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竜のツノと狼の尻尾  作者: 日向守 梅乃進
第一章
13/63

善意は善意を呼び、ヒーローはヒーローを呼ぶ

ちょっと短めです、お楽しみください。

 首都グランエストへ向かう道の途中、馬を休ませる一行がいた。傍には青い旗に金糸の吠える獅子、グラント王国の国旗が掲げられている。この旗はグラント軍の中核を担う将軍に預けられている。グラントの盾、預けられた旗にちなんで、獅子将軍の呼び声高いドルトニアン将軍、その一行である。


「ここまで来れば、今少しだな。駆けに駆ければあと1日半、というところか」

「そうですね、ただ馬も騎士もそろそろ限界を迎えます」

「うむ、もはや薬草は届いておろうし・・・無理をするところではないが、もしもということもある」

「はい、ですが恐らくシャルローゼ妃殿下も持ち直していることでしょう」

「うむ、だが、うんむ・・・」

「はぁ、マイアなら大丈夫ですってば将軍閣下・・・」

「エルゼ!儂は・・・儂はな・・・!あのラウルという少年に言い寄られているのではないかと思うとだな!あんなに可愛らしいのだぞ!放っておくものか!」

「公私混同はやめてください、将軍閣下。特命を受けて派兵されたのに・・・副官に丸投げなんて懲罰モノですよ・・・」

「馬鹿を言うな、サガネ草も持ち帰っておるだろうが。マイア・・・むむむ、マイア、待っておれよ。早まるな、早まるでないぞ」


 この獅子は我が子を千尋の谷に叩き落すが、自分で拾いに行くような獅子だった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 所変わってグラント城。その一室ではやや生気の失せた美女が、その身をベッドに身を起こしていた。隣には、美女によく似た年頃の少女が笑みをたたえたまま涙を流している。


「母上・・・良かった、本当に良かった・・・」

「あら、あらあら。ミリア、そんなに泣いて。起き上がったくらいで大袈裟よ」


 傍に控えた侍女頭も、僅かにやつれた顔でシャルローゼの回復に口元だけ震わせる。母娘の抱擁を眩しく見つめ、ここに普段の彼女を知る者がいれば驚いたことだろう。


「ミリアルイゼ様、そのくらいで。お体に障ります」

「グスッ、そうね。ごめんなさい母上」

「あらあら、良いのに。でも体が軽くなったようだわ、お腹も空いているし」


 長く病床に就いていたシャルローゼは痩せて見える。事実二月もベッドで過ごせば、脂肪どころか筋肉は大きく落ちる。健全な身体とは言えないが、徐々に快方へ向かうだろう。


「母上、しっかりお体を治してね。必ずまた父上と出掛けましょう?」

「えぇ、楽しみだわ。しっかり治すわね。それにしても、あぁ、たくさん嫌な夢も見る物ね。体が弱っていると」

「どんな夢を見たのですか?母上」

「それがね、フフ。オウルが私に久しぶりに私のことを姉ちゃんって呼ぶのよ。家を飛び出して、もうそんな呼び方ずっとしていなかったのに。昔は生意気そうに、姉貴とか呼んでたくせにね。フフ」

「・・・そう、ですか。叔父様は、そうだったのですね」

「小さい頃からヤンチャだったのだから、あの子は。凄ーく神妙な顔で大丈夫だって言うの、あの子がそんなこというの気味が悪くなっちゃったわ、フフ」


 きっと夢の中まで彷徨いこんだのね、と続ける母に、娘は胸を強く痛めた。きっと放浪の剣聖は、夢の中すら流れ歩き、姉の病をも切り裂いたのだと。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 一方、街中を歩くクレア達一行は、商業区の大通りを抜け、居住区に入っていた。整理された街並みをぶらぶらと歩く。石畳の道を時折馬車が行き交った。


「へぇー、ガラって変わるんだね。あの広場は?」

「ありゃ、公園だね。遊具もあって子供の遊び場さ。非常時には集会する場所にもなるね」

「小さい頃はよく遊んだよ」

「あれれー?まだ小さいのにー?」

「んぐぐぐぐぐ」

「でも、マイアくらいの子も沢山いるよ?」


 ラウルの小さいと、クレアの言う小さいは別の場所を指している。が、そのどちらもが大人ぶりたいマイアには突き刺さる。13しか数えない子供にとっては普通であれば公園は現役の遊び場である。

