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朝顔の色、空の色  作者: 楪羽 聡
第一章 講習前期
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#002 恋せよ乙女 #02

「なんだよ、朝っぱらから不機嫌な声出して。美人が台無しだぞ?」


 ワイシャツ姿で入って来たパパはそう言いながら、ママのほっぺにキスをする。今日はきっちり髪型キメられたみたい。


「おはよう、(けん)くん。だってね、りぃったらまた新しい香水買ったって言うんだもの」


 ママもキスを返しながらパパに言う。

 よくまぁ、飽きずに毎日いちゃいちゃできるよね、この人たち……しかも、年頃の娘の前で。


 小さい頃、親戚のおじさんたちが「あんたたち、キョウダイはまだなのかい?」なんて言ってたけど、今ならどういう意味で言ってたのかなんとなくわかる。だって、テレビに出ているような子だくさん夫婦になっててもおかしくないイチャつきっぷりだもの。


 むしろなんであたしひとりっ子なんだろう?



「おっ? (みどり)もようやく色気づいてきたかぁ? って、香水なんてそんなに持ってたのか? パパ知らんぞ」

「香水はこないだ初めて買ったの。ママが言ってるのは、制汗剤のことだと思うけど。あれも香りがついてるから」


 コーンスープをすすりながら説明すると、パパは大袈裟にうなずいた。


「ああ、新商品が出たって言ってたっけ。そうだよなぁ……パパが知らないなんて、有り得ないもんなぁ。うん」

「なんでママよりパパのが、りぃのことに詳しいのよ?」


 ママも自分のトーストを載せたお皿を持って座り、バターを塗り始める。ママはこんがり、カリカリに焼いたトーストが好きなのよね。


 パパは、ママの疑問に当然という顔で笑った。


「ん? あったりまえだろぉ? 翠はパパの大事な大事なお姫様だもんなぁ」

「その調子じゃ、彼氏ができた時に大変よ?」

「何が大変なんだよママ。翠の彼氏なんて、み、翠が決めた相手なら――」


 そう言いながらもちょっと青ざめてるパパの顔。もう、パパの親莫迦ぶりってのも、そろそろどうにかして欲しいんだけどなぁ。


 あたしとママは、こっそり顔を見合わせてため息をついた。



 * * *



 今日は()(なみ)ちゃんと待ち合わせて登校。三波ちゃんは数学の普通講習を受けていて、あたしはようやく受かった特進コースの講習。


 今日はどっちの講習もある日。



「ねえおしのちゃん。なんでこんな早い時間に登校するの? あたし、お弁当作るの結構焦っちゃったよ」

「だから、時間ずらしてもいいよ、って言ったじゃぁん――あ、青だよ」


 信号待ちしてる時に三波ちゃんが文句を言うけど、なんで、って訊かれるとちょっと困るな……そう考えていると、あたしたちは後ろから声を掛けられた。



(しの)(のめ)、三波、おはよう。今日も暑いけど講習頑張ろうなぁ。じゃ、また後で」



 スーツ姿に四角いリュック、そしてマウンテンバイクで颯爽と駆けて行ったのは青木先生。今日も爽やかでカッコいいなぁ。挨拶を返しながら、あたしはひとりでうきうきする。


 三波ちゃんが遠ざかる青木先生の姿を目で追いながらうなずいた。


「あ~……はぁん、そういうわけね」

「なによぉ……悪いぃ?」

「別にぃ~。納得しただけですけどぉ~? なんかおしのちゃんらしいし」


 三波ちゃんは笑うけど、あたしは結構本気なんだけどなぁ。



 ちょっとでも印象付けたくて、でもしつこくアピールするのも嫌だし。あたしなりに考えた結果、青木先生の登校時に挨拶をすることに決めたんだけど。


 それにはまず、先生が何時くらいに登校してるのかわからなきゃいけないから、マウンテンバイクの話とか、自転車レースの話とか――青木先生は、大学時代にロードサイクル部に入ってたって言ってたから――結構調べてから話し掛けたあたしって、すごいと思わない?


 ほんと、青木先生のためならどんな努力でもできちゃいそう。




「その勢いで他の勉強もすれば、大学も夢じゃないのにねぇ」

「それ、こないだ美晴ちゃんにも言われたけど……青木先生が全教科教えてくれなきゃ、全然無理だと思うの」



 もう点くらいになってしまった青木先生の姿を見つめながら、あたしはペンダントを握りしめる。

 どうか、先生があたしのことを気にしてくれますように……挨拶だけじゃなく、もっと話せますように。


 そのためならあたし、頭がバクハツしそうな数学も頑張れると思うの。




 特進コースを受講している人たちは、ほぼ全員が進学希望らしい。うちのクラスからも数人来ているけど、あたしが事前テストを受けに行った時、みんな目を丸くしていた。

 特に(あま)(みや)くん。テストが終わってからあたしの机に来て莫迦にしたような顔で言った。


(まち)()の代わりに受けに来たのかぁ? 一体どういう風の吹き回しだ? 東雲が受かるわけないじゃんよ」

「うっさいよば~か。さやかちゃんに勝てないからって、あたしに八つ当たりしないでよねぇ」


 普段なら相手にしないけど、さやかちゃんまで悪口言われた気がして、つい言い返してしまった。



 そしたら後ろで笑い声がして――振り向くと、青木先生が立ってた。

 やだぁ……口が悪い子だって思われちゃったよ、きっと。

 あたしが焦っていると、先生は笑いながら言った。


「折角テストを受けに来てくれてるのに、最初から受からないと決めつけるのは良くないよ。雨宮」


 その時の、雨宮くんの悔しそうな顔は、ちょっと忘れられない。


「東雲、テストはどうだった? 東雲って数学苦手かと思ってたけど、来てくれて嬉しいよ」


 先生のその言葉で、もう雨宮くんなんてどうでもいいくらい、あたしは有頂天になった。

 特進講習に受かった時、パパもママも顎が外れるくらい驚いていた。

 次の日、パパはケーキを買って来たし。



 青木先生の授業は、三浦先生や他の先生よりもわかりやすい気がする。

 実際の講習が始まってから、あたしは何度も積極的に質問をしに行くようになった。質問して確認し直さないと、講習内容について行けないっていう理由もあるけど。


 青木先生がいない時は三浦先生に訊くこともあるけど……


「これ、こないだ講習でやったじゃないか」って、うんざり顔されるし、三浦先生はすぐ面倒がるんだよねぇ。


 噂によると、頭のいい生徒の相手しかしたくないらしい。そーゆー先生がいるから、あたしみたいに勉強きらいな子が増えるんですけどぉ。




「東雲、大丈夫か?」


 うんうん唸りながらプリントと格闘していると、見回っていた青木先生が声を掛けてくれた。


「えっと、半分くらいは理解できたと思うんですけど……」


 あたしは書きかけのプリントを見せる。

 いくらわかりやすいといってもレベルが高い。あたしは毎回かなり必死で受講している。

 先生はそれを眺めてうなずいた。


「うん、書いてる所は計算も合ってるぞ。頑張ってついて来てるな」


 そう言って、にっこりしながらプリントを返してくれた。


「今日の午後にでも、わからない部分をもう一度確認しよう。昼食べたら、またここにおいで」

「えっ、いいんですかぁ?」


 先生の言葉に、思わず笑顔になってしまった。

 いつもはあたしが職員室に行ってるのに。先生の方から時間を作ってくれるなんて、夢みたい。



「頑張ってくれている生徒のためだもんな。先生もやる気が出るよ」


 そう言って、青木先生はまた見回りに歩き始めた。


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