【閑話】エリザベート、通学する
エリザベートの朝は早い。
まだ、太陽が上りきらない時間帯に彼女は起きる。そして寝間着から学院の制服に着替えて外へと繰り出す。
数週間前、エリザベートは学院に首席入学を果たし、現在は【ウィッカ魔法学院】に一回生として通っている。つまりは彼女は今立派な学院生なのである。
それはそうと、何故わざわざ早く起きているのか?彼女が早起きをして外に出る理由、それは偏に魔法の訓練をするためである。
彼女の師匠ーーグレイは魔法の練達者である。その彼曰く「魔法は毎日訓練を行うことが上達への近道」らしい。そのため、彼女は毎朝欠かすことなく魔法の修練を1時間ほど行っているのである。そして1時間の訓練を終わると朝食を食べ学院に行く。これが彼女の毎朝のルーチンワークであった。
(そろそろ時間ですか……)
エリザベートは訓練を切り上げ、学院生寮へと戻る。
この学院ーー【ウィッカ魔法学院】に入学した学院生は全員寮に入ることが義務付けられている。広大な敷地面積を持つ学院内にはいくつもの学院生寮があり、学年ごとに決められた寮に入寮する形だ。
学院生寮は【フランツ王国】の建造物で最も多いゴシック様式調で、その特徴宜しく高い天井と細長い柱、尖頭アーチなどが組み合わされた、ある種独特な構造性、空間性を有している。装飾や調度品は学院生寮ということで控えめなデザインなのだが、質もセンスも良いものが置かれている。
エリザベートは学院生寮に入っていく。そして一旦自分の部屋に行き、身支度を整えると食堂へと向かった。
食堂には朝食を摂るべく訪れた多くの学院生で賑わっていた。食堂は毎日決まったメニューがあり、それをカウンターで受け取る形となっている。
エリザベートはカウンターで朝食を受け取ると、キョロキョロと誰かを探すようなそぶりをする。やがて目当ての人物を見つけたのか窓際の席に向かっていった。
エリザベートが向かった窓際の席には2人の少女がいた。
「おはよう!エリー!」
「おはようございます。エリーさん」
前者の元気がいい少女はリズベット・フォン・アークライト。アークライト子爵家の令嬢という立派な貴族だが、彼女はいい意味で貴族らしくなく、エリザベートとはウマが合う。彼女とは学院生寮の部屋が隣同士で入寮初日に出会った。学院内で迷っていたエリザベートに声をかけ、案内してくれたのが彼女だったのだ。それ以来何かと世話を焼いてくれるお姉さん的な存在である。彼女曰く「エリザベートは天然なところがあるから放って置けない!」らしい。
後者の言葉遣いが丁寧な少女はミレイという。彼女は孤人族と呼ばれる獣人で、魔法の講義を隣の席で一緒に受けたことがきっかけで仲良くなった。孤人族は魔法の扱いに長けた種族で、その適性はエルフに次ぐと言われている。また、他の獣人種には劣るが獣人特有の身体能力も有しており、その潜在戦闘能力は全種族の中でも極めて高い。
ちなみに2人ともエリザベートと同じくSクラスである。
「おはようございます。リズさん、ミレイさん」
エリザベートは2人の少女に挨拶しながら窓際の席に座る。
「じゃあ、エリーも来たことだし食べましょうか」
リズベットがそう発すると3人は朝食を食べ始めた。朝食はロールパン2つに野菜のスープ、スクランブルエッグと焼いたベーコンというラインナップだった。
「そう言えば、明日までに実戦訓練のメンバー組まなくちゃいけないのよね。この3人で組むとして、あと1人はどうする?誰かいい人いない?」
3人全員の食事が終わったタイミングでリズベットが切り出した。
学院では入学から1ヶ月が経過したあたりで実戦訓練を行うことが恒例となっている。【学問都市ウィッカ】の外に出て、実際に魔物と戦うのだ。戦闘も無論行われるので一般的な構成である4人から5人のパーティーを組むことが推奨されている。
