表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/43

グレイ、死闘を演ずる

 


「グレイさん、調査依頼だっけ?」


「はい。魔力溜まりの調査と聞いています」


 グレイが調査依頼のために森の奥地に向かってから40分。エリザベートたちは実戦訓練を終え、帰りの準備をしていた。


 そんな時だった。不意に森の奥から雷音が聞こえてきたのは……。


 ピシャ! ゴロゴロ! ドガァァァーン!


「何ですかッ?!」


 エリザベートは森の方を見る。森の奥地と思われる方向からは雷光がきらめき、幾重にも分裂した雷がこちらに迫ってくる山のようなものを襲っていた。


 しかし、その山のようなものは何もなかったかのように平然と歩を進めている。エリザベートたちの方に向かって……。


「……アダマン……タートル……」


 この中で最長老だと思われる教師であるエルフの男性が呆然と呟いた。


 【アダマンタートル】。


 それはこの世に災厄をもたらす存在としてよく知られている【四帝獣】の一角だ。


 【四帝獣】は数百年に一度、魔力溜まりから生まれる最強の魔物だ。何故、出現するのか?そのことはまだ解明されていない。


 【四帝獣】はその名の通り4匹の魔物を指す。亀の魔物であり堅い甲殻を持つ【アダマンタートル】、ライオンのような魔物で真白い体を持つ【キングレオン】、空の王者ドラゴンを凌駕する空の支配者【ウラヌスクロウ】、暴虐さでは他の追随を許さない【タイラントレックス】。


 前回ーー100年前に【四帝獣】が出現した際は何千何万もの人が犠牲になり、国が1つ滅亡した。当時は冒険者や各国の軍が協力してなんとか倒しおおせたほどの魔物だ。不幸中の幸いだったのは、かの【四帝獣】は1匹しか現れなかったことだろう。ちなみに今までの記録では複数現れたとの記述はない。


 【アダマンタートル】はやがて草原に姿を現し、その全貌が明らかとなった。


 頭の先から尻尾の先まで薄い黒色、甲羅は漆黒で太陽光を受けて黒光りしている。体長は50mほどだろうか? 顔にある大きな眼から覗かせる眼光は非常に鋭く、人を睨み殺せそうな迫力がある。口の両側からは牙が生え、それだけで十分な武器となりそうである。


 その姿を見た時、全ての人は例外なく思った。「この魔物には勝てない」と。


 かの魔物ーー【アダマンタートル】は周囲の魔力を吸収していく。集中した魔力は可視できるほどの濃さに達していた。どうやら攻撃を放つようだ。【四帝獣】はどういう訳か人間を嫌う。故に人間を見ると問答無用で攻撃してくるのだ。


 人々は顔に絶望の表情が浮かべ、死を幻視する。結界魔法を張れる者は結界を展開するが【アダマンタートル】の攻撃は抵抗なく張られた結界を貫くだろう。それは全員が分かっていた。しかし、何もしないという選択肢はなかった。


 そんな時だった。一つの声が聞こえてきたのは。


「【臨兵闘者皆陣烈在前】!」


 その声の主は森から出て来ては学院生、学院の教師、護衛の冒険者の前に立ち、超級結界魔法を張った。


 超級魔法は最上級魔法の上に位置する魔法だ。その効果は凄まじく、多くの魔力を消費する代わりに多大な効果をもたらす。超級の結界魔法は全ての攻撃を防ぎ、超級の火魔法なら全てを焼き尽くす。超級魔法とは、それだけ強力な魔法なのである。


 その超級結界魔法が展開された数瞬のちには【アダマンタートル】からブレスが放たれた。


 超級結界魔法はその強力な攻撃を難なく防ぎそして弾く。


「間に合って良かった」


 そこに現れたのはグレイだった。


「遅くなって申し訳ないです。あの亀、橋を壊しやがりまして谷を渡るのに時間がかかってしまいました」


「グレイ様!」


「ところであの亀なんですか? 魔法が効かないんですが……」


「あの魔物ーー【アダマンタートル】は放出系魔法に対する絶対防御能力を持っています! ですので物理攻撃しか効果はありません! しかし物理耐性も高いので生半可な攻撃では効果がありません!」


