グレイ、絡まれる
テンプレは忘れた頃にやってくる。
公爵家に行った日から数日、グレイは冒険者ギルドの依頼を終え、達成報告をしていた。そして、それも終わり、帰路につこうとした時、不意に声がかけられたのだ。
「おい!そこのお前!テメーみたいなのが俺よりランクが高いとかありえねんだよ!どんなイカサマ使いやがった!ケモノ野郎!」
グレイは声がした方をチラリと見る。そこには依頼も受けずに昼から呑んだくれていた素行の悪そうなチンピラ冒険者4人組がいた。主要都市のギルドと言えども、このような冒険者はいるらしい。
どうやら、グレイの評判とランクを聞き、自分より年下の、それも獣人が自分より上のランクにいることが気に入らないらしい。彼らは帝国の人間らしく、人族が1番と思っている典型のようだ。
「……」
「だんまりか。まあいい。テメーには立場ってもんを教えてやる。ちょっと面貸せや」
チンピラ冒険者のリーダーと思しき巨漢な男が修練場入り口を顎で指している。
(はあ〜。面倒臭い。まあでも、また絡まれたらさらに面倒臭いか)
グレイはチンピラたちに続いて歩いていく。彼の悪意に対する対応は、どこかの法典宜しく「目には目を歯には歯を」なのである。
先ほどまでグレイの依頼の達成報告を受けていた受付嬢のメリッサは「またあの冒険者たちか!」と冷めた目を送りながらも止めはしなかった。
彼女はグレイの受付をよくしているので、ある程度の実力を知っている。故に無様にグレイに倒されるチンピラ冒険者たちを幻視し「南無三」と密かに手を合わせるのだった。
冒険者同士の諍いが起こった際、その決着をつけるために修練場を利用した決闘という方法はギルドが推奨している。冒険者は荒くれ者もそれなりにいるので、諍いが多いのだ。そのこともあり、メリッサが止めることはしない。もちろん、ギルド側で審判をつけ、行き過ぎた行為が行われないように配慮はするが……。
修練場は空いていた。昼間なら新人冒険者がよく訓練しているのだが、今はほとんど夜と言える時間だ。流石にこの時間ともなれば新人冒険者も訓練を終えているのだろう。
グレイはチンピラ冒険者に続く形で修練場中央部に向かう。
「覚悟はいいか?」
「……いつでも」
チンピラ冒険者たちは4人で戦うようだ。グレイにとっては微々たる差でしかないが、卑怯な奴らである。
「では、審判は私が引き受けましょう」
グレイとチンピラ冒険者がいざ戦おうとした時にどこからともなく1人の人族の女性が現れ、審判を申し出た。元々審判をする予定だった男性職員は驚いた顔を浮かべている。
「支部長⁈」
その男性職員が声をあげた。彼女はどうやら冒険者ギルド【魔法都市アルベリオン】支部の支部長らしい。
すらりとした長身と長い黒髪、切れ長の目にキリッとした顔つき。くだけた和服を着こなしたその姿はさながら妖艶な美女といった様相だ。
彼女の名前はマーリン。元Sランク冒険者にして【魔神】の二つ名を持つ。魔法に長けており、現役時代には彼女1人で小国に勝てると言わしめるほどの実力を持っていた。まだ、30歳ほどだが、何故か突然冒険者を引退し支部長に納まった。このことは冒険者の間で七不思議の一つとして数えられている。
「貴方がグレイさんね?話は聞いているわ」
マーリンはグレイにしか聞こえないように声を若干ひそめて話し始めた。
「1度会ってみたかったのだけれど中々予定が合わなくて。今日は貴方の実力を見させてもらうわね」
「初めまして。まあ、ご期待に添えるか分かりませんが、それなりに頑張るつもりです」
「ふふふ。控えめなのね。でも、貴方なら相手が4人でも関係ないわよね?それじゃあ、始めましょうか」
マーリンはインベントリからいくつかの刃が潰された剣や斧などの武器を取り出した。
「では、まずはこの中から武器を選んでもらえるかしら?」
グレイはいくつかある武器から剣を選択する。チンピラ冒険者たちは斧を選んだのが1人、剣を選んだのが3人だった。
マーリンはグレイとチンピラ冒険者双方のちょうど中間あたりに移動し、1枚の銅貨を取り出した。
「それではこれより決闘を始めます。弾いたコインが地面についたら開始とします。双方、準備はいいですか?」
「ええ」
「ああ、構わない」
マーリンはコインを弾いた。弾かれたコインは3mほど浮かび上がり、クルクルと回転しながら半円を描き、やがて地面へと落ちた。
グレイは獣人特有の身体能力でチンピラ冒険者たちに急接近する。彼らはその速さに狼狽しているようだ。なんとか剣を振るうが、その剣は空を斬る。グレイは1人に肉薄し鳩尾に一撃を入れ意識を刈り取った。そしてそのまま別のもう1人の腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。
吹き飛ばされた1人は壁に頭をぶつけ気絶したようである。2人の仲間が立て続けにやられ、残った2人は怒りの表情を浮かべながらグレイに斬りかかる。
グレイはその攻撃を然程の苦労もなく避け、剣の柄で顎に一撃を入れる。最後に残った1人はその手に持つ剣を吹き飛ばしてから首に剣先を突きつけた。
