アイネクラリスの前世
アイネクラリスが、シオン殿下へと送った手紙は、明日宮廷魔法署へ出向く為に必要な、通行所への連絡をお願いするものだった。
ここルルーシュラ王国には、魔力を持つ者が一定の数存在するものの、ある一定の魔法を使えないと魔法署には在籍することも、部外者が足を踏入れることも出来ない。
魔法といっても内容は様々で、攻撃魔法・防御魔法・治癒魔法・創造魔法色々と分類され、王国の繁栄を陰ながら支えている存在だった。
中でも、祈りの乙女という祝福魔法を持つ者は稀で、ルルーシュラ王国に加護を与える四神に遣える事を義務付けられている。
この祈りの乙女というのが、実質魔法署のトップとなるのだが、祈りの乙女が複数存在する事は無かった。
というのも祝福魔法自体の希少性に加え、四神が常に四神で王国に加護を与えている訳では無いからだ。
ルルーシュラ王国の建国に尽力したと言われている四神は、王国が平穏を取り戻すと、有り余る加護を良しとせず、一神にて加護を与える事としたらしい。
周期は祈りの乙女の一生涯。祈りの乙女が生涯を終えると共に、神も次の神へと引き継がれる。
その折に王国にもたらされる加護も変わるってくるらしく、数十年周期で、繁栄する内容も変わっていた。
現在このルルーシュラ王国を加護している神は、火を司る神である為、主に軍事力が他国を圧倒するほど勢いを伸ばしている。
それでも、他国を占領する動きが無いのは、一重に国王の采配なのだと、父であるランディスト公爵が話しているのを良く耳にした。
元々四神の司る力が違うために、同じ加護とはいかないのだろう。
神が変われば加護も変わるといった、漠然とした事をアイネクラリスが疑問もなく受け入れられるのは、前世の記憶があるからに他ならなかった。
アイネクラリスの前世は、先代の風を司る神に使える祈りの乙女だった。
祝福の魔力を持ち、国に淀む負の概念をひたすら浄化する為の乙女。
風を司る神の性質が浄化なのだと、毎日重くなる体を嘆いていた際に教えられた時には、だから歴代の風を司る神に使えた、祈りの乙女の生涯は短いのかと、納得したものだ。
数百年かけて溜まった負の概念を、風の神の代で一層する。
そして、また新しく王国は歩み出すのだ。
その事にアイネクラリスは何の悲しみも憂いも無かったが、死に逝く瞬間、血相を変えて駆け寄ってきた騎士の、憤った表情だけは心残りだった。
風の神の性質を説明すれば良かったのか、それとも自分は後悔していないと伝えておけば良かったのか…。
息が切れる瞬間に初めて持った疑問が脳裏を離れず、願ってしまったのだ。
生まれ変わったら、ラティアス・ヴァン・ハンドレットと共に生きたいと…
悔しそうに、声を殺して涙を流した騎士に、またいつもの皮肉げな笑みを浮かべて欲しかったから。
「何故、ラティアスは私が分からないのかしら?」
無意識に漏らした声は、隣に控えていたリリーの耳に届いたらしく、力なく肩を落としている。
「それは、挨拶程度の面識しか無いからだと思います」
至極当然とばかりに返された言葉に曖昧に頷くのと同時に、宮廷魔法署の通行所へと辿り着いていた。