グレイ、武闘大会に出る2
カイゼルの第1試合以後、第2試合、第3試合と順当に消化していき、準決勝進出者が全員出揃った。
準決勝進出者4人の内、2人は言わずもがなカイゼルとグレイである。残り2人は魔法騎士団員と冒険者だった。
魔法騎士団員の名前はレイラ・フォン・アースレイ。出自は伯爵家の令嬢だが魔法と武芸に天性の才能があり、歴代最速で魔法騎士団の小隊長にまで登りつめた逸材だ。
彼女はカイゼルが魔法騎士団団長を引退してから6年後に入団した人物なのでカイゼルとの面識はない。だが、彼のことを尊敬しており、少しでも近づけるようにと努力し続けた結果今の地位を若くして手に入れた。
もう1人の準決勝進出者である冒険者は「閃光」の二つ名を持つAランク冒険者で名をアーサーという。
彼はエルフだが魔法よりも武芸に優れ、この武闘大会で優勝した経験もある。今現在最もSランクに近い冒険者の1人だと言われており、その実力は折り紙つきだ。
準決勝進出者4人は大会関係者と共に会議室へと向かう。準決勝の順番を決めるためだ。そして行われたクジ引きによる抽選の結果、第1試合はカイゼルvsアーサー、第2試合はグレイvsレイラとなった。
そして、その抽選から30分後。第1試合の開始時刻が訪れた。
『観戦者諸君!これより!お待ちかねの準決勝を開始する!最初に登場するのは我らが英雄!カイゼル・フォン・アルベリオン!そして!対するは今現在Sランクに最も近いAランク冒険者の1人!二つ名は【閃光】!その者の名はアーサー!』
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!』
「グレイ。儂は先に決勝で待っておるぞ」
カイゼルはグレイにそれだけを言うと舞台上へと向かっていった。
そして同じく舞台上へと向かったアーサーと舞台の中心部で5mほどの距離をとって向かい合う。
『両者準備はいいか!これより準決勝第1試合を開始する!始め!』
アルフレッドの号令とともに試合が始まった。カイゼルは先の準々決勝と同様に身体能力を生かしてアーサーに肉薄する。
アーサーは両手に1本ずつ持った片手剣をクロスさせ、カイゼルの攻撃を受けきる。周囲には「ガキーン」という鈍い金属音が響き渡った。
しかし、パワーはカイゼルの方に分があったようだ。カイゼルの剣がアーサーの身体にジリジリと近づいていく。
アーサーは「鍔迫り合いでは勝てない」と即座に理解して戦法を変える。クロスさせた剣を斜めにずらし、カイゼルの剣をスライドさせて鍔迫り合いから脱出する。そしてバックステップして距離をとろうとする。
しかし、それを簡単に許すカイゼルではない。それを見るや否や、アーサーの意図を読み取り、すぐさま追撃する。スライドされ下に向いた剣をそのままに、アーサーに再び肉薄して斬りあげる。
アーサーは再び剣をクロスさせてそれを防ぐが、カイゼルのパワーとバックステップの勢いも相まって吹っ飛ばされた。
バランスを崩したアーサーは背中から地面に叩きつけられる。そして彼が起き上がろうとした時、彼の喉にはカイゼルの剣先が向けられていた。
「……参りました。降参です」
アーサーは潔く負けを認め、両手を上げた。
『決まったあぁぁぁー!勝者は我らが英雄!カイゼル・フォン・アルベリオンだあぁぁぁー!』
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!』
アーサーは土がついた服を軽く払うとカイゼルに向き直った。
「やはりカイゼル様はお強いですね。実は私、20年前の【アウステル会戦】で同じ戦場にいましてお見かけしたことがあるんですよ」
「ほう。そうじゃったか。あの戦いは中々に骨が折れたのを覚えておるわい」
「ええ。もうあんな戦いは御免ですね」
「そうじゃな」
「ああ、お引き止めして申し訳ありません。決勝戦応援しております」
アーサーはそれだけ言うと、軽く会釈して控え室へと戻っていった。
先ほどアーサーが言っていた【アウステル会戦】とは20年前に起きた対帝国戦争のことだ。かの帝国、【ガーランド帝国】と【フランツ王国】は長い間敵対関係にあり、20年前の秋頃、ついに両国が衝突したのだ。
両国の戦いは熾烈を極めたが【フランツ王国】が辛うじて勝利した。現在はその時に結ばれた平和協定や、帝国皇帝の世代交代によって敵対関係は解消されている。
ちなみに冒険者に戦争参加義務はないので、アーサーは義勇兵として参加したと思われる。
カイゼルはアーサーに続くように控え室へと戻っていく。その間も観客たちは興奮冷めやらぬようで、しきりに指笛の音や雄叫びが聞こえてきた。
「お疲れです」
「次はお主の番じゃな。ここまできて、もし『負けた』なぞと言ったら儂は怒るからのう」
「言われずとも。負ける気などさらさらありませんよ。俺の目的は不名誉な噂が流れるきっかけとなったカイゼルさんをブチのめすことですから」
「ほう?やれるものならやってみるがよい」
「ええ。そのつもりですよ」
「ワハハハハハハハハハ」
「ククククククククク」
わざとらしく、そして不気味な2つの笑い声が控え室に響いていた。
♦︎♦︎♦︎
グレイの試合、つまり準決勝第2試合はカイゼルたちの第1試合が終わってからすぐの開始となった。
『これより!準決勝第2試合を開始する!まずは紹介だ!準々決勝第3試合で終始相手を手玉に取り、堅実に勝利をもぎ取った現魔法騎士団小隊長!レイラ・フォン・アースレイ!』
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!』
