これから始める新しい日々
第二章、首都グランエスト編です
妃殿下の私室会見と城の中だけで呼ばれる事件のあと、四日が過ぎた。その間に城から首都、及び、国全体に向けてお触れが飛んだ。グラント王国は、あるスノウウルフと竜を保護したというものである。更に、保護の際に病床に伏した王妃を救った功績を認める、というものであった。
竜と狼はとある少年の飼育下のもとに、王家、及び、自身を含めた国民を脅かすもの以外に牙を剥くことは無いと宣言され、直接グラント王城で管理されることとなっている。この竜は噂を呼び、既に逃げ出した野盗の口から広まり、街道の安全が大きく向上した。このことから多くの商人達が竜への感謝を口にすることとなる。噂が回り回って、市場も豊かになったために、民衆の反発も徐々に弱いものとなっていった。加えて、姫君直々の謝罪と、説得によって、表面上の反発は鳴りを潜める結果となった。
また、もう一つの訃報がグラント王国に竜と狼の報せ以上の激震を与えた。オウルの死である。これは大分事実を捻じ曲げられたが、正々堂々の果し合いの元、雄々しく散ったこととなっている。相手は伏せられているが、王家にはその相手が誰かを、弟子からの報告によって既に特定している。時期が来るまでその相手の名を伏せることも大々的に伝えられた。加えて、オウルのその果し合いの決闘を穢す、また騙ることは固く禁じられた。そしてその弟子が、竜とスノウウルフの管理を行うことも、オウルに信を置く者は意外にも受け入れられる運びとなった。
「アッシュ!ユキ!」
「オォンッ!」
「キュルルルルッ!キュル!」
そんな騒がしさを増した、首都、またそれに囲まれる王城。城と第一兵舎の間を繋ぐ広場で、城中の者が見守る中、家族久しぶりの団欒が行われていた。まだまだその威容を恐れる者もあるが、声高に騒ぐものはいない。
「あはっ!元気だった?」
「オウンッ!フヒュンッ!」
「キュルルルァ!キュルルルルッ」
そこに将軍の令嬢も駆けこんでいく。息を飲む衛士もいたが、姫君に抑えられた。その後、姫君も駆けこんだ。服が汚れるのも気にすることもなく。と言うよりも前もって準備していたらしい乗馬服姿だった。止められて尚、駆けつけようとする者が何人もいたが、すぐに立ち止まった。少なくとも三人を襲おうとする素振りも見せず、見たことのない穏やかな眼を向け、ひたすら甘えるような仕草の二頭に呆気に取られていた。
「なぁ、その槍で俺の腹ブッ刺してくれねぇ?」
「俺もそうしたい気分だけど、現実だったら怖いからやめとくわ」
「じゃあブン殴ってもいいや」
「分かった、お互いにいこう」
「ゲブッ」「ウゴッ」
兵士達が現実を見る頃には、今日は好きに過ごさせてやれという王の号令のもと、解散となった。非番且つ、度胸のある者のみ、見物と乱入を許す、と付け加えられる。城の者が少しでも早く慣れるためだろう。クレア、イーリスだけが恐る恐る近づき、五人の輪に加わった。
「アッシュ、この人がクーちゃん、そしてイーリスだよ」
「オウン?フスン、フスフスフス」
「な、なんだろね?何でそんなに念入りに・・・お、おぉ?」
「こ、これは中々・・・可愛らしいですね・・・フフ」
事前に紹介したいとラウルから言われ、注意する点だけいくつか教えられていたが、やはりいざとなると恐怖はまだ感じているようだ。しばらく慣れるまでは掛かりそうだ。アッシュは何故かクレアの臭いを念入りに確認していた。その様子を見て、イーリスは横からアッシュへ近づいた時と同様、恐る恐る撫でる。アッシュも一瞬イーリスを見るが、好きに撫でさせていた。
「あは、イーリスを気に入ったみたいだね」
「え?クレアの方ではなくですか?」
「んー、ちょっと警戒してるみたい。どうしたんだろ」
「えぇ?アタシ、警戒されてるのかい?ウヒィ、く、くすぐった・・・」
そのすぐ傍では少女二人がユキにお礼を伝えながら首を撫でまわしていた。少しくすぐったいのかユキは喉を鳴らして首を押し付けて来る。よろけながらもきゃっきゃとじゃれつく少女達にすっかり気を許しているのは傍目から見ても、信じられない光景であったが、それでも危害を与えるそぶりは全く見せなかった。
