グレイ、奴隷を買う
奴隷館の中は貴族の屋敷のように豪華で煌びやかだった。
玄関ホールはシャンデリアからの明かりによって照らされ、壁のいたるところには精緻な装飾が施されている。所々に置かれた彫像や壺、絵画などは見事な配置がされており、来る者を楽しませる。
グレイはそんな建物内を進み、受付のような場所に向かう。受付には美しい女性が座っていた。
「いらっしゃいませ。本日は何のご用件でしょうか?」
「奴隷を買いに来ました」
「承知いたしました。暫しお待ちくださいませ。ただいま案内の者をお呼びいたします」
受付の女性はそう言うと、受付の後ろにある扉を開き、奥の通路に入っていった。十数秒待つと、彼女は1人のメガネをかけたインテリ風な男性を連れて来た。
「いらっしゃいませ。私は【ウォーカー奴隷館】の案内人を務めておりますギースと申します。以後お見知り置きを」
「初めまして。俺はグレイと言います。今日はよろしくお願いします」
「これはこれはどうもご丁寧にありがとうございます。……さて、本日はどのような奴隷をお求めでしょうか?」
「店番を頼みたいので、読み書き計算できる人物を。それと追加要望として創薬術並びに魔法が使えると尚良いです。種族は問いません」
グレイは錬金術は超一流の域にいるが、創薬術はからっきしなのだ。ちなみに創薬術とは病気を治す薬を創る技術のことだ。元は錬金術から派生したものだが、今や別の技術となっている。同じなのは魔法陣を使うなどの基本的な手順ぐらいだろうか?
「承知いたしました。何人か候補を連れて来ますので、あちらにある一室にて少しお待ちくださいませ」
ギースは受付の横にある扉を手で指し示していた。グレイはその扉に向かい中に入る。部屋の中は応接室のような体裁であった。豪華だが派手すぎず、それでいてセンスが良い部屋である。
グレイは部屋の中央部に、テーブルを挟む形で置かれた3人がけのソファーに座って待つことにした。
10分ほど待つと、ギースが5人ほどの奴隷を引き連れて現れた。種族は様々だが、見た目年齢はグレイと同じくらいに見える。また、1人1人が非常に整った顔立ちをしていた。おそらくは店番を任せるにあたって見た目が良い者がいいだろうとの配慮による人選だろう。
「お待たせいたしました。グレイ様の希望に沿う者をお連れいたしました。……挨拶と簡単な自己紹介を左から順にするように」
「「「「「はい」」」」」
奴隷たちは左から順に自己紹介を始めた。
「初めまして。私はカナリアと申します。年齢は15歳です。読み書き計算は一通りでき、あと創薬術並びに魔法も中級魔法まででしたら扱えます。よろしくお願いします」
1番左側にいた女性ーーカナリアが自己紹介をした。金髪碧眼に整った顔立ち、そして側頭部には尖った耳がついている。それらの特徴は紛うことなくエルフのものだ。
「グレイ様。何か質問がありましたら、してくださって結構ですよ」
「そうですね……魔法はどの属性に適性がありますか?」
「風と土、それと氷です」
「そうですか。ああ、これに触れてみてくれますか?」
グレイは部屋に1人でいた時にインベントリから出しておいた石灰石の如く真白い鉱石をテーブルの上に置いた。
カナリアは恐る恐るといった様子でその石に触れた。すると、その鉱石は青色に染まった。その変化には触れた本人はもちろん、ギースや他の奴隷たちも驚いているようだ。
「グレイ様。そちらは何かしらの鉱石とお見受けしますが、一体何の鉱石でしょうか?」
ギースは突然青色に光り出した鉱石に興味津々のようだ。そしてそれは奴隷たちもまた同様であった。
「この鉱石は対象の魔力量を色で知ることができるんですよ」
グレイは鉱石の効果を簡潔に伝える。
その鉱石は【虹色鉱石】といい、対象が保有する魔力量を色で知ることができる。例えば、保有する魔力量をF〜Sまでランク分けしたとすると、Fランクは赤、Eランクは橙、Dランクは黄、Cランクは緑、Bランクは青、Aランクは藍、Sランクは紫といった具合に変化するのだ。
「そんなものがあるんですか!……コホン。失礼いたしました」
ギースは目を輝かせながら、座っていたソファーから乗り出してグレイに接近した。しかし、すぐに正気に戻り居住まいを正していた。
奴隷を扱うギースにとって、売る奴隷の魔力量を知れることは商売チャンスの拡大につながる。故に彼からしてみれば喉から手が出るほど欲しい代物なのである。
「では、次の方の紹介をお願いします」
「ええ、失礼しました。……自己紹介を続けなさい」
自己紹介が再開された。次は左から二番目にいる人物だ。
「初めまして。私はキリアと言います。年齢は14歳。読み書き計算は得意ですが、魔法はあまり得意ではありません。よろしくお願いします」
キリアは黒髪黒目の猫獣人だ。猫獣人は基本的な獣人族の例に漏れず、魔法よりも身体能力の高さで戦う種族だ。そのため、魔力量が少なく、魔法が不得手な傾向にある。キリアもその例外ではないようで、魔法は得意ではなく、【虹色鉱石】に触れた結果も赤色であった。
「初めまして。私はランです。年齢は13歳です。読み書きは出来ますけど計算は簡単なものなら出来ます。魔法は適性がある属性の下級魔法は全部使えます」
ランは人族の少女だ。この世界で1番多い茶色の髪に黒の瞳を持つ。【虹色鉱石】に触れた結果は橙色だった。魔法は火と水に適性があるようだ。
「私はセリナと申します。年齢は15歳です。読み書き計算は得意です。魔法は風と光、闇が使えます。ただ、光と闇は下級魔法しか使えず、風も中級魔法が1つ使えるだけです」
セリナもランと同じく人族だ。これまたランと同じく茶色の髪と黒色の瞳を持つ。【虹色鉱石】に触れた結果は緑だった。
