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竜のツノと狼の尻尾  作者: 日向守 梅乃進
第二章
28/63

無数の選択肢

遅くなりましたが、楽しんでいただければ幸いです!

「師匠、ブラシ掛け終わりましたっ」

「・・・おう、道具はそこに置いとけ。手も洗え」


 日も登り切らない朝早く、城の厩でガースルトは疲れた声を出す。その手には鞍と鐙を持ち、留め金を磨きながら溜息を吐いていた。既に怒鳴り声を上げ疲れたかのように背まで丸めている。白い溜め息を吐きながら押しかけ弟子の面倒を見る朝にもようやく慣れてきたところだ。

 その押しかけ弟子のラウルは次の指示をじっと傍で待つ。馬の世話自体はガースルトにも馬達にも認められたようで馬達の朝ごはんとブラシ掛けだけ許可されている。最近ではガースルトだけで馬の世話をすると拗ねる馬も出てきた。


「・・・・なんだ、馬鹿弟子」

「いえ、次は何をしようかと」


 溜息を吐きながら傍で立つラウルに面倒そうにガースルトは言う。馬具の手入れはまだガースルトに許されていない。その手入れ作業の動きを盗もうとじっと傍で師匠の手元を観察していた。ガースルトは一々人に物を教えない。見て学ぶしかなかった。


「んがぁー!鬱陶しい!訓練場でも散歩させて来い!アッシュを近づけんじゃねぇぞ!」

「はいっ!」


 見取り稽古は僅かな時間だけで終わり、馬の散歩を命じられる。本来であれば朝早くからよりも気温が高くなる昼間にするのだが、ラウルの厄介払いである。二頭を厩から連れ出して訓練場へ向かう。思い切り駆けさせることはできないが散歩には持って来いだ。

 一度だけアッシュをガースルトに合わせようと厩へ連れて行ったことがあるのだが、城中に響き渡る怒鳴り声で追い返されてしまった。それ以来、きつく言い渡されている。アッシュを近づけないようにと。ラウルは両肩を大きく落としてとぼとぼとねぐらに戻り、しばらく落ち込んでいたのだが、ガースルトはそこへ細切れになった端肉を持って訪れた。

 ガースルトからすればスノウウルフを嫌ったのではなく、彼の言う子供達を怖がらせたことに怒っただけの話である。彼もまた動物を愛する心を持っている。恐れることもなく、手ずから細切れ肉をアッシュに食べさせながら撫でていた。ラウルが喜びのあまりガースルトに抱き着いたが、気持ち悪いと拳骨を食らうだけで済んだ。そしてその頃からガースルトを師匠と呼んでも注意されなくなった。


「やれやれ、ったく。ようやく仕事が出来るわ」


 馬具の手入れを一段落させて次の仕事に取り掛かる。特注の鞍を作成する作業に入る。城からの仕事ではなく個人的な物である。ラウルに見せずにこつこつとガースルト一人で革を縫い、型を作っていく。まだまだしばらくかかる大仕事だ。不敵な笑みをたたえたまま完成図を思い浮かべる。その背中に厩に残る馬達が嘶き、鼻を鳴らしていた。

 そのようなことも知らずにラウルは訓練場に着いて手綱を放し、二頭の馬を好きに走らせた。しっかりと躾けられたその二頭は訓練場から出ていくこともなく走り回る。たまに抜き忘れられた枯草を食んでいる。自由に走る馬達を時に追いかけ、追い掛けられながら自分自身の運動が日課となっている。息が上がるまで走った頃に訓練場にも数人が姿を見せた。


「よぉ、相変わらず早いな」

「おはようございますっ」

「身体温めとくからよ、馬を返して来たら付き合えよ」

「はいっデルクさん」


 おう、とデルクと呼ばれた騎士は面倒くさそうに訓練場の内周をのろのろと走り出した。ここ最近ラウルと訓練を共にしだした男である。中肉中背の無精髭の男でやる気のない表情と眼をした男。しかしその顔とは裏腹に訓練熱心な騎士である。第二騎士団に属する彼は誰よりも早く訓練場に顔を見せ、朝の鍛錬を行っていた。最近ではラウルの次にやってくるのが彼だ。

 ピュイ、と口笛で馬を呼び、厩へ連れ帰るラウル。しっかりと温まった身体で息を整える程度の速度で戻る。そろそろガースルトも朝ごはんを食べるくらいの時間だ。それまでには馬を戻せといつも言われていた。


