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【閑話】儚いサボり魔たちの祝宴

 

 アルベリオン公爵家が治める【魔法都市アルベリオン】。そんなアルベリオンは大きさでは【フランツ王国】内の都市で3本の指に入る。故に城壁の中の広さは広大で、城壁内部には山や森、湖さえ存在している。


 そんな広大なアルベリオンのとある森の中には1軒の屋敷が建っていた。神秘的な湖の湖畔に佇むその屋敷はアルベリオン公爵家の先代当主カイゼル・フォン・アルベリオンが建てたものだ。


 視点はその屋敷のとある一室へと入る。


 その一室には現在、2人の人物がいた。白髪碧眼に鍛えられた身体を持つ人物と、背が高い燕尾服を着こなした人物だ。


 前者はアルベリオン公爵家先代当主にして屋敷の所用者カイゼル・フォン・アルベリオン。後者はこの屋敷の執事にしてアルベリオン公爵家の元使用人筆頭セバスチャンだ。


 カイゼルは今、その部屋ーー執務室にて膨大な量の書類にサインをし続けていた。かれこれ3時間は休まずにサインし続けているだろうか?セバスチャンはそんな自らの主人に茶を入れながら、書類整理を手伝っている。


 カイゼルは書類を黙々と消化しつつも終わりの見えない書類の山にイライラを募らせていた。


「カイゼル様。追加の書類です」


 セバスチャンはカイゼルから見えない位置に置いてあった書類を机の上に置く。


 ドンッ。


 置かれた書類の山は500枚くらいあるだろうか?


「カイゼル様。まだ別室に書類がありますので持って参ります」


 セバスチャンは執務室を出ていった。


 その瞬間、カイゼルのイライラは臨界点を超えた。


「グワァァァー!もういやじゃー!」


 カイゼルは窓を開け、執務室から逃げ出した。そして庭にある馬屋から馬を一頭出し、街の方面へと走らせるのだった。


 ♦︎♦︎♦︎


 アルベリオンの街。その中の最も栄えている区画に周囲とは一線を画す建造物が建っている。


 2階建てが主流の街中で唯一の3階建て建築で、敷地面積は王城と貴族の屋敷を除けば最大だ。また、1番の特徴として、その奇異な外観が挙げられる。西洋風の建造物が立ち並ぶ中で唯一ウエスタンな建造物なのだ。


 冒険者ギルドは今や全世界で展開されているが、元々は砂漠の国発祥だ。魔物被害が多かったその国は魔物を専門に狩る組織を構想し作り上げた。冒険者ギルドはそれが発展して出来たと言われている。


 故に発祥地のギルドの外観がそのまま利用されているのだ。そのため、世界中のどこのギルドに行っても外観はウエスタンな外観なのである。


 そんな冒険者ギルドのアルベリオン支部の一室では1人の女性が黙々と書類仕事をこなしていた。


 絶妙なプロポーションを誇る身体に、くだけた和服を着こなし、背はスラリと高い。綺麗な濡れ烏色の黒髪は肩よりも長く、顔は非常に整っている。切れ長の目は気が強そうな印象を与えるが、それが返って彼女の魅力を引き立てている。その姿はさながら妖艶な美女といった様相だ。


 彼女の名前はマーリン。冒険者ギルド【魔法都市アルベリオン】支部支部長だ。


 だが、そんな彼女は今、右手に持ったペンで書類をこなしつつも、左手の指は机をコツコツと叩きながら眉間には皺を寄せていた。いかにも「私、不機嫌ですっ!」といった雰囲気を漂わせている。


 彼女が不機嫌な理由。それは書けども書けども終わりがみえない書類の山が目の前にいくつも聳え立っているからだ。


 彼女は元来、じっとしているのが苦手な性分であり、仕事嫌いでもある。つい最近までは書類仕事を部下に任せ、必要最低限のことだけをこなし、あとは自由にしたいことだけをしていた。故に支部長の仕事は苦にはならなかった。しかし、ある日今まで仕事を押しつけ……もとい任せていた部下の堪忍袋の尾が切れて以来、今まででは考えられない量の仕事をすることになってしまったのだ。


 その後も度々に逃げ出してはきたが、その度に捕まり、部屋に閉じ込められて仕事をさせられている。


 今日も今日とて、そのような形で仕事をこなしていたのだが、ここ数日に限って今までの倍以上の仕事をこなさなければならなかった。


 そんな形で仕事と格闘すること3時間と半。とうとう彼女の我慢は限界を迎えた。


「あぁぁぁー!もういやよー!出て行ってやるっ!」


 そう叫ぶなりマーリンは逃走を開始する。今、彼女がいる部屋ーー支部長室は外から鍵がかけられ、窓には鉄格子が嵌まっている、前にはそんなものはなかったのだが、度々逃げ出すマーリンに業を煮やした副支部長のリリアナが設置した。


