愛刀と哀悼は後世まで
サブタイ・・・難しいですねぇ、そのうち変わってたら、すいませんw
少しだけミカヅキを鞘から抜き、戻ってきた形見の愛刀の刀身を改めた。鈍く濡れた光沢が普段よりも煌めいている。鞘も拵えこそ変わらないが、新品だった。染料が違うからか鞘身の色は似ているが光に翳すと、やや違うがピカピカに磨かれたものだった。鞘尻、鐺の銀の装飾も全く同じ様にしつらえてあった。古い鞘も、宝刀の一部であることから、補修されたものが届けられたが、そちらにミカヅキを今後納めないようにとのことだった。
「凄い、ピッカピカだ」
「確かに違うわね、それだけ傷んでたのね」
「まぁそれだけ、オウル様と歴史を刻んだのでしょう、刃物だけに」
どうだ、とマイアが得意げな顔をミリアと、ラウルに向けた。二人はクスリと笑いながら、ミカヅキを見ていた。ふと、ラウルは言う。
「今日で、お別れだけど。うん、きっと大事にしてもらえるよ。ミカヅキ」
その言葉を聞く二人は覚悟を決めた。少しだけだが、それぞれ可愛らしい顔を強張らせる。間もなく、シャルローゼ王妃の私室で非公式な会見、というと大袈裟だが、報告会が開かれる。シャルローゼが小康状態を取り戻し、埃まみれにドルトニアンが城に戻ったのだ。サガネ草を土の付いたまま持ち帰り、栽培するのだという。貴重な薬の原材料だからこそ、役に立つだろうという理由と、もしシャルローゼの治療に足りなければという保険を掛ける意味でだ。
ミカヅキは今朝方に城に届けられた。ラウルが朝の馬の世話を終えた頃だったという。リケルト代表が直接持ち込んだらしい。涙ながらのお別れだったという。その話を聞いたラウルは自分もそうなりそうだと予感している。
「さて、そろそろ父様も身支度を終えてる頃でしょうね」
「そうね、母上の所に向かいましょう、ラウル。いいかしら?」
「・・・うん」
やや重い足取りで、ミリアの後ろを歩く、ミカヅキを抱いて。アッシュの温かさが恋しくなるが、この話を伝えたら、すぐに会いに行こうとラウルは思う。ユキにも早く会いたいなと考えながら歩いていると、ミリアが大きめの豪華な白い扉の前で止まった。傍には花が瓶に活けられている。
「さ、ここよ」
「・・・ふーっ、うん」
「ラウ兄様、今日も敬語もほどほどで良いみたいだから、そんなに緊張しないで」
「うん、分かった。ちょっとは覚えたんですよ?」
不安そうに見上げるマイアに冗談で返す。それを見て少女二人は少しだけ安心した。どうやら冗談を言うくらいの余裕はまだ、あるらしいと。ゆっくりと大きめにノックを部屋の中に送る。中からの返事の後で、ゆっくりと扉を開いた。中には城の主、その妻、そして将軍の一人が待ち構えていた。
「初めまして、オウルの弟子、ラウル・・・です」
「はっは、うむ。グラントの王、グランバルドである」
「その妻、シャルローゼよ、初めまして貴方がラウルさんね?」
「お二人にお仕えする、ドルトニアンだ。将軍の任を頂いておる」
改めて、自己紹介をこなし、王と、王妃の座るソファに向かって跪く。たどたどしいものであったが、非公式かつ初めての謁見でなら見過ごせる範囲だろう。バルドはいつものような涼しげな顔でラウル達をソファに促した。同席に着く相手の身分など、この王は気にしない。シャルローゼも柔らかい笑みで三人を迎えている。ドルトだけが厳しい表情である。
「まず、ミカヅキを預かろう。非公式の場とはいえ、武器を持たせたままというわけにはいかん」
「はい、オウルが、お預かりして、おりましたミカヅキを、おー、・・・お返し、します」
「うむ、確かに受け取った」
座る前にドルトニアンに言われ、力の篭った両手で渡す。作法が分からずか、それ以外の理由か受け渡すだけの所作もたどたどしいものとなった。しっかりと受け取られ、ソファに座るラウル。それを見て残る二人も席に着く。ドルトニアンはラウル達三人の後ろについたまま直立不動だ。
