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竜のツノと狼の尻尾  作者: 日向守 梅乃進
第一章
14/63

円陣を崩す

ちょっと長めです、私にとってはですが。

お楽しみください~

 初めて首都グランエストを歩き回ったその次の日、ラウルはパチリと目を覚ます。今日はやる事がある。ベッドから跳ね起きて、朝食も取らずに、すぐに自前のみすぼらしい旅着に着替えた。明け方の城を一人走る。冬の朝の寒さも一切気にすることなく駆けていく。途中侍女が驚いていたが、ごめんねと振り向きもせずに走った。目的地では既に老人が寝藁を掻き終えていた。


「おはよう!ガースルトのおじさん!」

「うぉっ!な、なんだ昨日の馬鹿弟子か!?手伝いはいらねぇってんだろが!」

「ちぇー、早起きできたとおもったんだけどな」

「おっそいんだよ馬鹿弟子!」

「え、弟子にしてくれるの!?じゃあ、師匠!次はどうしたらいいかな!?」

「がぁー!違うわ馬鹿!馬鹿オウルの弟子だから馬鹿弟子だってんだ!オマエも馬鹿か!それともオウルの馬鹿ガキャ言葉も碌に教えとらんのか!!」


 うん!あまり!と元気に答える、孫ほども離れた少年を見てガースルト老人はこいつは真正の馬鹿だと溜息を漏らす。鬱陶しさを全身から発しながらも世話の準備に取り掛かる。


「ね、ガースルト師匠」

「ほんっとに、馬鹿弟子だなオマエは!もういい、水汲んでこい、それにいっぱいにだ、さっさと行け!」

「はっ!ありがたきしあわせ!」

「はぁっ!?オマエ・・・もう行きやがったなんなんだアイツは・・・」


 手っ取り早く撒いてやろうと、面倒な水汲みを押し付けた。これで盥一杯の水が戻るまで静かになったと息を吐いて、馬躰をそれぞれ細かくチェックするガースルト老人。爪の様子を見ながら、割れや、他の異常がないか見ていくと、二頭目が終わる前にぱたぱたと走りかえってくる子供の足音がした。思わず舌打ちする。


「師匠、ただいま、持って来たよ!」

「戻りました、だ。そこに置け、零すなよ」

「はっ!」

「返事は、はい!だ馬鹿弟子!儂ゃ軍人じゃねぇ!」

「はいっ!」


 一々受け答えを正してやりながら偏屈老人の馬の世話は続く。どうしたことか今日は妙に馬の機嫌が良い。ガースルト老人の世話する馬は何故か人好きな馬に育つ。稀に例外もいるが、ガースルト老人にだけは懐いた。


「いいか、馬鹿弟子。今から儂ゃ馬の身体を調べにゃならん、余計なことはするなよ」

「はいっ!」

「付いて回る気なら、その盥の水をバケツに入れろ手を洗え、そんで別のバケツ持って来い」

「はいっ!師匠!」

「だから!・・・はぁもういい朝からデカい声出させるんじゃねぇぞ、血管切れるわ、ったく」

「はいっ」


 しっかりと手を洗い、手を洗ったバケツとは別のバケツに水を移す。結構な重さだが苦も無くガースルト老人に付いて回る。表情もニコニコと、足取りも弾んでいる。ラウルはガースルト老人の仕事を後ろから眺めながら、黙っていた。今は馬の爪を藁で拭いてやっている。


「チッ、おい、バケツはそこに置け」

「はいっ」


 黙々と十頭ほどのチェックを済ませ、ガースルト老人は手を洗った。この厩は特別な馬だけの馬房として使われている。駿馬だけを集めた緊急用の馬達だ。それ以外の馬は第一兵舎の厩が別にある。そこでも偶にガースルト老人の怒号が飛ぶのだが、普段は兵士達が世話を行っていた。


「よし、異常はねぇな。馬鹿弟子、お前ぇは客って話だろうが、何してやがる」

「えーっと・・・ご飯が勝手に出て来るんだけど、何もしてないのに食べるのがなんとなく嫌で」

「ハン!見上げた根性だが、他の手伝いでも探せ、ここには手伝いなぞいらん」

「えー、でも他の手伝いって言っても、狩りくらいしかできないよ」

「ハァ?知るかそんなもん。ガキは飯食って遊んでりゃいいんだ」

「ね、ここの馬って皆人好きだよね。師匠の世話が好きみたいだし」

「ケッ、何を分かったように。いいか馬鹿弟子、この子らの世話がしたいってんなら儂が決めるこっちゃねぇ、この子らがオマエを気に入るかどうかだ」

「はいっ、師匠」

「ブラシ掛けだ、それ持ってついてこい」


 はいっ、と藁を手に持ち、一頭一頭の毛を磨く、季節が暖かければ水も使いたいが今日は磨くだけだ。丹念に一頭一頭見ていく。最初の一頭はガースルト老人だけがブラシを掛けたが、その仕事を見て真似るように二頭目に藁で擦りあげていく。馬の首を撫で、声を掛けながら。


