グレイ、指名依頼を受ける
バーミリオンで刀を受け取ったグレイは拠点を構えている【魔法都市アルベリオン】に戻っていた。ここ数日は特に事件も何もなく平和そのものだ。
あの事件ーー【アダマンタートル出現事件】の直後は大変だった。アルベリオンに戻るなり、冒険者ギルド支部長のマーリンに呼び出されるわ、アルベリオン公爵家当主のヴィルヘルムに呼び出されるわ、国王のカーディナルに呼び出されるわ、王都の冒険者ギルド支部長兼【フランツ王国】冒険者ギルド統括であるアレイスラーに呼び出されるわ……。
それでようやくアルベリオンに帰って来れたと思ったらまたマーリンに呼び出され、書類を書かされるわ……。それに後からメリッサに聞いた話だとマーリンが書くべき書類をやらされていたらしい。
グレイは思う。「俺は自由な異世界生活を送るはずだったのでは……」と。だが、この世界に来てから、そんな生活を送っていただろうか?いや、全く送っていない。故に彼は決断した。「しばらくは自堕落に過ごそう!」と。
今はそんな決意をしてから数日が過ぎたとある日の昼下がり。グレイは自らの店でカナリア相手に油を売っていた。
この店ーー【狼の祠】は今や、一部の実力者を固定客とし、それなりに稼げている。商売はまずまず成功といったところだろう。だが、その固定客には店の存在を無闇に広めないよう言い含めてあるので客が急激に増えることもないだろう。
客自身も沢山の客が来ることによって自分が買えなくなるのがイヤらしく、同意してくれている。あまり忙しくなるのはグレイもカナリアもノーセンキューなのだ。
そんな形で、今は定期的に商品を作りつつ、それをカナリアが売る。そのようにしてこの店は今成り立っている。
今日も今日とてそれは変わらず、カナリアは店番をしている。ただ、いつもと違うのはここ数日、グレイがいることだろうか。彼が今、この店にいるのは単に話し相手が欲しかったからという理由だ。
「グレイ様。あの、その……私に錬金術を教えてくれませんか?」
突然、カナリアが真面目な顔を浮かべ、意を決するかのような声音でグレイに尋ねた。
「いいぞ」
それに対し、グレイは軽い感じで了承する。
「そうですよね。やっぱり駄目……って! ええーッ! いいんですかっ?!」
「え? うん。いいけど」
「錬金術ですよっ?! 一子相伝でしか受け継がれないというあの!」
「まあ、俺のは独学だから普通の人がどんな風に学ぶのか知らんし……」
「ど、独学?!」
「そうだけど?」
「すごいです……。では、その、よろしくお願いします」
「今からやる?」
「はい!」
グレイたちは錬金術を行うための作業室に向かう。
作業室は売り場の裏手にある。作業室にはガラスの戸付きの棚がそこかしこに立ち並び、中には瓶や壺が置かれていた。その1つ1つには錬金術に使う素材が納められている。
グレイはインベントリが使えるので本来なら並べる必要がないのだが、そうすると作業室が殺風景になるので、わざわざ棚を置き素材を並べている。
彼は棚に囲まれた作業台の前に立つ。その作業台は灰色っぽい石で作られたものだ。
「さて、じゃあ始めようか」
「はい!」
「カナリアはどの程度まで出来るんだ?」
「創薬が出来るので、魔法陣の基礎は問題ありません」
錬金術で使用する魔法陣ーー錬成魔法陣は通常の魔法陣と違う点が多数ある。例えば、形であったり、書き込む文字の程度であったり。
だが、カナリアは創薬が出来るそうなので、その辺の基礎は問題ない。創薬は錬金術が派生した技術だからだ。創薬で作れるのは医薬品に限定されるが、錬金術では作れない病気の治療薬を作ることができる。
「となると、錬成魔法陣の細かい部分を教えるだけか」
腕のいい錬金術師とそうでない錬金術師の差はいくつかあるが、使用する錬成魔法陣が優れているかどうかでも決まる。この世界に普遍的に使用されている錬成魔法陣はない。よって仮に同じものを作るとしても錬金術師によって錬成魔法陣が少しずつ異なっているのだ。
ちなみにグレイが使用する錬成魔法陣は、この世界の錬金術師が見れば卒倒するような代物だったりする。彼曰く「伊達にゲームに興じていたわけではない」らしい。
「じゃあ、まずは簡単なものから。何にするか……回復ポーションでいいか。では! これより回復ポーションの作製法を教えてしんぜよう!」
「ははぁ! ありがたき幸せにございます!」
「「プフッ! ハハハハハハ!」」
カナリアが店に来てから1ヶ月。グレイは彼女とウマが合うらしく一緒にいると楽しいと感じている。彼女自身も慣れたようで様々な表情を見せるようになっていた。
「じゃあ、始め「こんにちは」よ……うか」
いざ錬金術を教えようとした時、作業室にある人物が入ってきた。
「突然だけれど、グレイさん。貴方に頼みたい依頼があるのだけれど、最近ギルド来ないから私が直接出向いて来てあげたわ」
