プロローグ
Vitual Reality Mussivery Multiplayer Online Role Playing Game。その頭文字をとったVRMMORPGというゲームのジャンルはとあるゲームハードが発表されて以後、爆発的な人気を博し老若男女問わず多くの人々にプレイされるようになったジャンルである。
ーーーMagick and Sword Online
数多登場したVRMMORPGに該当するゲームの中で最もプレイされている体感型RPGのタイトルの1つだ。このゲームはヒューマン、ビースト、エルフ、ドワーフから選択したあと、100近くある職業の中から2つ選択することでプレイできる。このゲームは職業の多様性、そしてゲームの自由度の高さから多くのユーザーの支持を集め、一大センセーショナルを巻き起こしている。
だが、こうした人気を獲得している理由は何も自由度の高さだけではない。
人気に拍車をかけたもう一つの理由としては、分かりやすい悪役を設置していることが挙げられる。俗に言う“魔王”というその悪役の存在を倒すことは、達すべき最終目標であり、誰もがそれを目指していた。また、魔王を倒せばなんでも願いが叶うという幻の超レアアイテムがドロップするとの噂も出回っており、トッププレイヤーの誰もが魔王を倒そうと躍起になっているそうだ。
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「ふーっ。今日はこんぐらいにしとくか」
ここはMagick and Sword Onlineのゲーム内。30mはあろうかという高い木々が鬱蒼と林立する深い森が広がっている。そんな森の中で1人の人物が刀を片手にひとりごちていた。周りには彼が倒したであろう魔物の死体が10数体転がっている。
灰色の髪に琥珀色の瞳、170cmほどの上背、整った顔。黒系統の衣服を纏い、右手には刀を持っている。しかし、彼に関しては特筆して注目すべき点がある。それは狼の耳と尻尾があることだ。そう、彼はビーストもしくは獣人と呼ばれる種族なのである。
彼の名前はグレイ。Magick and Sword Onlineを発売された当初よりプレイしているヘビーユーザーであり、最上位の実力を持つ最強プレイヤーの一角だ。ギルドやパーティーには入らず、ソロで数々の偉業を打ち立てる彼は、その1匹狼なプレイスタイルとその種族、その灰色の髪から「灰色狼」などと呼ばれている。
「……ホームに戻るか」
グレイは倒した魔物から魔石と加工可能な部位を剥ぎ取り、インベントリに収納する。そして魔物の残骸を火魔法で焼却する。それらが終わると今度は魔法陣を構築し始めた。
「【召喚】」
グレイがそう唱えると、地面に直径5mほどの魔法陣が出現した。この魔法は空間魔法の1種でテイムした魔物を入れることができるのだ。
魔法陣からはやがて1匹の魔物が姿を現した。鷲の頭と翼、ライオンの体を持つその魔物はゲーム内最高のSランクに属すグリフォンだ。風の最上級魔法を巧みに操り、その脚を振り下ろせば大きな岩でさえ粉々に砕き、その爪は肉を容易く切り裂く。おまけに空を自由に飛び回るのだから敵に回せば厄介極まりない最凶の魔物として有名だ。
「相変わらず甘えん坊だな〜お前は」
「ピヤアァァァ」
しかし、グレイが召喚したグリフォンは最凶の魔物でありながらも、そのことを一切感じさせない。召喚されたと同時に飛び出して頭を擦り付け「撫でろ」と催促する魔物を見て誰が最凶の魔物だと思うだろうか。いや、誰も思わないだろうという光景がそこにはあった。
グレイが頭を撫でたあと、今度は猫の喉を撫でるようにそのグリフォンの喉を撫でると気持ちよさそうに目を細めてされるがままになっている。
「ホームまで頼むぞ!」
「ピヤアァァァ!」
フィンは撫でられて満足したのか、グレイの言葉に元気に返事し、グレイが乗ったのを確認すると森を走り始めた。10数分走り続けると、やがて森の中にそぐわない小さめながらも立派な洋館が建っているのが見えてきた。
その洋館の周囲には協力な結界が張り巡らせてあり、外敵の侵入を阻んでいる。グレイたちはその結界に臆することなく近づき、そして通過した。この結界は魔道具によって展開されており、あらかじめ魔力を登録しておくことで、登録者は自由に入退出できるのだ。