「さて・・・うむ、堅苦しいのも、ここまででよかろう、ラウル。預かった手紙はあるかね?」
「はっ、ここに、えっと、どうぞ」
「はっは、普段通りでいいぞ?うむ、確かに、命知らずの王へ、か。はっは」
「私にもあるのね?あら、いつも通りね。シャルル姐さんって・・・あの子はもう・・・」
「儂にもあるのか?んなっ!?あの馬鹿者」
「もう一人分・・・あるんだけど、今日はいないの?」
口調も戻し、鉄の美女って人は?と大人達を見る、ラウルの横から凛とした女性の声が掛かった。イーリスのようにロングスカートの侍女服に白いエプロン。恐らく長いであろう赤毛をうなじが見えるようにまとめ上げた女性だった。片眼鏡を掛けた険しく見える表情、妙齢の美女である。切れ長の灰色の瞳を細め、少し冷たい印象を受ける。
「恐らく私のことでしょう、届けて頂き、感謝します。フェッロと申します」
「あ、待って。えっと、梟の止まり木は?」
「・・・!・・・鉄の枝、でございましょうか?」
「本物なんだね。はい、これ」
ピクリと眉を寄せた鉄の美女は少しだけ、顔を赤らめながら手紙を受け取った。その表情に気付いたのはラウルだけであったが、合言葉の意味までは分からない。
「フフ、そういうところだけは慎重なのよね。あの子は」
「はっは、うむ、らしい」
「手紙は、この話の後で読むとしよう。少年、いやラウルよ。オウルが何故、急にミカヅキを返し、碌に届かん手紙を送ってきたのだ?奴は今何をしておる?」
「先生は・・・えっと・・・いいの?」
本当に事実を喋っていいのかとラウルはバルドを見やる。重々しく首を縦に振るのを見て、ラウルは深く息を吸い込んで、語りだす。
「先生、渡り鳥のオウルは、その弟子のラウルに討たれ、死にました。ミカヅキと手紙はその遺言?通りに届けに、きました」
「何だと!貴様どう」
どういうつもりだと、ドルトニアンがラウルの背中へ声を荒げる前にバルドが手で制し、ラウルに語らせる。ラウルもその日々を思い出し、吐き出すように、語る。
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オウルは12を迎えたくらいのラウルと、幼いアッシュを連れて旅を続けていた。しかし体の不調を感じ、とある山中の打ち捨てられた木こり小屋を拝借していた。近くに一際大きな木が生えている。もうすぐ夏に差し掛かる。大木も青々と茂っていた。
静養しながらのラウルの修行も、休まずにオウルは刀術、剣術、弓術、剣士の生き方、旅のコツなどを腰を落ち着けて教えていた。厳しいものから、難しいものまで。一月を越えても不調は変わらず、ラウルも心配していたが、オウルは気にするなと言い聞かせた。その頃にはオウルの稽古もそれまで以上に厳しいものになっていた。
実際のところはオウルにしか分からないが、彼には焦りがあったようだ。全てを伝えても少年がその後をどう過ごすか、否、過ごせるのか分からない。ラウルには家族がオウルしかいない、正確にはもう一頭いるが。ラウルが狩りや水汲みに行っている間に少しづつ手紙を記した。もし自分がこのまま倒れることになったら、もはや捨ててしまった親族を頼ろうとまで考えていた。頼りになる義兄もいる、妻の尻に敷かれっぱなしの友にも頼ればあるいは、と。最悪の事態を考え込んでいると、少年が狩りから帰ってきた。
「先生、今日はご飯、食べられる?」
「んー?おう、今日はまたデケェの獲ってきやがったな」
「うん・・・ねぇ先生、僕、こないだの村に戻ってこようか?」
「はっ、心配すんじゃねぇって。すぐに治してやっから。そんで東にいくぞ、ラウルお前の刀を打ってもらおうぜ。ミカヅキを作ったとこにいくんだ、楽しみだろ?」
