街へ繰り出そう
ついモブのつもりだったのになぁ・・・
一夜明けてラウルは目を覚ます。あぁ、と知らない豪華な内装に少しだけ混乱したが、すぐに意識を覚醒させた。グラント城の客間に泊ったのだった。ベッドの柔らかい暖かさに感謝しつつも、いつもならすぐ傍にあった白い毛の温かみの無さに少しの寂しさを覚えた。
「んー、ん。アッシュとユキは元気にやってるはずだし、大丈夫だよね」
独り言と伸びと共に、ベッドを降りた。今日は何をしていればいいのだろうか、城の中なら獲物を獲らずとも食事が出て来る。楽だが、ラウルにはそれがつまらない。山を駆け、川を泳ぎ、アッシュとユキと眠る。そんな旅の日常を過ごしてきた彼にとって、マイアとの試合こそ刺激的だったが少し窮屈を感じてしまう。
「訓練場って勝手に入っていいのかな・・・聞いてみよう」
寝間着のままドアを開けようと近づくと、丁度その向こうに気配を感じる。近づくまで全く気が付かなかったその気配に興奮しつつドアを開ける。
「侍女お姉さん?」
「おはようございます、丁度良い時間だったようですね」
「おはよう・・・ございます?」
「はい、朝食をお持ちしました」
スープとパンにサラダ、焼いた魚も付いていた。トレイを乗せた台車を押し、部屋に静かに入る。少し昨日より機嫌良く見えるのは彼女達の都合だろう。ラウルにそれと知る術はないが。
「いただきます・・・あの」
「はい?いかがしましたか?」
「何もしないのにご飯ってちょっと・・・なんだろ、落ち着かない?」
「ラウル様はお真面目なのですね、ですが大事なお客人ですので。出さないわけには参りません」
昨日の夕食を踏まえてか、今朝は侍女は向かいのソファに座り軽食を摘まむ。パンに何かを挟んだものらしい。会話も交えつつ、品を感じさせる所作で給仕をこなしていた。
「何か、僕の出来る手伝いとかあるかな?狩りとか、うーん、動物の世話なら昔から得意だけど」
「そう、ですね・・・狩り、と申しましても食料に困っているわけでもなく、動物の世話ということなら厩はありますが・・・その、お勧めは致しません」
「どうして?」
「厩のその・・・番人がいるのですが、なんというかその、困った方でして」
「嫌な人なの?馬は頭がいいから悪い人は出来ないと思うけどなぁ」
「その、頑固なのです。強情といいますか、人は悪くありません、ただ、口は良くありませんね」
「へー、良い人だ。会ってみたいかも」
その感想に言葉だけ詰まらせるが、驚く表情は見せなかった。侍女もこの少年の人と違った感性に対応が徐々に追いついてきたようである。
「良い人ですか?難しい言葉がありましたでしょうか、何か勘違いをされているのでは?」
「ううん、馬が信頼していて、頑固なら、良い人だよ。頑固は知ってる、強情も。動物って好きなことと嫌いなことがはっきりしてるから、馬の嫌いなことする人が嫌いなんじゃないかな、その人。それに口が悪くても人とは関係ないよ。先生も口が悪いって自分で言ってたし」
「・・・なるほど、そういう考えですか。多分合っているのかもしれません」
「ね、昨日マイアが一応行っちゃ行けないところは教えてくれたけど、厩のことは言ってなかったんだよね、行ってもいいかな?」
