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竜のツノと狼の尻尾  作者: 日向守 梅乃進
第二章
24/63

初陣は震えて終わる

2000越えてる!?

嬉しいなぁ・・・読んでいただけるだけで幸いです・・・

 前線は川下の攻撃班から始まった。奇襲班はまだ弓を引き絞るまま、待つ。堪えた声が堰を切ったように、大音声が川上へ逆流するかのようだ。声と言うよりも、もはや音に驚き出るインプ達。竜の咆哮と勘違いしたのではなかろうか、あれだけ警戒を重ねていた獣だ。一気に巣から躍り出た。巣を傷つけられた蜂のようだ。数は予測の半数は出ているだろうか?既に何匹か射貫かれ落ちている。


「っかぁ・・・いつもながら、こっちまで響くぜ。オイ、こっちもあと二呼吸入れたら射込むぞ」


 声を潜めた剃髪騎士が構えるままに言う。

一呼吸、さらに数匹川下へ飛ぶインプが落ちる。

二呼吸、討たれた仲間の仇討たんとさらにインプが飛び()でる。


(って)ええええええええ!!!」

「「「「ウオォォォォオオオ!!!」」」」


 がら空きの側面斉射に反応出来たのは、ごく僅かのインプ達。三分の一は落とせただろうか?まだまだ巣からの増援が飛ぶ。矢の雨はまだ続く。ラウルも短弓で三射目を番える。近づくインプはまだ十歩以上離れている。射貫いた。短弓を打ち捨て、シンゲツを正面中段、正眼に構え、雪を踏みしめた。マイアも短槍を両手で構える、小さな、豪槍を真似た構え。


「マイア!」

「ラウ兄様!前を任せます!」

「うん!」


 前衛は乱戦に突入した、中衛からの援護を受けて川辺に出る。林の中に潜む弓隊は十名、巣から飛び出す増援に横槍ならぬ、横射で前線への敵の集中を削ぐ算段だ。攻撃隊の十名ほどが、槍を構えて前に川下から巣へと押し出している。空は飛べても、飛び道具を持たない獣達だ。後続との繋がりを切れば局地的に数を圧倒出来る。このまま討伐まで押し切らんとラウルは奇襲隊の前衛として飛び込む。インプを切って捨て、払って捨てる。

 マイアの短槍に突かれ、刺されるインプが出てきた。ラウルを躱して抜けるインプが数体、林へ弓隊を狙うモノ、マイアを狙うモノ。それぞれがそれぞれを相手取る。


「オラよ!嬢ちゃん!後ろは気にすんな!前だけ見てろ!」

「任せます!無傷では抜かせません!」

「楽させてくれるじゃねぇか!っらぁ!」


 乱戦の中、ヒトの戦法で数を削っていく。グレイインプもやはりなかなか狡猾だ。岩陰から飛び出した爪に一人の討伐騎士が切り裂かれた。他の者が援護に入るがなかなか立ち上がれない。足をやられたらしい。地を這い、蝙蝠の羽根でなく猿の脚で飛び掛かるモノも居る。腕を咬まれたらしい者がいる、片手で槍を振り回し振りほどく、両手で構えられないまま後ろの騎士と交代する。雪と、滑る岩に足を取られ、隙を突かれた者もいる。前線の維持で手一杯だ。


「っづああああ!」

「ギィッ!ギ・・・」


 強引に抜けようとするインプを斬り裂くラウル。正確に首を狙う、岩の上を飛び跳ね斬り結ぶ。翼がなくともインプの高さを越える。地上を狙い飛ぶインプの高さなら2ミートルもない。ラウルには造作もない。予想の半数は届いたはずだ。

 

「見事!ラウル!そのまま減らせ!援護の矢は途切れさせるなよ!ワガハイも前に出るぞ!」


 強弓を背に掛けハルバードを持ち出したゴドンも前に出る。全体に檄を飛ばす。彼の周りには、声に寄せられたインプ達。それらに斧刃を叩きつける。切り裂けずに引っ掛け落とした。ゴキリと鈍い音立て岩を血で染める。構わず振り回す勢いのまま石突で叩き、落ちたところを踏み砕くゴドン。辺りに風のように高く鳴る斬撃音と、岩をぶつけるような鈍低音が響く。濁った断末魔もそれに混ざりだす。そんな中でも