「先生、僕、まだ刀はいいよ、先生が元気な方が、いいよ。村まで戻ろう?背負っていけるからさ」
「オフッン、オウっ」
まだまだ覇気のない声でアッシュがラウルを元気づけようと足元を転げ回っている。鹿を引っ張るのにアッシュも手伝ったのだろう。鹿の片脚に咬まれた跡があった。
「おーおー、アッシュ、お前も手伝ったんだな、良い子だ。一緒に食うとしようぜ」
「キャフっ!」
「先生ってば・・・ねぇ」
「だーから、大丈夫だってんだろ。ちっと頭が痛ぇだけだっての、明日も稽古だからな、しっかり寝とけよ?旅しながらじゃ、教えられなかったヤツもしっかり叩き込んでやっからな」
「・・・うん」
旅の疲れなど感じたことのないオウルだったが、遂にそういう年齢を迎えたのかと思っていた。こういう病に一つだけ心当たりがあったが、自分がまさかという想いもあった。治療法までは知らない。ますます、心中は焦りでいっぱいだった。
「ま、好き勝手に今まで来たんだ、しゃあないわな・・・しっかし、弟子ってのがこんなに可愛いとはなぁ、シャルル姉、じゃねぇや姐さんもこんなんだったのかね・・・」
ニヤリと笑いながら、小屋の外で遅れながらも鹿の血抜きをしている少年に想いを馳せる。オウルにとって最愛の弟子になってしまった少年だ。最初こそ付き合いに苦労したが、今は後をうろちょろついて回るのが可愛くてしょうがない。一度くらい、捨てた実家に顔を見せてやれば良かったと後悔も、ある。その時の驚く家族の顔も指差して笑ってやりたいくらいである。
「っと・・・やべぇな、こりゃマジで回熱病かね、ったく、うつらない奴であってくれよ・・」
自分が死ぬには、安直な名前の病だとオウルは考えつつも、ラウルに病がうつらないように祈りながら日々を過ごした。この病は例の少ない病だが、治療法はあった。特効を持つ薬もあるのだが、オウルにその知識がない。徐々に覚悟を固め、残されているであろう時間をラウルの稽古に費やそうとした。反発は押さえつけた。村に戻る、とラウルの反発心が限界を迎える頃にはオウルはラウルの世話なしでは食事も難しくなっていた。体が動くのは不思議と、稽古の立ち合いの時だけだ。
「お前だけ村に戻るってのは構わんぜ、けどなぁ、飯もそろそろキツイんだよ、ラウル」
「背負ってでも、連れて行く」
「ダーメだ、ラウル。こんな姿、誰にも見せられねぇ、見られたくねぇ」
「でも、僕は見てるじゃないか!!」
「オメーはいいの、そら、昨日の続きだ。ちゃんと素振りしたか?」
「先生・・・どうしたら村に戻ってくれる?ちゃんと治してほしいよ」
「俺に勝ったらだな、俺は、俺に勝ったやつの言うことなら、聞くぜ」
「・・・絶対だからね、絶対に、連れて戻るから」
そんな会話があってからはラウルは寝る時間も削り、稽古に身を入れた。それまでも子供ながらにかなりの鍛錬を積まされていたが、手の皮が剥けても治らないほどのものではなかった。狩りや、木の実を拾うこともアッシュに任せきりの日もあったという。オウルが食事を必要と感じなくなっても必ず三人分以上の食事を用意した。オウルの残した分はラウルが無理にでも掻き込んだ。
オウルの教える稽古の時間は徐々に短くなっていったが、それでもオウルは身体に鞭打って、ラウルを打ち倒し続けたという。剣士としての意地も、最期まで少年の師としての力強さも残して逝きたかったのだろうか。そしてそんなオウルも、二月を過ぎた頃には弱気な姿をラウルに見せ始めた。
「な、ラウル。俺は旅ってのが、どうしようもなく好きなんだよ、腰を落ち着けた暮らしもいいが、明日、何があるのか分からねぇのが、いい」
「うん」
「それにな、色んな奴とも会えたしよ、お前も楽しかったろ?」
「うん」
「な、ラウル。いいか、俺の技は好きに使えよ、お前が後悔しねぇなら、なんだっていい、お前なら悪く使うこたーねぇ。それは信用してる」
