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グレイ、異世界に立つ

 


「ッ?!」


「グギャギャギャ」


 灰村迅は戦慄した。このような醜悪顔がこの世にあったのかと。いや、『Magick And Sword Online』で何千何万と倒しているのだから無論初めて見るわけではない。むしろ見慣れた顔といえば見慣れた顔だ。しかしながら、目覚めて最初に見る顔がこの醜悪顔なのは想像以上にキツイものがある。


 想像してみてほしい。例えば、あなたが酔っ払いで街中で寝てしまったとしよう。そして翌朝、寝起きの直後に街中に作成されているピザーー酔っ払いの嘔吐物のことですーーを目の前で見て気分を悪くしない者がいるだろうか? いや、いないだろう。つまり、ゴブリンの顔の醜悪加減は寝起きのピザと同じなのである。


 ゴブリンは最下級の魔物であるが数だけはバカみたいに多い。「一匹いれば百匹いると思え」とは『Magick And Sword Online』のプレイヤー内において知らない人はいない有名な言葉だ。まるで家に出る例の黒いアレの如く繁殖力が高いのである。


 また、ゴブリンはピンチになると仲間を呼ぶ習性がある。そのため、その習性をよく知らぬまま討伐に向かった新人冒険者が複数の醜悪顔に追いかけられるといったことがよく起きる。それ故に「トラウマ製造機」と揶揄され魔物不人気NO.1(ナンバーワン)の称号を欲しいままにする最弱ながらもある意味最恐の魔物としてよく知られている。


 灰村迅は立ち上がると腰に差してある刀を抜く。数m離れた位置にいたゴブリンは、突然立ち上がり抜刀した彼に対して武器を構えて警戒する。しかし、その武器は使われることがなかった。いつ斬られたかも分からぬままにその命を散らすことになったのだから。


「南無三……」


 仲間を呼ぶ間も無く絶命したゴブリンは地面にうつ伏せに倒れ臥す。それを見届けたあと刀の血を払い納刀する。そして改めて周りを見た。


「何処だ?ここ?」


 周りを見た後に己を見て呟いた。現在着ているのは着物をアレンジしたかのような作りの黒系統の服で、腰には2本の刀が差してある。頭には灰色の髪に隠れるようにして狼耳がついており、臀部の上部には尻尾も付いている。その姿、そしてその格好は『Magick And Sword Online』で使用しているアバターそのものであった。


「ゲームの世界? ……いや、五感が現実そのものだし。ということは……異世界? マジですか……」


 灰村迅は考えた。ここが異世界だとして自分はどうしたいのかを。


「そうだ! スローライフを送ろう!」


 誰かいれば「うおーい!」とツッコミを入れるところであるが、灰村迅をおいてこの場には現在誰もいない。彼は楽観主義的な人間であり、大抵のことは「まあ、なんとかなるだろう」と思う人間なのである。故に日本で生活していた時の人生の最終目標「目指せ! 夢のスローライフ生活」を実現することにしたのだ。そうと決まれば後は早い。まずは状況の確認と衣食住の確保だ。


 彼が現在立っているのは深い森の中である。周りは見渡す限りの木が生えているだけ。村や街ましてや都市なんぞは見当たるはずもない。


(まずは街を見つけないとな。っと、その前に設定を考える必要があるか。……森で暮らしていたってことでいいか。名前は……この見た目だし、グレイの方がいいかな)


 灰村迅、改めグレイは殺したゴブリンから魔石を取り出した後、火魔法で死体を燃やす。ゲームの世界と同じなら放っておくとアンデット化するからだ。そして、それらが終わると意気揚々と森を突き進む。途中遭遇しそうになった魔物はいちいち相手をしていたらキリがないのでエンカウントしないように気配を消しつつ避けていく。


 森を進むこと三時間。グレイの目の前にはぽっかりと空いた空間が広がっていた。その場所は鬱蒼と茂る森の中でぽっかりと空いた空間であった。周りを樹高30mはあろうかという木々に囲まれ、日当たりは良く、水源も近い。


 彼はここで一晩を明かすことにした。


 森の中にぽっかりと空いた空間があるのは普通に考えれば不自然極まりないのだが、楽観主義者のグレイは気にしない。


 早速魔道具で結界を展開し、まずは安全を確保する。常に気を張るのは仮に雑魚が相手でも精神的に疲れるからだ。


 次にインベントリから寝袋、携帯食料を取り出す。そうこうしているうちにやがて日が沈み始めた。


 現在の時間は光から闇へと世界が移り変わるそんな時間だ。


 ――逢魔が刻


 異世界においても、この時間帯は逢魔が刻と呼ばれている。それはひとえに魔物ともっとも遭遇しやすい時間帯だからだ。


 しかし、魔物に馴れている異世界の人々にとって遭遇率が高い魔物――ゴブリンやスライムなど――と遭遇したところで逃げるなり戦うなり出来るだけの能力は自然と身に付いているので大した問題にはならない。