 その遊び場には相応しくない声が上がる。


「おらっ、これが騎士の剣だ。お前の屁っ放り腰じゃ剣なんて持てないんだよ、ほらっ」

「いたっやめろっいたっ」

「ははっ、だせー、騎士様の剣を受けてみろよ、ほらぁっ」


 振り回しているのは木剣だが、子供を打つには充分過ぎる凶器だ。体格も大きく、短髪の少年が、お腹の出た少年を追い回していた。明らかに鬼ごっこのような朗らかな光景ではない。周りの子供達も不安そうな顔で遊びを止めて見守っているが、見るだけである。


「あー・・・流石に危ないね。ちょっと待ってな、ってラウル君、ちょっちょちょちょ!」


 止める間もなく公園に入り込むラウル。その身なりは明らかに公園の中で浮いているがラウルは気にも留めていない。転んだふとっちょの子と短髪の子の間にするりと身を挟む。


「ね、キミ、危ないよ?」

「あん?へっ、貴族様が何の用だよ?」

「貴族じゃないよ、通りすがりの者だ」

「恰好つけちゃってよ、別にイジメじゃないぜ。俺は騎士から習った剣をソイツに教えてやってるだけさ。なぁ?ハンス」


 ハンスと呼ばれるふとっちょな少年はビクリと身を縮こめる。よくみると、その手にはただの棒が握られていた。


「う、うん、そ、そう、だから、大丈夫だから、君、ボクは大丈夫だから行きなよ。危ないよ」

「へっ、腰抜けハンス、ホラ立てよ、俺が騎士の剣を叩き込んでやるからよ」

「ハンスっていうの?君も剣を練習してるんだね」

「おい、邪魔だからどっかいけよ、通りすがり。それともお前も騎士の剣教えてほしいのか、よっ!」


 短髪の少年が、木剣を横ざまに振り抜く前に。ラウルは踏み込み少年の柄手を手の甲で抑えた。


「いいこと教えたげるね、ハンス。こう抑えたら、こう、握って、こうやって空いた手を顎に当てるんだ。後は前に進むだけだよ」

「「へっ?」」


 手品のように短髪の少年が腰を落とす。ハンス少年には、ラウルが剣を抑えて二歩ほど歩いただけのように見えた。実際には短髪少年の柄の持ち手を手の甲で抑えた後、すぐさま握り込み、外側に捻じり込むように体勢を反らさせたところに顎を押し、すれ違うように右脚同士を絡ませている。

 その一連の動きを瞬時に見切ったのは慌てて追いかけてきた、クレアとマイアだけだった。


「はっ?えっ?」

「す、凄い・・・」

「ね?簡単でしょ?イリミオトシって言うんだって、せん・・・えぇと、習ったんだ」


 混乱する少年二人に事も無げに言うラウル。糞がっ!と立ち上がろうとする短髪少年の手首を、見もせずに、さらに捻じり押し付ける。さらに尻餅をつかせるが、何でもないようにラウルは続ける。


「どんな騎士さんが教えた剣でも、逃げる人を苛めるために使っちゃ、騎士の剣とは言えないと思う、ハンス。騎士って言うのは人を守るお仕事でしょ?自分が打たれても僕を遠ざけようとした君の方がよっぽど偉いし、騎士に向いてると思う」

「う、うん・・・」

「離せよコノっ!いぃででででえでで!」

「君もだよ、えぇと、君、剣は自慢するものじゃないって・・・先、えー、習わなかった?反省するまで、このままだよ?」 

「あぎぎぎぎ!分かった!分かったよ!もうしねぇ!離せ馬鹿力っ!もうしないってば!」

「あーあー、そこまでにしときな、加減は出来てるみたいだけどさ」


 反省の色が見えたのか、クレアの制止が効いたのか。ラウルは捻じりあげていた手を緩める。短髪の少年は這う這うの体で公園から逃げ出した。ハンス少年はまだ呆然と尻餅をついたままラウルを見上げたままだ。


