最強の幼馴染み
飾り気は少なくとも質の良い家具を配された宮廷魔法署四神神官室では、一際大きく重厚な机に向かうハニーブロンドの輝かしい髪にと、サファイアのような瞳が印象的な美貌の持ち主シオン・デイル・ルルーシュラの姿があった。
ルルーシュラ王国の名を持つこの国第三王子殿下であり、アイネクラリスのただ一人の友人件幼馴染みでもある。
ラティアスの当初の予定では、アイネクラリスをこの部屋まで送り届けるだけだったのだが、恐ろしく整った端正な容姿で、少し話をしていかないかと呼び止められれば無下にも出来ず、このおも苦しい空間でただひたすらシオン殿下を待つ事となった。
これではアイネクラリスも、身の置き所が無いだろうと、隣にちょこんと腰を下ろした彼女を伺えば、先程からの機嫌の良さを持続させたまま、事務次官の淹れた紅茶を飲んでいる。
「アイネは、随分と機嫌が良いみたいだな」
漸く一段落ついたのか、執務机から立ち上がったシオン殿下は、15歳とは到底思えないほどの落ち着きはらった態度で、一人掛のソファーへと腰を下ろした。
「私の社交界デビューのエスコートを、ラティアス様が引き受けて下さったんです」
花でも回りに飛んでいそうな程の幸せに浸っているアイネクラリスには分からないのだろうが、確実にシオン殿下の纏う雰囲気が冷えたのがラティアスには伝わってくる。
「そうか、良かったじゃないか。ラティアスにエスコートされて、社交界にデビューするのがアイネの夢だったからな」
アイネクラリスには神の祝福のような、美しい笑みを浮かべたシオン殿下は、その笑みの温度を下げラティアスへと視線を投げてきた。
「でも、ラティアスには今付き合っている女性がいるんじゃなかったかな?」
シオン殿下の問いに、辛うじて舌打ちは漏らさなかったものの、隣で幸せそうに笑っていた筈のアイネクラリスの方が動揺するように震えたのが伝わってくる。
人の事を言えた立場ではないが、良い性格をしていると内心苦い笑みを漏らずにはいられなかった。
「あの、その事は私も承知してお願いしたので…良いんです」
何かを吹っ切るように答えたアイネクラリスへと、視線を向けたのは二人同時で、その際にシオン殿下と僅かに重なった視線は刃物のようにこちらへと突きたてられる。
「そう。アイネがそれで良いというのであれば、私がどうこう言う問題では無いんだろうけど。それでは、幸せにはなれないよ」
あえて辞めろと口にしないのは、アイネクラリスの意思だからだろう。
これでは、まるっきり悪役だと不満が過ったものの、確かにと冷静な自分が納得する。
エスコートする事を決めてから、まだ一時間も経ってないだろと、怒鳴るわけもいかずただ全てを聞き流し無言を貫くしかなかった。
「私は、ラティアス様の側に居るだけで、結構幸せですよ?」
納得がいかないとばかりに形の良い眉を寄せたシオン殿下に、アイネクラリスは小さな笑みを漏らしている。
その姿がどこか寂しげに見えたのは、自分の持つ罪悪感から来ているのかも知れないと思えは、早々に動くしかない。
「取り敢えず、アイネクラリス嬢のエスコートは完璧に努めて見せますので、殿下の心配にはおよびません。では、私にも仕事がありますので、失礼させて頂きます」
募った苛立ちのせいで多少乱暴な動きになったものの、不安そうな菫色の瞳で見上げてくるアイネクラリスの頭を撫で、少しだけ表情を緩めてみせた。
「近いうちに必ず連絡する」
だから次に会うまでの間は、幸せな笑顔を浮かべていて欲しいと願いをこめる。