はい、と頷いたころには二人とも朝食を終えていた。自分の荷物から着替えを取り出そうとしたラウルは侍女から止められた。用意されているらしい。ラウルには華美に見えたその服は袖を通すと少し窮屈だった。革靴に、スボンに白シャツ、赤紐ネクタイに深い茶色のチョッキに黒革のガウン。どれも上質な素材で仕立てられていた。着替えを手伝うついでにラウルの眼にかかりそうな前髪を整髪される、一房だけ髪の束が顔に垂れるそれ以外は耳に掛けられ、後ろで短めに束ねられた。
「・・この格好じゃなきゃだめかな?」
「とても、お似合いですよ、えぇ、ですが一人で街には出られない様に、はい。騒ぎになるといけません」
「あ・・・ユキとアッシュで怖がらせたから・・」
「いいえ!それとは関係ありませんとも!ですがその、誰かを連れて外に出てください、出来ればワタクシか、そうですね、クレアならいいでしょう」
気を落としたラウルを前に侍女が慌てるが、あまりそれを感じさせない声で宥めるように注意した。女性、というか女の子に指を差されるくらいの出で立ちと風貌だ。
「ラウ兄様!おはよう!いい・・・てん、き・・」
「あ、マイアおはよう?なんで出ていくの?」
「おはようございます、マイア様。あまり大きな声で部屋に飛び込むものではありませんよ」
「おは、ようございます。イーリスさん・・・と、ラウ兄様?」
侍女は自分の名前を呼ばれたのが少し不満げだったが。あぁ、まだ早かったと仕立てをもう少し地味にすべきだった、とドアの陰に隠れるマイアを見て、少しの後悔、確かに似合っているのだが。
「ラウルだよ、そうだ!マイア、厩ってどこかな?もし良かったら連れてってくれないかな」
「う、うん、いい・・・ですよ」
「敬語は無しじゃなかったの?」
「う、うん。その、うん」
「もう行っていいかな?侍女お姉さん、あ、イーリスお姉さん?」
「・・・どうしても名前を呼びたいときのみに、イーリスと呼び捨てになってください」
「えぇ、うぅん・・・行っていいかな?イーリス」
バッ!と今朝は音を立てて頭を下げ、行ってらっしゃいませと見送った。その勢いに少し驚きつつも、うん、とラウルは声を掛け、マイアと部屋を出る。ドアが閉まるまで頭を下げたままでイーリスは赤い顔を隠し続けた。
客間を出たところでラウルはマイアに話しかける。
「ねぇマイアは、今日は姫様に付いていなくていいの?」
「あ、え、う、うん。今日、明日はお休みを頂いたから、その休日、です、だよ」
「ふぅん、お休みって何もしない日だっけ」
「ラウ兄様もお休みの日くらいあったでしょ!?」
「え?稽古のお休みはあったけど、狩りとか釣りとかしてたから。先生みたいにだらーっとはしたことないなぁ」
「お、オウル様・・・」
自給自足の生活に休みなどはない、休憩はあっても。人は空腹の無い日などないのだから当たり前である。オウルの弟子の扱いに少しマイアの中のオウル株はストップ高を記録した。
「でも、そういう日は一緒に遊んだりしてた」
オウル株は制限を突破し急上昇をさらに記録する。しかしマイアの中ではさらに何かかが急上昇していたがそれが何かはマイア本人にも分からなかった。
「そ、そう、でも狩りって・・・どんなものを?」
「猪とか鹿とか、たまに兎」
「へぇー、弓も使うんだ・・・」
「うん、一通りは仕込んだって先生が言ってた」
「アッシュも一緒に?」
「うん、アッシュは凄いよ!まだ小さい内から兎とか鳥とか獲ってきてたんだ」
