グレイ、暇を持て余す
国王とその護衛一行はは周囲を森に囲まれた街道を走っていた。
王城を出発してから2日。一行は特に問題なくただただ只管に街道を走っていた。そう何もないのだ、何も。
グレイは今、何もなさすぎて暇を大いに持て余していた。今までは少しでも時間があれば錬金術に勤しんでいたため、暇を持て余すということがなかった。
だが、揺れる馬車の中では、繊細な作業を要する錬金術など取り組めるわけもない。それ故に彼は今、今までに味わったことのない空虚で手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。
というのも冒険者が動くような事態と言えば騎士団や魔法騎士団で相手に出来ないような強大な敵が現れたときだ。それ以外のちょっとした脅威、いや些事ならば騎士団と魔法騎士団が解決してしまう。
例えば、今までの2日間。魔物が全く襲ってこなかったわけではない。ゴブリンやオークなどは数体現れているのだ。しかし、そのような底辺の魔物は騎士団や魔法騎士団の敵ではなく、エンカウントする度に一瞬で斬られて終わるか、魔法で消し炭にされていた。
それも馬車が止まることなく呆気なく、だ。そんな状況では冒険者の出る幕など全くない。
護衛的には強い魔物などの襲撃がない方が良いのだが、グレイは寧ろ暇すぎて「何かしらが襲ってこないかな」などど期待するほどであった。
「暇だな」
「そうだな」
「なぁレンブラント。こういう時ってどうすればいい?暇すぎて死にそうなんだが」
「さあな。俺も今滅茶苦茶暇だ」
「はぁー、強い魔物でも現れねーかな」
「おい。まぁ気持ちはわからんでもないけどな。騎士の前で言うなよ」
「分かっとるわ」
「私も気持ちは分かります。余りにも暇すぎますからね」
「ほんとそうだな。あっそうだ。メリナに聞きたいことがあったんだ」
「何ですか?」
メリナとは共に護衛依頼を受けたAランク冒険者でフルネームをメリナ・フォン・ジッキンデンという。彼女はグレイやレンブラントとは違い、王都を活動拠点とする冒険者で伯爵家のご令嬢だ。
彼女は冒険者登録から僅か半年でAランクまで上り詰めた実力者で19歳でありながら武勲を上げ、その功績から名誉男爵位を与えられている。
火魔法を好んで使うその姿から与えられた2つ名は【炎帝】。世間では【爆炎の魔女】などとも呼ばれている。
「王都の学院って、魔法のレベルはどうなんだ?他の街の、例えば【ウィッカ魔法学院】とかと比べて」
「そうですね、私は王都の学院を出てますけど、上級魔法が使える人が出るかどうかという感じでしたね。【ウィッカ魔法学院】は毎年上級魔法が使える魔法師を何人も輩出しているので、レベル的には【ウィッカ魔法学院】の方が高いですね」
「そうなのか」
「急にどうされたんですか?」
「実は弟子がいるんだけど、その弟子が【ウィッカ魔法学院】に通っててな。だから他の学院のレベルはどうなのかな?ってな」
「弟子がいるんですか。すごいですね。私よりも年下なのに」
「まぁ弟子をとったのは、ただの成り行きだけどな」
「こいつの弟子は凄いぜ?なんてたってあの天下のアルベリオン公爵家のご令嬢だからな」
「ア、アルベリオン公爵家⁈」
「ッ⁈敵襲ですか⁈」
メリナの大声で、最後の同乗者である女性が剣に手をかけ飛び起きた。
「あっ、ごめんなさい。大声を出してしまって……」
「あっ、敵襲ではないのですね」
メリナの大声で飛び起きた女性は【剣姫】の2つ名を持つAランク冒険者サンドラだ。彼女は普段は寝ることが好きでよく寝ている。むしろ寝てる姿の方がデフォであり、何処ででも寝ることができる。そして、戦闘に関しての逸話もさることながら、こと寝ることに関しての逸話もある。
曰く、寝ながら食事をしていた。
曰く、会話の途中で眠りに落ちた。
曰く、寝坊しなかったことはない。
などなどだ。彼女はそれらの逸話から【剣姫】の2つ名の他に【眠姫】【寝坊助淑女】【遅刻の女王】【睡眠食い】といった呼ばれ方をされている。
しかし、彼女はそうした面がある一方で、戦闘になると性格が変わり、ハキハキとしたキャラになる。そして、嬉々として魔物を斬り裂いていくため、その姿から【狂乱淑女】とも言われている。
「私はまた寝ます。着いたら起こしてください」
彼女はそう言うと、すぐさま寝る体制に入り数秒後には寝息が聞こえ始めた。どうやら夢の世界へと旅立っていったようだ。
「……すぐ眠れる才能が羨ましいな」
「そうですね」
「そうだな」
グレイのそんな感想に同意するメリナとレンブラントであった。
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そして時間は進んでいき、今日の移動は終了した。これから野営のための陣を築いて、そこに一泊する。各々は馬車から降りると、野営の準備を始めた。
ある者はテントの組み立てを。
ある者は食事を作るための薪の収集を。
ある者は馬の世話を。
各々が誰に言われるでもなく仕事をこなしていく。
やがて、全ての準備が終わると、収集した薪に火をつけ、料理を始める。
料理は3つのグループーー冒険者グループ、国王グループ、騎士団グループーーに分かれ、それぞれのグループにメイドが派遣され、料理を作っていく。
護衛中の食材は全て国王側が持つそうで、かなり豪華な食材が用意されている。というのも国王も口にする食材なので下手なものは食べさせられないのだ。
そのおこぼれに預かれるのだから、グレイたちにとっては至れり尽くせりな話である。
結論から言えば、メイドが作った料理は絶品だった。食材のレベルの高さもさることながら、料理のレベルの高さを十分に感じさせる腕であった。おそらくは王都で店を開いても繁盛間違いなしだろう。
聞くところによると、国王専属のメイドともなると、様々なことが出来なければ雇われないらしい。
何はともあれ、料理を堪能したグレイは見張りの任があるので、それまで仮眠をとることにした。
見張りは冒険者1人と騎士数人で行う。時間は1グループあたり2時間だ。
グレイが仮眠をとってから数時間。やがて見張りの時間が訪れた。しかし、魔物はおろか盗賊といった存在が出現することはなかった。
グレイが見張りを終え、再びの眠りに落ちてからも襲撃はなく、平和な野営に終わるのだった。
そして夜は更けていき、帝国到着予定日の今日になった。
今日は晴天。その言葉が相応しいカラッとした良い天気だ。グレイたちは天気につられるように晴れやかな気分で起床すると荷物を整える。そして帝国目指して一行は出発するのであった。
このときはまだ、帝国で何が起こるかは誰の知る由もなかった。