「師匠ー、戻りましたー」


 厩の入り口でガタガタと荷物が崩れるような音が聞こえるが、ガースルトからの返事は無かった。しっかりと水を飲ませた馬を戻した頃にガースルトが馬具の倉庫から、今日はもういいぞと声だけ掛かる。


「はいっ、じゃあ師匠またー!」


 倉庫の中には入ると怒られることが何度かあったので、顔を合わせることなく訓練場へと駆けていくラウル。倉庫ではほっと胸を撫で下ろすガースルトが居たがラウルは知る由もない。これから彼の大好きな鍛錬だ。オウルとの日々も楽しかったが、城での生活も慣れて来ると面白い。窮屈な思いは多少あるが。色々な人との話も試合も刺激的だった。

 厩舎と訓練場の間の第一兵舎を通り過ぎながらまだ眠るユキの翼の下からアッシュを口笛で呼び出した。そしてそのまま訓練場まで競走するように転がり込む。丁度デルクも汗を拭きながら息を整えているところだった。アッシュはそのまま訓練場を自由に走り回る。


「おう、んじゃ今日も頼むぜ」

「はいっ!何本くらいいきます?」

「俺は午前から用事があるから、三本でいいだろ」


 元気に返事を返しながら腰の木刀を抜き構えるラウル。デルクは木剣と木の円盾を構えた。このデルクという男、実力は全騎士団の中でも上位の腕を持つ。やる気のない顔をしながら誰よりも走り、誰よりも剣を振る。訓練量はラウルを大きく超える。二人の実力は伯仲している。

 堅実に構える盾をラウルに向けながらゆっくりと距離を詰めるデルク、ラウルは詰められる距離を測りながら右へ円を描く様に位置を変えていく。木剣は正眼に構えたまま摺り足で盾の圧力から右へ右へと位置取りを変えていく。


「シッ」

「おう!」


 盾の死角に隠れる様にラウルは身を落とし、不意に、一直線に斬り込んだ。デルクはラウルが盾で見えなくなった瞬間に盾持つ右手に力を込めて踏み出した。ガツンと盾が押され強引に下へ蹴飛ばされた、その隙間にラウルの木剣が突き込まれる。デルクは分かっていたように木剣で防ぐ、そして盾を向けずに縁で殴るように踏み込んでラウルの持ち手を狙う。


「うらっ!」 

「っ!」


 殴りつけてきた盾を掻い潜り後退するラウル。殴りかかった姿勢を崩さずにまたも盾を向けて突進するデルク、彼の左手の剣は見えない。盾の裏面に木剣を突き立て、木剣を前に押し出す様に持ち手と剣先で支えながらの突進である。盾の陰に隠す木剣はラウルには見えていない。

 盾に一撃入れ突進を止めようと、腰を捻じりきって胴薙ぎに振りかぶった木刀を叩きつける。斜めに叩いた反動で側面に一足飛び抜けようとした瞬間、叩いた盾がクルリと裏返る。盾を支えていた木剣がデコピンの要領、つまり抵抗による溜めから発射される。盾を押し支えた剣が抵抗を失ったことによりデルクの膂力以上の力で突き出された。


「おぉっ!」

「どうでぇ!」


 咄嗟に盾の抵抗を失ったのはラウルもである。盾を叩いて振り切った木刀を左手だけ逆手に持ち代え、振り切った切先を地面に落として振り上げる。狙うは剣身の根元、発射された突き込みを身を沈ませて躱し、斬り上げる。

 デルクの左手が真っすぐに突き出され、交差する剣と刀が鈍い音を立てて打ち鳴らされた。一拍遅れてカランと乾いた音が鳴る。デルクの木剣は彼の背後に落ちていた。


「ありゃりゃ。行けると思ったのによ」

「ふぅーっ、まずは一本ですね」

「おう、次だ次」


 勝ちに喜ぶことなく構え直し、負けに腐ることなく木剣を拾うラウルとデルク。次の一本はデルクが勝ち、最後の一本は時間切れの引き分けとなった。二人は汗を拭いてアッシュと共に兵舎へと戻りながら試合内容を振り返る。


「だからよ、ラウル。力勝負に付き合うなって。俺とお前じゃ俺が勝つに決まってんだろ」

「盾で押し込んどいて何言ってるんですか」

「まぁな、けど隠し突きを飛ばされたのはショックだわ」

「カクシヅキ?盾の陰から出したやつですか?それこそ、片手と両手持ちなら僕が勝ちますよ」


 そりゃそうか、と納得しながらやる気のない目のまま頷いて歩くデルク。伸ばし切った左腕一本で剣を支えるには握力が足りなかったようだ。弾き飛ばすために剣身の根元をピンポイントで狙うラウルもラウルである。突きを交わした不安定な体勢でなお、狙い、打ち込んで見せた。

