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グレイ、獣王国に行く

 

 ガタゴトガタゴト。


 街道を1台の幌馬車が走っている。


 街道の周囲には広大な草原が広がり、そこに生える草花は柔らかな風を受けて揺れている。空には雲が一つもなく、その空に見える太陽は爛々と輝き、まるで”我ここにあり!”と激しく自己主張しているかのようだ。


 そんな牧歌的な雰囲気の中を走るその幌馬車には2人の人物が乗っていた。


 1人は金髪碧眼に長く尖った耳をもつ整った顔立ちの少女である。それらの特徴は森の民と呼ばれる森人族エルフのものだ。歳の頃は10代半ばといったところだろう。


 もう1人は灰色の髪に琥珀色の瞳を持つ少年である。特徴的なのは頭の上に2つの獣耳が付いていることと、尻尾が付いていることだろう。彼はいわゆる獣人族ビーストと呼ばれる種族だ。彼もまた少女と同じく10代半ばくらいの歳だろう。


 その2人の人物は御者席に横並びで座りながら会話をしていた。


「それにしてもカナリアが馬を操れて良かったよ。さもなければ歩いていくか、ずっと馬に乗る羽目になったからな」


「そうですか?」


「ああ。でも悪いな。ずっと御者させて……」


「いえ、私はグレイ様の奴隷ですし、これくらいしなければ、バチが当たるというものです。ただでさえ、良い暮らしをさせてもらえているのですから。それに加え、まるきり店も任せてもらえてますし」


「そうか?まあ、これからも諸々よろしく頼むよ」


「はい!」


 エルフの少女ーーカナリアは元気よく返事をする。


 今彼らは【レティーア獣王国】を目指している。その目的は【フランツ王国】からの親書を獣王国に届けることであり、冒険者ギルド【魔法都市アルベリオン】支部支部長マーリンからの指名依頼だ。


 アルベリオンから獣王国までは馬車の速度で約1週間。往復で2週間超の長旅だ。今日は出発してから1週間目。あと数時間もすれば到着するだろう。


「帰りは転移魔法陣で楽できるから残り頑張ってな」


「了解です」


帰りは店に設置した転移魔法陣で帰ることができるので一瞬だ。転移魔法陣は設置の都合上、一度行ったことがあり、且つ設置をしておかないと使えないので、初めて行く場所には直接出向かなければいけないのだ。


 何はともあれ、馬車は獣王国目指して突き進む。



 ♦︎♦︎♦︎



「これが獣王国か。綺麗なとこだな」


「これは……凄いですね」


 グレイたちの目の前には幻想的な光景が広がっていた。


 あのあと、グレイたちは街道をひたすら進んでいき、山を登っていた。そして、やがて現れた谷間を進んだ先に現れたのが獣王国の王都【クノッソス】であった。


 その王都は深い谷に周囲を囲まれており、そのさらに外側は崖に囲まれている。その姿はまるで自然の要塞に守られているようだ。谷には巨大な橋が架り、それを渡らなければ王都には入れないようになっている。また、谷と王都との境目には堅固な城壁が建ち周囲を囲んでいるのが見える。そして何より1番特徴的なのは王都中心部に生える巨木だろう。


 その巨木の名前は【世界樹ユグドラシル】。この世界に数本しか生えていない貴重な木だ。他の自生地としては【エルフの里】がよく知られている。


 世界樹は周囲の魔力を吸収して成長し、1年中葉が青々と茂る常緑樹だ。その葉や幹は錬金術や創薬術の最高級素材として使われている。


 グレイたちは橋を渡り、門に向かう。門には行列とまではいかないが、それなりの数の人が並んでいた。やはり、獣王国の王都ということで並んでいるのは獣人が多いようだ。


 グレイたちはその列の最後尾に並び順番を待つ。


 数十分待つと順番が回って着たので、門番にギルドカードを見せる。カナリアにも依頼について着てもらうのに必要だったので事前に作ってある。


 獣王国では強い者が尊敬されるというのは本当のことらしく、Sランクのギルドカードを見せた途端に門番は恐縮し、速攻で通行が許可された。カナリアも連れということで特に審査もなく、通行が許可された。Sランクパワー恐るべしである。