「君はここかなー、こっちかなぁ」


 その様にフン、と鼻を鳴らしながら何も言わずに次々と馬を磨いていくガースルト老人。周りが完全に明るくなる頃には全頭のブラシを終えた。


「次は飯だ、裏手に飼い葉が有るから持ってこい」

「はいっ」


 大きめの鋤、フォークで飼い葉を運び、一頭一頭に行きわたらせる。満足そうに食んでいるのを見て、ガースルト老人は一人微笑むが、すぐに顔を引き締めた。


「よし、いいぞ。朝はこんな感じだ。出ていけ」

「はいっ師匠!」

「ガースルトさんだ!師匠呼びはまだはえぇ!」

「はいっ!ガースルトさん!」

「チッ、次はまた明日だ。今日と同じ時間でいい。ガキはしっかり寝ろ」

「来ていいの!?分かった!」

「来ていいんですか、分かりました、だ!馬も嫌ってねぇ、が!一日じゃ分からねぇ」

「信頼関係だね!」

「ですね、だ!チッ!可愛げのねぇ!オラ、さっさと飯食って遊んでろ!」

「はいっ、また明日!」


 来たときと同じように駆け足で客間に戻るラウルを見て、調子狂いやがると独り言ちながら飼い葉を食む馬を見ながらガースルトは朝食を始めることにした。明日からは騒がしくなりそうだ。


 客間に着くと、イーリスが既に朝食を並べ終えていた。どこに行っていたのか確かめもせず、浴室に連れ込んだ。馬の世話に行くことは想定済だったのか、湯が張られていた。ラウルは一人で入るとごねるも有無を言わせず、全身洗い流され、今日は厚手の地味な服に着替えさせられて朝食を一緒にとる。


「はぁ、楽しかった」

「ラウル様は大物ですね、中々ガースルト老人と一緒にいようとする方はあまりおられません」

「良い人だったよ!ちゃんと食べて、寝て、遊べって。皆誤解してるだけなんじゃないかな」


 初めて聞くガースルト評に少しだけ微笑んだ、やはりこの子は面白い、と。実は他の侍女から代われと再三言われているのだが、オウルの事情と個人的な理由で譲らなかった。こんな面白い仕事を手放す気はイーリスにはない。丁度朝食を終えたころにクレアが部屋をノックする。


「はよー、朝からいい匂いさせるじゃないか、ラウル君」

「おはようクーちゃん朝ごはん食べてないの?」

「いんや、風呂の匂いの方さ。よし、明日は、いや、今夜は一緒に入ろうじゃないか、うん。そうしよう」

「別にいいけど、あ、クーちゃんもここで寝れば?」

「ホフッ、じゃ、じゃあそうしようかな、うん、あぁん、マイアに怒られるぅ」


 何故マイアに怒られるのかラウルは分からずに首を傾げる。もうすぐマイアも来るらしい。しばらく一般常識勉強会になるようだ。そしてクレアから一つの注意が飛んだ。お風呂をどうしているかはミリア、マイアの両名には伏せること、と。


「なんで?皆こうじゃないの?」

「ん、まぁ水浴びとかとお風呂は普通一人で入るもんさ」

「やっぱり、さっきもイーリス・・・に一人で出来るって言ったんだけど」

「でもね、風呂の使い方もそうだし、どういうときに入るべきかってのがまだ、ラウル君にゃ分からないだろう?さっき風呂に入れられた理由も、分かってないだろ」

「え、あー、うん」

「というわけで、しばらくは、イーリスに入れてもらいな、今日は、んふ、アタシだけどね」


 いひひ言質取った、と喜ぶ女騎士に侍女のジト目が送られるがどこ吹く風だ。二人に女性の指信号は止まることが無かった。しかし、ラウルには説明していない別の理由がある。所謂ハニートラップだ。マイアはまだいいが、ミリアともなれば立場もあるし、何よりバルドから溺愛されている。ラウルが気付いていないだけでかなりの数の監視の目は当然あった。勿論、二人の少女の為だけでなく、城の中の安全の為である。イーリスもクレアもその任に就いている。真面目に就いているはずである、きっと。


