グレイ、2つの依頼を受ける
魔物とは何か?
今まで名だたる学者が多くの時間を費やして研究してきた事柄の1つだ。しかし、未だに全てを解明するには至っていない。だが、分かったことがいくつかある。そのうちの1つは魔物が誕生する仕組みについてだ。
魔物が誕生する仕組みとしては2つに分けられる。1つは既存の動物が魔物に変質することだ。この世界では一部のごく狭い範囲で魔力が急激に濃くなることがある。魔力溜まりと呼ばれる現象だ。
動物たちは通常、本能で魔力溜まりを避ける傾向にあるが、突発的に発生した魔力溜まりは避けることができない。その結果、許容量を越えた魔力を浴びてしまうことがある。許容量を越えた魔力は動物の肉体を変質させ、体内で魔石を生成する。そのようにして誕生するのが魔物だ。このプロセスにおいて、動物は動物としての個体の死を迎え、魔物として新たな生を受ける。
人間も浴び過ぎれば、魔物化するが基本的には魔物化することはない。何故なら人間は多かれ少なかれ魔法を使えるからだ。万が一許容量を超えた魔力を吸収したとしても、すぐに魔物化するわけではないので、そうなる前に魔法を行使するなどして対処する方法は多くあるのである。
例外として、アンデット系の魔物は死んだ動物や人間を核に魔物となるが、プロセス的には似通っているのでこれに該当する。
そしてもう1つはーー
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「魔力溜まり……ですか?」
「ええ。その可能性が高いと見ているわ。それでこの調査依頼は信頼できる人に任せたいのだけど、今日は貴方しか捕まらなかったの。どう? 受けてくれないかしら?」
グレイが冒険者ギルドで店の宣伝を兼ねて何かしらの依頼を受けようとしていると、受付嬢のメリッサに呼ばれ、支部長室に向かうように言われたのだ。そして、支部長であるマーリンに会うや否や調査依頼を受けて欲しいと言われたのである。
「受けたいのは山々なんですが、実は丁度その日に学院の護衛依頼を受けていて……」
「そうなの……。あっ! なら2つとも受ければいいわ! 学院の実戦訓練は例年その近くで行われるから」
「はあ〜。まあ、分かりました」
今回の調査依頼とは実際に魔力溜まりができているかを確認することだ。
魔力溜まりはある日突然発生する。そしてその魔力溜まりに巻き込まれた動物は魔物へと姿を変える。それに加え、魔力溜まりはそれ自体が魔物を創り出す。ゴブリンやオーク、オーガなどは大小あれど魔力溜まりから創り出された魔物だ。また、魔力溜まりは濃ければ濃いほど強力な魔物を創り出す。
魔力溜まりの調査は事前に異変を察知し大事に至る前に対処するという点において非常に重要度が高い。それ故に信頼のおける冒険者にギルドが直々に依頼を行うことがほとんどだ。今回もその例には漏れず、信頼のおける冒険者に依頼したいらしい。
グレイはギルドから信頼されているということで嬉しさを感じていたが、今思えば、なんだかうまく乗せられたような気もして釈然としない気持ちを抱いた。
(まあ、受けたからにはキチンとやるけどさ)
だが、グレイは一度やると言ったら最後までやり遂げる。彼は律儀な男なのである。
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やがて調査依頼を兼ねた護衛依頼当日を迎えた。
グレイは昨日から【学問都市ウィッカ】のとある宿に泊まっている。
その宿は【ウィッカ魔法学院】からほど近い場所にある微高級宿だ。武闘大会の日に泊まった宿と比べると、いくらかグレードは落ちるが設備、食事等、満足のいく内容であった。
グレイは宿を出て、学院へと向かう。学院の門番にはBランクと彫られたギルドカードを見せ、中に入る。歩いていくと、やがてザワザワという音が聞こえてきた。すでに多くの人が集まっているようである。
