グレイ、過去を振り返る
カイゼルから決闘を申し込まれて3日が経過した。なんでも決闘に相応しい場所を準備するつもりらしく時間がかかるのだそうだ。ちなみにカイゼルは3日前のあの決闘宣言直後、セバスチャンに促されるままに扉を修理していた。修理の最中、常に後ろで見張っていたセバスチャンは非常に迫力があったとだけ記しておく。
「グレイ様。祖父がご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」
ここは約1ヶ月の間エリザベートと訓練している草原内の訓練施設。
グレイたちはそんな元草原の一角にて土魔法で作ったテーブルセットで一休みしていた。その最中、エリザベートは3日前の祖父の痴態、もとい暴走を謝るのだった。
「大丈夫ですよ?気にしてませんし」
「そうですか……。決闘になったらお爺様をどうぞ遠慮なくコテンパンにしてください。私、お爺様に対して怒ってるんです」
「そうですか?まあ、ただカイゼルさんを無視するのとかはやめてくださいね。エリーに無視とかされるとあの人は何をしでかすか分かりませんから……」
グレイは遠い目をしていた。
「あう……その節は私の不注意な言動が結果的にご迷惑をおかけする形となってしまって本当に申し訳ありません……」
「まあ、気にしないでください。エリーは悪くないですから……」
そう。あれはカイゼルの屋敷に来た日から20日目の出来事だった。
♦︎♦︎♦︎
グレイは20日も経つと新天地での生活にも慣れてきていた。人間というのは存外適応力は高いのかもしれない。
そんな彼はカイゼル宅の一室に寝泊まりし、毎日決まった時間にエリザベートを連れて草原に行き魔法の訓練をするという日々を送っている。
だが、今日ばかりはいつもと違う1日を送る予定だ。
グレイは準備を終えると早速出発した。足はないので歩いていく。
街に着くと、まずは金を手に入れるために冒険者ギルドへと向かった。魔物の売却は冒険者ギルドを通さなければならないからだ。なんでも、そうすることによって討伐数を把握し、異常が起きた際に気付きやすくする狙いがあるそうだ。
冒険者ギルドは朝のピークを過ぎているためか非常にガランとしていた。流石は国を構成する主要都市のギルドとあって真面目で精力的な冒険者が多いようだ。
グレイは受付へと向かう。魔物素材を売却するためには冒険者ギルドのカードが必要だからだ。
「こんにちは。御用件はなんでしょう?」
受付嬢はギルドの顔である。そのため、見目が良い者が就く。グレイが向かった受付にいた嬢もその例に漏れず綺麗で可愛らしい人だった。クリクリとした目、高い鼻梁、キメの細かい色白の肌etc……。何よりも頭の上に付いている猫耳が彼女の魅力をさらに引き立てている。
「今日は新規の登録をしに来ました」
「承知しました。では、こちらに必要事項をご記入ください」
受付嬢はカウンターの下から1枚の用紙と万年筆を取り出してグレイの前に置く。
「代筆は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です」
この世界の言語は日本語と英語が混在しているものなので読み書きは問題ない。
「書けました」
グレイは書いた用紙を受付嬢に渡す。
「はい、確かに。少々お待ちください」
受付嬢は奥へと引っ込んでいった。そしてオフィスにある印刷機のような形をした魔道具に向かい、何かしらの操作をしだした。十中八九ギルドカードを発行する魔道具だろう。
受付嬢は1分ほどで戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがギルドカードです」
受け取ったギルドカードは光沢のない銀色で上から順に名前、年齢、性別、冒険者ランクが彫り込まれていた。文字の部分が黒くなっているのは、彫り込む際に何かしらの塗料も一緒に流し込んでいるからだろう。
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name:グレイ
age:16
sex:男
runk:G
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「ありがとうございます」
「いえいえ。冒険者の説明は必要ですか?」
グレイはなんとなく想像できていたが、齟齬があるといけないので、とりあえず聞くことにする。
「お願いします」
「はい。まず冒険者にはGからSまでのランクが存在します。依頼には推奨ランクが設定されておりまして、推奨ランクが自らのランクと同じものを受注することができます。ここまでで何かご質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です」
やはり、よくある冒険者の設定と同じらしい。特に疑問点もないので次の説明を聞く。