「ユキ、ありがとう。貴方のお陰で母上は助かったのよ、本当にありがとう」
「ユキ、元気だった?久しぶりに会えて私も嬉しいよ」
「キュルックルルル」
徐々にその団欒を見張る面子も遠巻きの輪を縮め、硬くした表情もやがて和む様なものへと変わってくる。彼らも事前にアッシュとユキの性格をラウルから説明を受けている。馬の世話が出来るようなものなら守れるほどの、ごくごく自然な、動物に対する注意点の説明だけであった。
ラウルのいないときは極力近づかない、武器や敵意を持って近づくと危険であること。背中から近づかない事など。良識を持って動物と触れ合える者なら守れる程度のものであった。
「お、俺もいいか・・・うぉ、デカいんだな・・・山で見た狼なんて犬に思えるぜ・・・」
「スノウウルフと過ごせる日がくるなんて、うわ、お、おぉ・・・」
「耳の裏を撫でると喜ぶよ、あ、眼はじっと見つめないであげてね。目が合ったらゆっくり閉じるようにして、それから反らしてあげて」
「ユ、ユキちゃん・・・?な、仲良くしてね~」
「あ、頭を撫でるときは鼻から撫でるようにしてね、たまにくすぐったがってツノを振るときがあるから、後頭部は近づかないであげて」
ラウルからの、少ない数で交代で近づいてあげて欲しいというお願い通り、三々五々、興味ある人間や、動物好きな者たちがやはり恐る恐るではあるが、入れ替わりつつ挨拶にやって来る。ユキに触れようとする者の中には竜翼教徒だろうか、頭を下げる者や敬語で話しかける者など様々だった。または度胸試しのように近づく兵士がラウルの注意を受けつつも近づいては、遠ざかるを繰り返していた。
「ユキ、騒がしくてごめんね」
「ユキ、ほら、良い子良い子ー、うぷっあ、アッシュ、だめ、やめ、やめてください~」
「マイアは大分気に入られてるみたいだね」
「うー、それは嬉しいですけど、お、重いぃ」
充分堪能したのか周りに群がった人もいなくなった頃、ミリアの注意を受けて簡素なドレス姿のシャルローゼも近づいてきた。その横にバルド、ドルトニアンも後ろに控えていた。彼らは他の者と違い堂々と歩み寄る。心の内は分からないが、少なくとも周りの者にはそう見える。
「貴方が、ユキちゃん、ね?本当に穏やかな眼をしてるのね・・・貴方の翼で助かったのね、ありがとう」
たおやかにユキの鼻をゆっくりと撫でる、誰にも見えない様にほっと息を吐いた。やはり人の上に立つ者として、ある程度気を張っていたようだ。しかし、その姿は周りに病から立ち直ったという安心感と威厳を与えるものだった。王族としてのポーズもあったのだろう。しかしてその手は感謝を伝えるように何度も撫でる。慈愛に溢れたものであった。
「うむ、私からも礼を言おう、ありがとう、だ。ユキ。はっは、お伽噺に迷い込んだ気分だ。うむ」
そう言いながら妻と同じようにバルドもユキの鼻を撫でる。これもポーズの意味合いが強いのだろうが、それを感じさせない程、温かさに満ちたものだった。彼にとってのかけがえない妻を救った者だ、彼の性格なら無碍にしようはずもない。しかしその後ろではちょっとした騒ぎになっていた。
「お、おい、ラウル、大丈夫なのだろうな?マイアが、マイアは食われているわけじゃないだろうな?」
「あ、うん、ドルトニアンの・・・将軍、ユキは食べるときはお腹から食べるから」
「そうではないわ!・・・っとと、押し倒されているではないか」
「うん、好きな人にはこうだよ。先生にもよくこうしてた」
「む・・・では、うむ、いいが。その、アッシュは本当に雌だろうな?」
妙な心配が行き過ぎて、妙なところを気にする将軍が思わず大声を出したが、概ね和やかな光景だった。実のところ、アッシュもユキも大声くらいでは驚かない。そこに害意がなければ。
「アッシュ、マイアに嫌われちゃうよ、ほら」
「フスッ、オゥン?」