 グレイたちは門から伸びる大通りを進んでいく。


 王都【クノッソス】は木材と石材を融合させた建築が主流のようで、建ち並ぶ商店や民家は全てがそうした建築であった。


 繁栄度という点において言えば【フランツ王国】の王都やアルベリオンには及ばないが、活気という点において言えばこちらの方があるかもしれない。


 グレイたちはそんな街を尻目に王都【クノッソス】の中心部にある王宮ーー通称【クノッソス宮殿】へと向かうのだった。



 ♦︎♦︎♦︎



「申し訳ございませんが、あと1時間ほどお待ちください。中庭などにいかれても構いませんので、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ。何かございましたら、室外に控えております使用人にお申しつけください」


 王宮に勤める使用人が言った。


 グレイたちは王宮に到着し、要件を告げた後、応接室に案内されていた。なんでも、獣王がすぐには時間がとれない状況にあるらしい。


 グレイは”使用人に親書を渡して終わり”という形でも良かったのだが、彼は仮にも【フランツ王国】の使者という扱いだ。国の長たる獣王が直接応対しなければ、【フランツ王国】に対しての失礼にあたる。


 そこで、獣王の時間が空くまでの1時間ほどを用意された部屋で待機することになった。だが、1時間後に部屋にいれば、中庭とやらに行っても良いそうだ。


 という訳で、グレイは1人で中庭に行く。カナリアは移動中の多くの時間で行者をして疲れたそうなので、部屋で休憩しているとのことだ。


 中庭は中々に広く、ちょっとした林のような場所であった。中央部には池、そしてその池の中心には島があり、世界樹が天に届かんばかりに背を伸ばして生えている。


「これが世界樹か。……凄いな」


「あの、何方様でしょうか?」


「??」


 グレイは突然聞こえてきた声に驚く。周囲を見渡すと、木の陰になっている場所に金髪茶眼の少女がいた。


 少女は気を背にして座りながら、うたた寝をしていたらしい。それ故にグレイは気配が感じられず気づかなかったようだ。


 グレイは少女を見る。その少女は獅子の獣人で簡素なドレスを身にまとっていた。顔立ちは整っており、可愛らしいも美しい容貌だ。見た目から察するに歳は15歳前後だろうか?


そんな彼女のことをグレイはつい、マジマジと見てしまう。そして、彼は心の中に一つの色が灯ったのを感じた。


(一目惚れってこういう感じなんだな……)


 しかし、惚けているわけにはいかない。この場所にいるということは彼女はやんごとなき身分の人物だろうことが予測できるからだ。グレイは居住まいを正し敬語で自己紹介をする。


「初めまして。俺はグレイと言います。この国には一応使者という形で来ています」


「グレイ様とおっしゃるのですね。私はエレナ・フォン・ライオネルと申します。以後お見知り置きくださいませ」


 エレナは立ち上がって貴族の礼をする。


「あの……目はどうしたのですか?」


「……病気に罹って以来、目が見えなくなってしまいまして」


「そうだったんですか……」


 エレナの目はなんの光も映してはいなかった。グレイは最初に顔を合わせた時から違和感を感じていたのだが、やはり目が見えないようだ。


「でも大丈夫ですよ?お気になさらないでください」


 エレナはグレイが気まずそうにしているのを察し、慌てて否定する。


 彼女は目が見えなくなって以来、感覚が鋭敏になり目が見えなくとも、雰囲気や声音から察することができるようになっていた。


 また、彼女は【魔力眼】を持っているので魔力の形、色などが見える。魔力はその者の内面を映す鏡でもあると言われているので、現れている色から、大まかな人物像や、大まかな感情を読み取ることができる。