「わ、私はマリーナと言います。ね、年齢は12歳、です。読み書きはできます。けど計算は簡単なのしかできないです。ま、魔法は土と闇にて、適性があります」
最後の人物はマリーナという人族の少女だった。赤毛に緑の瞳を持つ。【虹色鉱石】に触れた結果は橙色だった。
「グレイ様。条件に多少なりとも合う奴隷は以上です。今から奴隷を一度返してきますので、考えておいてください」
5人の奴隷たちはギースに連れられて部屋を出ていった。
奴隷たちを一度部屋から出したのは売買契約をするにあたって、奴隷たちに配慮したからだろう。自らが金で買われる光景を見て気分を悪くしない人間はいない。ギースはそうした考えから奴隷たちを部屋から出したと思われる。彼は少なくとも真っ当な考えができる人間だとグレイは判断する。
そして数分後。奴隷たちを帰したギースが戻ってきた。
「グレイ様。決まりましたか?」
「はい。エルフの子でお願いします」
グレイは実際、カナリアの自己紹介と【虹色鉱石】の結果を受けた時点で決めていた。
「カナリアですね?分かりました。すぐに準備いたしましょう。……それでグレイ様。一つお聞きしたいことがあります。先ほどの鉱石なのですが、何処で手に入るのでしょうか?商売柄あったほうが便利ですので手に入れたいと考えているのですが……」
「なら、後でお譲りしますよ」
「良いのですか⁈」
「はい、構いません」
「ありがとうございます。でしたら、奴隷の代金から差し引くという形でもよろしいですか?」
「ええ」
「ありがとうございます。でしたら、鉱石は1番高い鉱石と同等と考えさせていただきます。カナリアは10.000.000Gですので、そちらから鉱石分を差し引きまして2.000.000Gでどうでしょうか?」
「構いませんよ」
グレイは財布から金貨2枚を取り出し、ギースに渡した。
「はい。確かに」
「それで一つ聞きたいのですが、彼女はどうして奴隷になったのでしょうか?」
「ああ、それはですねーー」
ギースの話によると、カナリアは元々【エルフの里】と呼ばれる場所に住んでいたらしい。しかし、12歳くらいの時に父親が「商売をしてみたい」と言い出し、【魔法都市アルベリオン】に越してきたそうだ。
エルフは森とともに生きてきた種族なので、創薬術に優れている。カナリアの父親はその創薬術を生かし、薬屋を開いたそうだ。その商売は成功し、しばらくは良い生活を営んでいたそうだが、ある日母親と父親が薬の原材料を採取しに行った先で魔物に襲われて他界。彼女は店番をしており難を逃れたそうだが、彼女には店の開店のために借りていた多額の借金が残された。
この国では借金を返せなくなった者、もしくはその家族は自らを奴隷として売ることで借金の清算をする。今回もその例に漏れず、カナリアは奴隷に身を落としたそうだ。
「そんなことが……」
「はい……。彼女には幸せになってもらいたいものです。グレイ様、彼女をよろしくお願いします」
「はい」
「では、奴隷契約をしますので、この【奴隷契約書】に魔力を流してください」
グレイは内容を確認して魔力を流し込む。
この【奴隷契約書】とは契約魔法を応用したものだ。契約魔法は例えば魔物を従魔化する際に使用される魔法である。契約魔法による契約は被契約者ーー魔物側ーーが契約者に対して危害を加えることができなくなる。【奴隷契約書】もそれと同様で買われた奴隷が主人に対して危害を加えることができなくなるのである。ただ、いずれにしても契約するにはいくつか条件があるので、無条件で契約することはできない。
「ありがとうございます。あとはカナリアに魔力を流してもらえば契約完了です。今カナリアを呼んで参ります」
ギースは再び、扉の外に消えた。そしてまた待つこと数分。彼がカナリアを連れてやってきた。
「お待たせいたしました。……カナリア。この契約書に魔力を流しなさい」
「はい」
カナリアは【奴隷契約書】に魔力を流し込む。
「契約は完了です。これで今日からカナリアはグレイ様の奴隷となります。今日はありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
グレイはカナリアを連れ、奴隷館を後にした。
「これからよろしくお願いしますね」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!……それでグレイ様。私に敬語は不要です」
「そうか?なら、敬語はなしでいいか」
「はい!」
それからグレイは道中でカナリアの服や日用雑貨などを揃えつつ、自らの店ーー【狼の祠】へと向かった。
「着いたぞ。ここが店だ」
「……すごいですね」
「??」
「いえ、私とあまり変わらないようなのに店を持っていて自立していることがです」
「そうか?」
「はい」
グレイはカナリアを伴って店内に入っていく。
「さて、カナリアにはこれからこの店の店番をしてほしい」
「はい、分かりました」
「俺は冒険者でもあるから常にいるわけじゃないけど、1日に一回は顔見せるようにするから」
「了解です」
それからグレイは店の案内と売っている商品の紹介をしていった。カナリアは高価な魔道具や珍しすぎて半ば伝説的な代物と化している【エリクサー】を見ては目を輝かせていた。そして、それらを作製したのがグレイだと知ると畏怖と尊敬が込められた瞳を彼に向けるのであった。
しかし、無造作に置かれた【エリクサー】に思うところがあったカナリアが、そのあと懇々とグレイにその価値について言い聞かせることになったのはご愛嬌である。
後日、【エリクサー】は店から撤去され、グレイがインベントリに入れて持ち歩くことになるのだが、それは今関係のない話なのである。




