表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

手紙(ラティアス)

アイネクラリスにエスコートの申し込みを正式手順に乗っとり手配した後、ラティアスは彼女自身宛に花束に直筆の手紙を添えて送り届けた。


エスコートに関していえば、正式な手順を踏まえるとなると多少の時間が掛かるのだ。


自分の爵位の証明やら、宮廷士官の確認やら、一通りの正統性が保証されてから、相手側の家へと送られる。


その間世間知らずの少女は今だ届かない書状を思い、疑心暗鬼にとりつかれ沈み込んでしまうのでは無いかと、危惧しての事だった。


アイネクラリス自身がラティアスが良いと言っている間は、シオン殿下も恐らくはランディスト公爵も、反対はしないスタンスなのだろう。


それは相手が、ラティアスでなくてもだ。


だからもしアイネクラリスが相手に愛想をつかせば、彼らはどんな手段をとっても引き離し、二度と手に入れる事は出来ない状況を作り上げる筈だと、先日のシオン殿下の態度から容易に想像がついた。


しかも彼らにはそれを実行できる程の、権力と財力を持ち得ているのが厄介なのだ。


数ある夜会へのエスコートであれば、現在親しく付き合いがあると知られる位で済むが、社交界デビューのエスコートとなると意味が違ってくる。


身内以外の異性にエスコートされると、婚約者か婚約までは至ってなくともその準備段階だととられるのだ。


当初アイネクラリスはその意味が分かっていないのかと思ったのだが、本人の口から分かっているとの言質もとれている。


しかも、ラティアスに現在進行形で親しく付き合っている相手がいる事までも耳に入っているらしい。


ハンドレット侯爵家当主であり魔法署長官であるラティアスは嫁ぎ先としては最高クラスではあるものの、この国の王子であり王位継承第三位のシオンと比べると弱い。


だからこそ、この一連の出来事はアイネクラリスの気持ちが何よりも優先されている証でもあるのだが…。


ほぼ会話を交わした事も無く、顔を合わせるた機会もほぼ無いに等しく、仕事面に関しては評価は低く無いだろうか私生活には問題有りの自分の何処が良かったのかさっぱり分からない。


実際人となりを知られて、やっぱり思った人とは違っていたという結末も有りそうだと、本日アイネクラリスへと届ける手紙へと向き直ると、魔法署長官補佐であるセルナン・ル・ラッセンが手元を覗き込んで悲壮な表情で固まっていた。


「どうしてアイネクラリス嬢は…ラティアス長官何かが良かったんでしょう。性格も私生活も問題有りですし、確かに顔は良いかもしれませんが、でもあのシオン殿下と比べると…。でも、彼女は幼い頃から殿下のお顔を見て過ごしてたから麻痺してるのかな…」


小声ながらも、全てを声に出しているのは、確実にわざとなのだろう。


アイネクラリスがこの宮廷魔法署に来た日、セルナンも彼女を目にしたらしく、以来アイネクラリスを天使だなんだと心酔しきっている。


「おい。不満が口から漏れてるぞ」


ラティアスが舌打ちをし冷えた視線を向けても、セルナンは慣れているせいか特に怯える事もなく、大げさなほど肩を落とした。


「わざとです。あんな天使のような少女のエスコートを引き受けておきながら、今だ身辺整理の出来ない駄目な上司を嘆いているんです。暫くは放っておいてください。」


正論を返され苦虫を含んだ表情を見せると、今度は大々的に溜め息を漏らされる。


「どうして断らなかったんですか?面倒事を避けるのは得意でしたよね。」


面倒事と言われ一番に思い浮かんだのはリナリス嬢の事で、父であるオットランド伯爵からも、お互いの未来を見据えて婚約だけでも交わしたらどうかと遠巻きに打診されていた。


恐らく口には出さなかったが、リナリス嬢も同じ考えだったろう。


宮廷魔法署に在籍し、役職もそれなりに持つ彼女だが、女性はキャリアだけでは世の中わたっていけないのも事実だ。


燃えるような赤い髪に、澄んだ湖のような瞳を持つリナリスは、ハッキリとした顔立ちの美人で、多くの独身貴族からの誘いも多い。


「リナリスだったら、別れても直ぐ次が見つかるだろ。」


別れ話は面倒だが、その後の心配は無いだろうと返せば、苦い笑みを返された。


「そもそも、アイネクラリス嬢のエスコートを引き受けなければ、その面倒な別れ話もしなくて良かったんじゃないですか?」


セルナンに正され、そっちかと思う位には、自分の中でアイネクラリスの為に動く事は面倒に入っていなかったのだと気付く。


「そうなんだけどなぁ。でもあの子は、エスコートを申し込んだからといって、俺がリナリスと別れるとは思って無いみたいだから」


ついつい苦笑いになってしまうのは、その事をアイネクラリスが当たり前に受け入れているようだからだ。


毎日の日課となりつつある手紙のやり取りでもそれは伺えて、自分の我が儘でお付き合いしている相手には嫌な思いをさせているだろうと、詫びる言葉ばかりが記されてある。


社交界デビューのエスコートの意味を理解して無理強いをしたと思っているアイネクラリスだ、その先はラティアスに委ねているのだろう。


「男としては、最低の評価を受けられているようですが、今のところ正しいですね。それでも、良いというところは納得できませんが…」


多少同情を含んだ視線を向けられたが、多少のようだ。


「まぁ、身から出た錆びですから、慎んで受け止めるべきです」


言われずともそのつもりだと、苛立ちを伴った舌打ちだけを返したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