 エルフの男性教師は声をあげた。


「……なるほど。なら物理でいきますか」


 【アダマンタートル】は先ほどの攻撃の反動からか、まだ動けないようだ。おそらくまだ生まれたばかりということで身体が完全に完成していないのだろう。そんな時に大魔法を行使したので魔力不足で動けなくなっていると思われる。ただ、それも時間の問題だろう。


 現にかの魔物の身体は今この時も着々と完成されていっている。動きだすまでの猶予はあと数分といったところだろう。


「さて、始めようか。バケモノ」


 グレイは口角を吊り上げる。彼は基本的に戦闘が好きだ。戦闘狂と言われるほどではないが、多少そちらの性格も持ち合わせている。不謹慎だろうが、彼は今この世界に来て初めて遭遇する強敵に心躍らせていた。


 グレイは腰に差した刀2本を抜き、不敵な笑みを浮かべて対峙するのだった。



 ♦︎♦︎♦︎



「師匠……」


 エリザベートは目の前で強大な魔物と1人で戦う自らの師を見つめる。


 エリザベートの師ーーグレイは両手に刀を持ち、【アダマンタートル】を斬りつけていた。彼が刀を振るう度に緑色の光が尾を引き、幻想的な光景を作り出す。その剣閃はエリザベートの目には捉えることができないが、一振り一振りが強力な力を宿しているのは素人目に見ても分かるほどだった。


 グレイは刀に最上級風魔法【風纏】を施して戦っている。【風纏】は身体や武器に纏わせることで、斬撃効果の付与や武器の鋭利さを増すとともに風属性も付与できる魔法である。


 土属性に対しては風魔法が優越できる。それ故に【風纏】を選択していた。


 しかし、【アダマンタートル】にとっては風魔法が弱点というわけではない。他の属性よりも多少与ダメージが増えるだけだ。かの魔物は魔法攻撃に対し、放出系は絶対防御を有し、魔法物理攻撃に対しても高い耐性を有しているからだ。


 グレイの攻撃は確実にダメージを与えているものの、【アダマンタートル】にとっては微々たるダメージでしかないようだ。現に彼が攻撃を仕掛けた場所は表面を斬り裂く程度にとどまっている。


 そして、グレイが攻撃を仕掛け始めて数分が経過した。


 この時間の経過が何を示すのか? それは【アダマンタートル】の完全体の完成だ。不規則だった魔力の流れは規則性を持って流れ出し、甲殻に展開されている魔力の膜は安定化している。


 これからの攻撃は更に強力なものでないとかの魔物にはダメージを与えることさえできないだろう。


 現にグレイは数回攻撃を仕掛けるが前ほどダメージを与えることはできないでいた。


(しょうがない)


「【鬼神化】」


 【鬼神化】は無属性魔法に分類される。赤いオーラが特徴で全ての能力を大幅に向上させることができる身体強化系の魔法だ。また、使用する魔法の効果も大幅に上昇させるというトンデモ魔法である。


 しかし、そうした恩恵とは裏腹に代償は大きい。この魔法はとにかく燃費が悪いのだ。その燃費の悪さはグレイの膨大な魔力量を以てしても30分ももたないほどだ。しかも、彼は今超級結界魔法も展開したままである。それを加味すると12〜3分が活動限界と思われる。


 また、【鬼神化】のもう1つの代償として、使用後は極度の疲労感に襲われる。それ故に強敵と相対していたなら効果が切れる前までに必ず決着をつけなければならない。


 グレイはできれば【鬼神化】は使いたくなかったのだが「事ここに至っては致し方ない」と発動することにした。


 彼が望むのは短期決着。赤いオーラをその身に纏わせながら再び【アダマンタートル】に対峙する。


 対する【アダマンタートル】は、本能からか、グレイが自らを脅かし得る者と認め、彼を睥睨する。


「ガァァァァァァァァァーッ!」


 そして咆哮を上げると、数十にも及ぶ魔法陣を展開した。


 展開された魔法陣から放たれたのは【岩砲ロックキャノン】のような魔法であった。しかし、その大きさや速さは通常の人間が放つそれとは一線を画している。まるでワゴン車のような大きさの岩が数十、それも150kmを超える速さで迫ってくるのだから……。


