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アイネクラリスの要望

翌日宮廷魔法署の通行所で、アイネクラリスとリリーが名を告げると、シオン殿下からの通達が届いており、特に問題なく通して貰う事ができた。


ならば、そのまま進んで行けば良いのかと一歩を踏み出す前に、先触れとして年若い少年がシオン殿下の元へと向かってくれるらしい。


さすが高貴な人物相手では、それなりの手順は必要らしくその間は、ここで大人しく待つ事になった。


宮廷魔法署の建物よりもはるか手前に位置する通行であっても、詰所内には数名の宮務めの者がおり、物珍しさからか窺うような視線が向けられてくる。


敵意や悪意といったものではいものの、正直居心地は良く無かった。


だからといって、文句を言える立場では無いのも重々承知しているので、僅かな笑みを浮かべてやり過ごすしかないのだろう。


溜め息が溢れそうになるのをなんとか押し留めていると、突然声を掛けられていた。


アイネクラリスは宮廷魔法署の方へと体を向けていたので、一瞬体が無意識に飛び跳ねてしまう。


どんなに行動力があったとしても、アイネクラリスの前世は世間から隔離された祈りの乙女であり、今世ではランディスト公爵家の令嬢であり深窓の姫君として育てられているので、驚きの体験だった。


「あぁ、悪い。驚かせたか?確か、ランディスト公爵家の姫様だよな。こんな所で何してんだ?」


砕けた口調の主を探すべく声を頼りに振り向きかけたものの、相手の行動の方が素早かったらしい。


軽い身のこなしで前へと回りこんだ相手は、アイネクラリスよりも頭ひとつは背の高い黒髪に鋭い金色の瞳を持つ美丈夫な青年だった。


その姿を認識すると同時に、"あっ"と声になら無い驚きが漏れる。


アイネクラリスとしてはただ単に驚いてしまっただけなのだが、その態度が不快を現したと思われたのだろう気まずそうに髪をかき上げると、改めて紳士の礼を向けられていた。


「以前ご挨拶だけは済ませましたが改めて、ラティアス・ヴァン・ハンドレットと申します。以前お会いした時以上にお美しくなられましたね」


挨拶と同時に美しいと誉められ、嬉しく思いはしたものの、所詮は挨拶なのだと自分を戒め、淑女の礼を返す。


「ご無沙汰しております、ハンドレット侯爵様。ランディスト公爵の娘、アイネクラリスです。」


ふんわりと微笑んでしまったのは、やはり挨拶だと分かっていても嬉しかったからだ。


「こちらこそ、ヨロシク。で、アイネクラリス嬢は、どうしてこんな所に?」


不躾にも向けられていた視線を遮るように移動してくれたラティアスのお陰で、アイネクラリスの方も少し肩の力が緩む。


「シオン殿下にご相談があって参りましたの」


今日の訪問は、シオンに相談事を持ちかけるために来たのだが、思わぬ出会いがあったせいで、声も心なしか弾んだものとなっていた。


この機会に目的を果たしてはどうだろうかと1人考えに耽っていると、ラティアスは気負った様子もなく声をかけて来てくれる。


「このまま好奇の視線に晒されたままでは可哀想だ。シオン殿下の部屋まで俺が案内しよう」


問題無いとばかりに、通行所の職員へと視線を送ると、アイネクラリスへと差し出された掌は、自分よりもはるかに大きな掌だった。


繋がれた掌を軽く引かれ歩くよう促されれば、アイネクラリスも自然と一歩を歩み出す。


多少強引にも思えるような力強い促しだったせいで、身長差がある為に小走りで着いて行かなければならないと、気を引き締めたのだが、その心配はなかったらしい。


数歩もしないうちにアイネクラリスの歩調に合わせ、歩みはゆっくりとしたものとなっていた。


「相談って、今度の夜会のエスコートの件だろ?シオン殿下のエスコートだったら、今度の夜会はアイネクラリス嬢が話題の中心だな」


楽しげに漏らされた言葉だったのだろうが、アイネクラリスは歩調を止めることで遮る。


急に歩くのを止めたアイネクラリスを、どうしたとばかりに振り返ったラティアスの金色の瞳をただ真っ直ぐと見つめたのは、自分の事を本気で気付いてないのかを確かめたかったからだ。


どのくらい見つめていたのか、気まずそうに視線を反らしたラティアスの真意はアイネクラリスには分からない。


「わたし、シオン殿下のエスコートはもうお断りしてますの。と言うのも社交界デビューの際は、ハンドレット侯爵様にエスコートして貰うのが夢だったからでして…駄目でしょうか」


逸らされた視線を合わせるように近づくと、視線は合わないまま軽く頭を撫でられる。


余り親しくも無い間柄で異性が触れてくるのは珍しく、何故だろうと軽く首を傾げていると、大きな溜め息が漏らされた。


「あんまり、冗談が過ぎると、笑えない」


どことなく、威圧感のある低い声は、明らかに不愉快だと告げて来ているようだ。


冗談だととられたのか、それとも令嬢から乞うのは良くなかったのか…アイネクラリスに判断がつかないのは、前世も今世も余り人と触れあってこなかったせいだと実感せずにはいられなかった。