「あ、行っちゃった。うーん・・・」

「あ、あの、貴族、様、ありがとう、ございます」

「ただの通りすがりの者だ、気にしないでいいよ」

「・・・でも、さっきの技は僕に教えても・・・ダメかも」

「どうして?」

「だって僕は・・・腰抜けハンスだから・・・武器をもった人に前に進む勇気なんて」

「逆だよ、ハンス。踏み込んだ方が、痛くないんだ、迷うなら前だよハンス」


 え、と不思議なものを見るハンスにふにゃりと笑うラウル、公園中から溜息が漏れるがその中心の少年二人は周りを見ていない。クレアもマイアもこれ以上はとラウルの腕を取り、足早に公園を去ろうとする。ハンス少年はきっと前を向くだろう。二人、いや三人はそんな予感がしていた。


「えっと、ハンス!君の手のマメは嘘つかないよ!大丈夫!」

「あーあー、もう。護衛の仕事じゃないねぇ・・・」

「これはしばらく一人では歩かせられませんね」


 ダメ押しの後押しをハンス少年に投げかけるラウルを、両脇からラウルを引っ張る二人はニヤニヤニコニコと。


「なんだい?あの通りすがりの者だ、って、フフン、恰好いいじゃないか」

「ああいうと面倒がないんだって」

「それもオウル様の言い方?ふふふっ」

「お礼を求めないときは、これ。お腹が空いてるときは、俺こそが!って名乗るといいって言ってた」

「なんだいそりゃっ!ははっ!あの方らしい」

「お腹がって、ふふっラウ兄様のせいで、私のオウル様の想像がどんどん変わっていくよ」


 三人で小走りに公園が見えなくなると足を緩めた。そろそろ戻ろうか、とクレアはグラント城へと足を向けた。予想外のハプニングにもこの少年はオウル流で片付けていく。全く目が離せないとこれからの任務も忙しくなりそうだとにやけながらも楽しむことにした。きっとオウル流はこれからもこの国を騒がせるだろうこと夢想しながら。


(竜の襲来以上のことを早く起こしとくれよ?末恐ろしいったらないね、この子は。フフン)


 物騒かつ、楽しみな想像を掻き立てる少年を連れて城に入り、一旦、第一兵舎に向かうクレアだけ別れた。日も傾いている。鎧を付けに戻るのだろう。今回は街中の噂の調査を兼ねていたため、私服での登城だったが、これ以降は流石に私服でうろつけない。マイアは非番にして、ラウルの城の中でのマナーや常識を教えるために訪れている理由から黙認だ。イーリスと共に一般的なことも教えていく流れとなっている。


「ふぅ、ただいま、イーリスさん」

「おかえりなさいませ、ラウル様、マイア様」

「あ!しまった・・・白竜糖 (ハクリュウトウ)もう一つ買って貰えばよかった・・・」

「あ、お土産にすればよかったね、ラウ兄様」

「ふふ、侍女にそんなお気遣いは無用ですよ、ラウル様」

「ううん、昨日のお伽噺のお礼がしたかったのになぁ・・・」


 相も変わらずに客としての心得を持てない少年に苦笑してしまう。普段の侍女に戻る際は苦労するかもしれないと思いつつ、いつものように紅茶を用意する。カップを出す頃には夕方になり、クレアを伴ってミリアが入室してきた。ラウルの姿にピクリと体を止めたが、そのままソファに向かった。紅茶を楽しみながら、四人と侍女は街中での出来事を土産として話していた。


「まー、眼が離せない子だね、これにスノウウルフだっけ?狼と竜が付いて回るんじゃ、アタシ一人じゃ追い付かないね」

「ご、ごめんね・・・」

「ふぅん、そのイリミオトシはオウル様から?」

「うん、剣術から派生?分かれた、なんとかって技術なんだって」

「あれは、凄かったんだからミリ姉様!私どんどん自信なくなってきたよ、刀無しのラウ兄様でも負けるんじゃないかな・・・」


 上気した顔で隣に座る妹分のはしゃぐ様子に、ミリアはニコニコと笑みを浮かばせる。その間もクレアはソファの背もたれに両手を掛け、せわしなく動く右手の親指に子供三人は気付かずに談笑する。