「グレイ様! 本日はありがとうございます! よろしくお願いします!」
エリザベートはグレイを見つけるや否やグレイの方に小走りでやってきて言った。その後ろにはグレイの見知らぬ人物が2人いた。おそらく手紙に書かれていた友達だろう。
「別にいいですよ」
「今日はよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそ。君はリズベットさんでしたか?」
「はい!そうです! それでこっちがミレイです!」
「ミレイです。本日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ。それじゃあ俺はとりあえず教師にこれ渡してくるので、ここらで一旦失礼します」
グレイは冒険者の依頼書に教師のサインをもらいにいく。彼はエリザベートたちに頼まれて依頼を受けたが書類上の依頼主は教師になっているのだ。
リズベットはグレイが去っていくのを見届けると、すかさず気になったことを聞く。
「そう言えば、いつもみたいに師匠と呼ばないの?」
「はい、師匠が嫌がるので」
「ふーん。でも分かるかも。グレイさんって私たちとそこまで年変わらないしね」
「私も分かります。グレイ様はお若いですし。それに師匠というとおじいさんのイメージがありますから」
エリザベートはグレイ本人の前では嫌がるので「師匠」とは呼ばないが、彼がいなければ呼び方は専ら「師匠」なのである。
やがてグレイが戻ってきた。それから暫くすると、教師の声が聞こえてきた。
『それではみなさん! これより出発します! 馬車に乗ってください!』
ここに集まった人々は一同に馬車へと乗り込んでいく。全員が乗り込んだのを確認すると馬車の一団が出発しだした。
これから目指す実戦訓練の地は【レパント平原】と呼ばれる場所だ。その平原にはホーンラビットやスライム、ゴブリンなどの最下級の魔物しか現れないため、低ランク冒険者が狩場として利用したり、今回のような訓練がよく行われたりする場所である。
「それにしても来るときは少し大変でしたよ」
現在のここは街道を走る馬車の中。グレイたちはそんな馬車の中で談笑していた。この場にはグレイ、エリザベート、リズベット、ミレイの4人がいる。途中魔物が現れることがあるが、それらは全て他の護衛冒険者に掃討されているのでグレイの出る幕はない。
「何かあったんですか?」
「それが本当はカイゼルさんも来たかったみたいなんですけどね、なんでも隠居したとは言え元公爵家当主なので仕事があるんだとか。それで駄々をこねるカイゼルさんをセバスチャンと2人で引きずって執務室に押し込めてきたんですよ」
「「えっ?」」
「お爺様……」
エリザベートは呆れているようだ。リズベットは憧れの存在であり、目標でもあるカイゼルのそんな痴態を聞かされて微妙な顔をしている。ミレイもいくらかショックを受けているようだ。
「全く。お爺様には困ったものです。あっ! また魔物が出たみたいですね」
馬車の窓から外を見ると、3匹のゴブリンが護衛冒険者に討伐されていた。
「最近魔物が増えているって言ってたわね」
「はい。なんでも今回冒険者を雇ったのはその対策なんだとか」
「そう言えば、そのようなことを先生が言っていましたね。グレイ様はその原因について何か知りませんか?」
「ああ、恐らくは魔力溜まりの所為でしょう。今回実は別の依頼も受けていて、その依頼というのがその調査のことなんですよ」
「そうだったのですか……」
そんなことを話していると、やがて馬車は停止した。実戦訓練の地に着いたらしい。
グレイたちは馬車を降りる。全員が降りたタイミングで教師の声が聞こえてきた。
『これより実戦訓練を始めます! 場所はこの平原に限定! 森には決して入らないように! それでは実戦訓練開始!』
実戦訓練が始まった。
