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竜のツノと狼の尻尾  作者: 日向守 梅乃進
第一章
15/63

木漏れ日の馬と鍛冶場の馬鹿

巻いてない!全然巻いてない!

 訓練場の大暴れが城中の噂になった次の日、ラウルは今朝もガースルトの馬の世話について回っていた。怒鳴られながらもどこ吹く風で世話をこなしていく。すこしづつ言葉遣いも覚えてきたようだ。怒号が減ることはまだないが、弾む足取りは止まらない。一頭一頭の馬に声を掛けながら、馬もラウルに返事を返す様に嘶いていた。

 馬に朝ごはんを与え終えると客間に戻り、ラウルはイーリスと朝食をとる。ガースルトと馬の様子を楽しそうに話しながらイーリスの顔を綻ばせる。結局昨日はクレアは客間に泊ることは無かった。浴室を出た直後にのぼせたのだろう。鼻の傷が開いたとやらで兵舎に戻っていったのだった。


「今日は何があるのかなぁ」

「特に予定はありませんが、いかがしますか?」

「うーん・・・あ、木刀だめになったんだ、近くに森とか、ないかな?」

「外、ですか・・・そうですねぇ」


 そんな話をしていると、ラウルの護衛に就くクレアが客間に顔を出した。二つ返事で了解を得られた。しかしラウルは馬に乗れないことから、クレアと二人乗りで出かけることとなった。ついでに騎馬の扱いも教えてくれるというのだ。イーリスだけが顔を思い切り顰めていた。ラウルに見られないように。


「ほんと!クーちゃんありがとう!」

「グフフ、そりゃあ手取り腰取り、ふひゅひゅ」

「出来ればオークがいいんだけど、木剣もできるような」

「二本作るのかい?」

「んー、うん。まぁ」


 もごもごと言いよどむラウルを見ながら行先に見当をつける。西の林に自生してなかっただろうか、あの辺ならこの時期乾いた太枝くらい見つかりそうだ。クレアはうん、と頷いて、貴族の装いのラウルを第一兵舎に連れて行く。そこでは昨日の乱戦で見かけた兵士も何人か見かけたが、大半と友好的な挨拶を交わしながら第一兵舎の厩に辿り着いた。


「わ、ここは沢山いるんだね」

「ガー爺さんのとこのは特別さ、陛下の愛馬なんかがいるね」

「でも、ここの子たちも良い子たちだよ」

「ほー、乗れないのによく分かるね」

「動物はたくさん見てきたから」


 山の中駆けまわった子供なら、それもそうなのか、と馬に鞍を掛けながら納得するクレア。その間ラウルは馬の首を撫でながらよろしくねと声を掛けながら顔中を馬の涎塗れにしていた。今日は城門からでなく、第一兵舎から城下に出て行った。


「街中で二人乗りは流石に目立つからね、外門から乗って行こうかね」

「分かった。ね、こっちから行っていいかな」

「うん?遠回りになるけどいいかい?」

「公園の前を通っちゃだめかな」


 一度で道を覚えたらしいラウルが馬曳くクレアを見上げながら言う。うっと声を上げながら、しょうがないねぇ、と公園へ足を向けた。目的をなんとなく察したようだ。あのふとっちょの少年を気にしているのだろうと。


「あ、いた。ちゃんと素振りしてるんだ」

「ほーん、なかなかいい根性だね。まだまだ軸がぶれてるけど」

「うん、うん。クーちゃん、行こう」

「ありゃ、声掛けてやんなよ」

「ううん、いいんだ。集中してるみたいだし」


 様子だけ気にしたのだろうか、そのまま声も掛けずに外門へと向かう。かなりの距離を歩いてようやく辿り着いた。ラウルにとって初めて潜る門だが、かなりの大きさだ。防壁にはバリスタや設置された小型の弩が付いていた。飛獣対策なのだろう。門の横幅も広く、馬車が擦れ違える程であり。高さも二階建ての家を優に超える。外には堀が深く掘られており、跳ね橋で行き来するようだった。日中は降ろされている。


「さて、ラウル君、その鐙に足を掛けて乗るんだ、落ちないでおくれよ」

「うん、よ・・・とと」


 若干よろめくが危なげなく騎乗する。ユキの背に比べれば低く、鐙がある分安定している。ラウルが騎乗したのを確認して、クレアがラウルの後ろに騎乗する。少し馬には負担が掛かるが、この馬は戦馬だ。14くらいの子供に女性一人なら、負担も軽い方だ。


