表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝顔の色、空の色  作者: 楪羽 聡
第一章 講習前期
1/6

#001 恋せよ乙女 #01

『目にはさやかに見えねども』の、おしのちゃんが主人公のスピンオフストーリー。

時系列としては、第九章と第十章の間のから始まるお話になります。

「――りぃ?」



 ママが遠くで呼んでる気がする……


 でもあたしはまだ半分夢の中にいて、それを聞き流していた。



 夢の中でも夢を見ているという自覚はあるんだね。


 だって『S‐φ‐S(スパイス)』のヴォーカルRyoくんがあたしのクラスメイトになってて、担任のたなっちがお休みして、その代わりに()(がみ)トーキが副担で――Ryoくんもトーキも今やってる学園ドラマに出ているもん、それが現実じゃないことくらいはわかる。



「……もう、ちゃんと起きられないんなら、夜更かししてまで勉強する意味がないでしょっ」



 今度は耳元で聞こえた。ちょっと不機嫌そうな声。あぁ、夢が消えちゃうよぉ……どうにかして夢のしっぽをもう一度追い掛けようと、夢の中のあたしがもがいている。


 だって今は夏休みだもん。少しくらい寝坊したっていいじゃないよぉ。しかも、ものすごぉっくいい夢見てるんだからさぁ。

 ママだって、あの俳優――なんだっけ、アメリカとギリシャのハーフだとか言ってた――あのイケメンが夢に出て来たらきっと……




「今日は講習の日じゃないの? シャワー浴びる時間なくなっちゃうわよ?」



 ――講習?



 途端にあたしは慌てて飛び起きた。目の前に、たたんだ洗濯物を抱えたママが立っている。


「まったくもう、うちの眠り姫は」

「うそっ、寝坊? 今何時?」


 あたしは目覚まし時計を手に取る。でも……

「あれぇ? まだ六時半じゃない」


 ひょっとして止まってる? 電池なくなっちゃったのかなぁ? そう思ってベッドの向かいに置いてあるテレビボードのHDDレコーダーを見る。青白いデジタルな数字は『6:31』と点滅していた。


「……ママぁ~?」


 あたしのふてくされた声に、ママは笑いながら返事する。


「目が覚めたでしょ? あんた、一度お風呂入ると長いんだから……パパが洗面所使いづらいってボヤいてたわよ。あんただってパパの寝癖の頑固さはよく知ってるはずじゃない?」

「もう……あたしは構わないんですけどぉ? 気になるなら、パパが早起きすればいいだけじゃん」


 文句を言いながらバスタオルを掴んで、お風呂場へ向かう。朝ゆっくりお風呂に入れるのは、お休みの日の特権なのにさぁ。


「りぃ~? 着替えは持って行ったの?」



 ――うるさいなぁ、ママはぁ。



「面倒だからぁ、部屋に戻ってから着るしぃ」

 あたしは大声で返事をしながらパジャマを脱いだ。


 髪を洗った後は、きっちり伸ばしながらドライヤーで乾かさないと、天パがきつくてくるくるになってしまう。あたしの天パはパパ譲りで、パパも毎朝寝直しと髪のセット――それを同時にできないのがあたしたちのつらいとこなのよね――にかなりの時間を割いていることは、あたしだって知ってる。


