沢山の世界
朝目覚めると、そこに見慣れた人間が立っていた。それは、見まごう事のない、紛れもない自分であった。
目を疑う光景に、俺は思わず独り言を呟いた。
「これはどういう事だ。自分がいるぞ。未だ夢を見ているのか、それとも仕事の疲れから見えている幻覚か」
俺の呟きに、もう一人の俺は笑いながら言う。
「残念ながら夢を見ているわけでも幻覚でもない」
「となると俺の知らない双子の兄弟か…。いや、どこかで聞いたドッペルゲンガーというやつか」
「それも違う。俺は双子の兄弟でもドッペルゲンガーでもない。他に思い付くのは?」
相変わらずにやけ顔のもう一人の俺は俺に聞いた。俺は少し考え、最後に思い付いた説を口にした。
「ううん、ならばタイムマシンで未来か過去からやってきた俺、というのはどうだ?」
「お、良い線いってるぞ。まあそんな所だが、それもハズレだ」
とうとう訳がわからず頭を掻く俺に、もう一人の俺は正解を答えた。
「これ以上焦らしても仕方ないので正解を言うとだな、俺は平行世界からやってきた正真正銘、もう一人のお前だ」
「平行世界!?」
「そうだ。俺も詳しくは知らないのだが、この世には同じ時間軸上に、似た複数の世界が存在しているらしい。想像した事ぐらいあるだろう? 人生は選択肢の連続で、もし『あっち』の選択肢を選んでいたらどうなっていたのだろう、と。俺は、お前が選ばなかった『あっち』の選択肢の人生のお前、と言えば良いだろうか…。複数に分岐した世界には様々な俺がいて、金持ちの俺もいれば貧乏な俺もいるのだろうし、格好良い俺や、はたまた女の俺もいるかもしれない。俺はそんな複数ある平行世界の内の一つからこの世界にやってきたんだ」
俺の話を聞いている内に、俺は少しげんなりした。
「そうか、俺も平行世界の話は聞いた事があるが、まさか本当に存在するとはな。それで、その平行世界の俺が一体何しにきたんだ?」
俺の問いに、それまでにこやかだったもう一人の俺は困った表情になり言った。
「問題はそこなんだ。俺も少し前までは自分の世界にいて、そこで突然別の平行世界の俺と会い、気づいたらここにいた。たぶんだが、同じ世界に同じ人間は二人も存在してはいけないらしく、接触などはもっての他で、例えばこんな風に…」
と、もう一人の俺は不意に手を伸ばし、俺の肩に触れた。次の瞬間、身体に衝撃が走り、自分がどこかに飛ばされるのがわかった。
気がつくと、辺り一面には何もない、ただ白い世界だけが広がっていた。なるほど、まるで満員の電車に乗れなかった乗客の如く、きっと俺は、複数存在する平行世界から弾かれたのだと理解した。