グレイ、公爵家当主に会う2
「まず、そちらはグレイ殿でよろしいか?」
「はい、でも敬称はいりませんよ」
「そうか、了解した。……それで父上には質問したいことが御座います。何故グレイと一緒にいるのです?」
「お前なら知ってるんじゃないか」
「ええ。ということは盗賊から助けられたというのは事実、と?」
「そうじゃ」
「父上で勝てない盗賊ですか……。でもその盗賊をグレイ殿は倒せた。そして、武闘大会では父上を倒すだけの力量も示した」
空気が変わった。ヴィルヘルムは毅然とした態度でグレイを見る。
「さて、グレイよ。貴方は何者だ?いや、はっきり聞こう。貴方は帝国の回し者か?」
「「はっ?」」
その問いにグレイだけでなく、カイゼルも驚き声を上げる。
「ヴィルヘルム!それは失礼であろう!」
「父上は少し黙っててください!これは確かめねばならないことなのです!」
ヴィルヘルムはグレイから視線を外すことなく見続ける。やがて、何か得心がいったのか急に態度を弛緩させて再び話し始めた。
「いや、失礼。私の考えすぎだったようだ。グレイ殿を疑うような真似して申し訳ない」
「いえ、構いませんが。事情を聞いても?」
「ああ。お詫びと言ってはなんだが話そう。父上が信頼を置く人物というのは分かったからな。それにこの話は本日父上にもする予定だったのでな。実はーー」
ヴィルヘルムの話は驚愕の内容だった。
20年前の【アウステル会戦】で敗れた【ガーランド帝国】は同時期に突然皇帝が崩御したこともあり、戦争を継続することが難しくなった。その結果【フランツ王国】との和平協定に踏み切ることとなった。
帝国は新皇帝になり、方針をガラリと変え、対外進出には消極的になり、他国と協調を図る政策を取るようになったそうだ。
しかし、それに当然反対する者もいた。その者たちは同じ考えを持つ者と【対王国戦線同盟】なるものを組織して地下に潜り、20年もの間、薬品や魔法によって極限まで人体を強化する術を研究していたらしい。無論、目的は強化人間による最強軍隊を組織し、最終的には【フランツ王国】と戦うためだ。
そして、その実験の被験体とされたのが獣人族であったと言うのだ。獣人族は比較的他の人間種よりも身体が丈夫である。それ故に負荷が高くとも耐えうる可能性があるとのことで実験に利用された。
【ガーランド帝国】は人族至上主義の国家なので多種族を迫害し奴隷として扱っている。中でも獣人族の扱いは酷く、非人道的な実験の被験体として扱われても文句を言われることがないのだと言う。つまりはモノと同じ扱いということだ。
そして、つい最近。その実験が成功したとの噂を数多ある公爵家の情報網から入手したのだそうだ。
グレイという規格外の獣人は噂が出てから間もなくして王国に現れたので、実験の成功体なのではないか、と疑いを持ったそうだ。もし、噂の強化人間がグレイなら王国内において工作をする可能性がある。そんなことは王国の一貴族として防がねばならない。そんな思惑から確かめることにしたらしい。
しかし、結果から言えばグレイは白。何故なら強化人間は無理な身体強化の影響からか魔力が安定しにくいそうだが、グレイの魔力は非常に安定しているからだ。「帝国の回し者ですか?」という質問は相手を動揺させ、その時の魔力の揺らぎを見るためだったそうだ。
ちなみにヴィルヘルムは【魔力眼】という珍しい魔眼の一種を持っているらしく、他人の魔力や自然界に存在する魔力を感じ取ることができる。
グレイはヴィルヘルムの話を聞き憤慨していた。彼は基本的に正義に悖るような存在を嫌っているからだ。
カイゼルもまた、不快感を隠そうともせず厳しい表情をその顔に浮かべていた。
「そんなことが……許しがたいですね」
「全くじゃな」
「まだ噂の域を出ないが、私はそうした噂にこそ真実が隠されていると思っている。『火の無い所に煙は立たない』というしな」
場を重い空気が漂っている。
3人は沈黙し、部屋は静寂に包まれていた。ヴィルヘルムはそうした空気を変えるためか、軽く咳払いすると口を開いた。
「まあ、今から暗くなっても仕様がない。丁度昼時だ。父上もグレイも昼食を食べていくといい」
2人はヴィルヘルムの案内で食堂へと向かう。
食堂はカイゼル宅以上の広さがあった。大体1.5倍くらいだろうか?中央部には長机が鎮座し、10脚ほどの椅子がその横に置かれている。
席に座ると、やがて食事が運ばれてきた。メニューは魚のムニエルとコーンスープ、サラダ、白パンだった。
3人は食事を始めた。
そして食事がひと段落した頃、グレイはヴィルヘルムに一番聞きたかったことを切り出した。
「ヴィルヘルムさん。エリザベートと仲良くしてはいただけないのですか?」
「いや、私もできるなら仲良くしたいとは思っているが……」
「「うん?」」
カイゼルの話と食い違いがあるようだ。前にカイゼルに聞いた話だとヴィルヘルムはエリザベートを憎んでおり、嫌っていたという話だったはずだ。
カイゼルもヴィルヘルムの言葉にハテナマークを浮かべている。自らの知る事情と差異があるようだ。
「憎んでいたのでは?」