ある人物とは冒険者ギルド【魔法都市アルベリオン】支部支部長のマーリンのことである。
「チッ。……ああ、こんにちは。マーリンさん」
「今舌打ちしたわね。バッチリ聞こえてるのだけれど……。まあ、いいわ。貴方に私からの指名依「お断りします」最後まで聞きなさいよっ! っていうかまだどんな依頼かも言ってないのだけどっ!」
「『支部長=面倒臭い』という図式が俺の中ですでに出来上がっていますんで……」
「不名誉だわ。貴方とは一度じっくりと話し合う必要がありそうね」
マーリンは半目でグレイを睨む。
「マーリン様。依頼とはなんですか?」
カナリアが興味津々な様子で依頼内容を聞いた。
「ちょっ! 待てカナリア! なぜ聞く?!」
「あっ、すみません。気になってしまってつい……」
カナリアは少しショボンとしてしまった。グレイは「少し強い言い方をしてしまったな」と反省し、彼女に小声で軽く謝る。そして聞くだけなら、と依頼内容を聞くことにする。
「……で? 依頼とはなんです? しょうがないので聞いてあげます」
「なんか上からなのが気にくわないのだけれど……。まあいいわ。依頼というのは獣王国へ親書を届けて欲しい、というものよ」
「親書?」
「ええ。近いうちにカーディナル国王陛下が在位30年を迎えるから生誕祭をするのよ。それで獣王国の長にも出席を打診したいという訳ね」
要は「お誕生日会やるから出席せんかい!」という内容の手紙をグレイに届けて欲しいということだ。
グレイが選ばれた理由は彼が獣人なので相手も接しやすいだろう、ということと単に実力があり冒険者のランクも高いかららしい。獣王国は強い者が尊敬されるので、冒険者のランクが高いほうがいいらしい。
彼は今Sランクになっているので、その点は問題ない。【四帝獣】の一角を1人で倒せるような人材がBランクなのはおかしいからということでSランクになった。ちなみに二つ名は【神狼】だ。彼の種族と【鬼神化】の魔法名をくっつけただけである。
また、グレイが選ばれたもう一つの理由としてグレイがカーディナルと知り合いだからというのもある。
まあ、そんな風に尤もらしい理由はいくつか挙げられるが、一番の理由はカイゼルの進言があったからだそうだ。
なんでもあの武闘大会以後、度々カーディナルとカイゼルが会うようになったのだとか。そして、そんなある日、カーディナルが親書を誰に持っていかせようか悩んでいた時があったらしい。そんな時にちょうど居合わせたカイゼルが「グレイ殿で良いのではないか?」などと宣ったためにグレイに白羽の矢が立った、とのことだ。
グレイはこの話を聞き、「あのジジイ許すまじ」と、心の中の許せない人リストに密かにカイゼルの名を刻み込む。
まあ、何はともあれ、グレイはこの依頼を受けざるを得ない。半ば国王からの指名依頼を断ることはできないからだ。
「分かりました。準備出来次第獣王国に向かいます」
「頼んだわ。……じゃあ仕事は終わったし遊びに行こうかしらね」
「……あとでリリアナさんにチクりますよ」
「ッ?! ちょっ! ちょっと待ちなさい! それは駄目よ! 絶対に駄目よ!」
「おや?それはフリですか? チクってくれって「違うわよ!」……いう」
「お願いよ。それだけは勘弁して。あれはもう嫌よ……」
マーリンが思い出すのはあの日の出来事だ。三日三晩一睡もさせてもらえず、ひたすら机に向かい書類を処理させられたあの地獄のような日々。
彼女の顔は当時のことを思い出したのか、顔を青くし、ガタガタと震えている。
流石にそんな態度を見てしまうとグレイもチクるとは言えなかった。それだけ恐ろしい出来事だったのだろう。彼には知る由もないが。
「はぁー。分かりましたよ。チクるのはなしです。っていうか、マーリンさん。仕事はしなければ駄目ですよ」
「……分かってるわよ。でも、今日は却下ね。出かけたいもの」
マーリンは前回の教訓から学んではいないらしい。あの事件以後、しばらくの間は真面目に働いていたのだが、今はまたサボり癖が出始めている。『三つ子の魂百まで』とはまさしく彼女にぴったりの言葉である。
「支部長?」
突如そんな声が作業室に響く。突然の声に驚くグレイとカナリアであったが、マーリンだけはその声を聞いた途端に猛ダッシュで逃げだした。しかし、現れた人物はそれを予期していたのか、マーリンを手錠で拘束する。
現れたのは副支部長のリリアナだった。
「ふふふ。支部長? 今回も仕事が溜まっています。2日ほど徹夜で頑張りましょうね?」
リリアナは花が咲くような笑顔を浮かべた。それを見れば、誰もが惚れてしまいそうな笑顔だ。だが、見る人がみれば恐ろしい以外の何者でもなかった。
現にマーリンは顔を真っ青にし、ガタガタとスケルトン宜しく震えだす。彼女はリリアナに引きづられながら退店した。
「「こ、怖い……」」
グレイは改めて思った。「リリアナには決して逆らうまい」と。
カナリアもまた「彼女には逆らってはいけない」と思うのだった。




