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真の勇者と愉快な仲間たち  作者: カチ子
第1章 始まりの地【港町 コルート】
8/19

第6話 幻獣の森 ~1~

 コルートから馬車で半日以上かかる場所にある幻獣の森。

 広大で強力な魔物が住むこの森は別名"死の森"とも呼ばれている。

 空を貫くような大樹が幾本も生える森のあちこちから、獣の唸り声や激しく争う音が聞こえる。そんな空気を揺らすような獣の咆哮が、真っ暗な森の中から聞こえるものだから、更に恐怖を感じる。そんな禍々しい森の周りにはプロの冒険者らしき姿が見える。全員が緊張した面持ちだ。この森がどれほど危険なのか伝わってくる。

 それなのに


「おいグリム、大丈夫か?」


「はい……なんとか……」


 僕の体調は最悪だった。ずっと胸や胃がムカムカして堪らないのだ。

 原因は宿を出るときに貰ったアリスお手製の弁当。渡される前から嫌な予感がしていた僕はアレコレ言い訳をして断っていたのだが、アリスは諦めなかった。そして「上手にできたから」という言葉を信じて最後は受け取ってしまったのだ。

 馬車の中で弁当を開けると、そこに入っていたのは2個のパンケーキサンド。本来、茶色い筈の生地が黒く焦げていたが、それさえ除けば見た目は普通。片方にはレタスやハム、もう片方にはフルーツヨーグルトがサンドされている。フルーツサンドの方を食べてみると、甘ったるい味が口から全身に広がって、思わず身震いが起きた。

 僕が甘い物が好きだと知っているから、アリスは甘めに作ったんだろう。でも甘くし過ぎだ。

 捨てようかと思ったけど、受け取ったのに捨てるのは罪悪感があって、結局ゆっくりと時間をかけて全部食べ切った。そして胸焼けと胃もたれになった。幻獣の森に着くまでに治ると思ったが、考えが甘かったらしい。


「ゆっくり行くけど俺から離れるなよ」


「はい」


 ラインボルトさんを先頭に森へ入る。森の中は冷たい大気に覆われていて、鼻の奥までスッと通るような木肌のにおいと、腐葉土混じりの土のにおいに包まれて歩いている内に、胸の辺りが軽くなる。僅かな木洩れ日を頼りに先を歩くラインボルトさんの背中を追っていく。しばらく歩くとラインボルトさんは急に立ち止まり一点を見据えた。


「どうかしたんですか?」


「今晩の食材でも調達しようかと思ってね。少し隠れてろ」


 言われた通り近くの木に身を隠す。するとラインボルトさんの右手に稲妻が走り始めた。

 もしかしてこれが魔法か?

 初めて見る魔法に釘づけになっていると、彼が見据えた先から漆黒の翼をした鶏のような巨大な魔物が現れた。


「コカトリスか。今夜の夕飯には十分だな」


 コカトリスは翼を大きく広げ、ラインボルトさんを威嚇する。けど威嚇を受けるラインボルトさんは余裕そうな表情を浮かべていた。緊迫した空気の中、互いに出方を伺う。先に動き出したのはコカトリスだった。胸の辺りが風船のように大きく膨らむと、勢いよくブレスを吐き出した。高速で迫るブレスをラインボルトさんは横に飛んで避ける。ブレスが当たった木は一瞬で石になった。

 もしもあのブレスが身体に当たったら……。

 想像するだけで寒気が走る。

 ブレスを避けられたコカトリスは巨体をものともしない素早い動きで距離を詰め、鋭い嘴や蹴爪で攻撃する。しかしその攻撃もラインボルトさんは易々と避けていく。2発目のブレスを吐こうと、胸を大きく膨らませるコカトリス。すると今度はラインボルトさんが近寄り、サッカー選手がスライディングでボールを奪うように腹の下に滑り込む。