アッシュの小さい時とはいえ、普通の成犬より少し小さい時の話であった。既に彼女の巨躯は虎ほどもある。
「今日は姫様は?」
「多分、姫様も休日だと思う。一月も城を離れてサガネ草探しで休みなんてなかったし・・・お会いになるなら、誰かにお使いを頼んでからになるよ。急には失礼にあたるから」
「ふぅん、大変なんだね」
会話しながら厩へ向かう二人。マイアはすれ違う侍女達の妙な親指の動きに目を止めたが、すぐにそれは止まった。指を解していただけだろうかと、視線をラウルに戻す。その瞬間に動きは再開していたが、ついに気付くことは無かった。
「でもどうして急に厩に?」
「うーん、何もしてないのにご飯が出て来るから落ち着かなくて、狩りか動物の世話なら出来るって言ったら厩に良い人がいるって聞いて」
「ラウ兄様はお客人だから、仕事をさせるわけには・・・それに良い人?」
「うん、馬の世話してて、頑固で、強情なんでしょ?」
「まぁ確かにガー爺さんってそんな感じだけど」
「ガー?」
「そう、ガースルトお爺さん、でも怒りっぽくてガーガー言うからガー爺さんって呼ばれてるわ」
ふぅんとワクワクしたような眼で見えてきた厩を見るラウル。それを見てマイアも何故か慌てた様子で厩に目を逸らした。そこにガーガー聞こえてきた声に二人が気付く。
「がぁー!なーにやっとんじゃ!下手糞!もっとちゃんと手入れしてから馬を返せ!!」
「だから悪いっていってんだろ!コイツが変な走り方すっから・・・」
「ペッ!馬はその時に対応した走りしかせんわっ!お前の手綱が甘いだけじゃ!ボケ!」
「んっだと爺!」
「やるのか下手クソガキ!」
腰の剣柄に手をやる兵士と、馬用の鞭を持って何かを騒いでいる老人。そこにラウルはのこのこと近づいて行った。それを見て慌てて連れ戻そうと追いかけるマイア。
「あれ?手綱が切れてる、馬が驚いたの?」
「「あぁ?!」」
「多分、早く走ってるときに思い切り引いたんじゃない?足を緩めるのが苦手なんだね、この子」
「お、おぉ。この馬が駈歩のときに飛び出てきた狐にビビって急に止まろうとしたから思い切り引いてやったんだ、そしたら」
「ダメだよ、この子。急に止まれないからどっちかに切り返そうとしたんだよね、そこに手綱を思い切り引いたら、落ちちゃうよ?」
「かっ!本当のガキに言われてやがる!馬は急に止めるもんじゃねぇ!止まって貰うもんなんだよ!」
ポカンとラウルを見やる兵士に悪態と蹴りを入れる馬番の老人。蹴られながらも苦々しげに馬を見た後蹴られた尻を摩りながら離れて行った、ちゃんと世話しとけよ!と悪態も返す。
「けっ!ぺっ!おいガキ、勝手に馬に触るな、この城の馬は全て儂の子だ」
「あ、ごめんね。いい毛艶してたから」
「へん!ちっとくらい馬が分かるからって調子に乗るなよガキ、馬ってのはな」
「全部は分かんないよ、半分でも分かったら馬そのものになれるんだって」
「・・・おい、ガキその言葉誰から聞いた」
「先生」
だからそれは誰だと声を荒げそうな老人とラウルの間にマイアが割り込んだ。
「オウル様です、この少年はラウルといって、オウル様の弟子にして姫様の客人です」
「オウルゥ!?あンの馬鹿ガキャどこで何してほっついてやがる!馬の世話もしねぇで!」
「お爺さんも知ってるんだ、やっぱり」