「んじゃ、出発。昼飯は林の中になりそうだね」

「うん!あー、こんな感じなんだね。馬の背って」

「さーて、まずは速歩だ・・・大丈夫そうだね、んじゃ駈歩」


 徐々に馬の速度を挙げながらラウルを胸に背もたれさせる。クレアから見てラウルは問題ないようだ、何より馬と、速度を怖がっていないのがいい。と、思いながらそれもそうか、と思い直す。自分は見ていないが、竜や狼の背に乗ると言い放つ少年だ。これくらいなんでもないのだろう。


「ビビらせてやろうじゃないか、そらっ!」

「おー、速い。キミ、二人も乗せてるのに凄いねっ」

「ふふん、こいつはヘクトってんだ、アタシの相棒さ」


 ブルン、と速度を挙げながら鼻息で返事する雄馬のヘクト。黒毛に茶色い鬣、後ろの足首だけ白かった。速度をあげたクレアとヘクトにはしゃぎながらしばらくして、林に駆け込んだ。迫る枝葉も恐れることなく歓声をあげるラウルにヘクトも気を良くしたらしい。クレアの手綱が彼に指示を送る前に、更に速度を上げて木々を抜けていく。


「おっと、ご機嫌じゃないか!ラウル君、平気かい?」

「あっは!凄いよヘクト!」

「まったく、驚かせ甲斐のない。もうこの辺にオーク林があるはずさ」


 えー、とやや不満げな声とブル、ブルル、とまだ自慢の脚を見せつけたいヘクトも同じ気持ちのようだ。目的が変わっているラウルに笑いながらもクレアは手綱を緩やかに引いた。枯れ枝もそこそこに落ちている、見合う物があればいいのだが。


「うーん、見つけてからでいいか。ありがとう、ヘクト」

「ブルっ」

「わ、降りるってば。足を止めてくれないと降りられないよ」


 まだまだこれからだと言わんばかりに、足をなかなか止めないヘクトを手綱で宥め。クレアとラウルは彼から降りた。良さげな乾いたオークの木を探す。


「どんなんがいいんだい?」

「んっと、乾いてて・・・削って作るから、片手で握れないくらいの太さの奴がいいんだけど」


 頷きながら枝を探す、細いものしか見当たらないが、もし無ければ枯れ木の幹から選ぶことになるかもしれない。最悪、工業区を回れば目当ての材木もあるだろう。二人して林の中地面を見回しながら歩く。ヘクトはクレアに付いて回る、ちょっかいを出すこともなく大人しい。帰り道でまた思い切り走るために大人しく休んでいるだけかもしれないが。


「おっ、んー、ちっと短いかね」

「あ、それ欲しい。マイアにも作ってあげようと思ってて」

「木刀を?」

「ううん、長剣より・・・ちょっと短めで、長めの小剣くらいの」

「りょーかい、ホレ、ヘクト、コイツを背負っておいで」


 その後も林を歩く。なかなかラウルの眼鏡に適う物は見つからなかった。しかしラウルは久しぶりの木立の中の散歩に気を良くしているようだった。アッシュが居たら追いかけ合っただろう。冷たい空気も歩き回って火照る身体に心地いい。


「この辺には無さそうだねぇ、あとはオークがあるとこって言や、もっと奥かね」

「そっか、休憩する?」

「んー、すこし行った先に小川がある。そこで早めの昼飯にしようかね」

「分かった!ヘクトも喉乾いたよね」

「ヒヒッン」


 ヘクトに近寄り首を撫でるラウルに高い嘶きで答える。心配いらない、なのか早く行こうぜ、なのかは分からないが機嫌は良さそうだ。帰りの手綱は激しいものになりそうだとクレアはヘクトを小川まで曳いて行った。


「わー、綺麗な小川だね、魚もいっぱい居そう」

「この川はグランエストの近くまで流れてるよ」

「そうなんだ、ヘクト、水飲んでこようか」

「ブルッ」


 クレアが手綱を放し、彼らは小川に駆けていく。やれやれと肩を竦ませながら、背負った荷物からイーリスの用意した昼食を取り出した。川べりに腰かけて二人が戻るのを待つ。前脚を開いて水を舐めるヘクトの横で、ラウルも水を掬うことなく直接川に顔を寄せていた。この辺も教育が必要だろうかとクレアは考える。