「あぁ、くすぐったかった・・・大丈夫です、アッシュ。もう怖がってませんよ、うひゅっ首はダメっ」
この後もしばらく戯れて、サロンで今後の話し合いが行われた。話し合いの議題はラウルだ。今後の注意などを兼ねて行動を同じくするであろう面子もそこに参加する。ミリア、マイア、クレア、イーリス、フェッロそしてドルトニアンも話し合いに加わった。オウルの訃報の火消しや、ラウルの今後の方針を決めるつもりだ。
サロンに着くと、フェッロ、イーリスが流れる所作で飲み物を用意した後、壁に付く。ドルトニアンはいつものようにバルドの背に控え、王夫妻とその向かいにラウル、ミリア、マイア、クレアだけ遠慮してラウルの後ろに着いた。
「ふぅ、久しぶりに緊張していたが。うむ、ラウル、今度ユキとゆっくり過ごさせてくれないか?」
「あ、はい、ユキも喜んで、ましたから、大丈夫・・・です」
「ラウルさん?私もいいかしら?あの子、なんていうか・・・凄く落ち着くの」
「あ、えっと・・・」
「あら、私は嫌われちゃったかしら・・・」
「ふふ、母上、ユキは可愛い子が好きなんですって」
「えぇ、それは・・・まぁ年を重ねてしまったけど・・・」
「逆です、妃殿下は多分好かれちゃうんだと思います、ただ、そのユキの困った癖といいますか、その、顔を舐めるのです」
「あら、いいじゃない。マイア、そのくらいは何でもないわよ?ここに来る前は犬や馬とも過ごしていたし。友愛の行動じゃない」
「その、すっごく、臭いんです・・・私が、姫様に近づけないほどでした」
水ですぐ臭いは落ちるんですけど、と続けるマイアに、それでもいいわ!と拳を固めるシャルローゼがいた。オウルの姉だけあってなかなかの肝を持っている。後日、水桶をラウルに持たせてユキに抱き着く王妃の姿があったというが、それはまた後日に語るとしよう。
「さて、急場ではあったが・・・概ね、順調に受け入れが出来たな、うむ。いいことだ」
「陛下の、ご、ご、ご尽力の、えっと、お陰様です」
「うむ、まぁ言葉遣いも重要だが、徐々に、だな」
「こればかりは、ごめんなさいね。ラウルさん」
「いえ、陛下の顔に、泥を・・・えー・・付ける?わけにはいきません、から」
「ふふ、頑張ってね。期待しているわ。それにしても、ああ、オウルの弟子がこんなに素直な子なんて!」
ここ数日の間にシャルローゼはすっかり快方に向かっていた。痩せて、痛ましく損なわれていた美貌も徐々に取り戻し溌剌とした表情を見せていた。長時間の談話も、もはや苦にしていない。
「さて、そこで、だが。ラウル、まだしばらく君はミリアと行動を共に出来ん」
「はっ」
「うむ、まぁ機会は勿論あるだろうが、まずは作法を覚えなくてはならん、それまでは作法を含む様々な訓練と、警邏、町の見回りが仕事になるだろうな」
「はっ」
「よろしい、護衛騎士の上司として、クレアの下に就くように。上級騎士クレア、頼んだぞ」
「はっ、畏まりました。」
「うむ、見本となってやってくれ、加えてクレアには護衛任務から一旦外れて貰うが、緊急の場合などの補充人員として心しておいてくれその場合、ラウルにも声が掛かるかもしれんな」
「「はっ」」
細々とした人員の采配と、オウルに関する注意事項と今後の流れを詰めて、解散となった。今後、ラウルはマイアと同じく騎士見習いとして城に出入りする予定だ。アッシュと、ユキの世話も国中に出した宣言のために、一応は業務として扱うこととなった。
ちなみにラウルには第一兵舎の一室を与えられた。ユキはともかく、アッシュは兵舎にあまり入らないよう一階の角部屋である。すぐ外に、ラウルの妹達を休ませるための、いくつかの設備も準備されている。
解散後にサロンを出て、クレアとラウルだけ引っ越しの準備を始めた。ラウルの私物などは背嚢の中身くらいのもので、主にアッシュとユキの引っ越しだ。それも寝藁などである、すぐに完了した。
「こんなもんかい?これから雪も降るけど、アッシュはともかく、ユキは大丈夫かねぇ」
「ユキは雪が降ると嬉しがるよ、アッシュもだけど」
「へ、そうなのかい?」