「ありがと」
「ピヤアァァァ」
グレイは再び直径5mほどの魔法陣を展開し、フィンに別れを告げる。フィンを見送ったあと、屋敷に入り1階にある自室に戻る。そして、ベッドに寝転がるとログアウトするのだった。
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沈んでいた意識がだんだんと覚醒していく。やがて、浮上した意識は現実へと焦点を合わせ、その者を完全に覚醒させた。
「……」
(ゲームの世界から現実に引き戻されるこの瞬間が一番嫌なんだよな)
彼の名前は灰村迅。先ほどまでMagick and Sword Onlineをグレイの名でプレイしていた者だ。彼は現在高校2年生。部活には入らず、学校以外の時間を全てゲームにつぎ込んでいる。しかし、彼は今都内にある高校に通うため、名目上の保護者の下を離れアパートで1人暮らしをしているので、それに文句を言う者はなく、やりたい放題なのである。
現在の時刻は午後7時。ちょうど夕飯の時間だ。夕飯を調達するために壁にかけたコートをひっ掴み、外に出る。季節は冬。今日は今世紀最低の気温らしく、外に出た彼を容赦ない冷気が襲う。
(寒っっ! 早いとこ買って帰るか)
彼は気持ちいつもより早歩きでコンビニへと向かう。コンビニまでは徒歩5分。10数分あれば行って帰って来れる距離だ。
「おかーさん! 寒いね!」
「そうね〜。寒いから早く帰らないと」
迅の3mくらい前には小学校1年生くらいの女の子とその母親らしき女性が手を繋ぎながら歩いていた。どうやら何処かから自宅に帰る途中のようだ。女の子は道端にあったであろう氷の板をその手に持ち、大事そうに抱えている。彼はそれを見て「俺も小さい時はあんな感じだったなー」と、顔をほころばせていた。そしてそれは、今は亡き母と手を繋ぎながら歩いた冬の思い出を思い起こさせた。彼はしばしの間、母との思い出に思いを馳せる。
そんな時だった。急にけたたましいクラクション音とブレーキ音が聞こえてきたのは――。
音がする方向には赤色のワンボックスカーがいた。その車は寒さで凍結した地面でハンドルを取られ制御不能に陥っていた。車はスリップしながら前を歩く親子に近づいていく。親子は咄嗟のことで足がすくみ動けないようで呆然としていた。
迅は反射的に駆け出し、前を歩いていた親子を突き飛ばす。親子は2mほど突き飛ばされ地面へと倒れ付した。だが、それによって車の直撃からは逃れることができた。
しかし――迅は逃れられずに身代わりとなる形で車に跳ね飛ばされた。彼の体は、空中を舞い、背中、そして頭を地面へと打ち付けられる。周囲には、彼の血がジワジワと染み出し、シャーベット状になっていた雪を赤く染め上げていく。
その数瞬のちに正気に戻った親子が迅に駆け寄る。どうやら彼女らには大した怪我はないようだ。
「だ、大丈夫ですか?! ごめんなさい! 私たちのために……ごめんなさい」
母親が彼に謝ってくる。女の子は状況を理解できず呆然としている。
「け、怪我ないで、す、か?」
その問いに母親が頷く。
「よ、良かっ、た、で、す」
迅は薄れゆく意識の中で、出来うる限り精一杯笑みを浮かべる。そんな彼が最後に見た光景は、泣きながら自分に謝り続ける母親の顔と大粒の涙を流す女の子の顔だった。
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本日午後7時頃、都内に住む高校生灰村迅さん17歳が交通事故に巻き込まれ死亡しました。本日列島を襲った最大寒波によって凍結した道路にハンドルを取られたことが原因とみられています。容疑者はーーー
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(風? 俺は……生きている?)
瞼を閉じたまま、彼は頰に風を感じていた。また、背にはヒンヤリとした温度が感じられる。生きていることに間違いはないようである。しかし病院ではないようだが……。
やがて沈んでいた意識は現実へと浮かび上がり、完全に覚醒した意識が彼の瞼を上げさせる。ゆっくりと開いた眼に映ったのは木の合間から見える青空と、樹高が高い木々で構成された深い森、変なキノコ、雑草、そしてーーー
ゴブリンたちの醜悪な顔だった