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朝顔の色、空の色  作者: 楪羽 聡
第一章 講習前期
3/6

#003 恋せよ乙女 #03

 青木先生から話し掛けてくれたぁ。どうしても顔がほころんじゃう。


 ひょっとしてパワーストーンの効果? それとも香水かなぁ?

 真面目な顔を必死で作るけど、嬉しいよぉ。数学のことでもほんと嬉しくって……どうしよう。



 * * *



 学食でお弁当を広げながら、早速三波ちゃんに報告する。

 嬉し過ぎて、話し終えた時にはすっかり息が苦しくなっていた。


「興奮し過ぎだよ、おしのちゃん」

「だってさぁ……あたし、まさかこんなチャンスが来るとは思ってなかったし」


 三波ちゃんは彩りも見事なお手製弁当を開けながら、ため息をつく。


「チャンスったって、勢いに乗って(コク)るわけでもないんでしょ?」

「そんな……告るなんて、全っ然、無理無理っ」


 あたしはまた呼吸困難になりかけながら、両腕で大きな×(バツ)を作って首を振った。



「おっ? 東雲たちは弁当かぁ」


 その声に振り向くと、トレイを手にしたたなっちが物欲しそうな目で見ていた。


「あれぇ? たなっち、奥さんの愛妻弁当はぁ?」

「いやぁ、実は昨日からうちの奥さん具合が悪くてねぇ……学食が開いてる日で助かったよ」


 普段から情けないと評判のたなっちの顔が、更に情けない感じになっている。



「そうなんですかぁ……大変ですねぇ」


 あたしが言うと、三波ちゃんはにやにやする。

「実は喧嘩しちゃって作ってもらえなかっただけだったりして」


 その突っ込みに一瞬たなっちが焦る。


「いやいや! だったらもっと安いモン食ってるから! 今日はちゃんとお昼代もらって――」

「今日『は』ってことは、以前はあったんですね」

「いやっ、ないから。ないぞ、最近は全然……ほん、ほんとに」


 三波ちゃんの更なる攻撃に、たなっちは動揺しながら隣のテーブルに座った。



「こらこら、先生をいじめるんじゃない」


 青木先生が笑いながら、たなっちの向かいに席を取る。


「青木先生っ。いえ、あの、あたしは全然、いじめてないですよぉ?」


 あたしが慌てて言い訳すると、三波ちゃんが抗議した。


「あっ、ずるぅい、おしのちゃん。自分だけぇ」

「三波……先生、さっきから見てたぞ?」と青木先生は笑いながら、割り箸を割る。


「え~? あたしだけ悪者ぉ~?」


 三波ちゃんはため息をついて、ひじきの煮物をつまんだ。




「三波も東雲も、お母さんが料理上手そうでいいなぁ……田中先生は結婚してらっしゃるし」


 青木先生はチャーシューを一口食べる。今日はチャーシューメンなのね。あと、もやしとお豆腐と鶏胸肉の中華風サラダ。このサラダ、ダイエット女子に人気なんだよね。


「やっぱり、独身時代は栄養が偏りますよねぇ」

 たなっちもしみじみとうなずく。



「あ、三波ちゃんは自分で作ってるんですよぉ」と説明すると、先生たちは感心したように目を丸くした。


「……あたしの評価上げてどうすんのよ」


 三波ちゃんに小声で突っ込まれた。確かに……でもさっきは下がっちゃったし。



「東雲は、料理しないのか?」って、たなっちが振って来た。三波ちゃんが『ほらやっぱり』という目で見た。


「あたしはぁ……料理っていうか? お菓子ならちょっと作るんですけど」


 なんて、簡単なチーズケーキとかだけど。


「そうかぁ。まぁ料理上手じゃなくても、自分で作れた方が便利だよな」

「なぁんだ、田中先生。自炊の話ですか。一応できますけど、ひとり分は面倒で」と、青木先生が笑う。


「あ、そうなんだ? 俺は全然駄目だったから」

「たなっちって、きっと、奥さんの料理に惚れたんじゃない?」