 そして


「『エレキショック』」


 稲妻が走っていた右手をコカトリスの胸の辺り押し当てると、コカトリスの全身が稲妻に包まれた。コカトリスは身体を硬直させると、石像のように倒れて動かなくなった。


「グリム、もう大丈夫だ。出てきていいぞ」


 警戒しながら木の影から出ると、ラインボルトさんの近くに行く。ラインボルトさんは影から取り出した縄でコカトリスを縛ってた。

 あんなに獰猛だったコカトリスは目を見開いたまま軽く蹴ってもピクリとも動かない。


「コカトリスは死んだんですか?」


「死んだというか、仮死状態にしたんだ。殺すと心臓が止まって血抜きに失敗しやすくなるからな」


 縄で縛ったコカトリスを木の枝を使って低い位置に逆さに吊るす。落ちないように縄の端を他の木に固定していると、包丁を持ったクロが意気揚々と影から出てきた。


「後は頼んだ」


「ピッ!」


 任せろと言う様にクロは返事をすると、包丁を一気にコカトリスの喉に突き立て、放血する。辺りに血の臭いが充満した。


「コカトリスの下処理が終わり次第、すぐに移動するぞ」


「そうですね。血の臭いに釣られた魔物が集まって来るかもしれませんからね」


「ああ。それに今日中に最深部まで行きたいからな。だから」


「えっ、わ!?」


 近づいてきたラインボルトさんにいきなり肩に担がれる。いつかアリスにやった事をやられているこの状況は一体……。


「あの、これは」


「俺が担いで走った方が早いからな。クロ、終わったか?」


「ピッ」


 クロはすでに下処理を終えていて、木からコカトリスを下ろす最中だった。コカトリスと一緒にクロも影の中に入る。そしたら身体に静電気のような刺激が流れた。


「“電光石火”」


 全身に雷を纏ったラインボルトさんが尋常ではないスピードで森を駆け抜けていく。途中で何度も魔物に見つかって追いかけられたが、このスピードに追いつけずに諦めて帰ったり、そのまま姿が見えなくなってしまった。

 気持ち悪い……。

 進行方向とは逆方向に頭があり、尚且つさっきまで胸焼けや胃もたれで体調が最悪だったから更にキツい。崖を降りるときの浮遊感なんて地獄にも等しくて、何度も吐くのを堪えた。

 そしていよいよ吐くのを覚悟したとき


「着いたぞ」


 急ブレーキが掛かり、地面に下ろされた。

 ふらつきながら立ち上がると、そこには魔物がうようよ蠢く森には似つかわしくないログハウスが建っていた。

 こんな危険な森に住んでる人がいるのか……。こんな場所に住むなんて一体どんな神経をしているんだろう。


「あの、ここは」


「今日からしばらく寝泊まりする場所だ。"カイザー"って名前の俺に戦い方を教えてくれたヤツが住んでんだ」


 つまりここはラインボルトさんの師匠の家なのか。竜を素手で倒す(本当か嘘か不明)男の師匠はどんな人なんだろう。

 頭の中で巨体な男をイメージしていると、ラインボルトさんが玄関の扉を数回ノックした。

すると扉が開き、中から和服姿の長い白髪を結わえた男が出てきた。歳はラインボルトさんと一緒か少し年上ぐらいだろうか。どことなく神聖な雰囲気を纏っていて、穏やかな笑みを浮かべている姿がどことなくマナミアを思い出させた。

 僕が想像していたのとは真逆の優男で思わず唖然とする。


「やあ、ラインボルト。久しぶりだね。今日はお客さんも一緒かい?」


「ああ。俺の弟子のグリムリーパーだ。グリム、こいつがカイザーだ」


軽く挨拶をすると、カイザーさんが興味津々な表情で見てくる。


「へぇ、キミの弟子か。時間の流れを感じるなぁ。ちょっと前まで小さな子供だったのに」


「ちょっと前って何年前の話しをしてんだよ。……まあ、アンタにしたら数年なんてほんの少しの時間だろうけどな」


「フフ。とりあえず入りなよ。そして色々と話しを聞かせておくれ。グリム君も遠慮せずにどうぞ」


 中に招かれて一室に案内される。

 お茶を淹れてくると言ってカイザーさんがキッチンに行くのを見計らい、僕はラインボルトさんに声を掛けた。


「あの人は一体何者なんですか?人間とは思えないんですが……」


「カイザーは"竜神族"なんだ。しかも元竜神王なんだぞ」


 カイザーさんの正体に耳を疑うほど驚いた。

 竜神族は竜族の中でも最上位の種族で、人間と竜の2つの姿を合せもつ一族。三眷族と並ぶほどの種族らしい。しかもその竜神族の王だったなんて……。


「なぜそんな方が幻獣の森にいるんですか?」


「なんでも竜神王を引退して、隠居生活を満喫しようとしばらく幻獣の森で暮らしていたら、いつの間にか今度はこの森の王になってたんだとよ」


 それでそのままこの森に住みついてしまったと。

 王を引退してまた別の王に。生粋の王気質なんだな。


「カイザーはな、あんな若い姿をしてるが歳は2000をとうに越えてんだ。どんだけ若作りしてんだって話「若作りなんて酷いな」ヒッ!?」


 いつの間にかトレーにカップを乗せたカイザーさんが部屋に戻って来ていた。殺気を含んだ素敵な笑顔がラインボルトさんに向けられている。


「ラインボルトは後で話をしようね。2人で」


「……はい」


 御愁傷様です。


「まぁ確かに、私はキミ達が思っているよりもずっと長く生きてる。わからないことがあれば何でも聞きなよ。ある程度は答えられると思うよ」


 机に4つのカップが置かれると座るように促される。


「そう言えばラインボルト。クロちゃんはどこにいるんだい?」


「今は俺の影の中。ここに来る前に捕ったコカトリスの解体でもしてると思うぞ」


「そっか。久しぶりにクロちゃんの料理が食べられるんだね。クロちゃんは料理が上手だから楽しみだな。お嫁にほしいよ」


「……クロはやらねェからな」


「そんな怖い顔しなくてもわかってるよ。クロちゃんのことになるとすぐムキになるんだから」


 フフフと愉快そうに笑うカイザーさんを、ラインボルトさんが鋭い目つきで睨みつけている。どうやらカイザーさんはラインボルトさんをからかって楽しんでいるらしい。これだけ素直に反応されたら、からかい甲斐があるんだろう。

