93話 事件は現場で起きている
「地下居住区が人間の町と繋がってしまった、だと?」
突然もたらされたルビーの報告に俺は思わず声を荒げて、政務机から立ち上がった。
「申し訳ございません……。わたくしの管理不行き届きです」
ルビーが震える声で答えながら、俺の足元に跪く。
「とりあえず、謝罪は後だ。まずは説明をしろ、ルビー」
俺は跪き顔を伏せるルビーの近くに歩み寄り、腕を持って立ち上がらせると、しっかりと話を聞くために政務室のソファーに座らせる。
そのままテーブルを挟んだ反対側に俺も座り、定期的に作らせていた地下居住区の最新の地図を広げる。
三日前に更新したばかりの地図だ。今現在と地下居住区の形はそれほど大きくは変わっていないはずだ。
地下の居住スペースは、元から人間の土地に近づかないよう西側方面に広げていたはずだった。つまりヤジリカヤ山脈の反対方向へ居住区は広がっているはずだった。
「どこがどうなるとこの地下居住区と人間の町が繋がるんだ?」
改めて地図を見ながら思わず呟く。ルビーがまだ震えている声で話す。
「この地図から、地下居住区自体はそれほど変わってはいないのですが……ここから」
ルビーはそう言うと、人差し指で居住区の一点を指さす。そして、横一直線に地図上に指を滑らせて、ヤジリカヤ山脈の位置を通り過ぎ、新しくできたという人間の町の付近まで線を引いた。
「ここからここまでの間に、いつの間にか道が出来ていたのです。恐らくエメラルドとトパーズの仕業かと思われます……」
「は!?」
想定外のルビーの言葉に俺は思わず、間抜けな声を出してしまう。そんな短期間でこの距離を掘削した? エメラルドとトパーズが?
「いつの間にかって……まだトパーズが人化してから10日も経ってないだろ? そんなに早くこの距離の洞窟を掘り進めるなんて……」
信じられん。と言おうとしたが、ルビーがふるふると力なく首を振る。
「出来るっていうのか? あいつらが?」
「トパーズの属性は土でした……」
ルビーの言葉に俺は嘆息する。なるほどな。
多くの魔石達を人化させてきて、もう一つ分かったことがあった。それは、それぞれの魔石が持つ魔力には『魔力量』の大小の他に、属性という側面もあるということだ。
『サラマ(火)』・『ウンディ(水)』・『シフ(風)』・『ノム(土)』の四精霊の力で、自分が魔法として操れるものが属性となる。
例えばルビーの魔力の属性は『サラマ(火)』だし、サファイアは『ウンディ(水)』だ。魔石達は基本的には自分の魔力が持つ属性の魔法しか使えない。
ちなみに俺は例外的に全部使える。強いて言えば『シフ(風)』の魔法が使い易いというくらいだ。うん、チート的なアレね。その昔、ウニャウニャをいっぱい吸い込んだからじゃないかと密かに自己分析している。
更に言えば、全属性の魔法を使える魔石は今の所俺しかいないようだ。いやいや、自慢してるわけじゃないって。事実を述べただけだって。
ほら、学院でジェムと戦った時も俺が複数の属性の魔法を使えると知って、ジェムも驚いていただろ? あいつも恐らく『シフ(風)』の魔法しか使えないと思う。おっと、これは蛇足だな。
「エメラルドの属性も土だったな……」
「はい……」
その会話がすべてを物語っていた。
現段階で最強の土属性の魔力を持つ二人が、地下トンネルを作ったということになる。他の魔石達の土魔法よりも早く掘削できて当然だ。
ああー!! なんで気付かなかったんだ!! 少なくともエメラルドは人間の土地に行きたいと明確に言っていたではないか。あの幼稚園児には言葉で注意するだけでなく、物理的な防止策も検討せねばならなかった……。
とは言いつつも、このタイミングに事件が起きたという事はトパーズがエメラルドを唆したという気もする。エメラルドが一人でこんなこと思い付くわけがないし。
俺は気を取り直してルビーに質問する。
「で、今の状況は?」
「……洞窟の人間側の開口部は今サファイアが見張っています。元々、トパーズとエメラルドがサファイアの講義の時間になっても姿を見せなかったことから、サファイアとキューチャン様が二人を探しに行ったのです。その時に見慣れない道をサファイアが発見したという訳です」
ルビーが深刻な表情で話をする。なんだか嫌な予感。
「……なぜさっさと人間側の開口部を塞がない? トパーズとエメラルドは今どこに居る?」
「それが……」
ルビーは一瞬躊躇するように目線を伏せたかと思うと、突然ガバッと頭を下げた。
「申し訳ございません!! 二人はいまだ行方不明です。状況からして、人間の町に下りた可能性が高いと、考えられます……」
Really?
エメラルドとトパーズが人間の町に?
幼稚園児と生まれたばっかの二人が人間の町に!?
あんなに目立つ容姿の子供が二人で人間の町に!!??
――控えめに言って最悪、だな。