「うん、どっちも雪山生まれだからかな、僕の方が苦手かなぁ。あっ、苦手です」
「ははっ、ま、任務中じゃなければ、良しとするかね。あー、残念だけど、任務中はクレア様だよ、いいね?」
「はっ!クレア様!」
おぉ、これはこれで、とまだ雪は降っていないのにクレアは身体をブルリと震わせた。ちなみに第一兵舎は収納人数のせいもあって、男女混合だ。あくまでも信用のおける者しか配置されていない。クレアも性格はこうであるが、問題行動など一度も起こしたことが無い、表向きは。
「さて、んじゃ呼ぶかい?」
「はっ、そうしましょう。アッシュ!ユキ!おいで!」
「むふぅ、この違和感が・・・っときたね、壁をひとっ跳びか、凄いもんだ」
「窓もあるし、うん。これなら寂しくないね、アッシュ、ユキ」
「オゥンッ!」
「キュルルッ」
トス、ズン、とそれぞれの重量を地面に預ける音が響くが、訓練場の喧噪ほどでもない。新居が気になるのか辺りを見渡し、匂いを付けるべく辺りをうろつき、身を擦る。無事気に入ってくれたようだ。近くには看板と掛札があり、札には、散歩中、ラウル不在、と書かれたものがある。他にも任務中などのラウル及びアッシュとユキの動向を示す札がいくつか用意されていた。
「ふむ、これで不用意に近づくこともないだろね。あとは生活していきながら改善してこうか」
「うん、僕も二人も、初めての生活になるから。迷惑掛けないようにしないと・・・」
「まっ、新入りが迷惑掛けんのはしょうがないとして、だ。問題は馬だね」
「うん、出来るだけ離してるけど・・・アッシュもユキも馬を襲わないけど」
「馬自体がビビってるからね」
「馬同士って会話するんだ。他の動物もそうなんだろうけど」
「へえ?」
「だから、一頭か、二頭、アッシュ達に慣れてくれればいいんだけどな」
んー、と唸りながらも、クレアは自慢の相棒なら、と考える。ヘクトは戦馬だけあって性格も剛胆だ。飼い主に似て、大雑把ともいえるが、彼が橋渡しにならないだろうか。勿論嫌がるようなら諦めるしかない。ラウルの匂いがするアッシュとユキなら、可能性はあるのでないだろうか。他の馬に頼む当てもないことであるし。
「ヘクトなんてどうかねぇ」
「あ、いいかも。でも信用してくれるの?」
「どっちも信用してるさ、ヘクトもラウル君も、危なかったら止めてくれるんだろ?」
「うん!でも今日はアッシュ達も落ち着かないだろうから、様子を見てから、かな」
そうしよう、とクレアは肩を回しながら答えた。そうしながらラウルと部屋に入り、内装や第一兵舎の注意や案内を改めて行うのだった。それとなくクレア自身の部屋の位置も教えておいた。部下の管理のためだろう。おそらくだが。ちなみに彼女も角部屋であり、ラウルの部屋の上三階の位置にあった。
そして第一兵舎各所にクレアと挨拶に回り、正規の騎士の鎧と服を受け取る。まだ胴回りや背丈が足りていないため、普段は鉄の腕当て、脛当てを装着することになりそうだ。胴回りはマイアのように胸当てだけ外して付け、成長を待たねばならない。裕福な生まれの騎士見習いであれば、正規品を模した小さいものを仕立てて使う者もいるが、稀である。
「さて、んじゃ今日はこんなもんだね、明日っからはビシバシいくからね?覚悟しときな」
「はっ!クレア様!ご・・・鞭撻の、ほどを!」
よっしゃ、とラウルの頭をグリグリと撫で、軽く手を上げてクレアは自室に戻って行った。ラウルも部屋に戻り、正規の騎士鎧を部屋に置くなり、窓から外に飛び出した。部屋を出ればすぐに外への出入り口があるというのに。
「お待たせ!アッシュ!ユキ!わはっ!んむっ」
「オゥン!フムルルル!」
「キュルゥ!クルッ!」
窓からアッシュに飛びつき妹の首に顔を埋める。グリグリと顔を押し付け、振り払われて嘗め回された。首を寄せるユキの鼻を撫でるのも忘れていない。狼と転げまわりながら、竜に抱き着いては鱗を頬でこする。
「ユキが綺麗になってる。アッシュが水浴びさせてくれたの?」
「オゥンッ!」
「お姉ちゃんだもんね、ありがとね」
