97話 領事館へ
「許可証が無ければお通しできません」
領事館の門番はロボットの様にそれしか言わなかった。
「許可証? なんだよ許可証って? 迷子探しだって言ってんだろ。許可証なんてあるかよ!?」
「許可証が無ければお通しできません」
「ちっ」
話にならん。……強引に押し入るか? イヤイヤ、もしアイツらが本当にココの領事館に保護してもらっていたら、俺はとんでもない悪党になっちまう。
仕方ねー。出直すか……。
俺はスゴスゴと元来た道を戻っていった。町から領事館へは一本道だから迷うことは無いが足取りは重い。
「しっかし、許可証なんてどこで貰うんだ? それくらい教えてくれたっていいだろーがよ、あの門番」
俺が本日二度目のブツクサを言いながら歩いていると、街の方から馬車が走ってくるのが見えた。この道を走っているという事は領事館に用事があるってことか――。
「お、イイコト思い付いた!」
俺は素早く街路樹に上り、張り出した枝に座って馬車が近付くのを待つ。そして馬車が木の下を通り過ぎる瞬間に、飛び降りて馬車の屋根に着地する。
「うお、結構揺れるな」
俺は体勢を低くして馬車の屋根のふちに掴まる。よっし。このままこの馬車と一緒に領事館に侵入しちまおう。
馬車はあっという間に、俺がすごすごと引き返した門の前に到着した。この馬車の持ち主は許可証とやらを持っているらしく、すんなりと門が開き、すんなりと馬車は領事館内に入っていく。
門番たちは俺が馬車の屋根の上に隠れているとは気付きもしなかった。作戦成功だ。
馬車は門を抜けてしばらく走り続ける。随分広い敷地のようだ。やがて、大きな屋敷の前に到着すると玄関の前でピタリと止まった。
「ようこそお越しくださいました、猊下。」
馬車の扉が開くと、ピシッとした服装に身を包んだ男性が挨拶をした。それを合図にして玄関の前で待機していた出迎えの者たちが、一斉に頭を下げる様子が見えた。
おお、どうやら結構偉いヤツがこの馬車に乗っているらしい。
俺は息を殺しつつ、見つからない様に馬車の屋根の上にへばり付いたまま待機する。同時にガチャガチャと金属音がして誰かが馬車を下りるのが、馬車の傾きで分かった。
「猊下。どうぞお手を」
鈴を転がしたような少女のような声がしたかと思うと、再度馬車が傾き、もう一人馬車から下りたのが分かった。
「本日はこのような辺境の地までご足労戴き、誠にありがとうございます」
またさっきの男が猊下とやらに感謝の言葉を述べる。
「ふむ。其方がこちらの総領事か?」
先ほどの少女の声よりも年齢が上と思われる女性の声が聞こえた。猊下と呼ばれているから、なんとなく爺だと思っていた俺はちょっと意表を突かれた。
「いえ。わたくしは副領事でございます。すぐに総領事の許へご案内させていただきます」
「ふむ。そうか、では早う案内せい」
「承知いたしました」
男と猊下と呼ばれる女性のやり取りが一段落すると、先ほどの少女の声が聞こえた。
「猊下。私は馬車を清掃して参ります」
「ほう……。宜しい。行ってきなさい」
その言葉を合図に馬車がまた少し傾いたかと思うと、すぐにガタガタと揺れ始めた。俺は何となく最後の二人の会話が気になった。
馬車の清掃って言ったよな? 清掃ったって御者が居るんだから、御者に任せればいいんじゃねーか? あの猊下って人も「ほう……」とか、意外そうな声を出していたし。
あれ? 『清掃』って、もしかして馬車に引っ付いた不審者を始末するとか、そういう類の隠語だったりして……。
と、俺が思い至った瞬間、馬車の内部から屋根に向けて剣が突き立てられた――。俺は間一髪で飛び上がって、近場にあった木の枝に掴まりすぐにその太い幹に隠れた。
隠れながら、ふと視線を落とすと腹の辺りの服がパックリと切れていることに気付く。おおう、全然間一髪じゃなかったわ。ガッツリ剣が掠っているじゃねーか。あぶねー。
まあ剣が刺さった所でむしろ剣が折れるだけだろうと思いつつ、念のため切られた服を捲り上げてみて目を瞠る。信じられないことに俺の腹に傷が付いていたのだ――。
服の切り口と一致しているから絶対今の攻撃で付いたことは間違いない。
マジで……。この世に俺の体を傷つけられるモノがあるんだ……。
これは結構な衝撃だった。いや、割とこれまでなんだかんだ自分の硬さ以上に硬いモノは無いと思ってたから、マジ衝撃。ヤバい。宇宙ヤバい……っとこれは違う。ヤバすぎて急に錯乱した。すまん。
しかもさっきのやり取りから考えるに、剣ぶっ刺してきたのは可愛い声の女の子のはず……。あの流れでいきなり御者の人が馬車の屋根に剣ぶっ刺してくる訳ないでしょ? 俺の体に傷を付けられる女の子とかマジヤバい。
俺がヤバいヤバい呟いていると、少し離れた場所で馬車が止まった。すぐに馬車の扉が開いて、降りてきたのは騎士の恰好をした少女だった。顔は良く見えないが、長い髪をポニーテールにした少女だ。俺は隠れながらも様子を伺うためにシフを飛ばす。
少女は身軽に馬車の上によじ登ると、キョロキョロと辺りを見回していた。手応えがあったのに、賊の姿が見えないので探しているのだろう。その内に御者も馬車から下りてきた。
「おかしいな、確かに剣に掠ったと思ったのに……血痕も無いとは」
「やはり、気のせいでは無いのですか? もしくは鳥とか動物だったとか……」
「それだとしても剣に触れれば血が流れるだろう?」
「では、やはり気のせい……」
少女と御者の会話をシフを通して聞きながら、御者ガンバレと応援する。追っ手とか掛けられたらめんどくせー。気のせいで済ませてくれ。
「私が気のせいで剣を振るうと思うのか?」
突然、冷たい声音で少女が言い放ち、場の空気が凍ったように感じた。
「い、いえ……出過ぎたことを申しました」
御者は震える声でそれだけ返し、急いで馬車に乗り込んだ。
怖えぇ……何だ今の。絶対あの御者オシッコちびったに違いない。俺はもう無責任に御者ガンバレとは応援できなかった。相手が悪すぎる。違う意味で御者ガンバレだ。
「む……」
その時、少女が俺の飛ばしたシフに視線を止めた気がした――が、すぐにその視線は馬車へと戻っていった。
「仕方ない。馬車を戻せ。私は領事館へ戻る」
少女はそう言うと、またひらりと馬車に乗り込む。すぐに馬車が走り出し、道なりにカーブを描いて領事館の方向へと戻っていった。




