序章
前世で祈りの乙女として生涯を終えたアイネクラリスは、今世では恋を貫く為に生まれ変わりました。
暖かな日差しの差し込む一室では、一人の少女が真剣な表情を浮かべ、白磁のテーブルに広げて置いてある数枚の便箋を眺めていた。
その少女の容姿が、艶やかに輝く白金の髪で、菫色した瞳はこの世の穢れなど映した事も無いかのように澄んでいるために、端から様子を伺う者からはどこか憂いを帯びて見える。
アイネクラリス・ド・ランディスト。ランディスト公爵家の愛娘であり、数ヶ月後には社交界デビューを果たす筈の14歳の少女だ。
表だって社交界にデビューしてはいないものの、身分の高さから両親に連れられ、大きなお茶会には参加しており、"月の雫"だの"月の聖霊"だの、良い意味での2つ名を与えられる程には、美しいとアイネクラリス自信も自負している。
それなのにと、白磁のテーブルに広げたままの便箋を眺めると、醸し出す慎ましさとは程遠い仕草で、豪華なソファーの背凭れへと体を預け、天を仰いだ。
「どうして、ラティアス様からの書状がないのかしら…」
ラティアス・ヴァン・ハンドレット侯爵25歳にしてハンドレット侯爵家当主であり、黒髪に鋭い金色の瞳を持つ美丈夫であり、皇太子の友人であり、この国の騎士のトップに君臨する防衛庁長官でもあるのだが、独身。
独身であれば、多少歳の差があっても、アイネクラリスのエスコートを申し出ても何ら問題は無いのだ。
それなのに、エスコートを誘う書状すら来ていない。
国王主宰のお茶会で、両親に紹介してもらい挨拶をしたこともあるし、その時には噂に違わぬ可愛らしいご令嬢だと誉めても貰ったのだ。
「ラティアス様とは、ハンドレット侯爵様ですよね…。とても申し上げ難い事ですが、ハンドレット侯爵は現在オットランド伯爵家のリナリス様と親しくされてあるとのお噂があられますので、アイネ様をエスコートされるのは難しいのではないでしょうか」
侍女であるリリーの紅茶色の優しい髪色と同じ紅茶色の瞳が、アイネクラリスに苦い笑みを向けてくる。
「歳の離れたハンドレット侯爵様よりも、そちらに書状を送られてこられてある方々の方が、アイネ様にはとてもお似合いだと思われますよ?」
こちらの、第3王子殿下は、御容姿もさることながら、頭脳も明晰であられ、素晴らしい魔力をお持ちだとかと言いながら、広げた便箋の中でも一番上質なものを視線で薦められ、アイネクラリスも苦い笑みを返した。
「もちろんシオン殿下は、とても良い方よ?でも、社交界デビューのエスコートなんてお願いしてしまうと後が大変だと思うの。今だ婚約者も決めてらっしゃらないし、余計な噂で折角の友情を汚したくもないもの」
同じ歳のハニーブロンドにサファイアの瞳を持つシオンは、物語に出てくる王子様を体現しているような人物なので、アイネクラリスと同じ年頃の令嬢の恋心はこぞって彼へと向けられているのだ。
シオンからしてみれば、友人件幼馴染みの社交界デビューに花を添えてやろうという親切心からくるものだとしても、隣に並びその嫉妬の矢を受けるのはアイネクラリスであって、鼻高々に振る舞う気には到底なれない。
というよりも、アイネクラリスのエスコートはラティアスにして欲しいのだ。
「そうねぇ…。シオン殿下にお願いしてみようかしら…」
そう呟くと、早速とばかりに文を書き始めたアイネクラリスを、リリーはにこやかに笑みを浮かべ見守ったのだった。
まだまだ、序章程度なので、早めに投稿予定です。