次は手伝うからね、と得意げに尻尾を振り回すアッシュを撫でまわし、ユキにもうん、綺麗綺麗、と顔や首を撫でまわしながらこれからの事を妹二人に言い聞かせる。
「これからはここが僕等の家になるんだよ、人がいっぱいいるけど、大丈夫?」
「オウフ!オォン!」
「クルルッキュイッ」
「そっか、我慢させるかもしれないけど。一緒に頑張ろうね。ユキ、また陛下や妃殿下が会いたいって」
「キュル?」
「姫様に似てた人と、堂々としてた男の人だよ」
「オンッ」
「アッシュも挨拶したいの?そうだね、狼でいうと群れの【アルファ】だもんね」
そんな彼らだけの会話を階下に聞きながらクレアは窓から見下ろしていた。ニマニマと笑みを浮かべて、既に手にはエールのジョッキが握られていた。チビチビとアルコールを流し込みながらラウルと同様これからのことに想いを馳せる。これからは任務ではなく色仕掛け出来ると。
ハニートラップ自体は実際相手が引っ掛かろうものなら叩きのめす権利があった。あくまで人を見るための趣味の悪い方法であるため、イーリスやクレア、またはその他の者たちが身を犠牲にすることはこれまでになく、また直接的な方法をとったのも、ラウルが初めてである。精々流し目や体に不用意に触れることで、相手をいい気にさせる程度である。相手の反応が見られれば良かったものを、浴室まで共にする必要など本来はなかった。勝手に彼女らが、戯れに【その気】になっただけであり、それすらも空振りだったのだが。
(ま、しかし部下とはねー。うーむむ、どこまで教え込もうかねぇ。オンナまで、フヘ、教えていいのかねぇ)
下卑た妄想とアルコールに酔いつつ、窓を閉めた。そろそろ雪が降るだろう。彼女も明日からはひよっ子の散歩もしなくてはならない。早めに準備を終えて寝ることにする。深酒にならないようジョッキを置いた。
予想通りの雪がチラつく冷たい次の日の朝、クレアは窓を閉めたまま見下ろした。白い巨体をグルリと丸めた中心にふわふわの白い巨躯、いつもの寝姿なのだろうか。ユキとアッシュが同じような姿勢で身を丸めて寝転んでいた。そして更にその中心を見て青ざめた。男の子が横たわっている。欠伸も眠気も吹き飛んで、クレアは寝間着に騎士のマントだけ引っ掛けて飛び出した。
「ラッ、ラウル君!おい!生きてるかい!?」
「オンッ?フスン」
アッシュだけが反応し、クレアをチラリと見た後ラウルを嘗め回した。やがてうぅんとアッシュの顔にむずがるように手を伸ばしてグリグリと撫でまわす。生きているようだ、良く見ればシーツに包まり、さらにアッシュの尻尾がラウルを包んでいた。全く心臓によろしくない寝姿に溜息を吐きながらラウルに手を当てるクレア、冷たいだろうと予想した少年の身体は充分に温かかった。
「ううん、アッシュ・・・おはよう、あれ?クーちゃん、クレア様。おはようございます」
「・・・ハァァァァア、心臓が飛び出るかと思ったよ・・・ラウル君、ちゃんと部屋で寝るように」
「あ、うん、最初は、ふぁ、部屋で寝てたんだけど、なんか嬉しくて一緒に寝ちゃった」
季節が季節なら微笑ましい光景だが、雪もチラつく朝では洒落にならない。かなり温かく包まれていたようだが、事情を知らなければ取り乱すのも当然だった。
「さ、さぶっ、無事なら、アタシは戻るけど、もう起きる時間だ。準備してるんだよ?いいね?」
「あふ、うん、はい、クレア様」
肩を落として部屋に戻ろうとするが、寒さに凍えるクレアの肩は直ぐに跳ね上がった。着替えたら今日は街の警邏がてらの道案内である。観光ではなく、ラウルにグランエストの地理を叩き込まなくてはならない。
この直ぐ後にクレアはぼやく様にラウルにこう言った。
「狼に寄り添うように倒れこんでるのを見て、朝っぱらから、もう、疲れたよ」
天使の迎えが来なくて本当に良かったと。
今回もお読みいただき、ありがとうございます!
オープンスケベなクレアさん、実はモテモテなんです。
その辺も表現していけたらいいなぁ。
ちなみにクレアさんが派手モテ系なら、イーリスは地味モテ系です。