 彼女らが教えられることにも限界がある。というか、教える義理がない。情はもう沸いているが、ラウルが今後も城に何らかの形で残るのなら教育は必須だ。このままでは正直、どこに出しても恥ずかしい。城から離れるただの少年に、礼儀作法は必要ないし、必要とするかも分からない。


(うーん、なんならラウル君を囲ってもいいけどね。ふへへ)


 第一兵舎には独身の者しかいない、それ以外は居住区に住み、仕事に就く者も多い。特に騎士はそうだ。兵舎に住むものは、少ない。地位も兵士よりも高く上級騎士ともなれば城勤めの衛士よりも高い。

 クレアは単にずぼらな性格と、家、この場合は兵舎の部屋を指すが、それに戻る時間もあまり多くない。護衛騎士ともなれば着任している時間も長く、家族でもいなければ居を構える必要も、クレアには無かった。経済的な余裕は物凄くあるのだが。


(おや、悪くない気がしてきた。仕事で疲れた体を、こう、んふ、あの可愛い少年にこう・・・)


 妖しい妄想もヒートアップしそうなところに、彼らが戻ってきた。ヘクトはともかく、ラウルは顔中の水気を手で拭いながら。クレアの頭の中では男女の裸が絡み合う寸前だった。


「袖で拭いたらどうしようかと思ったよ、んじゃ昼飯といこうか」

「あ、駄目だったんだ、危ない。クーちゃんは喉乾いてないの?」

「アタシャ水袋があるからね」


 革の袋とトプン、と揺らし。今度からはこれを飲むように促した。外歩き用の服とは言え貴族の装いだ。その恰好で犬や猫のような水飲み姿は相応しくない。まぁその辺りの注意も今後のこの子の待遇によって来る。今は、良しとする。


「オウル様は水飲むときに何も言わなかったのかい?」

「え?うん、先生と一緒にああやって水飲んでた。ぷっはーうめーっていつも言うくらいかな」

「そ、そうかい」


 どこの野生児なのだろうか、そのオウルは。確か子爵家の息子のはずだが、クレアはそう思うも、いや、彼なら気にせずやりそうだ、と考え直した。


「ま、いいか・・・んじゃ、食べ終えたらもうちょっと奥を歩いてみようか」

「モグッ、うん、いいのがあるといいな」

「無ければ工業区に足を伸ばそうかね」

「あ、そっか。買うなんて考えてなかったや」


 昼食もそこそこ、食べ終えた一行はラウルはヘクトに乗り、クレアが手綱を持って林の奥へ向かう。馬術の説明も兼ねての散歩だった。乗り方や馬具の説明、ついでにヘクトの性格や癖も、クレアから説明を受ける。既に背筋を伸ばしたままでキョロキョロと地面を見回しつつ返事を返していた。


「あ、あれ良さそう」

「うん?どれだい?」

「取ってくるね。ヘクト、ありがと」


 すとん、と馬の背から飛び降りて目当ての太枝に走った。ようやく丁度良さそうな物を見つけ、手に取りじっくりと見定めたところで頷いた。


「これなら太くて長いから、二本分くらいになりそう」

「そうかい、んじゃ街に戻って・・・そうだね、まだ一日しか空けてないけどリケルト工房に様子見に行くかい?」

「あ、そうだね。ミカヅキも・・・ちょっと心配だし」


 笑いながら二人でヘクトに跨る。帰りはラウルに手綱を持たせてクレアは少年の背に体重を預けた。風呂でも彼の裸を見たが、逞しい背すじは腰を折ることなく受け止めて見せた。手綱さばきはクレアから見て、まだまだまだまだだが、ヘクトはそれでもゆったりと駈足を取った。


(んー、フフフン。悪かないねー、いやー、かなりいいねぇ)


 手綱に操られながらも慌てずに声をヘクトに掛け続けるラウルは背中を気にすることはなく。ヘクトとの会話で馬脚を刻んでいた。及第点にはまだ届かない、ヘクトがラウルを運び、運ばれるだけなら、まぁ充分だ。つまるところ、まだ馬にとってもお荷物である。