 あたしの髪は、ママにやってもらってた頃は洗面所を使ってたけど、今は自分の部屋でドライヤーを使う。だからどうせ、部屋には戻らなきゃいけないの。

 あと、今日のテレビ番組のチェックもしなきゃだし……


 夏休みや年末は、特番やドラマの集中再放送があったりするから、番組表が載っている雑誌を三冊買わないといけない。

 普段は二週間ごとに出てる雑誌の一冊だけなんだけどね。


 お風呂場の扉を押す。キィ――と、扉の小さくきしむ音。去年まではそんなに音がしなかったんだけどなぁ。うちってあたしと同い年だから、今年で築十六年になるのよね。



「もういい加減、恥じらいってものを覚えて欲しいんだけど……」


 キッチンに戻ったママがまだ文句を言ってる。恥じらいって言ったって……赤ちゃんの頃から裸を見られているのに、今更恥ずかしがったってねぇ。



 シャワーを浴びるのに三十分。髪を乾かして、制服を着るまでにまた三十分。でも早く起こされた分、いつもよりずっと早く準備が済んでしまった。


 あたしは朝のニュース番組をぼんやり眺めながら、チェストの一番上の引き出しを開ける。若い女子アナが、流行のファッションやアクセサリーを紹介するコーナー。ここだけはいつもチェックするから、録画もしてる。

 でもやっぱりリアルタイムで観られるのが一番だよね。早速その日に話題にできるもん。



「――で、今日はデザイナーのハマグチさんに……」


 あぁ、これ、こないだ天文のみんなと出掛けた時に見たやつだ。カワイイのが二種類あって、これとどっちを買おうかすごく悩んで、結局違うのにしたけど。

 そっかぁ、できたてほやほやの商品だったのね。


「涙型のペンダントヘッドには誕生石やパワーストーンを組み合わせて、アナタだけどオリジナルのアクセサリーを……」


 女子アナの説明を聞きながら、あたしは引き出しから小さな包みを取り出した。


 ()(はる)ちゃんに呆れられながらも何店舗もハシゴして、ようやく見つけたアクセサリー。ハート型のペンダントで、香水を染み込ませられるようになっている。

 パワーストーンは、恋愛成就の組み合わせ。


 緊張でどきどきしながら、真新しい香水の瓶を開ける。どうか気付いてもらえますように……どうか、あたしのこと気にしてくれるようになりますように。


 今はそれだけで充分。だって高望みし過ぎて、嫌われるのが怖いし……



 ペンダントの説明書には、おまじないはいくつか書かれていたけど、あたしは『好きな人の名前を呼び掛ける』という極シンプルなものが気に入った。

 ペンダントヘッドに香水を垂らして胸に抱く。そしてその人の顔を思い浮かべながら三回呼び掛ける。それを、朝とお昼と寝る前の三回。



「――(あお)()先生、青木先生、青木先生……」


 まだ香水を沁み込ませていないペンダントをぎゅっと握って、先生の顔を思い浮かべてつぶやく練習。


 やぁん、どうしよ。それだけでドキドキして来る。


 青木先生……今日は会える。苦手な数学の講習で、だけど。はぁ、でも先生に会うのって久しぶりだし、ほんとに待ち遠しいよぉ。




 キッチンからはトーストが焼ける匂い。ママが呼ぶ声が聞こえる。

 あたしはちょっと悩んで、ペンダントをまた引き出しにしまってからキッチンに向かった。

 パパやママに何か言われたらちょっと照れくさいし、学校に行く時につければいいよね。



「あらぁ? りぃ、あなた何かつけた?」


 ママは鼻がいい。


「まだつけてないけど、さっき部屋で新しい香水の瓶を開けたから、それかなぁ?」あたしはトーストにジャムを塗りながら答えた。

 今日は(アンズ)のジャム。果実がごろっと大きめで、ちょっと贅沢なジャム。近所のパン屋さんにしか売ってない、特別なジャムなんだよね。


「また買ったのぉ? あんた、ほんとに飽きるの早いわねぇ」


 ママは呆れ顔でそう言うと、目玉焼きをターナーで切り分けてお皿に乗せる。



 ママは香水を二種類しか持ってない。普段ちょっとした時につけるのと、何か特別な時につけるの。どっちも有名なブランドのもので、普段つけてるのはパパが選んでプレゼントしてくれた香水らしい。


 有名ブランドだってことを教えてもらったのは中学の頃だけど、その割には同じ匂いの人とすれ違ったことがないんだよね。



 でも、あたしがコスメを色々買うのは、飽きるのが早いからじゃなんじゃないんだけどなぁ。ママにはイマイチ理解できないみたい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