「さて今日は、楽しい。訓練場です」

「いいの?!」

「他の奴らにせっつかされてさぁ、マイアも今日は訓練服じゃないかね」


 と噂をすれば影ではなくドアの陰からノックが聞こえた。予想の装いでマイアが入室する。厚手のトレーナーにズボン、革の腕、脛当てと今日は胸当ても革の物だった。


「おはよう!ラウ兄様!今日は良い訓練日和です!」

「賭けの内容はアタシが決めるからね、一枚づつ脱いでいこうか」

「クレア様は放っていきましょう!さぁさぁさぁ!」

「っとと、じゃ、行きますか」

「あ、待って持ってく物があるから」


 早く早くとラウルを引っ張り上機嫌のまま訓練場まで引き回す。ここに獅子が居れば咆哮しただろう、娘の名を。さらに訓練場に赤い雨が降りかねないほど仲の良い光景だった。

 歩き着いた訓練場では既に何名もの兵士達が集まり、整列していた。その整列した先には、この城の主、その娘が慰撫の言葉を並べていた。そのままラウルの見物に回るらしい。


「あれ?陛下と姫様だ」

「今日は、なんと!御前での訓練です!」

「気合入った奴らが来るから、頑張りな。ラウル君」

「あ、うん」


 国王の前で張り切らずにいる上昇志向のない兵士は、今日この場にはいなかった。そうでなくともオウルの弟子に土を付けたとあれば、名誉も自信も大きなものが付く、整列した兵士は皆、ギラついていた。一部の兵士はマイアの繋いだ手の先をみて血走らせるものもいた、男女問わず。


「うむ、主役も来たところで、私はすこし高いところから見物といこう。はっは、ラウル隅に置けんな。ここにいる皆が、君を指名しておるよ」

「え、いいの!!」

「ですか!兄様!」

「ですか!?」

「はっは、その辺の言葉遣いの事情も伝えてある。よって年上だろうが気にせず話しなさい、ラウル」

「ありがたきしあわせ!」

「うむ!では、好きなように始めるといい!」


 応!と訓練場に響く声に兵士達がラウルを中心に真円状に広がった。持ち込んだ木で模した刀をそのまま構えるラウル。


「おっと・・・こりゃ度胸も据わったもんだ・・・マイア、離れるよ」

「え!一番手!一番手ぇえええ!」


 ずるずるとクレアに引きずられていくマイア、そのまま真円の壁に消える。それを見て、一人の青年が円の中へ、ラウルの前に立つと木剣を構えた。


「変わった木剣だが、それでいいのか?少年」

「ラウルだよ、よしなに。うん、木刀っていうんだって。ミカヅキのつもりで打つから、これが良いんだ」


 真円の人壁から、剣術ズルイ私が!と声が聞こえるがきっと後の機会があるだろう。そのまま開始の声もかからずに試合に雪崩込む。


「おぉっ!」

「しっ!」


 目にもとまらぬ足運びで斬り掛かる兵士の持ち手を強かに打つ、流麗ともいえる剣技だ。残心することなくそのままラウルは円の壁を見やる。全員とそのまま続ける姿勢を見せる。その様子に人の壁の熱気が上がる。あの少年、全力の一試合を連続で行うのではなく、全力の多人数試合をやるつもりだ、と。


「生意気見せやがって!」

「ふぅっ!」


 王の前で面目を潰されたと怒る兵士が一人壁から飛び出すが、ラウルはそのまま迎え撃つように木刀を体で隠す様に走り寄る。その勢いと、隠された木刀に間合いをつかみ損ねた兵士は突き込みを躱され胴を薙ぎ撃たれた。

 打たれた兵士の倒れる音が聞こえる前に円の中心に戻り、やはりラウルは構えを解かずに周囲を見渡した。その姿勢に兵士達が堪えきれずに声を上げだした。


「陛下の前だぞ!油断なんぞするな!」

「そうよ!次は私だ!いくぞ少年!」

「間合いが広いぞ!注意して踏み込め!」


 わぁわぁと口々に兵士達は囃し立てながら円に一人づつ飛び込んでいく、右に左に押しては返すラウルは既に七人抜きを見せるが息も上がらない。


「はっは!これは凄いな・・・オウルでもあの年でこんな破天荒は見せなかった」

「ちち・・・パパ!いくら何でもあれじゃ、ラウルが!」

「うむ、しかし、戦場ではこうだ。意識が違うな、ラウルは」

「だ、だからって、ああもう!ラウル頑張って!」


 ミリアの声が聞こえたのかラウルの木刀が、訓練場の壁の上にある急遽用意された観覧席に掲げられる。大丈夫、と。しかしそれは兵士を逆撫でしてしまったようだ。円から声がさらに上がる。