「うん」
「んでよ、出来れば格好良く頼むぜ、俺はオウルの弟子だ!ってな。俺はよ、ラウル。格好悪いのだけは嫌なんだよ、本当ならお前にも今の姿を見せたくないくらいだ」
「うん」
夜はずっと一緒に寝ていた。最初は回熱病をうつすことを忌避していたが、眠るまでの時間も惜しむようにラウルに語りかけた。手紙を渡してほしい相手の事、これからの事、治ったら東に向かう旅の予定。熱に浮かされながら、昔の話、友人との出来事、好きな事。嫌いな事をとりとめもなく、毎晩、毎晩。同じ話を繰り返すこともあった。もはやラウルはじっと耳を澄まし、相槌を返すだけだった。
「あー、そうそう。返してねぇ恩があるんだわ。なぁラウル、お前さえ良ければよ、代わりに返してやってくれねぇ?嫌ならいいんだぜ、ミカヅキも元々借り物だけどよ、お前が欲しいなら。かっぱらって行ってもいい」
「どっちが格好良い?」
「んー、そりゃーお前、ビシッと返すのが格好良いかもな。もし返しに行くならよ、一応手紙を書いてあんだ。それ持ってけ、お前のことも書いてあるからよ」
「うん」
「ははっ悪ぃな、後は・・・そうだな、最期は剣士としてよ、死にたかったくらいか」
「どうして?」
「んー、やっぱよぉ、俺も人を斬ることがいっぱいあったわけだ。そのケジメってのもあるなぁ。気に入らねぇ奴等を斬ったんだ。そりゃお前、自分だけ病気じゃズルイわな、男がケジメから逃げるのも格好悪ぃし」
「そうなのかな・・・」
「俺にとっちゃ、そうだ。そりゃ悪人って言われてる奴等だったぜ?気に入らねぇ奴等は。お前も何度か見たろ。お前も刀抜くならそういう奴等だけにしとけ、その方が」
「格好いいんだね」
「ははっそうだ。俺はそう思う」
この会話が終わる頃には、ラウルもある種の覚悟を決めていた。どうしようもなく悲しくて、寂しいが、格好良いまま別れたいと思うようになった。そしてオウルの教えを自分も格好良く背負っていきたいと思った。だからだろうか
「先生、明日、もう一度、手合わせしよう?」
「あん?まー、明日起きれたらな」
「先生は、病気で死んだら、格好悪いよ、格好良くがいいんだよね」
「・・・ぷっ!ハハハ!そうだな、いいぜ、明日は格好良く死のう。病気にくれてやるくらいならラウル、お前にやりてぇな。いんや、お前にやる。そんで格好良く語ってくれや、渡り鳥のオウル、山中にて弟子に生命ごと生き様を託す!ってな」
二人はこんな約束をした。どのような手合わせ、いや、命の果し合いだったかは語られなかった。それは二人が知るだけでいいのだろう。
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ラウルの話が終わる頃には、姉であるシャルローゼと、ドルトニアンが涙を流し、ただ、静かに聞いていた。ラウルの両隣の少女二人は必死に堪えているのかスカートを握り締めているのだけがラウルの眼に入った。
「うむ、剣士に死す、か、義弟らしい、といえばらしいものだ」
「こんな年端もいかない子に、なんて事背負わせるの・・・あの子は最後まで我儘を・・・」
「だから、先生は・・・姫様とマイアは病気で死んだって思ってたみたいだけど、剣士の手合わせで、死んだよ。病気なんかじゃ、絶対に、ないんだ。ごめんね黙ってて」
二人を左右に見回すが、赤い目をした二人はやはり、泣いていた。この二人にしてみれば、ラウルのオウルに対する想いを知るミリアとマイアからすれば、この話は重くも、悲しすぎる話である。どのような想いを抱いて立ち向かったのか、それを思うと抱きしめてやりたい想いを我慢するのがやっとである。
どのような想いでサガネ草を届けてくれたのだろう。師に対する想いを重ねて、この城まで来たのではないだろうか。尊敬する師の姉を、今度こそはと思って竜を駆ってくれたのだろうかと、ミリアの胸は悲しみに留まらず、申し訳なさが胸を打つ。