 そのまま兵舎の食堂に二人で入る。アッシュはねぐらに戻りユキの翼に潜り込んだ。もう一度寝直すのだろう。ようやく朝陽が上がり切り、囀る鳥も餌を探しに空を飛び交う。


「おはようさん、ラウル君、デルク」

「おう、それやめろや」

「おはよう、クーちゃん」


 先に朝食を始めていたクレアがスプーンを挙げて二人をそのまま招く。スプーンで来い来いと招かれたデルクがやる気のない表情から顰め面になりながら恰幅の良い女性から豆のスープとパン、そして卵料理を受け取り、クレアの向かいに腰掛けた。ラウルも同じく朝食を受け取りクレアの隣に座る。温かいスープを楽しみながら朝食を摂る。朝の食堂はそれなりに騒がしい。 


「朝の試合はどうだった?」

「一勝一敗一分けだ、だからスプーンで人を指すな」

「こまい男だコト」


 別にいいじゃんと肩を竦ませるクレアを含め、食事を進める三人。騎士団同士の壁はグラント王国にはあまりない。第一騎士団も第二も第三も、相互扶助で成り立っている。それぞれの騎士団の任務はあえて不完全に独立しているために互いのフォローが必要な場合が多い。訓練などもそれぞれが別々に行うこともあれば合同での訓練もしばしばある。もちろん、血気盛んな者達の衝突はあるが。むしろそういった者達は部署間だけでなく部署内でも衝突するものだ。騎士団同士でいがみ合うことの方が少ないほどである。


「ちっ、ったく。おいラウル、いつでも第二に来いよ。こいつの下じゃ、まともな騎士になれねぇぞ」

「そうですか?クーちゃん、いい先輩だけど」

「おら、それだ。普通は上司をちゃん呼ばわりしないんだよ」

「アタシが許可してんの、食事中はプライベートってね」


 これだから堅物揃いの第二は、とパンをむしって口に放り込む。第二騎士団は対軍戦闘を目的とした騎士団であり、人的に最も規模が大きい。騎士と兵士によって構成される軍である。ゆえに練兵はほとんどが集団での行う。そこでは規律も集団行動も厳しく鍛えられる。

 しかし堅物が多いのは第一騎士団も同様だ。要人警護を任務とする騎士に礼節が欠かせるはずもない。クレアが自分を棚に上げているだけである。


「あんま甘やかすんじゃねぇぞ。コイツはいずれ第二で引き取るんだからな」

「勝手抜かすんじゃないよ、ラウル君はウチのエースになるって言ってるだろ」

「あん?」

「おん?」


 基本的にどの騎士団に所属するかは一定以上の常識的な能力と武芸があれば自由意志である。読み書き、算術さえできればあとは腕の問題だ。人格適正も見ることはあるが、よほどの難が無ければ移籍は手続きだけで出来る。ラウル以外であれば。

 ラウルは生い立ちも、現在の境遇も特殊過ぎるために本人意思だけでは移籍は難しいだろう。政治的な問題も抱えているのだから。それすら度外視して大人二人は争奪戦に息巻いている。周りからみればチンピラがするような威嚇、メンチ切り過ぎである。


「ウチのラウル君はねぇ、市街の局地戦でこそ輝くんだよオラ」

「バカ言ってんじゃねぇ、コイツは人を引っ張れる人間なんだよ。つまり第二が最適なんだよコラ」

「それだと足を引っ張られたら実力発揮できないだろ。おぉ?」

「警護でも同じじゃねぇか、護りながらよりも実力発揮できんだろうが、あぁ?」


 随分な甘やかしようなうえに贔屓目が過ぎる、ラウルの腕は本職騎士も顔負けではある。しかしまだまだ護衛騎士としては常識が足りていないし、軍隊指揮や戦略などの知識もない。どちらにも経験不足である、現時点では。


「え、ええと・・・」

「がはは!ワガハイの所に決まって!おろう!」

「「ゴドン男爵!?」」

「うむ!ミラギも落ち着いたのでな!戻ったぞ!」

「おかえりなさい、男爵様!」

「よいよい!隊長ではあるが!爵位など面倒で敵わん!」


 よっこらせ!とデルクの隣に腰かけ、温めた牛乳を飲みながら大声を上げた。小規模とは言え騎士隊を持つ彼がわざわざ兵舎に立ち寄ったのはラウルの顔を見にである。ミラギ村ではインプの影が完全に消えたのを確認してから戻ったという。山狩りにてミラギ山の安全を確保し、グランエストに戻ったのだ。今日は、十二の月の中旬九日目である。