「なぁめるな少年!」

「ふっ、はっ・・・でぁっ!」


 ようやく息を乱しながら踏み込んでいくラウル。それでもその太刀筋は兵士に見切られることは無かった。着々とラウルを囲む円が小さくなっていく。倒れた兵士は即座に壁に運ばれていた。

 マイアは中々円に飛び込めない。クレアは口笛を吹きながら(ケン)に徹している。ラウルの太刀筋は見慣れたものとは違う。オウルの動きとも少し重なるが、オウルはもっと派手な剣筋だった。力任せのようで狙いすました一撃必殺の剣だ。ラウルは違う、足運びで間合いを惑わせ、虚から実、実から虚を混ぜた、剣撃の連携である。

 受けたと思えばするりと刃を流し、相手とすれ違いながら切り込んでいく。公園でふとっちょに言い聞かせたように、迷わず前に。腕を振るのは僅かで、足と、腰の回転を乗せた刀線を刻み、刃筋を流す。


「綺麗・・・」

「はっは!これは・・・うむ、水に流れるような、うむ、見事だな」


 円も半分程に縮んだがまだまだ兵士は残っている。さらに悪いことに兵士は作戦を変えたようだ。相手がそのつもりなら、遠慮もしない。客人だろうが、陛下の前だろうがここはもう、関係ない。


「くっそ!休ませるな!次は俺だ!皆良く見とけ!」

「おぉ!粘れ!足運びだ!足を潰せ!走らせろ!」

「引き付けちゃダメよ!遠間で圧を掛けるのよ!」


 一人が全のために試合を長引かせ、体力勝負と物量に持ち込んだ。ラウルは卑怯とは思わない。体力はまだ残っている。これならまだ続けられる。そこへ鈍い音が聞こえてきた。


「おおぁ!」

「んぐっ!」


 ガツッ!と木刀と木剣が重なり合う、鈍い音が双方の手が痺れるが、そのまま鍔迫り合う。試合が始まってから初めてだ、力勝負にはラウルに分がない。体力も減るうえに、体格もまだ伴っていない。力を逃さねば、と刃を返そうとするが


ビキリ


 ラウルの木刀にひびが入った。しまった、と焦る間もなく鍔迫り合いのまま相手を引き込み、足を入れ替え腰を落とし、蹴り込んだ。側頭部を蹴られ。倒れる兵士。まだ兵士達は残っている。仕方がないと、倒れた兵士の木剣に持ち替えた。木刀はそのまま腰に差す。


「なんだ?どうした?」

「割れる音がしたわ!木の刀が折れたのよ!」

「あんの野郎!まだ来いってか!!!おい、もう容赦できないからな!」

「ふーっ、うん、スー、コォー」


 吐く息を絞りつつ、剣術に切り替えた。それでもなお、流れる剣は兵士を打ち倒す。汗も飛ぶようになってきている。


「パパ、流石にもう。見てられないからね!止めて来るからね!」

「ミリア、待ちなさい。良く見てから言いなさい」

「っ、笑ってるの?あ、うぅ、恰好いいけど無理だってば・・・」

「おや?うむむ・・・どうした!グラント魂はそんなものか?!」


 訓練場から(おう)(えい)(おう)!と鬨と気炎まで上がる。戦場さながらである。


「ちょっと!パパ!?」

「ふむ?いやいやいやいやいや」

「パパ、これ以上肩入れするなら・・・」

「いや、そのなんだ、我が兵士たちの勝利を、だな」

「知らないわよ!対等な立場を持つのが為政者でしょ!こういう場合は!どっちも味方なんだからね!?」

「あ、うむ、その、ミリアよ勇ましい顔もまた美しいが、なんだ」

「ラウル!頑張って!パパをギャフンと言わせなさい!」


 頭上から振る檄に応えるように木剣を振り、拳を打ち、足を払う。何度か掠る剣戟はあったが。有効打を貰ってはいない。先生ならこういうとき、とある考えがふと、霞みだした脳裏に閃いた。