「ぐふぅ・・・んぐっ・・・あの、あの馬鹿者、何故、そんなにも簡単に死を選んだ・・・儂との決着もまだ、認めておらん、どれだけの人間が悲しむと、何故アイツは、向こう見ずなままで」
この場で涙を見せていないのは、バルドとフェッロという侍女だけだ。それでも二人の眼には哀しみの光が浮かんでいる。この二人こそがこの場でオウルを深く理解している人間だった。
「だから、ごめんなさい。皆の大好きなオウルを討ったのは、この僕だよ」
そう言いながらドルトニアンの持つミカヅキをそっと取り返す、テーブルを挟んで無作法にも片手で、しかも鞘入りとはいえ刃物をバルドに突きつける。そして言う。
「斬られても、文句は、言いません。陛下、オウルの愛刀のミカヅキを、・・・お返しします」
「パパ!お願い!ラウルは叔父様を愛しているのを私は知ってる!」
「陛下、どうか!命だけでもお助けを!お情けを!」
ゆっくりと、ミカヅキを受け取るバルドは立ち上がりながら刀を鞘払う。バルドに刀術の心得はないが、それでも堂に入った構えでラウルを睨む。視線から真っ向からラウルも視線を返す、穏やかと言ってもいい視線で受け止めた。全てを受け入れるつもりでいるらしい。ミリアとマイアが庇おうと腰を上げるがその肩をラウルが後ろ手にそれぞれ抑えていた。自分の前に立たせないように。後ろからドルトニアンも二人を抑えている。
「・・・ここで、命乞いする程度なら、ふむ、場所をわきまえずに斬ったろうな」
「・・・アナタ、試すような真似は、もう、辞めてください」
「シャルル、これは本気だ。君にも止めさせない、つもりだった、が。ラウルよ」
「うん、えっと、はい」
「・・・君の気持も、ある。理解してはやれんが。オウルなら、確かにそうして欲しかっただろうな」
「はい、先生はそれを望んでた。それに・・・体も、もう見てられないくらい、痩せてた」
「・・・私と、ドルトの想いだけで伝えれば、良く、やってくれた。君に背負わせたことも、済まないと思う」
ラウルが振り向くと、ドルトニアンもはっきりと頷いた。そして呟く。儂が背負うべきだった、と。バルドはゆっくりと気持ちを落ち着けるように息を吐きながら鞘にミカヅキを納める。バルドにとって、ドルトニアンにとってオウルと言う男は親友以上の間柄だった。その男を討った者がどうしようもない小物なら、恩人だろうが、家族に恨まれようが、オウルの名誉のために斬り捨ててもいいとさえ思うくらいには。
「本望でしたでしょう、あの男も、格好つけるためだけに命を懸けていましたから」
不意に横合いから、感情を感じさせない凛とした声で、フェッロが言う。冷たい声でも、エプロンに皺が寄っている。両手を前で組んで佇んでいたが、片手で隠すように握り締めているのが分かった。
「あ、えっとね・・・先生が、全部話して、皆が泣いたら鉄の美女にこう言えって・・・」
「なんでしょう?」
「ミカヅキよりも愛してるって」
「・・・・左様でございますか」
「返事はその場以外では受けるなって、もし貰えなかったら墓に伝えなくてもいいって」
「私がその墓の前で返事をお伝えします」
「そう言うから、お前は墓を教えるなって言ってた」
エプロンに更に皺が寄る。彼女の心境は初対面のラウルには分からない。しかしラウルが聞いた鉄の美女、彼女ならその後の返事が返ってくるだろうということは、なんとなく、予想していた。
「私は、それ以上に愛しております、これからも」
鉄は硬くとも、火に溶ける。大きな熱で燃えれば燃える程、純度を上げる。鉄の美女は鋼の美女でもあるのだろう。無表情のまま、そう答えた。そこに鉄の冷たさは感じない。
「はっは・・・はっは!オウルめ、はっは!最期まで私達にイタズラを残して逝きおったか!」