 しかし、それでどうにかなるグレイではない。彼は両手に持った刀を使い、避けられないものだけをいとも簡単に斬り裂いていく。高密度且つ高重量であるはずの巨大な岩はまるでバターのように斬られていった。


 グレイは岩を斬り裂きながら接近する。【アダマンタートル】は大きな前足を上げて踏みつぶそうとするが、彼はそれを躱してさらに肉薄する。そしてそのまま両手に持った刀を振るう。


 グレイが振るった刀は先ほどまで全く効かなかった【アダマンタートル】の身体に大きなダメージを与えた。


「ッ! グガァァァーッ!」


 【アダマンタートル】は叫び声を上げる。その顔に浮かぶ表情は今までにないダメージの大きさに驚愕しているようにも見える。おそらく自らの防御能力には多大な信頼を寄せていたのだろう。それが破られたのだからいくら魔物と言えども驚く。


 グレイは止まることなく再び斬りつける。彼が狙うは甲殻から出ている手足や顔、そして首。それらの場所にはダメージが確実に与えられていく。


「ガ、ガァァァ! グガァァァァァァー!」


 【アダマンタートル】は悲鳴を上げる。かなりのダメージを負ったようだ。だが、やられてばかりではない。すぐさま土魔法を展開する。すると地面から数十もの触手が出現してグレイを襲う。


 グレイは突然出現した生き物のような触手状の物体を両手に持った刀で斬りつけ、対処する。しかし、なにせ数が多い上に距離が近い。幾本かの触手は捌ききれずに体で受ける形となる。


 数本は掠るだけに抑えられたが、うち一本はまともに食らってしまった。


 【鬼神化】は防御力も大幅に上昇させる。だが、まともに食らってしまった触手はその防御をも容易く突き破り、グレイの横腹に風穴をあけた。


「クッ! ガハッ」


 グレイは「このままではマズイ」と一旦距離を取る。触手の魔法は操る範囲に限界があったのか、彼を追うことはしなかった。


 距離を取った先でインベントリからエリクサーを出し口に含む。すると横腹にあいた風穴は一瞬で塞がった。


(今のはちょっと危なかった……。勝負を急ぎすぎたな)


 グレイは【アダマンタートル】を見据える。かの魔物は土の触手を発生させる魔法を解除し、【岩砲ロックキャノン】のような魔法を再び発動していた。流石に同時に異なる魔法は使えないようだ。


 その光景を見ていたグレイは閃いたことがあった。「魔法の攻撃は魔法で防げたんじゃね?」と。彼は早速魔法を発動する。


 【アダマンタートル】が放った魔法はグレイが放った【風刃】で斬り裂かれていく。


 風魔法は土魔法に優越できるので、いとも簡単に防ぐことができた。


 グレイは再び【アダマンタートル】に接近する。かの魔物には先ほどまで大分ダメージを与えていたので、至る所から血を流し、弱っているのが見てとれた。首に至っては半分ほどまで裂傷を負っているのが分かる。


 彼はその首目掛けて接近する。【アダマンタートル】は首を振り、牙で彼を振り払おうとする。だが、彼はそれを易々と飛んでかわし、反対側から首を斬りつけた。


 彼が振るった刀は半分ほどまで斬られていた首を完全に斬り落とす。


 ドズゥゥゥーン!


 やがて【アダマンタートル】の頭は大きな音を立てながら地に落ちた。そして時を同じくしてグレイの【鬼神化】の効果も切れた。


 こうして、グレイの異世界初の死闘は彼の勝利で幕を閉じたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