「はぁー、すぅー。ふーっ・・・全員で!来い!」

「・・・はっ!?」

「え?」


 呆気にとられるクレアと、マイア。思わず二人は眼を合わせた。それ以上に呆気にとられたのは残りの円を成す兵士達である。


「じょ、上等だあああああ!」

「こ、ここまで言われて遠慮なんぞできるか!!!!」

「掛かれぇええええええ!」


 入り乱れた戦場に突入する。もはや王や姫の御前だという考えも吹き飛んでしまった。


「ちょっ!ラウルっ!」

「・・・はっは!ふっはっは!間違いない!アレはオウルの弟子だ!はっは!そこでそう出るか!」

「止めて!怪我する前に止めなさい!パパ!パパ?!」

「いやぁ、笑った。ミリア、見ていなさい。ここで今一番の上司はアレだ、順列も腕もそうだな」

「へっ?何言ってるのよ?こんな時に順列なんて・・・」


 その直下で指揮を執る者がいた。一際体格のいい、男の兵士。矢継ぎ早に指示を出しながら陣を敷こうと躍起になっている。多人数戦なら、まぁ正常な思考である。恐らく押し包みながらの物量戦のつもりだろう。だが悪手だ。


「あぁ、決したな。降りようか。ミリア、ぎゃふん、だ」

「ちょっと待って、あ、ううん!急いで!」


 ミリアが聞き返そうとするが、それ以上にラウルが気になる。姫君からすれば確かに決している。しかし王からすれば、別の王手が掛かって見えた。指揮官がその存在を自分から見せてしまったのだ。彼が狙われて、瓦解したところにラウルが逃げればもう、戦場では完全な敗北だ。指揮官がもしバルドなら、相打ちでも負けとなるだろう。


「おぉおおおおおおおおああああ!」

「まだ向かってきやがる!」

「おい、打ち合うな!半円で包め!間合いの長いものから前だ!」

「「「はっ!」」」


 剣士と兵士の差だ、個で戦う者と隊で戦う者の意識の差が浮き彫りになったと言ってもいい。兵士は隊として全として一個を作るが、一度それを作れば別の弱点も出来てしまう。残り少ない人数で兵士達は隊形を作った。マイアは軍事連携の訓練に参加していなかったためにそこに入れなかった。クレアは一対一の勝負を望んでいたため、遠慮したようだ。


「やああああああああああ!」

「出過ぎるな!狙い打たれるぞ!!」

「守れ!兵士長!合図は任せます!」


 前列を一人二人と打ち倒すラウル、獅子奮迅である。訓練の様相は既にない。最前列に出て残りの兵士達をまとめ上げようと兵士長が出た瞬間にラウルは標的を確認し、大きく息を吸った。もう倒れている兵士は五十をゆうに超える。お互い正確に数えてもいない。


「先生なら、こうする。すー。はぁー・・・」


 整わぬ息を強引に深く、四肢に酸素を送り込むように息を深く深く。そして、力を全身に込め、木剣と、腰に差した木刀を兵士長と呼ばれた左右に投擲する。


 ゴゥッ!ビッ!


 木剣は回転させながら、木刀は真っすぐに、時間差を少しだけ付けるよう走りながら全身を回転させ投擲した。兵士長も、両脇の兵士も単身走り込もうと沈み込んだラウルを見て身を構えた後、投擲物に反応が遅れた。


「おおおおおぉおおおぉっ!」

「なっ!」

「しまっ!」


 投擲物を受ける、同時に雄たけびを上げるラウルは兵士長に向かって跳んでいた。そのまま兵士長の木剣を蹴り飛ばし、その勢いのまま、空中で体を回転を加えた逆脚で縦に蹴り込んだ。マイアに見せた以上の蹴り込みに兵士長は反応も見せず、眉間にラウルの踵がめり込んでいく。


「おぉぉぁっ!」

「グがっ!」


 短い声を上げて兵士長は剣を飛ばされ、意識を手放した。そのままラウルも倒れ込む。起き上がると共に近くに弾かれた投擲した木剣を膝をついたままで兵士長の首にそっと当てた。流石に行きも絶え絶えだ。