「次にランクの上昇についてです。ランクはCランクまでは自分のランクと推奨ランクが同じ依頼を30回連続成功させると上昇します。Bランク以上は30回連続成功と試験によって決定します。ちなみに依頼を失敗しますと報酬金の8割を支払っていただくことになります。説明は以上です。何かご質問はありますか?」
「冒険者には義務はあるんですか?」
「基本的にはありません。ただ、【魔物大行進】が起きた場面に居合わせた際には召集がかかることはあります。その場合の討伐への参加は義務となります。滅多に起きることはないですけどね」
「ありがとうございました。……ああ!魔物の素材を売りたいんですけど、どこに行けばいいですか?」
「魔物の買い取りでしたら隣の建物で行っております」
「ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。ああ、最後に私はメリッサと言います。以後お見知り置きを。それではこれから頑張ってくださいね」
「ええ」
グレイは受付を離れ、そのまま冒険者ギルドを後にする。そしてその足で隣接する魔物解体場に行く。解体場は大型の魔物を解体することもあるため、かなりの広さがあった。
グレイは受付へと行き、魔物を出していく。流石にGランク冒険者がドラゴンをいきなり出せば騒ぎになるのでFランクのゴブリンやEランクのオーク、Dランクのオーガなどを出していく。とりあえず10体ずつをアイテム袋から出すふりをしつつインベントリから出す。
5分ほど待つと査定が終了し、合計で銀貨7枚と大銅貨5枚枚を受け取った。この世界には石貨、鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨の9種類の貨幣がある。価値は以下の通りである。
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石貨=1G
鉄貨=10G
銅貨=100G
大銅貨=1.000G
銀貨=1万G
大銀貨=10万G
金貨=100万G
大金貨=1000万G
白金貨=1億G
※1G=1円
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つまり、グレイは今回の売却で7万5千G、日本円にして7万5千円を手に入れたということだ。
グレイは解体場を後にし市場へと向かう。しかし、その途中騎士と思しき数人の男がこちらを見てヒソヒソと話しているのが目に止まった。グレイは獣人の固有能力とも言えるハイスペック五感を駆使して会話を聞き取る。
『おい、あれだろ?例の噂の……』
『ああ。灰色の獣人なんか珍しいからな。間違いないだろう』
『なんの話だ?』
『うん?お前知らないのか?俺も人づてに聞いたんだが、あの灰色の獣人は「鬼のカイゼル」を土下座させたらしいぞ』
『マジか⁈』
『おい。声が大きいぞ』
『すまん。だが、それ本当か?』
『ああ。なんでも直接見ていた騎士がいるらしいから信憑性は高いんじゃないか。しかもだな、手を出したら最後その者は半殺しにされるとの噂もある』
『怖っ!』
『ああ、だからなるべく近寄らないほうがいいぞ』
『そうだな。おお〜くわばらくわばら』
騎士たちはそそくさと去っていった。
「……」
(あのクソじじい!今度文句言ってやる!)
グレイは憤慨した。それから気持ちを沈めるのに1時間ほど瞑想したのは言うまでもない。
ちなみに噂の出処はカイゼルたちを護衛していた騎士たちである。彼らはカイゼルの護衛を終えた後、とある酒場にて慰労会をしていたのだが、その時に1人の騎士がついポロッと言ってしまったのだ。
そしてそれを耳聡く聞いていた者がいた。騎士内にて彼以上の噂好きはいないと評判の通称「吹聴のジン」だ。彼はこれを聞いた後、会う騎士たちに吹聴して回ったのだ。
この噂は騎士たちの間で爆発的に拡散された。そして次々と尾ひれはひれが付き、今や灰色の獣人は恐ろしい存在として騎士たちに認知されていたりする。人の噂は恐ろしいものである。
グレイは市場で食料を買い込むとそそくさと家へと戻った。その途中で見かけた騎士たちは例外なくグレイを見て逃げていったのは言うまでもない。
そして、グレイは翌日の訓練開始前、エリザベートにカイゼルへの口撃をやめるように諭すのだった。
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そして視点は再び、現在の時間軸へと舞い戻る。
日課の訓練を終え、カイゼル宅に戻ると、玄関の前にカイゼルが仁王立ちしているのが見えた。
グレイは内心「めんどくさそうだな」と思いながらも近づいていく。
「来たな。決闘の場が決まったから伝える。……オホンっ。お主には今から儂と王都に向かってもらう。決闘の場は……武闘大会じゃ!」
カイゼルは「ビシッ」という音が聞こえてきそうな勢いでグレイを指差しドヤ顔で言った。