 外門に近づくころには、多少マシにはなったが、一朝だけで騎馬として操るにはまだまだだ。ラウルの人格をヘクトが気に入るには充分だったようだが。


「うん、ま、まずまずだね」

「そっか、ありがとね、ヘクト!」


 ユキを撫でるように背中から首筋をポンポンとあやす、背から降りても首筋から手を放さずにいた。跳ね橋と外門を抜け、工業区へ向かう。

 リケルト工房に着くと、前回よりも騒がしく慌ただしく徒弟も棚の間を走っていた。


「おっと・・・なんだろね、騒がしいというか・・・まぁリケルト工房はいつも忙しいみたいだけど」

「そうなんだ」

「でも今日は妙に皆の眼が血走ってるね。代表だけだと思ってたけど」


 そこにクレアも顔を知る高弟が早足で通りがかった。そして充血した眼を見開いてクレアの肩をがしっと捕まえた。クレアもその様子に腰が引ける思いだった。


「ど、どうしたんだい・・・?まさか、アレが盗まれたとかじゃないだろね!」

「何も言わずに付いて来てくれ、クレアさん」


 そのまま店先の奥の工房へ向かい、走り回る徒弟達を後目にリケルト代表の部屋へかなり強引に連れられて行った。クレアは身を固くしたまま、ラウルは訳も分からず進む。


「アレのことだが、さっき言ったようなことじゃない。ただリケルト代表が使い物にならんのだ」

「はぁ?流石に身体壊したとか?そりゃ不眠で出来る仕事じゃないだろうけどさ、鍛冶仕事は」

「身体を壊すどころか・・・想像つくだろ」

「・・・まぁ、あの様子は目の前で見たからね」


 つまるところ、リケルト代表が美女、ミカヅキにかまけて仕事をしないというだけのようだ。しかし工房に携わる人間も多くいるはずだ、いくら代表者が一人作業をしないからといって、この慌ただしさは異常にも見える。


「徒弟も多いだろうに、なんでこんな慌ただしいのさ?」

「代表が、行き過ぎてるんだよ。俺らにも自分の仕事を押し付ける勢いだ・・・しかも量が膨大でな・・・素材の選別に、打ち込み、文献の纏め・・・まだある、別からの受注もこなしつつだぞ?」

「あー、その、すまないね」

「ふぅ、いや、悪い。原因ははっきりと代表だ、当たる様な物言いですまないな」

「ご、ごめんね、僕が変なお願いもしちゃったから・・・」

「ボウズ、そうらしいな・・・まぁ新しい技術を取り込もうってんだ、悪い気は、してねぇ。してねぇんだが・・・その、寝て無くてな」


 愚痴の様な説明も終わらないまま代表の部屋の前に着いた。中からは笑い声が聞こえてきた、時折何かを投げつけるような音も響く。いったい何が行われているのだろうか、クレアはただ様子を聞きに来ただけだったのだが、このような事態になっているとは思いもしていなかった。

 国宝を預けようというのだ、密な報告が必要なのだが、まさか工房全体まで巻き込む事態になろうとは。どこにどういう報告をすればいいのかクレアは面倒を感じつつもドアをノックする。


「誰だ!」

「クレア上級騎士、それとラウルを連れてきたよ、例のモノの進捗を聞きたくてね」

「ラウル様だと!?入れ!入ってくれ!!」


 城の使いに余りと言えば余りな態度だが、気にしても仕方がない。ゴクリと喉を鳴らして二人は代表の部屋へ踏み込もうと、したが入れなかった。前回以上に部屋は荒れていた。至る所に設計図のような幾何学模様の羊皮紙、本、インクが漏れる瓶。その他の何に使うか分からないものまでひっくり返したように散乱していた。


「おぉラウル様、そ、それにクレア上級騎士様も、ど、どうぞ、中へ。おい、ドアを閉めろ!」

「へいっ!」


 バタンと鳴る前に部屋に押し込まれ、失う退路。リケルト代表の眼は兎のように赤く、脂ぎった金髪を乱し、もはや座っているのか、埋もれているのか分からない状態でソファに沈んでいた。なるべく二人は足元の羊皮紙を踏まないようにズルズルと足を擦りながらソファがあった場所に向かう。

 積まれた本をどかしながらソファを発掘し、ようやく腰を下ろしたところで、リケルト代表に話しかけた。それまで彼は何かの本に噛り付いていた。話しかけられた途端に顔を本から跳ね上げる。