「当ったり前だ!アイツか陛下かドルトくらいだぜ、儂の子に乗っていいのは、それ以外はしょうがなく【乗らせて】やってんだ。オイガキ、ラウルってたな、さっきの言葉。オウルの馬鹿ガキから聞きやがったな?」
「そうだよ、よく言ってたの?先生も」
「はっ!いいか、正確には、半分でも馬の気持ちが分かれば馬になれる、全部を知ろうとすんなって言葉はなぁ。この!ガースルトが!あの落馬しまくってた馬鹿ガキにたたっこんだ言葉だ!」
「えっ!じゃあ先生の馬の先生なんだ!」
応よ!と胸を胸を張るガースルト老人に羨望の眼差しを向けるラウル。マイアも初耳の言葉にラウルと同じ視線をガースルト老人に向けていた。
「ハン!あの馬鹿ガキが人にモノ教えてやがるとはな、飲む酒も減るわけだ」
「全部一人でやってるの?」
「そうだよ、ラウ兄様、他の人に触らせないことで有名なの」
「フン!マシに馬を触れる奴がいねぇだけだ!ジジイをコキ使いやがって、マシな奴連れて来いってんだ!」
「ね、僕じゃだめかな。お手伝いを探してるんだ」
「あぁ!?オウルの弟子だからって調子のんじゃねぇぞ!馬ってのは信頼関係が大事 なんだよ!手伝いしてぇなら他あたんな!」
シッシ!と鞭を振り回しながら、二人追い払われる。だがラウルの顔は興奮したように朱が差し、何度も厩を振り返る。ラウルから見て厩のどこの馬房にいる馬も輝く毛並みをして体つきもよく、馬具のどれもが磨き上げられていた。
「うん、また明日こよう」
「えぇー、また怒られるよラウ兄様」
「でも、先生の先生で、凄い良い人だよ!」
興奮をそのまま口にする。どこら辺が良い人なのかは分からないが、マイアも凄腕の馬の調教師にして管理人だということは知っていた。一見しただけでガースルト老人を気に入った理由が分からない。
「良い人って・・・まぁ凄い人なんだろうけど」
「まずね!馬の世話ってすごく危ないんだ。その馬その馬の性格を知らないと触らせてくれないし、蹴られたりするくらいだし、物を言わないから、体調を見るだけで考えないといけないから馬の習性も癖も見ないといけない。それにあの馬具のどれも手入れが凄くされてて!」
「・・・っわかっわかったから、ラウ兄様!」
分からないの!?と興奮気味に顔を寄せガースルト老人の凄さを語るラウル。紅潮した顔を、思い切り被せるように両肩を掴まれながら頭をぶんぶんと振られる。すんでのところで逃れたマイアは髪を整えた。
「あのお爺さんにアッシュのこと、聞いてみたいなぁ。何て言うかなぁ」
「馬番のお爺さんに狼は・・・どうなんだろう?」
「うーん、アッシュのことを知らなくても。家族同士の紹介だけでもいいんだけどなぁ・・・」
「まぁ、ガースルトさんは確かに馬のこと自分の子って常々言ってるみたいだしね」
意外と通じる話もあるのかもしれない。動物家族を持つ者同士で。
「ふー、楽しかった。でもどうしようかな、お休みの日って言ってもすることが無い日ってなかったから、うぅん」
「おや、マイアに・・・ラウル君・・・かい?」
「あ、クレア様。おはようございます。体調は大丈夫・・・じゃないじゃないですか?!」
「んっふ、ちょいまっへ、ん、良し」
鼻を抑えながらハンカチで軽く拭き、向き直るクレア。訓練場の帰りなのだろうか、軽く上気した表情だ。