 そうしている内にクロが影の中から出てきた。いち早く気付いた僕はクロを机に乗せた。クロはぴょんぴょん跳ねてカイザーさんの前に行くとお辞儀をした。


「やあ、クロちゃん久しぶりだね。今晩のキミの料理楽しみにしてるよ」


「ピッ」


「フフ、相変わらずクロちゃんは可愛いね」


 カイザーさんがクロを撫でていると、横からラインボルトさんがクロを奪い取る。ラインボルトさんの腕の中にいるクロはやや呆れ気味の顔をしていた。


「大変ですね、クロ」


「ピ~……」


 本当だよ、と言ってるみたいですね。

 それから他愛のない話をして、夕暮れに近づく頃、僕とクロはキッチンに立って夕食を作った。カイザーさんが言っていた通り、クロは料理がすごく上手で、それぞれの部位に解体したコカトリスの肉を使った料理を何品も手際よく作っていく。僕は使った調理器具を洗ったり、味見したりなど補助だけで十分だった。クロは随分女子力が高いスライムだ。


「おっ、美味そうな匂いだな」


「本当だね」


 隣の部屋にいたラインボルトさんとカイザーさんが入ってくる。完成した料理を並べて夕食を食べた。


「うん、すごく美味しいよ。ありがとう、クロちゃん、グリム君」


「いえ、僕は手伝っただけで……」


 何もしてないです、と言おうとしたら袖の部分を引っ張られる。引っ張ったのはクロだ。その手にはペンとスケッチブックがあり、何かを書いて僕に見せてくれた。


『とても助かったよ。ありがとう』


 と、書かれていた。


「……また手伝います」


 素直にお礼を言われるのは悪い気がしない。

 それにクロの料理は見ているだけでも勉強にもなる。今のうちにできるだけ多くの料理を学ばせてもらう。


「そう言えば、カイザーさん。お聞きしたいことがあります」


「何だい」


「魔王を倒した4人の英雄について何か知りませんか?」


「そんな話を聞いてどうするんだよ」


 そう言ったのはちょっとムッとしたラインボルトさん。


「フフ、ラインボルトは4人の英雄のことになると不機嫌になるよね」


「そりゃそうだろ。魔王は俺が倒そうと思ってたんだ。それなのに先に倒しやがって」


 この人は魔王を倒そうとしていたのか。ラインボルトさんほどの冒険者となると目標が高いな。


「それはそうと魔王を倒した英雄についてだね。魔王を倒したのは

 勇者 レオ

 戦神 ハヤテ

 魔術の姫 ツクヨ

 癒しの聖女 マリア

 の4人だ。この4人は冒険者として有名だったんだけど、特に"アルテマ"を倒した時からさらにこの名が広まった」


「アルテマって何ですか?」


「アルテマは魔王直属の精鋭2人の事だよ。2人はそれぞれ"魔王の剣"と"魔王の盾"と呼ばれていた。魔王の手下の中でもアルテマは別格の強さだったらしいよ」


「なるほど。それで英雄達が今いる場所は知りませんか」


「うーん。魔王を倒して以来彼らの話を聞いたことがない。だから居場所とかわからないな」


「そうですか……」


 カイザーさんでも居場所までは知らないのか。


「ラインボルトは何か知らないかな?」


「そうだな……」


 ラインボルトさんはしばらく顎に手を当ててじっと考え込んだ。やがて、顔を上げて僕を見ると


「そういえば"ヒールウェル"で癒しの聖女らしき人を見たって噂を聞いたことがあるな」


「それは本当ですか!?」


 やっと見つけた大きな手掛かりに、自然と大きな声になってしまい、視線が集まるのを感じて僕は小さく謝った。


「あの、それで、ヒールウェルはどこにあるんですか?」


「ヒールウェルはコルートからずっと西に行った場所にある。なぁ、グリムはどうして英雄について知りたいんだ?」


「それは……憧れてるから会ってみたいなと思って……」


 嘘ですけどね。


「なんだとぉ!俺よりも英雄に憧れてるなんて、師匠としては悲しいぞ!」


「ははは……」


 咄嗟に出た嘘だったけど、どうやら上手く言ったらしい。内心ガッツポーズ。


「ラインボルト。ちゃんと弟子に尊敬されるような師匠にならないと、いつか逃げられちゃうよ」


「それはマズイ。非常にマズイ。よし、明日から修行だ。グリムに俺は尊敬できる師匠だって教えてやる」


「楽しみにしています」


「じゃあ私は、明日クロちゃんと一緒に食料調達にでも行こうかな」


「ピッ」


 明日、それぞれやることを決めた後、僕は食事を終えて早めに就寝した。

 ヒールウェル。そこに魔王を倒した英雄の1人、癒しの聖女マリアがいるかもしれない。

 他に情報が無い今、癒しの聖女が僕の最初のターゲットになるだろう。

 やっと掴んだ手掛かりにどこか安堵すると、僕は静かに目を閉じて眠りについた。

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