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「ボス!」
「ん~?」
「皆待ってマスカラ!」
「うん。わかった。楽しみにしてろ!」
「うっス!」
うっス、っていつ覚えた。そんなこと教えた覚えはないぞ。
「じゃあ、白菜とキャベツを千切りサラダにしていくからいつも通りに。」
「「「ハイ!」」」
メスゴブリン達が元気よく返事をする。
私もキャベツをひと玉取ってザクザクと魔具で切っていく。そう、魔具だ。あの魔具は最初はあんな威力だったのに包丁の形をした放出型にすると今では完璧なコントロールが出来る私が持つと滅茶苦茶切れ味のいい包丁になるのだ。他のゴブリン達は普通に切れ味のいい金属の包丁を使っている。金属の出処はここから歩いてすぐの鉱脈にある鉱石を加工して作ったものだ。何の金属かわからないが、硬く熱するととても加工がしやすく錆びない不思議金属だ。色は普通のアルミの様な色をしているのだが。私は大量にあるのをこれ幸いとよく使っている。
ふっ、アラフォーになっても一人暮らしでしかも、家で毎日手作りする家庭料理。培われた技術は転生しても尚失われないという事だな。
私はそんなしょうもないことを考えながら早すぎてブレる手元を見ながら考えた。
「やっぱりボスはスゴイデス。」
隣で憂いを帯びた表情で手を頬に当てながらため息を吐くミーがいた。
ミーはメスゴブリンの中でもとりわけ乙女なゴブリンだ。女っぽい仕草を私に伝授してくれと私に教えを請いに来たくらいだ。理由を聞いたところ、なんでも男達にモテたいのだとか。
私は個性の強いゴブリンだと思った。他のメスゴブリンは種を存続させることしか考えていない。今は別のことも考えているが。そこで私はゴブリンに通じるかもわからない女の仕草を教えてた。そして、私はいつもお前、おい、なあ、等でそのメスゴブリンを呼んでいたのでいい加減名前を付けることにした。それがミーだ。いや、英語でミーはとか言うけど、決してそれを思い浮かべてしまって適当につけたわけじゃないからね。ね?すると、ミーは早速他のゴブリン達に名前の事を自慢して回った。すると、ゴブリン達は集団で私のもとへ押し寄せてきた。ミーばかりズルいズルいと言われたので、今度からは何か大きな事を成し遂げた時に私から名前を上げるから自分の名前は皆で話し合ってから決めろと言った。が、どうやら名付けは特別なものらしく、魔物にする名付けとは力の有り余るくらいの強大な存在の物が弱いものにつけるものらしい。だから、ミーが名付けをしてもらった時存在の格が上がったのだと。上がってたんだ……。
「ボス?」
「ん?あ、あぁ、って何が凄いの?」
「ボスはスゴイデス。私達をタスケテくれて、皆毎日オナカイッパイタベレルってトテモ感謝してマス。オマケにボスはナンでもできマス。リョウリダッテウマいし、アタマだっていいデス。」
「そうかぁ?頭がいいのは幼いころに沢山勉強してきたからだ。それに環境だってここよりウンとよかった。料理が出来るのは経験を積んできたからだよ。いつかミーもこれくらいできる様になる。」
「へー。」
「それよりも、果物以外の甘味が欲しい。」
「カンミって何ですか?」
「甘い食べ物のことだよ。ほら、デザートとかスイーツって教えたでしょ?」
「エ!コレ以上のゼイタクがアルノですか!?」
「うん。確かにここの生活水準は大陸中探してもあまりないと思う。」
当たり前だ。日本出身の私がいるんだ。今住んでいる実家には不満だらけだ。トイレは汚いし、家は無駄にデカくて実用性の無いものが沢山あり過ぎる。その不満を沢山ぶつけるように私はここを綺麗にした。トイレは土を圧縮しまくったものにスライムを入れている。各家に和式か洋式どちらがいいか聞いてどちらか一つはある。床は板張りでスライムの出す粘液を塗って防水防腐加工をしてある。この液については今度説明しよう。つまり、ここの生活水準はそこらの役人より衛生面でも生活様式でも勝っているということだ。
