11話 真夜中の事件
――俺が村に来てから数年経った、と思う。
随分言葉も理解できるようになったし、村人たちの顔や名前もほとんど分かるようになったし、デュオルとリムシュもちょっとオッサンになってきた。
最近は、俺を拝むと体調が良くなるとか傷の直りが早くなるとか、胡散臭い噂が近隣の村々にまで広がって参拝者が後を絶たず、スピリチュアルなパワーストーン的扱いでますます祭壇はゴージャスに飾り付けられるようになっていた。
そんな感じでまあ、大勢の人が俺の参拝に押し掛けてくるようになり、村はその観光収益で随分と潤っていたようだが、俺自身の生活としては相変わらず暇なことに変わりなかった。
しかし、そんな暇を持て余したある日の夜にとある事件が起こった。
それは村の皆が寝静まった深夜のことであった。俺はもちろん寝る必要がないから、一人でぼーっとしていた。
ま、それはいつものことなのだが、そんな時ふと“カタン……”という小さな音が聞こえた気がしたのだ。
はじめはネズミか何かかと思った。
しかしその後、床下からゴソゴソとネズミよりも大きな何かが動く音がしたのだ。
……なんだ?
“パキッ”と木が割れるような軽い音がして、俺の目の前の床に穴が開いた。
!!?
驚く俺の目の前で床から這い出てきたのは、小汚い恰好をした子供だった。俺も初めて見る顔だから、おそらくこの村の者ではないだろう。
見張りの目を盗むために床下から侵入したってことか?
一応こんな平和な村でも、俺が安置されているこの集会所の表の入り口には、見張りが立っている。もちろん宝物である俺を守るためだ。
宝物の置いてある場所に夜中に床下から侵入する小汚い子供……。これはいかに?
こなれた体の使い方を見るに、この子供が床下から建物内へ侵入するのは初めてのことでは無いらしい。むしろかなり慣れている様子だ。
……ひょっとして、ひょっとするとこのガキ、ドロボーか?
汚いガキんちょは、年齢不相応な冷めた目つきで少し辺りを見回し、俺を見つけて口の端を上げた。
ガキは俺の近くに忍び足で近づくとおもむろに俺に手を掛けて、持ち上げようとする。――が、俺が重くて持ち上げられないようだ。
けけっ。バーカ、お前みたいなガキに運べるわけないだろ。
「!!」
がきんちょが驚いた様に手を引っ込めて、辺りを見回した。
ん? なんだ、今の反応……?
「……誰だ?」
がきんちょがその冷たい目に少し動揺の色を浮かべて呟くと、もう一度俺を見る。
あれ? ……もしかして?
がきんちょは意を決したように、もう一度俺に手を伸ばす。がきんちょの手が俺に触れたタイミングで俺は明確にがきんちょに向かって話し掛ける。
『おい、お前。俺の声が……』
がきんちょがガバッと俺から体を離し、再び俺を見つめる。その目からは、先ほどまでの冷たさは消え去り、少し怯えの色が浮かんでいた。
やっぱり、そうだ。コイツ、俺の声が聞こえている!!
だけどどうやら俺に直接触らないと声は聞こえないみたいだ。
おい! そこのガキ聞こえるか?
試しに呼び掛けてみるが、やはり触っているときに見られるような反応は無い。
デュオルやリムシュは俺に触れていても、俺の声は聞こえないようだった。 このガキだけに聞こえるってことなのか?
よく分からんがとにかくこのガキを逃がしたらダメだ。光ってみようかとも思ったが、余計に驚かせて逃げられては困る。
俺は一瞬にして色々と考えたが、出来ることは一つだった。
もう一度、がきんちょが触ってくれるのを待つ……これだけだ。
そしてがきんちょは俺が思っていた以上に勇敢だった。――なんと俺に小声で話し掛けてきたのだ。
「……なぁ、今、しゃべったのはお前なのか?」
俺はここぞとばかりに体を光らせる。「そう、そう」と相槌を打つように2回明滅する。
「!!」
がきんちょはまた驚いたような顔をしたが、ゆっくりと俺に近づいてきた。
「触ると話せるのか?」
お、理解の早いガキじゃん。俺はまた2回明滅する。そーそーってね。
がきんちょは恐る恐る俺に手を伸ばす。
『おい、そのまま手を離すなよ。お前と話したいんだ』
がきんちょの手が俺に触れた瞬間、俺はがきんちょに釘を刺す。とにかくこのガキとじっくり話をしたい。
がきんちょはやや怯えたような顔をしつつもこっくりと頷く。
『よし、いい子だ。――お前、名前は?』
いつまでもがきんちょ呼びするのもアレだから、一応名前を聞いておく。
「……シャル」
『そーか、シャルって言うのか。で、シャルはどうしてここに来たんだ?』
「……アンタのことは何て呼べばいいんだ?」
シャルは俺の質問には答えず、唐突に俺の名前を聞いてきた。
しかし、俺はついにこの瞬間が来たか――とほくそ笑む。
うむ、問われれば答えよう……
『俺? ふふん、よくぞ聞いてくれた。俺の名前は“アダマント”だ!』