 三波ちゃんが囁く。たなっちなら有り得るよねぇ。



「やっぱり、ひとりだと何食べても味気ないですかね……彼女もいないし」


 青木先生は苦笑した。でもあたしは嬉しくなってしまう。

 彼女、いないんだ……そっかぁ。



 * * *



 お弁当を食べ終わってから講習をしていた教室に戻ると、青木先生がもう来ていた。


「あぁ、東雲はちゃんと来たな」


 先生はにっこりと笑う。

 東雲『は』って? 席に着きながら、あたしは首を傾げる。


「本当はあと三名来る予定だったんだけどな……帰ったらしくて」


 そう言って先生が挙げた名前は、みんな青木先生目当ての子。つまり、講習について行くのが大変な子たちばかり。


 ……折角のチャンスなのに帰っちゃったんだ。


「それじゃ早速始めようか。まず今日のポイントの――」と、先生が黒板に向かう。



「あっあのっ」


 あたしはブラウスの上からペンダントを握り締め、立ち上がる。

「あの……あたしひとりだったら、黒板じゃなくても……あの……」



 先生はチョークを持ったまましばらく考えているようだった。

 これは高望みし過ぎだったかなぁ……そう思い始めた時、先生がふっと笑った。


「黒板の方が緊張しないかと思ったんだけど……まぁいいか」


 そしてノートやプリントを持って、あたしの前の席に座る。



「なんだか、先生も学生時代に戻ったような気がするなぁ」

 少し照れたように言う先生は、やっぱりカッコいい。


「こんな風に誰かに教えてたりしたんですかぁ?」


 あたしが訊くと、先生は懐かしそうな目をした。


「そうだなぁ、そういえば教えてたかも。悪友とか、彼女とかにも……」


 やっぱり、彼女いたよね。当たり前だと思っても、少し嫉妬しちゃう。


「いいなぁ。みんな、先生に教えてもらいたがったんじゃないですかぁ?」

 しみじみと言った言葉に、青木先生は首を傾げる。


「いや、そんなことはないと思うけど」

「でもぉ教え方すごい上手でわかりやすいし、優しいしカッコいい、から……」


 段々、顔が赤くなって行く気がして、あたしは下を向く。

 先生はお世辞だと思ったのか、軽く笑った。


「はは、そんな風に言ってくれるのはここの生徒だけだよ。ガリ勉タイプだったからモテなかったし」

「でも彼女いたんでしょぉ?」


 あたしは口を尖らせる。



「ん~……まぁ、一応ね。彼女も勉強好きだったから」

「やっぱり、頭いい子が好きなんですかぁ?」


 三浦先生とか、頭悪い子は嫌いみたいだし。


「いや、別に……なんだろ、たまたまその子とは一緒にいる時間が多かっただけというか……」


 そう言って、青木先生はカバンから小さなアルバムを取り出した。


「丁度、昨日実家へ行って来てね、これ……見る?」


 照れながら開いてくれたアルバムには、高校生の青木先生が写っていた。


「わぁ~。今よりなんか大人っぽい? あ、あんまり笑ってないからかなぁ」


 それでも、学校祭の準備の時とかは、友だちと楽しそうに笑ってる。



「いいなぁ……あたし、この頃に会ってみたかったかも」


 ついぽろりとこぼしてしまって、あたしは焦った。


「あ……えっと、ほら、今だったら年の差があるし……って、えっとそうじゃなくてぇ」


 更に墓穴を掘りまくってしまったあたしは、慌てて顔を伏せた。



「そうやって言ってくれるのは嬉しいけど……ごめんな」




 ――え……?


 驚いて顔を上げる。

 先生は咳払いをすると、何もなかったようにプリントを開いて説明を始めた。



 今、『ごめん』って言われた気がする……

 あたしってば、片想いのまま、告る前に失恋しちゃうのかなぁ……?


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