「でも、これ以上の贅沢はあるんだよ。それに、贅沢じゃないよ。贅沢って言うのは、自分で何もしていないのにその恩恵にあずかっている者の事を言うんだ。君らゴブリンは毎日生きるために働いて全部自分たちで作っている。だからたまにの甘味はその日を楽しみに生きれるということでもあるんだ。」
「当たり前ダト思イマス。」
「うん。でも、当たり前なことが幸せなこともあるから覚えておいて。」
「ボスがそうイウナラ覚えてオキマス。」
ミーは神妙な顔をしてうんうん頷いている。
「よし、サラダは終わり。次はドレッシングだね。」
「ワタシもヤリマス。」
「じゃあ、今から言うものを集めてきて。」
「ハイ。」
ドレッシングに必要なのは油と醤油とお酢。玉ねぎとか入れると美味しい。しかし、これらは全てここで作ってあるので何も困ったことなどない。何で作り方を知っているのかというとそれは黒歴史を語ることになるので言わないでおこう。そして、ドレッシングは大人用なので、子供用に別にマヨネーズを作る。ドレッシングは今回初披露なので私が作る。マヨネーズは既に作ってあるので他のゴブリン達も手慣れた様子で作っている。現在器や容器が全く足りていない状況なので作り置きが出来ないのだ。これは私が街に行って調達する必要があるな。
私はそう考えながら明日の朝のメニューを考えていた。
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「手を合わせて!」
パンッ!
柏手を打つ
「いただきます!」
「「「「「「「「いただきマス!!」」」」」」」」
さて、本日の夕食の献立は、白米、なんちゃってお吸い物、白菜とキャベツの千切りサラダ、捕れたての新鮮な魔物猪肉を使ったステーキだ。味付けは塩コショウのみだ。物足りない人には私流のステーキソースを用意してある。
あちこちで美味いという声を頂きながら私はご飯から食べる。
う~ん!美味い!米を見つけたのはゴブリン達が来る大分前、つまり、私がこの土地を見つけ開拓し始めた頃に見つけたのだ。開拓する際にその土地の植物を洗いざらい調べた際に指揮官という立ち位置にいる丸い碧い核の姿をしたカクに植物図鑑の様なものを渡されたのだ。カクは私をベースにして出来たものなので、私の記憶も有している。つまり、現代知識を教えなくとも持っているので、図鑑にするのも容易いのだ。
この世界でのお米はなかなか強い植物で雑草の様に生えていた。が、普通の土壌に普通に植えただけでは連作障害が出てしまう。そこで、昔の人の知恵を借りた。水田にしたのだ。有り余る魔力をどっさどっさと使い水田を大量に作ったのだ。初の収穫の時は小躍りしたくらいだ。
「うめぇー。何でここの食文化は進んでないんだろうな。」
「ドウカしたんデスカ?」
隣の席のオスゴブリンが聞いてくる。
「独り言。」
「ソウデスカ。」
ゴブリンはそれ以上聞いてくることはなく、ご飯のおかわりをしに席を立って行った。
私はこの世界の食文化を考えていた。
実は私が実家で出されている食事のレベルが低すぎるのだ。フォークやナイフで食べるのは良いが、味付けが最悪だ。肉は塩コショウで味付けしたものだが、コショウをかけ過ぎだ。初めて食べた時は少し咽たくらいだ。そして、何よりも日本人として許せないのが、冷めていることだ。肉は火を通しすぎてカチカチでコショウをかけまくり過ぎて咽る。酷い話だ。主食は硬いパン。私は薄くスライスして食べたがそれでも幼児の顎には辛過ぎた。おまけにスープはこれまた塩コショウで味付けされたものだが、まずい。まず過ぎる。なんでも塩コショウすればいいという訳じゃあないだろう!と激怒しそうだった。あれは食への冒涜だ。具は沢山入っているが、全部が煮込み過ぎでグダグダのドロドロだ。もう、まず過ぎた。もしかして、この領の食文化が著しく落ちていると私は現実逃避している。他の領はどうか多少マシな料理が出ますようにと。
私は気分が悪くなりながらもそのことを考えていた。そして、お金を稼ぐ方法も考えていた。あれだ、異世界と言えば盗賊だという事だ。
私はそこで喉が渇いたので水で喉を湿らした。