「オウル、最期まで本当にあの子は・・・どれだけの人を困らせて、悲しませるのよ・・・グス、ふふッ」
「ズルッ、クックク・・・あの馬鹿め、あぁ、あの馬鹿らしい」
泣きながら、オウルの最期の最期までイタズラに振り回された大人たちは、気持ちよさそうにそう言った。
「お姉さんも、僕に言いたい事、ないの?」
「今は、特に」
「そっか、あ、後じゃ聞かないなんて、もう言わないから。いつでもいいよ」
「畏まりました」
オウルに頼まれた最後の仕事を終えて、ラウルは正面に向き直る。良い返事が聞けて少しだけ満足そうだった。
「グスッ、ラウルさん、改めて、お礼を言わせてね。弟のオウルのことは、それは、とても残念だけれど。私の生命を救ってくれて、オウルの名誉を守ってくれて、ありがとう。お墓も、建ててくれたのね?」
「うん、あ、はい」
「フフ、もういいわ、普通に話しても。でも、あの子が弟子なんてね、しかもこんなしっかりした子を」
「そんなこと、ないよ。僕がその方が格好良いと思ったから。やっただけだよ」
「えぇ、とても格好良いわ。それでも、ありがとう」
「うむ、負けていられんな、はっは。ラウルよ、何か望むものはあるか?用意できるものなら、何でも、良い、遠慮もいらん」
うーんと悩むように下を向く。そして思いついたように顔を上げて言う、お金、と。あまりに俗な答えに少し拍子抜けした夫婦は顔を見合わせて問いただす。この子にはあまり常識がないことを無視した物言いだったかもしれない。
「ふむ、確かに金は大事なものだ。だが本当にいいのかね?お金だとしてもどのくらいだ?」
「えっとね、値段は分からないけど。先生、いっぱいツケ?っていうのがあるんだ、シャッキンのやつ」
「あ、あの子はぁ~っ!ラウルさん、思い出しなさい、どんなところにどのくらいあるの!?」
あの村でしょ、あっちの街で、指折り数えていくに連れて夫婦がまたも顔を見合わせて泣いた顔もそのままに呆れてしまった。夫婦の弟は、最期まで世話を掛けて逝ったらしい。しかしそれでは、ラウルの褒美として意味をなさない。
「うむ、分かった。まずは城下だけでも調べさせよう・・・しかしラウル、それでは君の褒美にならん。何かないか?」
「欲しいもの・・・うぅん・・・。でも恩も、陛下に返したいし・・・」
「それは置いておいて構わんよ」
これまで沈黙していた二人の少女がラウルを挟んで、顔を見合わせた。このタイミングで押し切ろうと。マイアが畏れ多くも口を挟ませる。喉がカラカラに感じているが、今や兄と慕う彼の為に。この年齢にして、早くも一世一代の御無礼を申し上げた。
「畏れながら!この、マイアスイル・ラツ・アステモルにも御約束の御恩賞を賜りたく思います!」
「なっ!マイア、御前だぞ、控え」
「畏れながら!父上!ミリアルイゼ・アイン・グラント、母上の命を救った褒美をこの場で賜りたく!」
ドルトニアンがマイアを諫める前にミリアも畳みかけた。強引にソファとテーブルの間に跪き、当然の権利ではあるが声高に褒美をねだる。彼女達らしくもない様子にバルドは珍しく慌てた様子で二人に問いかける。
「ま、待て待て、どうした?確かに二人にも褒美を約束したではないか、うむ、勿論だ。面を上げなさい」
「そうよ、ミリア、マイア?一体どうしたの?」
面を上げず、無理やり押し込んだテーブルの下から声を張り上げる二人。二人にはどうしても欲しい褒美が【三つ】もあった。それを、どうしてもねだりたい。これからの五人のために。
「まずは私から願い申し上げます!私はこの件で実力が私の任に伴わないことを痛感致しました!願わくば【同僚】を一人推挙したいのです!その御許可を!」
「はっ?なん、なんだと、おい、マイア?」