「抜けるぞ!奇襲班!落とせ!殺さんでいい!落とせ!」

「「「おぉ!」」」


 やはり巣を捨てる個体も出て来る。林に逃げ込む五匹の内、二匹が矢で落ちる。しかし生存を賭ける獣の勘は凄まじい。落ちた二匹は盾にされたようだ。後衛まで届いてしまう。


「アッシュ!ユキぃ!」


 シンゲツを振りながらラウルは吠えた。林の中から何かが、少し離れた場所で砕ける鈍い音と、丸太を振るうような鈍い風切り音、遅れて木が折れる音が聞こえた。アッシュの牙とユキの尻尾だろうか。さらに遅れて喉を斬られたようなインプの断末魔が川まで響く。孤立しないよう、少しづつ後衛も前に出ていたらしい。


「アタシの名前はぁ!?ラウル君!」

「クレア様!」

「ぃよしっ!そのまま気張りなぁっ!」


 既に総力戦だろう、剃髪騎士の声が聞こえる、そろそろボスが出やすぜ、と。林に落ちた二匹にとどめを刺した姿のまま叫んでいた。その声を皮切りとするように、巣からの増援はピタリと止んだ。


「マイア!下がって!」

「全員!退けぃ!」


 野生児は、敵を知るのか、何かを感じ取るのか、一際大きな声を出し味方を下げた。じりじりと迫るように詰めた巣から距離を取らせる。ラウルもゴドンも叫んだ位置から動かずに構え直す。インプの死骸は五十を軽く超えている。打ち漏らしも今はまだない、はずだ。

 槍を構えていた騎士達も再び弓に持ち替えていた。ノソリと巣から大きいインプが歩み出る。その大きさはラウルを越える身長だった。数字にして1.8ミートルほど。ゴドンと同じくらいの巨体だ。それが飛ぶともなれば脅威だ、ゴドンの筋骨の方が逞しくも見えるが。獣の筋肉はヒトのそれとは違う。見た目だけで判断は出来ない。


「ギィ・・・・ギャギャギャギャッ!」


 人よりも長い両腕を振り上げ蝙蝠の羽根を大きく広げ、群れの小物とは低く重い雄叫びを上げる。同時に各隊の弓が奔った。振り上げた両拳で振り払うように、暴れ回りながらラウルに突っ込んでくる。矢の到達よりも早く。


「ラウ兄様!!」

「来るな!」


 駆け寄る気配を庇い立つラウル、拳を何とか掻い潜り右脚を斬り払う。灰色の毛と血が飛び散る。崩したバランスに岩を殴りつけて突進を止めた。グレイインプのボス。まさにキングサイズだ。そのキングはラウルに赤く血走った眼を向ける。怒り心頭だろう。今まさに、群れも巣も無くすのだ。


「ゲァギャア!」


 斬られた足を庇いもせず、蝙蝠の羽根が突進の力を生み、殴りつける。岩場が崩れ、小石となって弾け飛ぶ。ラウルの顔が小石で切れる。キングとラウルの距離が近すぎる。援護に弓持つ兵は矢じりをキングに合わせ続けるが、射ち出せない。距離を取れと誰かが叫ぶが、届いていてもラウルにそれが果たせない。突進を躱し、転がり、起きては躱す。


「くっぅ!」

「ギャガァ!」


 突進から次の突進が間断なく続く、真っ直ぐ下がれば二撃目を躱せない。キングは一足飛びに殴りつけ、着地と同時に羽ばたいて殴りつける。両脚と、蝙蝠の羽根を合わせた多重運動。ヒトに出来ない動きに躱すのが精一杯だ。ラウルの回避行動を見抜いた二人は、ラウルの躱した先に向けて矢と短槍を引き絞り、放った。


「グムムムム・・・ヌゥア!」

「兄っ!様!避けて!」


 ラウルに吸い込まれるように強矢と、短槍が挟み込む。ラウルに見えたのは、ゴドンの矢だけだった。だがマイアの声は聞こえた。あの子なら、これから逃げる先を阻むようには投げないという予感がある。あの子の眼と、勘と、読みは何度も見ている。


「そのまま、食らえっ!」


 見えない短槍を、予測のままに跳んで身を翻し、躱す。マントを掠める様に短槍が、キングへ飛び込んで胸を撃つ。しかし少女の全身のバネでは刺し込んだだけだった。強矢は蝙蝠の羽根の根元を見事に貫くが


「ギャガガガガ!」


 もはや獣は手負うままに暴れ狂う。精彩を欠くその動きは命を諦め、敵を殺すことしか考えていない。血走る眼にラウルは見えているのかすら分からない。胸に刺さる穂先にも構わず突進を敢行する。もはや羽根は動かないようだ。両の脚と腕まで使い、石を蹴り飛ばす勢いで駆けて来る。後ろはマイアが短槍を投げ込んで体勢を崩しているのをラウルは躱しざまに見ていた。その突進を躱すわけには、いかない。