「冗談ですか…冗談ではないですよ?今日のシオン殿下への相談もその事でしたし…、あっ、シオン殿下のエスコートは昨日確かに辞退してますし…でも、そっかハンドレット侯爵様には現在お付き合いされてある方がいらっしゃるんでしたね…。だったら、やっぱり無理なのか…」


無意識のうちに繋いだ手をほどき、どうしようかと1人顎に手を添えていると、後ろに控えていたリリーに意識を戻すよう小さく声を掛けられる。


「アイネ様、考え事が漏れてます」


指摘されて、向かい会うように立つラティアスを伺えば、ひきつった表情を浮かべたままの姿が目に入ってきた。


これは、相当嫌がられているのだろう。


「シオン殿下のエスコートを断った令嬢を、俺がエスコートしなきゃならないなんて、苦行でしか無いと思うんだが…」


やはり嫌がられている間違いないと、アイネクラリスは納得の意味を込めて頷いて見せた。


「そうですか…そうですよね。では、この話は無かったことにしてください」


残念ですと微笑んでみたものの余り上手くはできなかったと、反省していると慌てて肩を掴まれた。


「はぁ?無かった事って、ちょっと待て。シオン殿下のエスコートは断ったんだろ。エスコートはどうするつもりだ」


苛立たしげに荒立った声に、アイネクラリスは大丈夫だと満面の笑みを浮かべて見せる。


「確かにシオン殿下にはお断り申し上げましたが、大丈夫ですよ?今日シオン殿下に持ちかけようと思った相談事というのが、ハンドレット侯爵様に私のエスコートをお願い出来ないかと言うことでしたので、それをお願いしなければ、特に問題も無いと思います。」


暗に、ラティアスにも迷惑はかけないと伝えてみたものの、上手くは伝わらなかったのか、眉間に寄った皺と共に空気が重くなったように感じられ、この場に負の感情が滞っているのが感じられた。


浄化する魔力を今世では持ち合わせていないアイネクラリスではあるものの、近すぎる前世の影響か感じとることだけはできるのだ。


ただ感じとるだけでは、体に影響が出ないことは、今世での経験で分かっているので、多少普通の人よりその場の雰囲気を読み取る術が高いという特技?だと本人は思っている。


「なぁ、世間話のついでみたいに告げられた上に、駄目なら簡単にもう良いですなんて言われると、からかわれてるとしかこっちはとれないんだが」


またしても、負の感情が膨れ上がったのか、この場の雰囲気に一層の淀みが加わったようだった。


「私、からかっているつもりは全く無いんですが…。幼い頃からお友達といえる人はシオン殿下くらいしかいなくて、余り上手く気持ちを伝えられていないみたいで、申し訳ありません。」


自分でも困っていると眉を下げれば、見上げる程高かったラティアスの身長が、アイネクラリスの腰の辺りまで下がってしまう。


それに合わせるようにその場に屈み込めば、気まずそうに顔を背けられた。


「何でアイネクラリス嬢まで座り込んでんだ」


何でと問われ、明確な答えがもないので首を傾げていると、大きな溜め息を漏らされる。


「なぁ、社会デビューの際に身内以外の男にエスコートされる意味分かってんのか?」


とてつもなく疲れた様子で尋ねられたものの、さすがにその辺はアイネクラリスも分かっているので、しっかりと頷いて見せた。


分かっているからこそシオン殿下の申し出を断ったのだと、伝えた方が伝わるのだろうか。


「ハンドレット侯爵様は、独身でいらっしゃいますよね?」


「…まぁ、一応…」


「でも、恋人はいらっしゃる。それを知った上でお願いしている私の我が儘ですから、余り深く考えられなくて結構なんですよ?それに人には好みがあるのも十分承知しておりますし…ただお友達位にはなって頂きたいとは思っています」


「嫌…友達の方を諦めて貰えれば、きちんと正規のルートで申し込むから」


一瞬理解が追い付かずに首を傾げてしまったのだが、意味を理解できれば、胸が暖かなもので包まれてくる。


「苦行を強いて申し訳ありませんが、その分私はお役には立てると思いますので、そこはご容赦下さい」


深々と頭を下げると、大きな掌が軽く頭を撫でているのがわかった。


「役に立ってくれなくても良いだが、正式に申し込ませておいて、やっぱりやめただけは無しだからな」


両脇に腕を回され、軽く持ち上げられたかと思うと、その場に下ろされる。


「はい!」


嬉しさを留める事なく笑みへと表せば、ラティアスからはどこか困惑したような笑みを返されたが、些細な事だと気に止める事なく流してしまえたのは、この場にあった負の淀みが一層さるていたからだった。


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