護衛の冒険者たちは基本的に見張り役に徹する。例えば、学院生が勝手に森に入らないようにしたり、学院生に危険が及びそうな場合に介入したりといった具合だ。
グレイも護衛として参加しているので、基本的には他の護衛たちとすることは変わらない。ただ、彼の場合はエリザベートたちにも雇われている形となっているので、彼女たちを主たる対象として護衛する。
実戦訓練が始まって数分後。やがて、エリザベートたちの視線の先に5匹のゴブリンが現れた。
エリザベートたちはすでに誰がどのようなスタイルでいくか決めていたらしい。リズベットは剣を片手に前衛、ミレイは魔法と身体能力を生かすために中衛、近接戦闘には難があるが魔法は学院生の中でトップクラスのエリザベートが後衛だ。
リズベットは1番右端のゴブリン目掛けて駆け出す。そのゴブリンも手に持った棍棒を構えて臨戦態勢に入った。ミレイは土魔法を発動し、ゴブリンを4匹と1匹に二分する。ゴブリンは突然分断されたことに慌てふためき臨戦態勢を解いてしまう。
リズベットはその隙を逃さずに1匹のゴブリンに斬りかかる。彼女が振るった剣はゴブリンの身体を胸から腹まで斬り裂いた。そのゴブリンは仰向けに倒れこみ、数瞬のちには絶命した。
一方、分断された残りの4匹の方のゴブリンたちは今、炎の竜巻によってその身を焼かれていた。それをしてのけているのはエリザベートとミレイだ。彼女たちは中級火魔法【火竜巻】をそれぞれが使っていた。2人分の魔法が合成され、より大きな効果をもたらしているようだ。
魔法がゴブリンを捉えてから10秒。ゴブリンは肉一片も残さずに消し炭となっていた。
「……思ったより大丈夫だったわね。まだ、魔物と戦ったことがなかったから、戦闘前は不安だったけど」
「そうですね。いつもの訓練と同じようにできましたし」
「グレイ様! どうでしたか? 何か直すべき点があったら教えてください!」
「そうですね……。まあ、上出来だったと思います。連携も取れていたし、良かったですよ? ただ、強いて言うなら魔法が少しばかりオーバーキルだったのが気になるくらいでしょうか。魔力は有限ですから、いざという時のため温存するに越したことはありませんからね」
「「「分かりました!」」」
それからエリザベートたちはひたすら会う魔物を倒し続けていた。回を重ねるごとに固さが抜け、連携がスムーズになっていたり、魔物に対してそれ相応の威力の魔法を放てるようになるなど彼女たちは加速度的に成長していた。やはり、Sクラスの学院生だけはあり、その成長速度と物事の理解度や分析能力は高いようだ。
エリザベートたちが魔物を狩り続けていると、やがて実戦訓練の終了時刻が訪れた。
「さて。エリー、ミレイ! そろそろ時間だから戻るわよ!」
「「了解です!」」
「ああ、もうそんな時間ですか。なら、俺はそろそろ調査依頼に行くので、先に集合地点に戻っていてください。出発は1時間半後でしたよね?」
「はい。そうです」
「分かりました。なら1時間かそこいらで戻ります」
グレイは森へと入っていく。
20分ほど怪しいポイントを探るうち、やがて目当てのものを見つけた。
「ここが魔力溜まりか……。確かにかなり濃いな」
魔力というのは普段は不可視である。しかし、あまりにも濃いと可視できるようになるのだ。
そんなグレイは今森の奥地に来ていた。無論、調査依頼のためである。魔力溜まりは基本的に普段人が来ないような地に出来やすいので、「森の奥地にあるだろう」と当たりをつけていたのだ。
グレイは周囲を確認する。そんな彼の目は何か石のような物が宙に浮いているのをとらえた。
「うん?あれは……ッ! まずいっ!」
グレイの視線がとらえた石はただの石ではなく巨大な魔石だった。あの大きさから考えると、かなり強力な魔物が誕生するだろう。その魔石は急激に周囲の濃い魔力を吸収する。やがて、魔力は魔石を中心に身体を構成していく。
そして1匹の巨大な魔物が誕生した。