 覚悟を決める。オウルに教わったように、ラウルがあの時伝えたように、迷えば、迷うなら前だ。


「ふぅうぅう!」


 腰に差した鞘引き抜き、鍔鳴るほどの勢いでシンゲツを仕舞う。そのまま右手に柄を、左手に鞘を握り込み、水平に構えた。距離は十歩

 獣奔るような頭を垂れるような前傾姿勢、両の手は水平に構えたまま。五歩

 ギャリ、と川原の石が踏み鳴る。鞘身の中の刃を向ける。三歩。


「おおおおおおおおおおおぉっ!」

「ラウ兄様ッ!?」


 鞘で刃を押し当てるように、キングの胸を押し斬るように、二歩。

 両拳が挟み込むように迫り、拳がラウルの顔で鳴る前に踏み込んだ、一歩。


 ガキン、メキリ


 短槍の石突と、鞘がぶつかる音と、肋骨だろうか?骨の折れる音が聞こえた。遅れてゴポリと命を吐き出すような音が、キングの喉から鳴った。

 

「ギャプ、ゴパ、グプ」

「おあああああぁっ!ああっ!」


 突進を短槍がたわみ衝撃を僅かに、ごく僅かに、和らげた、そこにさらに踏み込む。零歩

 鞘に吐き出す血が滴る。穂先が身体の中で折れたのだろう。折れ千切れ、ささくれた槍先が背中から飛び出した。衝撃を受け止め切れずにラウルが斜めに弾け飛ぶように川に音を立て落ちた。


「ラウ兄様!っ!!とっ止めは任せます!」


 バシャバシャと川に走り込むマイア。指先を切るような痛みも今は感じていない。革のブーツのせいで水が、より重く感じる。大きな波紋の中心へマイアが着く頃に援護の弓兵達から矢が弾け、それらが届く前にキングは砂利混ざる岩場に倒れ込んだ。


「かはッ!」

「ラウ兄様!」

「油を撒け!火を用意しろ!急げ!」

 

 冬の雪降る川原に慌てて火を用意する討伐騎士達。巣への注意を途切らせることなく近づき油壷を投げ込み奥から手前に油が流れて来ると同時に火種を投げ込んだ。


「表まで火が飛び出すぞ!下がれ!マイア嬢ちゃんはあっちだ!おい!火に当ててやれ!指が落ちるぞ!」

「マント集めろ!嬢ちゃん恥ずかしいだろうが全部脱げ、マント巻きつけろ!濡れたとこ以外もだ!」

「えぇっ!?」

「マイア!急ぎな!ほら!アタシが隠すから!」

「マイア!?ラウル!!」


 駆けつけたクレア達に隠されて、かじかむ手で胸当てや他の鎧を外し、服も脱ぎ、乾いたマントで包まれる。実際にはそこまで早くは指など落ちないが、放置していれば村まで着く頃にはあり得る話だ。凍傷も恐ろしい。ラウルは既に騎士達に剥かれてマント包みだった。水で衝撃を受けたのだろうか、若干ふらついている。


「ラウ兄様?分かる?倒したんだよ!」

「あー、マイア、ごめん、濡れさせちゃって」

「いいから二人とも早く火にあたって!もう!心配ばかりかけて!」

「ホラ、姫様の言う通りだよ、二人とも。ユキ、こっちにおいで、しっかり隠したげて」


 意識ははっきりしていいるらしいが、足元が覚束ないのは寒さのせいだろう。ミリアが肩を貸す、このマントの下がどうなっているかなど、考える余裕はこの非常時にはなかった。火の近くでゆっくりと座らせクレアがマイアの足の指先を擦るのを見て、アッシュがラウルの指を舐めて温めた。ユキもゴドン隊との間に入り二人を隠すように鱗で温めた。なんとも締まらない初陣も終わりを迎える。

 そして肝心の巣はゴドン達が、ほぼ全隊員で見張る。隠れていたのだろうインプが巣の燃え盛る火に焙られるまま外に出ると、断末魔もあげず数匹倒れ込む。喉も焼かれているのだろう。彼らはそれを眺めながら、怪我人の手当てに走る者以外は、巣の火が消えるまで弓を構え、槍を持ち構え続けた。

 こうしてラウル達の初陣は、辛くも、恥ずかしくも、劇的な勝利となったのである。


 そんな初陣を年の瀬の実家でマイアは、母タニアにこう語る。


「雪山で・・・裸でマントに包まれて火に当てられる初陣になるとは思いませんでした・・・」

「マイアがデキた時は雪山で遭難してたときだったわねぇ」

「・・・知りたくなかった」


暖炉の火よりもドルトの顔は赤かったという。

さぁ、凱旋へ・・・?

今回もお読みいただきありがとうございます!

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