一度先生に聞いたことがある。父上たち騎士は何をしているのかと。答えは予想通りだった。基本的に訓練と賊の退治だとか。ここいらは賊はあまりいないほうだが、それでもいるものだ。それを父ら騎士は弱いながらも退治しているらしい。しかし、騎士が特別弱いという訳ではなく、ここの領の騎士が弱いのだ。父も騎士に拘ってはいるが、特別強いわけではなく、弱い者いじめが好きなただの弱者なのだ。多分一度一対複数でいじめ倒した時に味を占めたのだろう。父は勿論複数の方だ。一度父を見張ってみたことがある。父の身体に私の魔力の塊を埋め込んだのだ。心身に害はないが、監視カメラの様なものだ。父が見て聞いているものを録画させたのだ。それを夜に父が酒を飲んで酔っている時にこっそり抜いたのだ。それを早送りしながら見ていると、訓練はご立派にやっているようだが、増長が激しい者が多かった。父もその一人だ。少しぶつかっただけで領民に手を上げている映像が記録されていた。残念ながら私はどうしようもできない。心苦しいが私は既にこの領を見捨てている。だが、私には出来ることをするのみだ。まず、盗賊の存在が確認できた。そして、その盗賊の善悪をまず見定めよう。甘いと思うかもしれないが、私にとったら気の毒にしか思えないのだ。そして、義賊の様な存在には見逃そう。が、悪は皆殺しという判断で行こう。盗賊は人間だが、害悪という存在なので殺しは許容されているらしい。人間は殺したことはないが、一人殺せば後はどうとでもなる。殺伐とした考えだが、そうしなければ生きていけないというのが私は身をもって知っている。
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ご飯を食べ終わって私は実家に戻ってきている。
目の前には甘すぎる菓子と紅茶が淹れてある。しかし、この紅茶私にとったらまず過ぎる。というかもういいだろう。ここの食べ物がまず過ぎる話は。
こほん。まずは、この家を出るときに持っていくものだが、実家の物は如何せん全てが悪趣味すぎる。一つも持っていけない。革等は私の家で調達できるとして、服はどうしてくれよう。
「ねぇ、君。」
「へ、わ、わたくしでございますか?」
私は傍で控えているメイドを呼んだ。
「うん。」
「な、何でございましょうか?」
「僕、この家をまだ出ちゃダメって言われているんだよね。」
「そうでございますね。」
動揺していたのが落ち着いてきたようだ。普段の私は話しかけないからな。
「だから、市井の話を聞かせてよ。さっきね。服ってどこから来てるんだろうって思ったんだ。」
「そうですか。わかりました。」
「うん。服ってどこで売っているの?」
「まず、この領のことから教えましょう。」
私はそうしてどんどん市井の情報を集めていった。
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3年後
私は8歳になった。
現在は春の麗らかな日です。
この世界の四季は場所によるが、ここは寒い地域らしく、雪は最大で7、80センチル降るらしい。あ、センチルってのは単位で1センチ=1センチルと考えてくれればいい。私はあまり知らないけど。私の家でも雪がかなり降る。なんせこの大陸の最北端だからな。だから、春でもかなり冷え込む。まだ寒いが暦ではこの世界は春だ。一年で360日、12月あり一か月が30日だ。5日足りないだけかな。そして、本日4月1日。ワタシの異世界デビューの日だ。そして、デリック家の終わりを告げる日でもある。
私はこつこつと買った布で自分の服を作った。その服を着ている。動きやすい服でズボンを履いている。この世界では庶民でも女がズボンを履いているのは非常識と見られる。しかし、そんなものお構いなしだ。スカートに足を引っかけて死ぬよりマシだ。私は日本人だからな。
そして、これまた手作りのリュックサックを背中に背負い家を出た。家の中では現在時刻が早朝の今家の人達はグースカ寝ている。お前達の終わる日なのにな。
私は口元を歪ませて窓から家を出た。
さぁ、自由に生きようか。