 ちなみにそれらは全部魔法による強化も施されているので、ちょっとやそっとでは壊すことはできない。しかし、ここにいるのは、かつて冒険者として最高位のSランクまで登り詰め、【魔神】とまで呼ばれた魔法巧者だ。そんな彼女にとって、この程度の強化など問題にもならない。今まで壊さなかったのは壊した後が怖かったからだ。


 だが、今日のマーリンはいつもの彼女ではなかった。我慢の限界を迎えた彼女は後先のことは考えずに衝動的に行動を開始した。


「【魔法解除ディスペル】!」


 マーリンはまず強化魔法を解除した。そして、窓の鉄格子を魔法で遥か彼方に吹き飛ばすと、意気揚々と街へと繰り出すのだった。


 ♦︎♦︎♦︎


 そして、時は進み、視点は街中へと舞い降りる。


 ここはアルベリオンにある裏通り。この辺りには昼間でも開いている酒場がいくつもある穴場のような場所だ。この場所には息抜きに来る者や酒好きな者、遊び人など、そんな人物がよく訪れる。


 そんなアルベリオンの裏通りで、2人の人物が邂逅した。


「むっ。お主は確か支部長の……」


「貴方は!カイゼル様ではないですか!」


「どうしたのじゃ?」


「カイゼル様こそどうされたのですか?」


「うむ。実はじゃな、ああいや、その前にこんなところで話すのもなんじゃし、儂の行きつけに案内しよう。奢るぞ」


「それもそうですね。ご相伴に預かるといたしましょう」


 それからカイゼルたちは彼オススメの隠れ家的な店に入った。渋さ際立つ店内は落ち着いて飲むのに適した雰囲気だ。


「いい店ですね」


「そうじゃろそうじゃろ。儂のお気に入りの店じゃ。……して、マーリン殿は何故あんな所におったのじゃ?」


「ああ、それはですね。実はーー」


 それからマーリンは語り出した。部屋に閉じ込められて仕事をさせられていたこと、部屋に鍵と鉄格子までつけられていたこと等々。


 カイゼルもまた、自らの状況と同じことになっているマーリンに同情し、自らがされた非道な行いーーただの仕事ですーーを彼女に話す。


「カイゼル様、大変ですね」


「全くじゃ。じゃが、お主も苦労しておるようじゃのう。……よしっ!今日は飲むぞ!宴じゃ!」


「いいですね!マスター!オススメをくださる?」


 2人は意気投合し、酒を飲みつつ会話を弾ませた。


 そして酒を飲み、気が大きくなった2人の会話は、やがて2人に仕事をさせているセバスチャンとリリアナへの悪口大会へと変わっていくのであった。


 曰く、セバスチャンは石頭。曰く、リリアナはチビ。曰く、セバスチャンはハゲ(※実際はハゲていません)。曰く、リリアナはロリババア(※老齢ではありません)。曰く、曰く、ーー。


「「マスターもそう思う(じゃろ)(わよね)!」」


「え、えーと、そ、それは、ど、どうでしょうかね……」


 チラチラとカイゼルとマーリンの背後を見ながら歯切れの悪い相槌を打つマスター。


「どうしたんじゃ?マスター。さっきから後ろをチラチラ見て」


「どうしたのかしらね?」


 カイゼルとマーリンは後ろを振り返る。その瞬間2人の顔は青を通り越して白に変わった。”血の気が失せる”とは、まさしく今の彼らのことを言うのだろう。


 後ろには2人の人物がいた。燕尾服を着た老人と見た目12、3歳くらいの少女だ。言うまでもなくセバスチャンとリリアナの2人である。2人はそれぞれ主人と上司を探していたのだが、目撃証言を聞いてこの店を訪れた際、店の前で出会ったのだ。


「カイゼル様?探しましたよ。何故、仕事を放り出して昼間から飲んでいるのですか?」


「い、いやな、た、偶には息抜きも必要だと思うのじゃ……」


「なら、もう必要ありませんね?では、屋敷に戻りましょうか。3日間ほど頑張っていただきます」


 セバスチャンは凍りつくような笑みを浮かべる。そんな彼の迫力にカイゼルは頷くことしかできなかった。


「支部長?またサボりですか?私言いましたよね?次やったら3日間徹夜だと」


「リ、リリアナ落ち着くのよ!今は……今はそう!ただの息抜きよ!ちょうど今から戻って仕事の続きをしようと思っていたのよ!」


 マーリンはタラタラと冷や汗を流しながら必死に三徹を逃れようと言い訳をする。


「そうですか」


「そうよ!分かってくれた⁈」


「はい!よく分かりました!支部長は仕事が好きなんですね!いいでしょうとも!私も一肌脱いで三徹に付き合いましょう!ふふふふふふふふふふふふ」


 マーリンの未来は決まった。


 サボり魔たちの祝宴は開始10分で儚くとも終わりを告げるのであった。


 この日から3日間。アルベリオンのとある2箇所の部屋では馬車馬のように仕事をさせられる2人の人物がいたそうだが、ほとんどの人にとっては知らぬ話なのであった。


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