「えぇー!?もう!二人だけずるいわ!その白竜糖 (ハクリュウトウ)私も食べたい!」

「ラウ兄様が正しいユキの姿を教えてたからまた、変わってるかも」

「ずっ!ズルイ!いいなぁー!私も食べたかったなぁ、ね、クレア、お忍びでまた連れて行ってくれない?!」

「あー、しまった言うんじゃなかった。はいはい、陛下の許可取ってくださいねー」

「絶対だからね!ラウルも行きましょう!ね!アッシュの形の白狼糖 (ハクロウトウ)なんてのも良さそうじゃない!?」


 いずれ起こる、街角スノウウルフ事件を経た後に露店に並ぶことになるのだが、今この場ではそれは予想での話でしかない。ラウルもそうなるといいな、といつもの柔らかい笑みを浮かべる。対面に座るミリアとマイアはなぜか同時に紅茶のカップを傾け、同時に置いたが、やはりその反応は何かに忙しいクレアに反応されることはなかった。


「そういえば、あの二人は元気なのかな。まぁちょっかいを出す輩もいないだろうけど」

「うーん、まぁ心配は心配よね。特に相手が」

「アッシュもユキも、人が近づく前に動けるから、大丈夫だと思う。寂しがってると思うけど」

「寂しがってるって・・・狼と竜なんだろう?」

「うん、二人とも甘えんぼだから、特にユキは」


 やっと二つになりそうなくらいだし、と言うラウルに全員が驚くが、ラウルはキョトンとしていた。


「そ、そうなんだ、やっぱり竜って大きいのね・・・もっと育つのかしら」

「野生動物はほら、すぐに身体を大きくしないと食べられちゃうから」

「じゃ、アッシュはいくつくらいなの?ラウ兄様」

「えっと、もう少しで三つかな」

「じゃまだ大きくなるの!?乗れそう・・・」

「たまに乗るよ、すっごく速いんだ」


 遠くの山でフシュンとくしゃみをする狼がいたらしいが、それを知るのはキツネ色の赤毛山犬と白い竜だけだった。城の客間ではそれと知らずに談笑が続く。


「はーん?狼に乗る、ねぇ。グフ、マイアの小さい身体ならもっと余裕かもねぇん?」

「ふんぐうぅうう!」

「・・・ねぇラウル?クレアはとっても美人よね?」

「おっとぉ?なんだい姫様?そーんな当然いってくれちゃって」

「うん、クーちゃんは美人だと思うよ」

「オッフゥ・・・ちょっとラウル君、訓練場に行こうか?うん、大丈夫大丈夫」

「「ダメ」」


 顔を赤らめて、声を揃え止める少女二人の反応を楽しみながらクレアは訝しむ。


「でもなんだい急に、そりゃあ姫様ほどの美少女に褒められるのは嬉しいけど・・・ハッ!アタシのこの熟れ切ったカラダを思うさま・・・」

「えぇ、そうね~、嘗め回して貰いたい気分になってきたわ~」

「えっ、ちょちょ、どうしたのさ本当に、姫様?」

「ね、ラウル?ユキはクレアを見て気に入るかしら?」

「うん、多分」

「あぁ・・・クレア様、御労しや・・・」

「な、何?ねぇマイア、何の話なんだい?ねぇ!」


 ふふん、と鼻を鳴らしつつ紅茶を飲む姫君の、泰然とした余裕に女騎士は身体を、胸を大きく震わせながら慄くが、恐らくその騎士の勘は近い内に現実となるだろう。その時の反応が楽しみである。城の夜は今日も更けていく。

 後日、首都グラントの居住区、その一角に設けられた公園には子供たちが連日溢れかえるのだが、城まではその噂は届かない。毎日公園に通って棒を振る少年は素振りを止めることなく、こう言ったという。


「ここは!ヒーロー公園って!言うんだ!いつか!僕も!あんな!風に!」


 握り手も黒ずんだ棒を振り続ける少年は将来、その公園の名を冠することになるのだが、それはまた別のお話。


さて、そろそろ巻いて行きたいところ!

今回もお読みいただきありがとうございました!

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