「そこまで!」


 首を取られた兵士長を見、動きを止めた兵士がビクリと肩を震わせる。いつの間にかバルドが片手を挙げ、宣言した。


「それ以上は、ならん。うむ、いい勝負だった!グラント兵が負けたのは、うむ。残念であるな」

「ラウルっ!ま、マイア!お水、お水持って来て!」

「へぇぁっ!?はいっ!」


 そこで初めて兵士達は敗北と、少年の勝利を受け入れたのだった。


「はーっ!はーっ!・・・大丈夫、ありがと、マイア」

「無茶しすぎよ!全員と勝負だなんて!」

「え?何で?」

「なんっ・・・・でって・・・」

「全員僕とっていうから・・・あれ?」


 そこから勘違いをしていたらしい。バルドは元々トーナメントを期待していたのだが、あくまで全員君と勝負したがっているよ、と声を掛けたつもりだったようだ。ラウルはラウルで、バトルロイヤルを知っているわけではないが、そう認識していた。そもそも、普段の鍛錬でも四方を気にしてオウルと試合をこなしていたのも誤認した理由だ。全員が呆れる。


「こりゃ・・・」

「あぁ、大マジだぜ。大馬鹿の大物だな。周り巻き込むタイプだ気を付けろ」


 息を弾ませ、背中から倒れ込むラウルを見て兵士は口々に敗北宣言を吐き出した。呆れとある意味の尊敬を感じさせる物言いは、ラウルを喜ばせる物だった。バルドは兵士を集め、訓練をこの後も見回ることになった。反省会も兼ねてとのことだ。そのままラウル、クレア、ミリアは訓練場から離れていった。その後姿を見送ってか、訓練場では普段より力強い剣戟の音と、声が上がったようだ。美女三人に連れていかれる少年に対する思いか、敗北の口惜しさかは、分からない。


「あーっ、楽しかった」

「もう!あんまり無茶しないの!」

「まーったく、あれじゃあアタシが割り込めないっての」

「良く言います、見切った上で、疲れた頃を狙ってたでしょうクレア様」


 客間まで連れられながらずっとラウルはにやけていた。それもまた、三人を呆れさせる。そして今日もいつものお茶会だ。


「で、結局刀術の試合はアタシ等とは出来なかったねぇ」

「うぅ・・・勝ちが見えません・・・と、いうか今日何も訓練してない・・・」

「あ、そうだ。木刀・・・また作らなきゃ」

「え?アレ折れちゃったの?」


 ここ連日の笑ってはいけないお茶会ですっかり耐性をつけたイーリスはいつものように紅茶を用意する。葉の種類だけ代え、テーブルに並べた。今日は訓練と聞いていたので焼き菓子も用意されていた。ほとんどは姦しい三人の口に収まった。

 今日はラウルも疲れただろうと茶会もすぐにお開き。ミリアとマイアが退室した後、ゆっくり時間を測り、クレアが言った。


「んー、うん、さて、うん、ラウル君」

「あ、うん。クーちゃんともやってみたかった、楽しみだったのに、今度また」

「んむ、そうだねぇ、ヤれなかったねぇ。でもまぁなんだね、汗もかいたろう?」

「あ、そうだね。今お風呂が必要な時?」

「んむ!さぁ、約束通り一緒に入ろうか!アタシも訓練場で埃かぶっちゃったからねー」


 仕事を取られたジト目のイーリスがそこにはいた。が、ラウルの意向は絶対であるし、そろそろハニートラップのラウルを試すような仕事にも嫌気が差していたところでもある。女性として扇情を誘う彼女を以て最後としてもいいだろうと諦めた。


「さって、ここのお風呂はどんなかねぇ~?」

「あ、じゃあイーリスも?」

「畏まりました」

「なっ!」


 最後の一仕事はやはり自分が、とクレアの短い驚嘆よりも早口で了承した。何故か今日はエプロンも外している。


「なっ!ちょっ!」

「さ、ラウル様、既に湯は張っておりますので、どうぞ」

「あ、うん、なんで脱ぐの?」

「お気になさらず、あぁ、クレアはどうします?」

「いーぃ度胸じゃないか、うん、まぁそれも。うん、いい考えじゃないか」


 そうこうしながら、浴室でラウルは結局女性の柔らかさに照れつつも、枕にしてみたいねと言い放った。さらに、お母さんはこんな感じかな、と、ふにゃりと笑いながら言うのだった。

 後日、そんな魅惑の浴室の様子を、クレアとイーリスは侍女と女性騎士の集う女子会で、長々と語る。


「母の愛を兼ね備えた女性だけ、覚悟を以て手を出すことですね」

「それ以外は何を以てしても排除すっからね、覚えときな」

「「聞きたいのはそこじゃない」」

「「すっごかった」」


 黄色い声が深夜の第一兵舎に響いたという。

戦闘シーンいかがでしたでしょうか?

無理も結構ありますがそこそこの物が書けたと自分なりに満足w

ではまた、次回で!

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