【閑話】エリザベート、入学試験を受ける
本日は快晴。雲一つない青空で爛々と光り輝く太陽は木枯らしが吹きすさぶ冬の街を暖かく照らしている。
「ふぅー。いよいよ今日ですか……」
エリザベートはベッドから起き上がると伸びをする。いつもならそんな快晴の空を見て清々しい気分になるだろうが、今日に限っては不安の朝に他ならなかった。彼女にとっては少なくとも希望の朝ではないようだ。何故なら今日、学院の入学がかかる試験が行われるからだ。
やるべきことはやった。しかし、言いようのない不安な気持ちを払拭することはできなかった。「失敗したらどうしよう」、そんな気持ちが彼女の中で渦巻いていた。しかし、貴族たる者、常に強くあらねばならない。故に彼女はそんな不安な気持ちを押し込め、貴族の皮をかぶるのだった。
エリザベートは宿泊している宿を出る。そして、セバスチャンと数人の護衛とともに試験会場の【ウィッカ魔法学院】へと向かうのだった。
入学試験は今日1日で行われる。最初は筆記試験、その後に魔法の実技試験だ。筆記試験は午前9時から始まり1時間の休憩を挟んでの計6時間、実技試験はその後すぐに行われる。試験の結果は翌日に発表されるそうだ。
なんでも高速で採点してくれる魔道具があるらしく、1日での採点が可能なのだとか。その魔道具はその昔、採点業務に追われた教師陣が叡智を結集して苦節2年で作り上げたそうだ。だが、その時の教師陣の姿は「狂気に取り憑かれたようで見ていてとても怖かった」と当時の在学生は語る。
グレイは後にこの話を偶然耳にした時「人の執念は凄まじいな……」としみじみ思うのだが、それはまた別の話だ。
歩いていると、やがて前方に学院が見えてきた。
「あれが学院ですか……。昨日もチラリとは見ましたが中々に大きいですね」
「はい。【フランツ王国】で最大の規模を誇る学校ですからね。ちなみに私もこちらを卒業したんですよ」
「そうだったのですか?では、セバスチャンは魔法が使えるのですか?見たことないですが……」
「ええ。多少は扱えます。ただ私は魔法よりも剣に才能がありましたのでそちらが主となりますが」
「そうなのですか」
話していると、やがて学院に到着した。エリザベートはそのまま試験会場へと向かう。セバスチャンと護衛は専用の部屋が用意されているらしくそちらに向かっていった。
試験会場は普段授業で使っている教室を利用している。エリザベートはSクラスが使っている教室へと入り、受験番号によって決められた席に座る。
試験はまず、国語から始まり、数学、歴史、魔法理論、錬金術の順で行われる。1科目につき1時間の解答時間が与えられており、途中で30分ほどの昼食休憩が挟んだのち、残りの試験を受ける形だ。
エリザベートが着席してより20分。やがて最初の国語の試験が始まった。
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教養試験開始より6時間。最後の試験を終えたエリザベートの顔には疲労の色が見えるものの、どこか安心したような表情が浮かんでいた。どうやら筆記試験は問題なくできたようである。
「では、皆さん。これより魔法の実技試験を開始しますので、受付表に書いてある会場へと移動を開始してください」
試験官の言葉に従い、受験生たちが移動を開始する。エリザベートも椅子から立ち上がり実技試験の会場へと向かった。
エリザベートに割り振られた実技試験の会場は【第2演習場】と呼ばれる区画であった。その演習場には10人の試験官がおり、その背後には10個の的が用意されていた。的までの距離は30mくらいだろうか?
「これより実技試験を開始します。名前を呼ばれた者から順に前に出てきてください」
そして実技試験が始まった。
見る限りだと、受験生たちは【火球】などの下級魔法、【火弾】【火槍】などの中級魔法を使用していた。割合にして下級魔法6割、中級魔法4割弱といったところだ。残りの1割に満たない数人は上級魔法を使用しているようだ。しかし、省略詠唱を扱える者こそ、それなりにいるものの、短詠唱で発動できる者はほとんどいなかった。
試験官に名前を呼ばれる度に1人また1人と受験生が減っていく。
「エリザベート・フォン・アルベリオンさん!」
受験生が残り僅かとなった時、エリザベートの名前が呼ばれた。彼女は前に出て、試験官のところに行く。
「自らが一番得意とする魔法をあの的に向かって放ってください。壊してしまっても構いません……(まあ、そんな人はほとんどいませんが)ボソッ……」
「はい!……それではいきます」
エリザベートは翳した右手に魔力を込め、魔法陣を展開する。
「【火炎弾】!」
短詠唱で放たれたその魔法は加速しながら的に向かっていった。
ーーチュドォォォーン!
エリザベートが放った火魔法は、的に着弾するや否や爆発を起こし、的を木っ端微塵に吹き飛ばした。恐ろしい威力である。人体に使われたらスプラッタ待った無しだろう。
彼女が使用した【火炎弾】は中級魔法の【火弾】をより強力に改良したものでグレイのオリジナル魔法だ。彼曰く「【火弾】は使えない魔法」とのことだ。しかし、それは当然の話である。何故ならグレイが相手していたような魔物は少なくともBランク以上なのだから、ただの中級魔法が効くはずもない。
彼はエリザベートを一体どこに向かわせようとしているのだろうか?それは当の本人にしか知る由はない。いや、本人はあまり何も考えていないのかもしれないが……。
何はともあれ、たかが学院の試験でBランク以上の魔物を相手に使用するような魔法を使えばどうなるか?
「「「……」」」
答えは言わずもがなである。
試験官及び他の受験者たちは呆然とその惨状を見ている。「時が止まった」とはまさしくこのような状態のことを言うのであろう。
「ふーっ。まだまだですね。爆発の威力が足りません。やはり目標には遠く及びません、か」
しかし、この事態を引き起こした当の本人はと言うと、実にのほほんとしたもので、自分の使用した魔法について冷静に分析し感想を述べていた。
(((いやいやいや!違うだろ!ってか十分だからなっ!目標どんなだよっ!)))
周囲の人の心の声が一致した瞬間だった。
エリザベートの基準はあくまでグレイであり、彼の使用する【火炎弾】と比べて稚拙さを感じているのである。彼女はつい最近魔法を使い始めたばかりなので知識が偏っており、グレイが教えたことが普通と思っている。故に自分が使った魔法がどのようなものなのか全く理解していない。
また、今回の状況ーー的を破壊したことーーは今までの受験者の攻撃によって耐久力がなくなったからだと思っていたりする。彼女は俗に言う天然さんなのだ。
「……はっ!失礼しました!エリザベートさん、もう結構です。試験の結果は明日、広場にて張り出しますのでご確認をよろしくお願いします」
フリーズしていた試験官が復活し、そう告げる。
「はい!分かりました!今日はありがとうございました!」
エリザベートは試験官に礼を言うと去っていった。
「……ああいうのを規格外というのだろうな」
そんなエリザベートの背を見ながら呟かれた試験官の言葉は、冬の風にさらわれ誰の耳にも届くことはなかった。
翌日発表された試験の結果はエリザベートが歴代最高得点で首席での合格を示すものだった。