「大分・・・その行き詰ってるのかい?」

「っ!!!・・・そう、そ、そうですね。補修と、鞘の複製は目処が立っています、作業に入れば、は、半日も、か、掛からないでしょう」

「その割には、その、なんだろうね。この状態は」

「娘がどうしても、出来ないのです!!!!」

「ああっ、ご、ごめんねリケルト代表さん!僕が変なこと言ったから・・・」


 慟哭するような顔に、ついラウルは謝った。日に当たっていないのであろうリケルト代表の顔、その白い肌には血管が浮きそうな程だ。血の涙さえ流しかねない。


「だ、代表などと!?娘を預ける、あ、相手なのです。もはや、ぎ、ギ、義理のむ、息子と言っても、いい!ど、どうか、リケルト、と呼んで、い、いただきたい!」

「り、リケルト、さん?」

「そ、そうです!リケルトさん、でも、か、構わない!」

「お、落ち着きなよ代表・・・それで、ミカヅキは大丈夫って話だけど・・・」


 感極まるリケルトは一気に熱を冷ます。熱くなった直後に金属が割れる勢いだ。ボソリボソリと呟く。


「そ、素材が・・・素材がどうしても、ち、近づかないのです」

「ミカヅキの素材って何なんだい?」

「鉄です!鉄のはずなのです!でも、分からない!一体何を、どうしたら、あの粘る様な、しなやかさと硬度を併せ持つのか!?何かを混ぜているのか?それとも何をも混ぜずにただ打ち方だけで、形作っているのか?!あああああああ!ミカヅキの美しい肌に何度触れても!磨いても!届かないのです!」

「お、温度じゃないかな・・・」


 本を持つ腕を振り回し、髪を握り締め、唾を吐くリケルトがピタリと止まる。ギギギと人形のように彼にとっての義理の息子に視線を向ける。殺意のない眼のはずなのだが、ラウルは恐怖を感じずに居られなかった。人の視線が怖いというのは、ユキの背に乗って飛び込んだ時にも感じたが、今ラウルに向けられる視線はそれ以上だ。


「オン、おん、温度?ラウル様、今温度と言ったか?何の?どこの温度です?」

「え、えっと・・・その、ミカヅキは、は、ハガネっていう鉄で出来てるって先生が、言ってた」

「は・・・がね、それは純度で、そう呼ぶのですか?それとも特別な産地の鉄ですか?それとも」

「わ、分かんない。で、でも凄い熱い火で溶かすって、色が変わりそうなくらいの火で・・・」

「色、火の、色・・・それは青い火ですか!?それほどの熱量ということですね!?つまり、やはり、純度が問題ということだ、ここの炉で可能だろうか・・・いや、、いやいやいやここでは無理だ、向こうの工房の炉であれば・・・うむ、うむうむうむうむ!ほ、他には、他にはなんと?!」

「う、うんと・・・芯があって、一枚の鉄じゃなくて、その、重ねるようになってる、とか」


 オウルは各所の旅でミカヅキの製法を知る人間と会ったことがある。正確な手入れも実は、その人づてに聞いていたが、その手入れは剣よりも面倒だったのか、ラウルに伝えて任せるまでは剣の手入れで代用し、稀に刀の手入れを行うだけだったという。


「おぉ、おぉおおお!つまり、つまりつまり!純度の違う鉄で構造を分け!かつ!独特の磨きもあるということだ!研ぎはいい、鋭くするだけなら見当がつく!あとは、後はそう!その構造だ、何度も組み合わせて行くしかないか。いや!・・・どこだ、どこかで読んだぞ!どこだ、ヒヒ。どぉこだぁ?」

「と、とりあえずさ、代表。ヒッ」


 クレアが声を掛けると、ソファを立ち、這うように床に落ちた本を探していたリケルトがその姿勢のままグルリと首だけクレアに向ける。若いとはいえ、戦歴を重ねている女騎士を驚かせるに充分な狂気を乗せたその瞳は、クレアの息を一瞬、止めた。