「いやぁ、うんうん、うんうんうん、ラウル君、ちょっとあっちの陰に行こうか、うん?いやいや大丈夫だーいじょうぶ。良い子だから、フンフン」
「・・・せいっ!」
「あでっ、ほー、マイア。ラウル君の足癖を見習おうってかい?良い度胸だ」
何も知らずついて行こうつするラウルを強引に物陰に連れ込むクレアにローキックを打ち込むマイア。脛にモロだった。お互いトントンと脚の痛みを振り払うように踏む。
「何してるんですか、その恰好・・・非番ですか?でもその恰好で登城は・・・」
「あー、アタシャ改めて客人の護衛任務に就くことになったよ、つまりラウル君の」
「・・・ぇー」
「んなっ!大マジだっての!客間に言ったらイーリスが厩に行ったって言うからさ、探しに来たんだよ。だからラウル君、城の中にいる間は、うん、アタシが、うん、付いて回ることになるから、うん」
「そうなんだ、よろしくね。クレアのお姉さん」
「あぁ、客人なんだからクレアでいいよ、クレアさんでもクレアでもお姉様でも、クーちゃんでも」
「じゃあクーちゃん?」
ガッ!とマイアがラウルを連れて何処かへ駆け出そうとしたクレアの腰に抱き着く。瞬発力のある腰タックルにクレアは少女の成長を感じていた。見事な予測、反応、瞬発力、正確性、そして二つの胸のやや硬さの残る膨らみ。今日はクレアは鎧姿ではない。フォーマルさは残してあるが、灰のパンツルックに羊毛で編んだ白い長袖に革のジャケットを羽織っていた。城ではふさわしくない恰好だが、それはマイアも同じだった。青シャツの上に羊毛のブラウスジャケット、茶色いタイトパンツ。マイアは姫の側役として私服での同行を行うこともあるため、城では見慣れた私服だった。
「ど、こ、に、いくんですか」
「ふっ・・・マイアも成長したもんだ、いいのかいそのままで」
「何がですか」
「参ったねぇ、マイアの方から。当てて来るとは・・・まだまだコドモだと思ってたのに」
「っ!?」
ぱっと腰を離してにやにやと嗤うクレアを睨み付けるマイア。余計なことは言うなと視線で訴えて来る。
「あぁ~ん、オンナノコの成長は早いもんだねぇ~」
「っ!そっ!それ以上、言ったらっ!」
「あらぁ~ん怖~い、ラウル君も怖がっちゃうよぉ~ん?」
「むぅぐぐうぅうううぅうう!」
ズボンを握りながら赤い顔で俯き唇を噛むマイア。
「あー、クレア様、あまりマイアを苛めないであげてクレア様」
「おや?クーちゃんでいいんだよ?」
「いじめっこにちゃん付けなんかしないよクレア様、戻ろう、マイア、ほら」
「あ、あれ?ラウル君?怒っちゃったかい?あれ?」
「怒ってないよクレア様、ちゃんと護衛してねクレア様」
「ご、ごめん。悪かったよ、ほら、マイアもごめんよ、久々の私服でちょっと舞い上がっただけだってば、許しておくれよ」
苛められていると感じたらしいラウルはクレアから急速に距離を取ってみた。オウルに仕返しをしていた手である。やたらと絡む人間には一旦突き放してみると効果があるということをほぼ唯一知っていた。実際困っているマイアを見て少し腹を立てていたこともあるが。そしてマイアの手を取り客間に戻る。手を取られたマイアもクレアに反応を返すことなく大人しく連れられて行く。ラウルの意図を読んだわけではなく、何故か、クレアには無反応だった。
慌てたように二人に謝り倒しながらクレアは信号を周囲の侍女達に送る。
ケイカク、ドオリ ピコビッ!