「こうなってしまってから長いのです。ですから、今ではもう受け入れております」


 エレナは柔和な笑みを浮かべる。その笑みは非常に綺麗で美しかったが、どこか影が差しているようにも見える。


 彼女自身、病気を受け入れているのは事実なのだろうが、目が見えないということには少しばかりの憂いを抱いているようだ。


「そうだったんですか……。あのコレを飲んでみてくれませんか?」


 グレイはそんか彼女の表情を見て、胸が引き締まる思いを感じた。


 彼は「もしかしたら治るかも」と、インベントリから【エリクサー】を取り出し、エレナの手に握らせる。


「これはなんでしょうか?」


「俺が作った、そうですね、薬のようなものです。とりあえず飲んでみてくれませんか?」


「はい」


 エレナは半信半疑な様子で渡された薬ーー【エリクサー】を飲む。躊躇わずに飲んだところを見れば、グレイのことを信頼に足る人物だと確信しているようだ。


 エレナは飲み干すと、キョトンとした顔をする。


「グレイ様?この薬……は……一体……」


 エレナは気づいた。だんだんと目に光が戻ってきていることに。


 それを認識した途端、エレナは泣き出してしまった。


 諦め、憂い、悲しみ。そんな気持ちを今まで心の隅に押し込んできたのだろう。だが、目が治ったことで、それらの気持ちが溢れ出てきたようだ。


 エレナは泣き続けた。グレイは少しオロオロしつつも彼女の背を優しく撫で続けるのであった。



 ♦︎♦︎♦︎



「グスッ。もう、もう一生見えないのだと思っていました。グスッ。グレイ様。本当に本当にありがとうございます。グスッ」


 たっぷり数十分は泣いていただろうか?エレナは少し落ち着いてきた。


 だが、両の目にはまだ涙が溜まっている。溢れ出る涙は止まらないようだ。


 グレイは「一度王宮に帰ったほうがいいな」と思い、彼女の了解をとってから共に宮殿へと戻る。彼女はまだ、目が見えるということに慣れていないからか、少し足元がおぼつかないので、補助しながら歩いていく。


 やがて王宮に到着し、いざ中に入ろうという時に事件は起きた。


「貴様ーっ!何やっとるかーっ!」


 突如そんな声を上げながら迫り来る影が現れた。


 巨漢な獅子の獣人だった。その男はグレイに向かって殴りかかってきた。


 グレイはエレナを抱えてヒョイと躱す。


「ひゃっ」


 エレナの軽い悲鳴が聞こえたが無視する。彼女に危害が及ぶのは看過できないのでやむを得なかった。


 男の攻撃はグレイを捉えることなく、後ろにある”モノ”へとぶつかる。それすなわち宮殿の壁である。


 ドガァァァァァァーン!


 王宮の壁に大穴が穿たれた。壁を構成していた石材は部屋の反対側まで吹き飛び、扉を破壊していた。恐ろしい威力である。


「おい!あんた危ないだろーが!」


 グレイは思わず大声をあげる。


「うるさい!エレナを離さんか!」


「うるさいのは貴方様です。なんてことをしてくれるのですか?」


 破壊された壁の向こう側から2人の人物が現れた。1人はカナリアだ。そして、たった今声を発したもう1人の人物は獅子の女獣人であった。


「あ・な・た・さ・ま?一体何をしておられるのですか?」


 絶対零度の風が吹いた……気がした。その女の獣人は底冷えのする声を発し、男の獣人に問う。


「ッ!こ、この者がエレナの目が見えないのをいいことに近寄っておったから成敗をだな……」


「そうですか。訳は聞いたのですか?」


「い、いや、まだだが……」


「訳も聞かずに殴りかかったのですか?」


「う、うむ」


「はぁ。……エレナ?どうしたの?」


「お母様!目が、目が見えるようになったのです!」


「「えっ?」」


 女の獣人と男の獣人が驚いた顔をする。彼らの娘ーーエレナは幼少期に患った病気のせいで約10年に渡って目が見えなかった。その間も様々な方法を用いて治そうと試みてきたがどれもこれも全く効果がなかったのだ。


 それがここにきて、突然治ったのだと言うのだから、驚きは当然であるし、信じられるものでもない。


 しかし、エレナの喜びようを見れば、そのことが事実なのだと認識せざるを得ない。2人は本当に目が見えることを確認すると、抱き合って目が見える喜びを分かち合うのだった。



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