「次いで私からも願い申し上げます!父上、私は尊敬申し上げる叔父上の愛刀を譲り受けたく願います!その愛刀の輝きを胸に、その威光に恥じることない王族へこれから精進するために!つきましては、心得のある者に下賜したいと考えております!」
「・・・はっは、はっは!うむ、うむ!やや複雑だが、本当にそれが褒美として欲しいのだな?」
「「はっ!何卒!」」
「こう言っているが、どうする?シャルル、君も決めて良いぞ。二人からの褒美としているからな」
察しの良い王と、王妃は考える素振りを見せるが、答えはほぼ決まっている。宝刀に関しては保留のつもりだったが、【同僚】に関しては多くの監視、そしてイーリスとクレアの罠を潜り抜けたことにより、考えていたことでもある。極めつけは、バルドも目にした訓練場でのあの奮闘だ。あれだけでも欲しい逸材だ。
「えっと・・・?」
ようやく遅れてラウルがテーブルに潜り込もうとするが、いつの間にか肩をフェッロに掴まれて動けない。ドルトニアンは、もはやただの棒立ちである。
「そのままで」
「う、うん」
ややシャルローゼも考え込む、振りをする。ここで快諾は今後のこの三人を付け上がらせるかもしれない。話聞くだけでも力を持つのだ、この三人は。そこに増長することがあれば、今後とんでもない勘違いを招く。
「そうね、確かに私の生命を、といっても宝刀は伝来にして伝家のものだし、下賜となるとねぇ」
「条件があれば何なりと、母上!」
「そうね。まず、みだりに振るうことのないように、これは宝刀の持つ権威も含むわ。そしてそれに振るわれることのないように、これも勿論、権威も。増長せず、身を慎み、真摯に使う者というのなら・・・」
「必ず、守らせます!」
「分かりました、それを守る者なら。私からは良しとします。【同僚】はその人を見て、考えるわ」
「畏れながら妃殿下!その者は、刀術なる技を持ち、虐げられる物を平然と助け、人ならざる者にも情を交わせる、情に厚き者!さらに、その者は陛下への恩返しを願う者でもあり、忠誠心も高うございます!」
「まぁ、そうなの。そうね、強くて、優しくて、情け深い、更に信頼も置ける方なら安心ね」
にこりと笑みをラウルに向けるシャルローゼ。口だけで合格、とラウルに伝える。ようやっと理解したラウルは満面に笑みを浮かばせた。フェッロの手も優しく振り切って、いそいそとテーブルに潜り込む。肩が震えてやや、苦しい。
「ふむ、それほどの者が護衛騎士の【同僚】として我が城に迎えられるなら、喜ばしいなドルト。護衛以外にも役立ちそうではないか」
「はっ!?うっ・・・むぅ、その、ぬぅ・・・わ、儂はその働きぶりで、その、見極めましょう」
「畏れながら、陛下、妃殿下、礼儀作法に関しまして、教育係はお任せくださいませ」
この部屋の全ての者が受け入れると言う。テーブルの下では三人がそれぞれ笑みを受かべていた。これから城が賑やかになる。何しろ
「うむ、二つの褒美を認めよう!想像はつくが、ラウル、最後の一つは何が良い!とんでもない【権利】でも良いぞ!今は私も、妻も最高にしてやられた気分だ!」
「えっ?」
「ラウ兄様、家族がお城に住む権利ですっ」
「早く、お尻が辛いんだから、ラウル」
「え、えっと。僕はどこでも、構わないから、家族がこの城に住んでもいい、です、か?」
「ほう、とんでもない【権利】だ。家族とはどんなものだ」
「「「竜と、狼です!」」」
「良し!準備が必要だが、許す!後世の歴史家に馬鹿な王と記されることとしよう!はっはっは!」
また、五人でいられるのだから。テーブルの下で三人は手を繋いで、喜んだ。
後世では、歴史家にこう語られる。
「かくしてグラント王国は大抜擢の末、未だ続く平和の礎を築いた」
馬鹿な王と書き綴る歴史家は、いない。
だー、長かった。
皆さまもお読みいただき有難うございます。これにて第一章、完
そして光へ・・・続きます!
お読みいただきありがたきしあわせっ!