挿話 トルティッサのモノローグ
帝国の名門学校『ハッティルト帝国学院』で謎のテロ事件が起きてから、早1か月が経った。
あの日、突然発生した大量の『魔物』達により帝国内は大混乱に陥っていた。
『魔物』。
帝国軍が名付けたあの謎の生物たちの名前だ。
『魔物』達は様々な姿を持ちながらも、どの存在も全て大きな魔力を保有していた。魔石のレベルで言うとA級クラスの大きな魔力だ。
倒すのにもA級以上の魔石を使用した武器でしか倒せず、無敵と言われていたハッティルト帝国軍の力をもってしても魔物達を全て駆除することはできないようだった。
しかも不思議なことに魔物を倒すと、なぜか死体が消えて魔石が残るらしく、腕に自信のある者たちが魔物退治の商売を始めるなど、ここ数週間で新しい動きも出てきていた。
魔物達はなぜか帝国学院のソレルム寮から湧き出るように次々と現れてきた。一体どこから出てきているのだろうか?いまだに魔物達の発生原因は分かっていない。
しかし、今も学院内から次々と魔物達が帝国中に広がり続けている。
そして帝国学院は、魔物の発生とテロの傷跡であの日から閉鎖されている。
学生たちはあの日、崩れ落ちる学院から避難し、そのままそれぞれの故郷へ戻っていった。私も姉と一緒にヤジリカヤ領のバンドルベル家に戻ってきていた。
校内の至る所で多発的に起きた爆発により、校舎は半壊した。更に突然発生した魔物の群れに占拠され校舎は使用できる状況ではなかった。授業継続は不可能となり学院はやむなく閉鎖となった。
それでも校舎の被害のわりには全体的な被害者数は少なかったと、巷では言われていた。
しかし、私にとっては被害者数が少なくても悲しみは大きかった。なぜなら、その被害者として名が挙がっている人達が皆、身近な人たちであったからだ。
一番重大な被害を受けたのは、次期皇帝候補でもあったテリルワムリ様だった。テリルワムリ様は崩れた校舎の下敷きになり、薨御された。
被害者数が少なかったとはいえ、その中のたった一人の死亡者が皇太子だったということは帝国内に大きな衝撃を与えた。今回のテロはテリルワムリ様の暗殺が目的だったとする説も出ているようだ。
そして学生会副会長であったレルワナ先輩は、意識不明の重体。今も帝国病院に入院中で、意識が戻ったという話はまだ聞いていない。
あとは行方不明者が4名……。転入生のサファイアという学生と、学生会執行部で一緒だったジェム先輩、私のクラスメイトだったルビー嬢……そして親友のアダム君……。
彼らは遺体すら見つかっておらず、文字通り行方不明だった。
彼らは被害者かもしれないが重要参考人としても行方を探されていた。あのタイミングで姿を消したということが、テロの犯人である可能性も示唆していたからだ。
――しかし、少なくともアダム君が犯人であることは絶対ないと断言できる。
私は、学生会執行部の部屋が爆発した直後の様子を何度となく思い出していた。
『なあ、ジェム先輩さ。ここで戦うと校舎が壊れちまうと思うんだよな。学生会メンバーの行動としてはあまり良くないんじゃないのかな?』
『ふっ……学生会か。アイツのお遊びに付き合うのはもう終わりだ。ココが壊れようが、人間が死のうが俺には関係ない。お前もそんなことを気にせず本気で戦え。俺を楽しませろ』
あの時のアダム君とジェム先輩の会話の内容から考えるに、テロの犯人だったジェム先輩をアダム君が止めようとしていたに違いない。
そのことは事情聴取にきた帝国兵にもきちんと話した。しかし、恐らくジェム先輩の父親であるゾイダート北境伯が介入したのであろう。ついぞその情報が表立って取り上げられることは無かった。
もちろんアダム君やルビー嬢、サファイア君については、イスカムル将軍が動いているため彼らが犯人とされることもまた無かった。
事件は高度に政治的な案件としての様相を呈し、犯人も目的も有耶無耶のまま現在に至る訳だ。
それにしても……。私はまたあの時の様子を思い出す。
『……水の精霊まで操るとはな。想定以上だよ……アダマント。必ず次はきちんと戦ってもらうぞ……』
ジェム先輩はアダム君のことを『アダマント』と呼んでいた。
アダマント――。
我がハッティルト帝国が滅ぼした南の王国の名前だ。もしかするとアダム君はアダマント王国の関係者なのかもしれない。しかも国名で呼ばれるほどだから……王族?
よく考えれば、アダム君が転校してきたのはアダマント王国が滅びて間もない頃だった。ハッティルト帝国とアダマント王国の間に位置する「ハズル国」から来たとも言っていた……。
「水臭いじゃないか……アダム君」
私はふっと溜息をつき、独り言ちる。
もしもアダム君が本当にアダマント王国の王族だったら、国を滅ぼされた辛さは如何許りかと思う。
身分を隠し、名を隠し、母国の仇である国に潜伏する――。考えるだけで心が痛む。
自分でもよく分からないこの心の痛みを抑えたくて、縋る様に何度もアダム君との最後の会話を思い出す。
『キミ達は……一体』
『あー、悪い。説明している暇も無いんだ。けど、学院内は危険だから皆を逃がしてくれ。頼んだぞ! 死ぬなよ! じゃあな!』
私はアダム君と親友になれたと思っていた。それは私が勝手に思い込んでいただけだったのだろうか……。
あの時、もし時間があればアダム君は本当のことを説明してくれたのだろうか……。
もし本当にアダム君がアダマント王国の王族だったら、なぜ憎いであろうハッティルト帝国の学院に入学したのだろうか?
なぜ、テロから学院を守ろうとしてくれたんだろうか?
なぜ、あんなにもあっけらかんと私に死ぬなと言ってくれたのだろうか?
いくつものなぜが心に浮かび、消えていく。そして最後に一番聞いてみたいことがひとつだけ私の心の中に残る……。
もしまたアダム君に会えたならこれだけは聞きたい――。
……私は君の親友になれていたのか、と。