「そこまで!勝者はグレイ!」
1分ほどで決闘は終了した。グレイにとっては肩慣らしにもならないが、マーリンにとっては実力を見させてもらうという目的が達せられたようで、とても満足そうな顔をしている。
「貴方相当強いわね」
「それはどうも」
「Bランクに置いておくのは勿体無いくらいね。早くランクを上げてくれると嬉しいわ」
「……善処します。では俺はこれで」
グレイはそのまま修練場を後にした。
受付の場に戻るとメリッサがいた。
「グレイさん。早かったですね」
「相手は小物でしたし」
「アレでも一応Cランクなんですけどね」
冒険者をアレ扱いするのは些か問題有りだが彼らが今までして来たことを考えれば当然かもしれない。彼らはCランクまで上り詰めたという自負からか天狗になり、新人冒険者や他種族の冒険者によく絡んでは問題を起こす常連だったらしい。
ギルドの関係者はその度に後処理をやらされ、いい加減鬱憤がたまっていたそうだ。
ちなみに冒険者のCランクは普通の人間が辿り着ける最高到達点であると言われている。Bランク以上ともなると、才能がないとまずなれないのだ。故に冒険者の7割はCランク以下と言われており、残り3割の内訳はBランクが2割、Aランクが約1割、Sランクが極少数となっている。
「へぇー。そうだったんですか。あっ、そう言えば今日初めてこのギルドの支部長に会いました。フラッと現れて審判を引き受けてくれたんですよ」
「えっ!じゃあ支部長は今修練場にいるんですか⁈」
「えっ?はい、いると思いますけど」
そのことを聞いたメリッサは驚きの表情を浮かべていた。聞くところによると、かの支部長はほとんどギルドにいないそうなのだ。なんでも仕事をサボッてあっちこっちに気の赴くまま出かけているらしい。とんだ自由人がいたものである。
支部長としてそれは大丈夫なのか?という話になるが、マーリンは冒険者ギルド本部長直々に支部長に抜擢されているので、罷免などはできないのだ。それに必要最低限ことはしているので、本部長から解任されることもない。まさにやりたい放題なのである。
「支部長がいつも仕事をサボるので、皺寄せがいつも副支部長にいっていて……」
「あら?私そんなにサボッてたかしら?」
「支部長⁈」
メリッサの背後にマーリンが突然現れた。
「ちゃんと最低限やることはやってるから大丈夫よ。仮に仕事をしなかったとしても私にはリリアナという優秀な部下がいるわ。部下をうまく使うのもまた上司の役目よ?」
「そういうものなんでしょうか?」
「それに人の一生など儚いもの。なら、したいときにしたいことをするのが一番だと思わない?」
「それが本音ですか……。支部長、いつかリリアナさんに刺されても知りませんよ」
リリアナとはこのギルドの副ギルドマスターを務める女性のことだ。マーリンがいつも仕事をサボるので、毎日仕事に追われているらしい。グレイはまだ会ったことがないが。
そんなこんなで話をしていると、ドス黒いオーラを漂わせた山人族の女性が不意にマーリンの背後に現れ、彼女の手首に手錠を掛けた。そして、もう片方を自分の手首に掛けていた。
「フフフ。フフフフフフフフフフフフ。よ・う・や・く・捕まえましたよ、支部長。毎日毎日毎日私に仕事を押し付けてくれて誠にありがとうございます。支部長にも私のしている仕事の楽しさを知って貰いたいので、これから三日ほど休みなしで働いて貰いますね」
突然現れたリリアナがニコッと笑みを浮かべながら告げた。目は全く笑っていなかったが……。
「リリアナさん⁉︎」
「リ、リリアナ⁈す、少し落ち着きましょうか。そ、そんなことをしても誰も幸せになれないんじゃないかしら?」
「いいえ。楽しい仕事をして私も支部長もハッピーになれますよ?ついでに溜まっていた仕事も片付いて皆んなハッピーになれます。それにしたいときにしたいことをするのが一番なんですよね?私は今支部長と一緒に仕事がしたいのですよ」
マーリンは引きつった顔でリリアナを見た後、メリッサとグレイに助けを求めるかのような視線を向けた。
「支部長!お仕事頑張って下さい!」
メリッサはとてもいい笑顔で告げた。
「俺には関係ないことですから」
グレイは死刑宣告を告げた。
「……わたしに味方は……」
「「いない」」
最後にそんなことを呟いていたが自業自得というものである。そして、マーリンはリリアナに引きづられて支部長室に入っていった。
グレイは見た目幼い子供に見えるリリアナが主導権を握っている姿を見て、ついカイゼルとエリザベートの関係を思い出してしまうのだった。
三日後、精魂尽き果て死んだように床で眠るマーリンが発見されたというが、それはまた別の話だ。少なくともグレイには関係のない話なのである。
この支部長監禁事件以後、マーリンは仕事をするようになったらしいが、その背後にはいつもリリアナがいるそうな……。
何はともあれ、今回の一方的な決闘の結果、グレイの実力が周知となったので以後彼に絡む者はいなくなったという。