客間に着いて、そのまま部屋に入る三人。そしてそれを迎えるイーリス、迎えながらその様子を見て紅茶をいれるためにベッドメイクを一旦中止した。
「ただいま・・・えっと、イーリス」
「も、戻りました」
「機嫌なおしておくれよぅ、久々にマイアの私服見たもんだからさ、この通りだから」
「わ、分かりました。もういいですから。ラウ兄様も手を・・・その、えぇ」
「おかえりなさいませ、ラウル様、クレア、どうしたのですか?」
「ふぅ、もういじめない?クレア様」
おや、とラウルの口調に注意を向けるが。ははん、と察する。よくあることだ、と紅茶を並べた。
「いじめてないって、ちょっとした愛情表現だよ。先輩から後輩への」
「なら・・・いい、みたいだけどマイアは」
「う、うん、もう大丈夫なので手も大丈夫です」
「そっか、じゃあ、いいや」
ソファに三人で着きながら、紅茶に手を伸ばしたところでようやくクレアが普段の調子に戻る。ここで言うのは護衛騎士としての普段通りだ
「ま、さっきも言ったけど。ラウル君の護衛に就くことになってね、理由は昨日の話も合ってのことさ。別の人間だとちょいとマズイからね、アタシから志願したよ」
「あぁ、そういう・・・確かに言われてみればその通りですね、侍女が変わらずイーリスさんなのもそういうことですか」
「左様です、マイア様」
「私には様はなくても・・・」
「いいえ、そういうわけには参りませんので」
「どういうこと?」
つまり、昨日の話を知る者は一か所に集めておいた方がいいという理由と、フォローが出来る人間が事情を知っている方がいいという理由をイーリスからラウルに説明された。オウルの死はラウルが考えていたよりも大きな問題なのだと改めて認識させるためでもある。昨日のバルドの前にように不意な発言で周りを混乱させない様にするためだ。
「ふーん、そっか・・・ごめんねクーちゃん、お仕事大変なんでしょ?」
「んぐっ・・・ゴクン、まぁまぁこればかりはね。それにオウル様っていえばアタシも数多くいる恩を受けた一人さ、お弟子さんの世話くらいじゃとても返せないね」
紅茶をなんとか飲みきって、そう言うとカップを置いた。そして続ける。
「そんで、今日はラウル君さえよけりゃあ街案内でもどうかと思ってね、鎧を外してきた次第さ」
「脱ぎたかっただけですよね?」
「まぁアタシにゃ窮屈だしねぇ・・・」
ハァ、と意味ありげに息を吐き、マイアを見るクレア。マイアは少しだけ唇を尖らせたが、それもすぐに元に戻った。ラウルは意味が分からなかったようで、ふぅん、と紅茶を飲んだ。
「街、かぁ・・・うぅん」
「おや、あまり乗り気じゃない?」
「んっと、昨日あんなことしたから・・・」
「あー・・・まぁ昨日は混乱に乗じた泥棒もいたみたいだったけど手配されてる奴だったし、間接的にお手柄かもよ?」
「そんなことが・・・」
「んまっ、でもすぐにあの竜が飛んでったろ?それ以降の混乱はすぐ収まったよ。警邏は多めに行ったけどね。んで様子が気になってんじゃないかな、と」
確かにラウルもマイアもその騒動の当事者であるため気にはなっていた。ミリアもそうだろうが、彼女の場合は物々しい護衛達を連れて歩く必要がある。ミリアがそれを望まなくてもだ。ラウルはそもそも首都ほどの大きな街に入った経験もなく、人の様子もそうだが街そのものがどんなものかを知らない分、余計に気になっている。自分の家族が騒がせたという想いも勿論含まれるが。
「で、どうする?多分、ラウル君は悪い方に考えてるだろーからさ、それを払拭、あー、塗り替えてやろうかとね」
「クレア様・・・!」
「で、エヘヘ、そしたらマイアも私服でホラ、フフ、着いてこないかなーと。一応、お忍びのために」
「・・・・クレア様」
「いーじゃんか、可愛いってねえ、ラウル君?」
「え?あぁ、今日の服も可愛いけど、マイアの革の軽装もキリってしてて可愛いかったよ?」
感嘆と、落胆の感情を込めてクレアを呼ぶマイアは、紅茶を飲む振りしつつカップで表情を隠す。
ラウルの言葉へ反応は他の女性には丸わかりだった。マイアがクレアにその反応を弄られることはなかった。指信号に忙しいからだとは知らないマイアはほっとしつつ、ゆっくりとカップを降ろすのだった。
今日の様子は後日、侍女達の茶話会でイーリスの口から語られる。
「全く、ラウル様のお付きは大変です。笑いを堪え、鼻血を堪え、抱き着くのを堪え」
「そろそろラウル様の侍女交代しなさいよ」
「だが断る」
「大変なんでしょうが!」
「だがそれがいい」
次回は街並み編です、場所や風景の描写もうちょっと頑張りたいなぁ