『続いて!その実力は未だ未知数!Aブロックから勝ち上がった今大会のダークホース!珍しい色彩を持つ獣人族!その名もグレイ!』
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!』
先ほどのカイゼルたちの第1試合での盛り上がりが続いているのか、大して活躍していないグレイの紹介に対しても観客たちは大盛り上がりだった。
『それでは!始め!』
グレイは、剣を正眼に構えたレイラを見る。流石はエリートが集う魔法騎士団の小隊長だ。その構えにはどこにも隙がない。その構えと面構えを見れば人間種で上位の実力保持者というのも頷ける。
だが、今回は相手が悪かった。なぜなら相手、つまりグレイは世界最強クラスの人間なのだから。無論それは人間種だけではなく全生命体で、という意味である。
世界の果てに住まう龍たちの王や、一国で全世界の国を敵に回せるほどの実力がある魔国、その王たる魔王。そんな伝説的な存在たちと肩を並べる強さをグレイは持っている。いや、むしろ彼らでさえ本気になったグレイには敵わないだろう。
グレイの本領は魔法と刀技のコンビネーションなのだが、仮に魔法が使えなくともその刀技は超一流の域にある。それは当然刀だけでなく、剣技においても発揮される。
グレイは袈裟斬りに振り下ろされたレイラの剣を半身でかわし、右手に持った剣を横一閃にする。
レイラは袈裟斬りに振り下ろした剣では防御は間に合わないと判断し、咄嗟に大きく跳びのき、辛うじてグレイの剣を避ける。そして態勢を整えるために一旦距離をとった。
グレイはそんなレイラを追撃する。レイラも剣を振るい応戦するが、グレイの剣技はレイラのそれのさらに上をいく。練達した技術でレイラを圧倒、攻撃は華麗にかわしていく。そして、レイラにできた一瞬の隙をついて肉薄すると彼女の喉に剣の腹を添えた。
「参った。降参だ」
レイラは両手を上げて降参の意を示した。
『決まったあぁぁぁー!勝者はグレイだあぁぁぁー!』
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!』
「カイゼル様と一緒にいたから強いだろうとは思っていたが、まさかここまでとはな。決勝頑張ってくれ。応援している」
レイラは片手を差し出した。グレイはその手を握り握手した。握手を解くと、レイラは控え室へと帰っていった。
何はともあれ、決勝戦進出者が出揃った。言わずもがなグレイとカイゼルの2人だ。2人は元々、相応しい舞台で決闘するために武闘大会に参加している。それが決勝戦で実現することになるとは2人の運は中々に神ってるようだ。
そして、準決勝第2試合後、30分の休憩を挟んで決勝戦の開始時刻が訪れた。
グレイは大会前にエリザベートから「どうぞ衆人の前でコテンパンになさってください!」とのお墨付きを貰っているので手加減するつもりはない。
グレイも元よりそのつもりだ。その理由は言うまでもなく私怨だ。グレイは忘れない。アルベリオンで騎士たちに流れている噂の元凶を作った存在を。
グレイが舞台に出るとカイゼルはすでに待っていた。
『これより!決勝戦を開始する!登場するのはこの人!カイゼル・フォン・アルベリオン!そして!今大会のダークホース!グレイ!』
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!』
『では!始め!』
「雌雄を決する時が来たようじゃな」
「そうですね」
「フハハハ!……では行くぞ!」
そして決勝戦は始まった。
カイゼルは今までと同様身体能力を生かして突進し、剣を袈裟斬りに振り下ろす。
グレイはその攻撃を同じく剣を袈裟斬りに振り下ろすことで受けた。
周囲には「ガッキーン!」という甲高くも鈍い音が響き渡る。2人は鍔迫り合いになったが、互いに押しも押されもしない膠着状態に陥った。
さて、突然だが2人の違いはなんだろうか?それは当然、年齢や種族が挙げられるだろう。しかし、それ以上に大きな違いがある。それはグレイの身体がゲーム由来のチートスペックであるということだ。
決勝戦が始まってから30分ほど経つと、そのスペックの差が露呈し始めた。カイゼルは肩で息をしているのに対し、グレイは全く疲れを見せていないのだ。
剣技自体はプレイヤーの自由度が高いMagick and Sword Onlineにおいて習得したグレイ独自のものだが、スタミナ、魔力といった点はアバターのLevelを上げれば自然と向上する。グレイのアバターは最大Levelだったので、その値は膨大となっているのだ。
これが意味することは何か?それはすなわち勝負の決着である。
グレイは距離を取るために一旦離れたカイゼルに接近し剣を正眼に振り下ろす。カイゼルは辛うじて剣でガードするが、最初のような力強さはない。
グレイはそのまま鍔迫り合いに持ち込み、カイゼルを後退させる。そして思い切り剣を振るいカイゼルの剣をその手から弾き飛ばすと剣先をカイゼルに向けた。
「……ふう。降参じゃ」
『決まったあぁぁぁー!勝者はグレイ!鬼のカイゼルが敗れたあぁぁぁー!』
『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!』
「やはりお主は強いのう。魔法がなくてもここまで強いとは……。剣技だけなら勝てると思ったんじゃがのう」
「カイゼルさんは俺が今まで戦った人間の中では一番強かったですよ。何回か危ないところもありましたし」
「ふ、ふんっ!そんな慰めはいらんわい!」
(……ツ、ツンデレだ……)
60過ぎのおじさんはツンデレだったようだ。
何はともあれ、第120回【コンノーブル武闘大会】はグレイの優勝で幕を閉じた。