 ならば何故逢魔が刻を恐れるのか? それはこの時間帯になると、とある魔物が活発に動き出すからだ。その魔物は数こそ少ないが決まった生息地をもたない。それ故に普段は雑魚魔物しかいないようなところでも現れることがある。数多いる魔物の中でもよく知られるその魔物は一般民衆にとって恐怖の象徴だ。


 逢魔が刻に動きが活発になるのは、カラスが夕方になると巣に帰るように帰巣本能が働くからだという学説がまことしやかに囁かれているが真相は定かではない。


 そして今、そんな魔物がグレイが建てた家の斜め上の上空に姿を現し、眼下を見下ろしていた。怒りの形相をその顔に浮かべながら……。


「グラアァァァァァァ!」


「レッドドラゴン?! ……ひょっとしてこの空間は寝床だった、とか……」


 とある魔物とは龍種、つまりドラゴンのことである。今までかの魔物によって数多の屍の山が築き上げられてきた。そんなドラゴンは現在、怒りを露わにしながら鋭い眼光で眼下を睨みつけている。


 言うまでもなくその対象はグレイである。自分の留守中に、勝手に家に入ってきた人がいたとして怒らない人がいるだろうか? いや、いない。


 ドラゴンの周囲には魔力が渦巻き、可視できるまでの濃度に達していた。どうやら全力でブレスを放つ気のようだ。よほど怒り狂っているらしい。


「不味っ! 【絶界】!」


 魔道具の結界はドラゴンが全力で放つような魔法、もといブレスには耐えられない。故にグレイは魔道具の結界の外側に最高位の結界魔法を展開する。


 結界の展開とドラゴンの全力ブレスが放たれたのはほぼ同時であった。結界に防がれたブレスは結界に沿うように左右に広がり周りの木々を焼き尽くし、巻き起こった衝撃波は木々なぎ倒し土を巻き上げる。十秒ほど放たれ続けたブレスは結界が張られた場所以外の広範囲を荒地へと変えていた。周囲には木の燃えカスやガラス化した地面が見て取れる。


「……いや、さ。確かに寝床を奪った俺が悪いんだけども、いきなり攻撃はないんじゃないの? ってか、自分の寝床を自分で壊してるじゃないか……。まあ、魔物に言っても無駄か」


 そんな周りの悲惨な光景を見たグレイは上空を見上げながら呟いた。ドラゴンは全力ブレスを放った影響か、次のブレスを放つ余裕はまだないようで両者は睨み合う形となる。


 グレイは上空を見上げたままドラゴンに右手を翳し、魔法陣を展開する。


「【武甕雷タケミカヅチ】」


 魔法陣の中から槍の形をしたものが出現し、目にも留まらぬ速さでドラゴンに向かっていく。


 グレイが放った魔法【武甕雷タケミカヅチ】は最上級雷魔法に分類される。他の最上級魔法と比べると威力は若干低くなるが、光に匹敵する速さで放てるので不可避の攻撃魔法として素早い敵に対してよく使用していた。


 放たれた魔法はドラゴンに回避の余地を与えず胴体に突き刺さる。そして、そのまま抵抗を感じさせぬまま貫通した。


「グ、グラアァ……」


 ドスゥゥゥゥゥゥンと、地を震わせる大きな音を立てながらドラゴンの巨体は地面に墜落した。


「悪いな」


 グレイはドラゴンに近寄りそう呟いた。ドラゴンはすでに虫の息だ。彼は刀を抜きとどめを刺した。そして死体はインベントリに収納する。


(それにしても……やりすぎじゃね?)


 周りは荒れ果てていた。


 グレイは一つ溜息を吐いて、出した寝袋をインベントリに収納する。


(さて、新しい寝床でも探すか。そのあとは人里探して情報収集だな。まずはフィンを呼び出して、と)


「【召喚サモン】」


 ……。


(あれ?)


「【召喚サモン】!」


 ……。


「……マジですか」


 理由は分からないが、どうやらフィンを呼び出すことはできないらしい。グレイは仕方なく歩いて人里を目指す。


 周りは闇に染まっている。グレイは常時発動型種族スキルの夜目を駆使してひたすら歩く。昼間と同じく魔物とエンカウントしないように避けつつ進むが行けども行けども見えるのは魔物と木ばかり。精神的な疲労と眠気から今日はこの辺りにしようと足を止め、魔道具を取り出して結界を展開した後、軽く食事をとり寝袋を取り出して眠りについた。



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