今日は1月の中旬を少し過ぎた頃。8日後には実戦訓練の当日が迫っていた。
「私は特にいません」
ミレイはいい人に心当たりはないようだ。
「私もいません」
「そっか〜。じゃあ、しょうがないな。3人だけで行こうか」
「「はい」」
3人は使った食器をカウンターで返却する。
それから一度各自の部屋に戻り、身支度を整え、講義の準備をしてから3人で学院へと向かうのだった。
学院に着くと、すでに多くの学院生が廊下を行き来していた。しかし、この光景には若干の違和感がある。違和感とは何か?それは一見して貴族と分かる身なりの良い生徒でも使用人を連れていないことだ。
通常、貴族が何処かに行く時、何かをする時に使用人を伴うのは当然の光景である。しかし、この学院内に限って言えば、そのような光景はまず見られない。なぜなら、この学院に使用人を連れてくることができないからだ。学院創立者にして初代の学院長が「学院生の自立性を育てる」との理念から使用人を伴うことを禁止した慣習が今も続いているらしい。
エリザベートを始め、リズベットは実家にいた時から身の回りのことはしていたので然程の問題はない。だが、中には今まで使用人に任せていたが故に生活がままならなくなる貴族令嬢もいるそうだが……。
エリザベートたち3人は自分たちの教室へと向かう。
彼女たちの教室、つまりSクラスの教室は階段を上った3階にある。階段を上り廊下を進む。到着すると教室へと入る。ホームルームまではまだ時間があったので、しばらく談笑していると、前方のスライド式ドアから1人の男性教師が入って来た。
「おはよう。ホームルームを始めるから席に座ってくれ」
クラスメートたちは談笑をやめ、自分の席へと戻っていった。エリザベートも自分の席である窓際の1番後ろの席へと戻る。
「早速だが連絡事項だ。急で申し訳ないが、5日後の実戦訓練は護衛をつけることになった。学院からも冒険者ギルドに依頼を出し護衛を確保するが、君たちの方でも伝手があったら自分たちの護衛として雇っても構わない。何か質問はあるか?」
「はい」
エリザベートの2つ隣の席に座っているリズベットが手を挙げた。
「リズベットか。何だ?」
「何故急にそのようなことに?」
「ああ、実は最近魔物が増えているらしくてな。念には念を、というやつだ。他に質問は?」
今度は誰も聞きたいことはないようで誰も手を挙げなかった。
「……無いようだな。じゃあホームルームは終わりだ」
男性教師は教室を出ていった。
その後の教室は騒ついていた。10代そこそこの者にとって魔物は仮に弱い魔物だとしても怖い存在だ。その魔物が増えていると知って不安を感じない者はいない。いくら実戦訓練がそうした魔物への恐怖心を克服するためのプログラムだと言ってもやはり怖いものは怖いのである。
それは当然エリザベートたちも例外ではなかった。エリザベートはすでにCランクの魔物とも戦える力を有しているが実際に魔物と戦ったことはない。リズベットやミレイも同様だ。
「エリー、ミレイ。誰か冒険者に知り合いいない?」
「御免なさい。私には冒険者の方の知り合いはいません」
「そう……エリーは?」
「1人だけいます。前にお話しした師匠のことなんですが。ただ引き受けてくださるかまでは分かりません」
「それでもいいわ。聞いてみてくれる?」
「分かりました。手紙を書いてみます」
♦︎♦︎♦︎
エリザベートは学院が終わった後、学院生寮の自室にて手紙を書いていた。「護衛をしてもらいたい」という旨を記した手紙だ。
そして書き終えた手紙は寮長を通じて伝書専門で配達を行う業者へと届けられ、グレイ宅へと送られた。
数日後、エリザベートの学院生寮の部屋にはグレイからの護衛依頼承諾の返事が届いていた。