「そ、そっちの新しい刀に関しては置いといて。ミカヅキだけでも早めに補修してほしいのさ」

「ぐぬ・・・い、いいでしょう。ミカヅキならば今日の夕方、い。いや鞘の複製もありますし、あ、明日の朝では?」

「あ、あぁ。いい、と思う」

「城に届けましょう、持ち帰られるのは、さ、寂しすぎる。こ、こちらから、お、送り出します」

「あ、あのさ。その、あまりリケルトさんの無理と、皆の無理をしないであげてくれる・・・?」

「どういうことです!ラウル様!我が娘との対面を、対面を伸ばせと!?」

「き、きっと優しい娘さんなら、父さんに無理させないんじゃないかなー!?」


 不意にはらりとリケルトが涙を流す。四つ這いに首だけラウル達に向けて。それはラウルに怯えるリケルトが逃げながら許しを乞うような図にも見えるが、リケルトにとっては歓喜の涙だった。


「わ、ワタシの身を案じて・・・あまつさえ、徒弟の、こと、まで、し、しかも、しかも我が、我が娘を優しいとさえ・・・グッ、グフゥ!おぉ、おおおおおお!」


 ついに実際に慟哭してしまう、狂気の鍛冶師。いくつもの作品を打った彼にとって、いくら娘を、息子を頼むと言っても。受け取った後に、研ぎや補修に来た客は一人として家族として見ていなかった。

 無論愛用してくれているのだろうが、それでも今までの客にとってそれらはただのモノとして扱っていなかった。それが彼には悲しかった。分かって貰えることも、今後無いのだろうと考えていた。多く弟子取ったその中にすら、同じ考えを持つ者は一人か、二人だ。作品を家族のように愛するのは。


「そうだ、そうです。えぇ、ラウル様。目が覚めた、作品もワタシを想ってくれているのですね」

「え、う、うん。万全の状態で打った刀、娘さんが、その、欲しいかな」

「へ、変人と笑われ、き、奇人と疎まれ、そ、それでも多くの職人を纏めるに至っても、尚、ワタシは、み、未熟だった・・・」

「お、落ち着いたかい?」

「クレア様、貴方に、か、感謝を。こ、この出会いは、ワタシの宝と、な、なる。ラウル様、ご、ご安心を一度見切りを付けたらしっかりと休ませましょう。ひ、独りよがりの、さ、作業で、家族を駄作にしたくはない・・・」


 すくっと身を起こし感激に涙を流しながらラウルに近づくリケルト。ラウルはもう恐怖に身を竦ませることなくリケルトの思うままに手を取らせた。ゴツゴツとした感触は金槌を振るうためにできたタコだろう。職人の手はひょろながく、炉に炙られ荒れた不健康に白い肌も今は頼もしく感じてしまった。


「まだ若いというのに、す、素晴らしい、手です。これほどの、け、剣士なら、無償でも、か、構わない」

「あ、うん!楽しみにしてるけど、本当に無理はしないでねリケルトさん!」

「娘は、シンゲツにしようと思っています、ミカヅキに届くように、ま、まだシンゲツです」

「へ?う、うん?シンゲツ、だね」


 リケルトはミカヅキの意味をとある本から知った。ラウルもミカヅキの意味だけは聞いている。遠い、大陸の東端から見える島では月の形の意味らしい。リケルトがミカヅキを月と評するように、実際に月の形を冠した刀である知ったときは奇声を上げた。そのミカヅキにちなんで、その娘も月の名を贈ろうと思っていたのだ。ミカヅキに満たない月の形の名をとある本で調べた。輝かない月をシンゲツとその島では呼ぶらしい。これだとリケルトは思い決めた。

そしていずれはミカヅキを超える刀を打つ時、三日月よりも満ちた月の形の名を付けて行こうと。

 自分の展望と、思いをラウルに口と、握る手で伝え、必ず姉妹もラウルに届けて見せると意気込んで言う。ラウルはシンゲツも、その姉妹にも期待していると返した。いつになっても楽しみにしているから、と。部屋を後にした。ドアの外では代表室に案内した高弟が休める喜びを握手でラウル達に返してくれた。

 後日この工程は街の酒場で同僚にしみじみと言う。


「代表の笑い声と過ごす夜が、後一晩続いたら、気が狂うところだった・・・寝れねぇ夜のがマシだ」


 それでもリケルトの下に就く彼らも街中では充分に、変人扱いされている。


やー、刀の製法は一応この世界では独特です。

そのうえリケルトさんが魔改造するかもしれません。

彼は腕だけはいいのです、いや、頭もいいです鍛冶に関してのみですが・・・・


というわけで、また次回!今回もお読みいただきありがとうございました!

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