「確かに生まれてすぐは憎みもした。それは否定しない。だが、成長していくエリザベートの顔にカロリーネの面影を見たある日思ってな。カロリーネが知ったら悲しむのではないか、と。だが、今まで避けてきたのに今更どのように接すれば良いのか分からなくてな。そうこうしているうちにエリザベートが父上のところに行ってしまった、ということだ」
そこにあったのはアルベリオン公爵家当主の姿ではなく、子との接し方に悩む1人の父親の姿だった。ヴィルヘルムはエリザベートが嫌いなのではなく、ただどのように接すれば良いのか分からなかっただけなのだ。
まあ、だからといって何も悪くないとはならないが……。
「そうじゃったのか。儂はてっきりお前は今でもエリザベートを嫌っとると思っとったが……」
「いえ、今ではもう憎む気持ちは一片たりともありません。……父上。今までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「まあ、お前の真意が知れて良かった。エリーが聞けば喜ぶじゃろう。今までお前と仲良くしたいというようなことを何回も漏らしておったからな」
ヴィルヘルムは嬉しそうだ。なかなか感情を表に出さない彼は巷で【能面公爵】などと呼ばれている。喜色を浮かべた今の顔はかなりレアだ。
しかし、続くカイゼルの言葉を聞いた途端その表情は一気に霧散した。
「じゃが、今までエリザベートを苦しめたのは事実。お前には罰として儂が直々にその性根を叩き直してやろう」
ヴィルヘルムの地獄行きが決定した瞬間だった。
彼の顔が少し引きつっている。文官寄りの彼にとってカイゼルの罰はキツイのである。
グレイは心の中で「どんまい!」とヴィルヘルムにエールを送る。
そんな時だった。食堂に突如として怒声が響き渡ったのは……。
「おい!何故ケモノがここにいる!」
食堂の扉を乱暴に開けながら入ってきたのは14、5歳くらいの少年だった。ちなみにケモノとは獣人族に対する差別用語だ。
「……エルンスト。控えろ」
ヴィルヘルムは突然の闖入者に重く冷たい声をかける。
「ッ!嫌です!いくら父上の客人と言えどもケモノが我が家に入ることは我慢なりません!……おい!ケモノ野郎!今すぐ外へ出ろ!叩きのめしてやる!」
エルンストと呼ばれた少年はヴィルヘルムの声に一瞬怯むが、すぐに調子を取り戻し、いきりたちながら食堂を出ていった。
「申し訳ない。部屋にいるよう言ってあったのだが……」
「大丈夫ですよ。気にしてませんから」
「ヴィルヘルム。前々から思っとったが、アレはどうにかならんのか?」
「止めるよう言ってはいるのですがなかなか……。全く悩みの種です。まさか付けていた家庭教師があんなだったとは。本性に気づいてからはすぐに教師を変えたのですがエルンストの考え方が変わることはなく……。グレイ殿。存分に痛みつけて構わん。性根を叩き直すいい機会だ」
先ほどの少年ーーエルンストはヴィルヘルムの息子だ。エリザベートと同腹の兄でもある。彼は「人族は全種族の頂点である。故に他種族は下につき、従うべきだ」といった選民思想的な考えを持つ。
彼のそうした思考は長い間彼の家庭教師として赴任していた男によって形成された。その男は帝国の【対王国戦線同盟】の息がかかった者であり、王国を内部から切り崩そうとする工作員であった。
彼は手始めに王国にて巨大な権力を持つアルベリオン公爵家に潜り込み、次期当主候補筆頭であるエルンストに選民思想を吹き込んで未来における王国との反目を狙ったようだ。今はすでにヴィルヘルムによって粛清されているが。
しかし、そのことが逆にエルンストの反発を招き、ヴィルヘルムの言葉には耳を貸さなくなってしまったのだ。
「では、遠慮なく」
グレイはエルンストを追って城を出る。
エルンストは城の裏手にある修練スペースにいた。
「その武器を持て。感謝することだ。なにせケモノ如きに剣を貸してやるのだからな」
エルンストは剣を片手に持っていた。もちろん刃を潰した修練用の剣ではなく真剣だ。
グレイはそれに対して修練用の剣だ。
エルンストはグレイを殺す気があるのに自分が殺されるのは嫌らしい。ゲスの極みである。まあ、グレイはどちらにせよ殺す気はもとより全くないが……。
グレイが地面に横たわる剣を拾うと同時にエルンストは攻撃してきた。グレイはそれを軽々と避け、できた隙に剣を振るう。エルンストは鳩尾にまともに一撃をくらい地に崩れ落ちた。
グレイの勝ちである。
エルンストは年齢の割には上位の実力を持っているようだがグレイはカイゼルでさえ勝てない人物だ。たかが学生に勝てる道理はない。
「グレイは強いと聞いていたが、エルンストがこうも簡単にやられるとは。コレでも剣術では学院でも上位の実力者なのだがな……。やはり、父上に勝った実力は本物、というわけか」
「当たり前じゃ!勝負事で儂が手を抜くわけなかろう」
「そう言えばそうでしたね。昔から……ハハハ」
ヴィルヘルムは昔を思い出したのか、乾いた笑い声をあげる。昔に一体何があったのだろうか?グレイには知る由もなかった。
そしてこの決闘の後。ヴィルヘルムがカイゼルにボコボコにされ、息子と同じように地面に転がることになったのは完全な余談だ。