 そして腰を落ち着けたゴドンが争奪戦に参入する。


「あの索敵能力!行動範囲!嗅覚!腕っぷし!功績など!思いのままよ!」

「ぐっ」

「むぅ」


 突然の第三騎士団勢力に喉を詰まらせる二人。確かに野生はラウルのフィールドである。剣技、否、刀技にしても対人よりも対獣経験の多いラウルは第三騎士団でもやっているけるだろう。対人経験はグランエストに来てからようやく積み始めたのだ。それまでは師であるオウルとしかまともな経験は無かったのだから。

 なによりアッシュとユキの運用に制限が無い。対軍、対人でスノウウルフや竜の投入は政治的に危険と言わざるを得ない。必要以上の恐怖を敵味方問わずに与えることだろう。緊急時となった場合、どうなるかは現時点では分からないが。


「どうだ!ラウル!第三はいいぞ!」

「いーや!第二です!男爵!」

「だっから第一のエースって言ってるじゃないか!!」

「え、ええと・・・」


 熱烈なスカウトにスプーンを銜えたまま三者を見回すラウル。実際のところまだ先を決めかねている。ラウルの漠然とした目標はバルドへの恩を返すことだ。どのような恩であるかはオウルから語られることは無かったが、それを果たすにはどの騎士団でも可能だろう。だからこそ決めかねている。

 それ以前にまだ見習いの身だ、決定権も特殊な身の上であることから、ラウル本人には無い。まごまごと返事を考えるラウルの頭の上に、蜘蛛の糸のように降りてきた少女の声。


「あれ、まだ朝ごはん食べてたの?ラウ兄様」

「あっ!マイア!ごめん、すぐ食べるから!」

「もう、ミリ姉様もミカヅキも待ってるよ。私、アッシュの所にいるね」


 今日はミカヅキの手入れの日だ。宝刀の手入れはリケルトから少しづつ学んでいる。伝家の宝刀であるために、今は城から持ち出すことなくリケルトが直接城に赴いて手入れを行う。ラウルにとって数少ない形見に触れる機会だった。

 モノがモノだけに下賜の許可は保留中である。バルドもミリアもほぼ決定しているが、他の者がすべて了承しているわけではない。時期を見て必ず、とミリアは考えている。バルドも同様のようだった。


「じゃ、じゃあ男爵様!失礼します!二人もまた後で!」

「はっははは!仕方がない!うむ!また会おうぞ!」


 急ぎスープを掻き込んでマイアの元へ食堂を抜けて走る。その後ろではまだ三人が言い合う声が聞こえたが、離れるうちに食堂の賑わいに溶けていった。苦笑しつつ妹達のねぐらに向かう。そこでは少女が押し倒されていた。


 一方サロンではミリアとリケルトがミカヅキを挟んで座っていた。ミリアは優雅に紅茶を口に運ぶが、リケルトはそわそわと何度もドアを振り返り、ソファに座り直す。そしてミカヅキを柄から鞘まで視線で嘗め回し、溜息を吐く。正面に座る可憐な姫にはほとんど視線を向けることもない。ミリアもその態度に慣れたように落ち着いて座ったままだった。


「ごめんなさいね、リケルト殿。もうすぐだと思うのだけれど」

「・・・はっ!い、いいえ。こ、こここれは失礼を。しししかし、お、遅ければ遅いほど、な長くミカヅキと一緒におれます、から」


 苦笑しつつミリアがティーカップを置くと同時にサロンのドアが開かれた。紅潮した顔のラウルと少しだけ髪を乱したマイアがそのまま一礼して入室する。皆が余所行きの態度だが不思議と緊張感は誰からも感じない。


「お待たせして、申し訳ありません」

「戻りました、姫様」

「えぇ、私は大丈夫よ。二人とも座って頂戴?」

「「はっ!」」


 では、とどもることなくミカヅキの手入れを流暢にラウルに説明する。その間ミカヅキに触れる手は止まることなく流れる様に磨き、粉を打ち、刀油を薄く馴染ませていく。古い文献から刀を調べては新しい手入れの方法をラウルに教え込んでいた。なかなかに難航しているらしく、リケルト流にアレンジを含ませてはいるが、それでも手入れを終えたミカヅキは月が輝くように鈍く煌めく。


