みを浮かべて扉の前に立っていた少年は見事にトルティッサに瓜二つであった。
「お相手をしていた客人が中々離してくれなくて……いや、美しいレディ達をお待たせしてしまったことには変わりない。言い訳はしますまい。大変申し訳なかった」
ペラペラと軽薄そうな言葉を口にするトルティッサ……じゃなくて、チルサムの姿になんだか目頭が熱くなる。
――うわぁ! この感じ、すっげー懐かしい!
通常ならイラつく話し方なのだろうが、トルティッサで免疫が付いている俺にとっては、むしろノスタルジーを掻き立てるモノであった。……随分毒されたもんだ。
「チッ」
その時、シフが誰かの舌打ちの音を拾った。――案の定、少女騎士シャルマーニがイラついた様にチルサムを睨みつけている。何か言いたそうだったが、その前に教皇が口を開いた。
「ふふ……チルサム総領事ですね。若い頃の御父上にそっくりだわ」
チルサムは教皇の方を向いて、意外そうに口を開いた。
「父の若い頃をご存じなのですか?」
「ええ、帝国学院の同級生よ」
なんですと!?
この時、俺ははじめて女教皇の姿をマジマジと見た。
そして見た瞬間に、すぐに彼女が誰なのかが分かった。
――ルルリナ・シュパナテイク!
その姿は、当然学生の時に比べて年は取っていたが、あの頃には無かった色気が出ているようだった。そんなルルリナの姿を観察しつつ、俺は学生の頃の記憶を引っ張り出す。
そう言えば、シュパナテイク家はなんとかっていう教団の宗家だったな。レルワナが継ぐと思っていたが、結局ルルリナが継いだってことなのか?
学院に居た『レルワナ副会長』は恐らく『神』に精神を乗っ取られていた。俺との戦いでその体から『神』は出て行ったようだったが、その後レルワナ本人はどうなったのであろうか。
今、ルルリナが教団の教皇になっているという事は、レルワナはあまり良い状況では無いと考えられるが……。最悪、死んでいる可能性もあるだろう。
『神』が体から抜けた後、力なく倒れたレルワナの最後の姿を思い起こす。レルワナは『神』に使い捨てにされたのかもしれない……。何とも言えない苦い思いが胸に広がる。
恐らくシュパナテイク家の教団は、『神』に関わるものなのだろうと推測される。と、いう事はルルリナも何らかの形で『神』と繋がっているのかもしれない。
さっき話に出ていた<夢のお告げ>って奴も、俄然『神』のヤロウが関わっている可能性が高くなったな。ってか、絶対関わってるわ。99.999999%くらいの確率で。
そんなことを思いつつ、俺はそっと窓から体を離して、その場から素早く離れた。
――思っていたよりも事態は深刻かもしれない。
俺達の存在と住処が、人間に伝わってしまった。しかも伝わった先が『神』にかかわりが深そうな教団だ。
俺達の存在を見つけて、『神』が何もしてこないとは思えない。
『とにかく君は僕の領域に入り過ぎたんだよ。後悔したって許してあげないからね。人間に壊されるまでせいぜい魔石仲間と馴れ合ってるといいよ。じゃあね』
レルワナの体から出て行く直前の『神』の言葉を思い出す。
「……急いで、エメラルドとトパーズを探さないと」
二人はこの屋敷のどこかの部屋に居るはずだ。仕方ない、少し危険だが屋敷に侵入しよう。
俺はぐるりと屋敷の裏手に回り込み、勝手口の様な場所の近くに身を潜める。思惑通り、その勝手口から頻繁に使用人らしき人々が出入りをしていた。
俺は何人目かに出てきた自分と背格好の似ている男に狙いを定め、静かに後ろから近づき、首筋に手刀を落とす。
男は悲鳴を上げる間もなく、どさりと地面に崩れ落ちた。
俺は倒れた男を大きな木の根元まで運び、使用人服を脱がせた。そして、そのまま男に猿轡と目隠しをして、土の魔法で伸ばした植物の蔓で手足を縛りあげる。これでもしすぐに目を覚ましても、しばらくは時間を稼げるだろう。
俺は男から奪った使用人服を素早く着込み、さきほどの勝手口から屋敷の中へ侵入したのだった。