「このやり方が今のところ一番ですな、どうです?ラウル様」

「手順は、覚えました。大丈夫だと思います」

「鉄の手入れは基本的には同じですからな、刀の正しい手入れはいずれ完璧に調べてみせます」


 冬を越えたら東に向かう商人に書物を注文するという。グランエスト中の書店は全て調べたらしいが、リケルトが満足いく書物は手に入らなかったらしい。刀の発祥の地、東の島に関する書物となれば相応の値段がするのだろうが、リケルトなら糸目を付けない気がする三人がいた。

 やや時間を置いてリケルトは城を後にする。後ろ髪が浮いていた気がするが、ただの寝癖である。きっと、おそらく。そしてリケルトがサロンを出てラウルはミカヅキを抱き締めた。慣れていたはずの鋼の匂いが今日は妙に強く感じる。久々に手にしたのだ、そう感じることもあるだろう。

 ミカヅキを抱いてふにゃりと笑うラウルに顔を赤らめる少女二人はティーカップでお互いの顔を隠し合う。ラウルの思い入れを知る二人からすれば早くミカヅキを腰に佩いて欲しいが、そうも行かない。


「んんっ、良かったね。ラウ兄様」

「んっ、そうね。本当は早く預けたいけれど」

「ううん、きっとまだ早いんだよ、です」


 余所行きの態度は既に無く、緩んだ表情で笑い合う三人。ミカヅキをそっとテーブルに置き、ミリアに返上するラウル。そういえば、とミリアが遅れた理由をラウルに問いただした。ミリアの知る彼なら一も二もなく駆けつけそうだと思っていたのだ。その問に照れながら各騎士団の争奪戦の様相を説明する。呆れながらミリアとマイアは息を吐く。


「まぁ、ラウ兄様ならどの騎士団でも活躍できそうだけどね」

「マイアはどうするの?」

「私は第一だよ、母様から勧められてるし・・・」


 何より、女性の身で第二、第三は難しい、特に第三は。女性ともなれば、月に一度の無防備かつ不調の日がある。それはどの部署でもハンデとなるが、血の臭いは獣に気取られやすい。マイアはその理由をもにょもにょと誤魔化す。少女の彼女にはまだその心配は無いのだが、いずれの話ではある。


「そっか・・・うーん」

「私も第一を推すわよ、ラウル。というかパ・・・父上にはそのつもりでマイアと推挙したのだし」

「そう、だよね。でもアッシュとユキは第三騎士団向きかなって思うと・・・うぅん」

「「あぁー・・・」」


 ラウルにとって所属先に強い希望は無い。自分自身が役立てればどこでも、と考えている。成人までにすこしの猶予もある。そして妹達の希望もあるかもしれない。アッシュなどは第三騎士団の任務に尻尾を振りそうである。ユキは遊びたい、眠りたい盛りだった。


「ラウルの希望は?こういうのがいい、程度でいいのよ?」

「姫様とマイアが護れれば、いいかなぁ。それに関していえばアッシュもユキも同じ気持ちだと思うし」

「そっ、そう」

「あ、もちろん陛下も妃殿下も」

「な、なら第一でいいんじゃない?ラウ兄様。こないだみたいに第三の助っ人も、要請があれば第一も応じることが多いし」


 移籍は申請すればいつでも出来るんだから、と早口で促すマイア。それもそうかと頷きながらラウルもティーカップに手を伸ばす。空飛ぶ護衛騎士という選択も悪くないと考えたようだ。取り返しの利く選択なら焦る必要ないとも。今朝のように詰め寄られればまた返答に窮するのだろうが。


「うん、あとはアッシュとユキにも相談してみる」

「・・・ふふっ」

「うんうん」


 アッシュとユキがどのような返答をするのか想像して可笑しくなったのだろう。笑いながら三人は喉を潤してそれぞれの責務へと戻る。もうすぐ年の瀬である。見習いとはいえ、三人共それなりに忙しい。護衛騎士は年の瀬に集まる要人たちの護衛に就くうえに、ミリアは会見にパーティとしばらくは引っ張り回されることとなる。新しい年が穏やかに過ごせるよう、三人は今日も精を出すのだった。

 後日、ある悩みを打ち明けるマイアが自宅の一室で母タニアと話し込んでいた。


「私、まだ来ないのかなぁ・・・」

「そればかりは人それぞれよ、マイア。焦る必要はないわ」

「うぅん」

「まぁ、生え揃えば直ぐよ」

「・・・その兆候もないんだけど」

「「・・・」」


 一室のドアの前で赤面した父親がノックする直前で固まっていたという。

ラウル君はどのような選択をするのかなー(棒)

今回もお読みいただきありがとうございました!

ではまた次回ー

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