第5話 冒険者ギルド
次にラインボルトさんに連れてこられたのは、大きな居酒屋のような場所だった。中には多くの人がいて、割合的には男性が多いけれど女性の姿もちらほら見える。殆どの人が剣や杖などを持っていて、昨日のラインボルトさんと同じような格好をしていた。
ここはどんな場所なんだろう。
辺りを見渡しながらラインボルトさんの後ろをついて行くと、受付カウンターのような場所に連れていかれる。
カウンターにいた女性は僕達に気が付くと営業用の笑みを浮かべた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。どのようなご用件でしょうか」
え?冒険者ギルド?
「こいつのギルド登録をしたいんだけど」
え?登録?
「ちょっ!ラインボルトさん!」
ラインボルトさんの腕を引いてカウンターから遠ざかる。
そしたら不思議そうな顔で「どうしたんだよ」と言われる。
それはこっちの台詞だ。
「どうした、じゃないですよ!何勝手に僕をギルドに登録しようとするんですか!」
冒険者ギルドに登録するということは冒険者になるということ。
僕は冒険者になろうだなんて微塵も思っていない。
「旅をするならギルドカードが便利だからだよ。ギルドカードは身分証明書になるから入国とかに便利なんだ。それにギルドは世界各国にあるから依頼さえこなせば資金調達にも便利だしな」
「ですが……」
「登録することになにかマズイことでもあんのか?」
暗殺を目的とする旅だから、あまり組織に自分の情報を残したくないです。
……なんて言えませんが。
こうなったら人を暗殺するときなどは慎重かつ最低限にしましょう。
それに身分証明や資金調達に便利なのは魅力的ですからね。
「いえ、特にありません」
「だったらいいじゃねえか。分からないことがあれば何でも聞いていいからな」
もう一度カウンターへ行き、今度こそギルド登録をする。そこで受付から一通りの説明を受けた。
ギルドにはS~Fのランクがあって、ランクが上がるほどギルド内の権力が強くなり、それに応じた様々なサービスを受けることができる。ランクアップには依頼報酬とは別に貰える“ギルドポイント”を一定量貯める必要があるそうだ。ギルドポイントは依頼の難易度が上がれば上がるほど多く貰える。しかし同時に命を落とす確率も高くなる。依頼で命を落とす冒険者も多いらしく、そのため最上級ランクであるSランクまで辿り着ける冒険者はほんの一握りらしい。
ラウ爺の店でラインボルトさんはSランク冒険者と言っていた。僕の隣にいるこの人はすごい人なのだと改めて思う。だから頑固で有名なこの町の魔法職人からあれほど信頼されていたのだろう。
そんなラインボルトさんのおかげで登録はすんなり終わった。本来、登録の際に身分証明や登録料金が必要らしいが、僕がラインボルトさんの弟子になるという条件で身分証明が不要となり登録料金も無料にもなった。
弟子になることが決定すると、ラインボルトさんは俄然張り切り始めた。それを不安に感じるのはなぜだろう。
「俺さ、弟子とか初めてなんだ。だからグリムが一番弟子だ」
不安の正体はこれか?
「一人前の冒険者になれるようにビシバシ鍛えてやるからな」
いや、こっちかもしれないな。
この人に鍛えられるのはなんとなく嫌な予感がする。
昼に全ての手続きが終わり、僕は最低ランクであるFランクからのスタートになった。受け取ったギルドカードは紫色で、形は運転免許証のよう。ちなみにFランク冒険者のサービスは『ギルド施設の料金5%引き』だ。
そこで僕達は施設内にある食堂で昼食をとることにした。ちなみに僕の奢りだ。ラインボルトさんは遠慮したけど、高額な魔法道具を幾つも買って貰い、更にギルド登録でお世話になったんだ。これぐらいはさせて欲しい。それに5%引きのサービスを使ってみたい。
前後を敷居で仕切られた席に座り、メニューを開く。正直あまりメニューには期待していなかったが、洋食から和食まで幅広く取り扱っていた。大蛙の丸焼きなんて物もありますが、これはスルーの方向で。
「そう言えばさ、グリムは魔法は使えんのか?」
「魔法ですか?使えません」
今は、ですがね。転生者を殺せば使えるようになるかもしれませんが。
「やっぱり冒険者になるなら魔法は使えた方が良いですか?」
「そりゃあね。時として、魔法が劣勢な戦況を覆す場合がある。でも大丈夫だって。なんとかなる。俺だって最初は魔法が使えなかったけど、素手で普通に竜とか倒してたし。人間、やろうと思えばなんでもできるんだよ」
いや……できないと思います。
竜を見たことはありませんが、ファンタジー小説やゲームなどで大抵竜は最強の部類にあたる存在。そんな竜を素手で倒すなんて……。
この世界の竜は素手で倒せるほど弱いのか、それともラインボルトさんが化物なのか。
もし後者が正解なら、僕は生きてラインボルトさんから受ける訓練に耐えられるのだろうか。訓練で死んだらマナミアにどんな顔をして会えばいいのだろう。
「ピーピー」
机の下から鳥の雛のような鳴き声がした。ラインボルトさんも気付いたらしく、メニューから目を離して机の下を見る。するとそこには僕達を見上げるクロがいた。
「ピーピー」
この声はクロの声だったのか。
「起きたのか。ほら」
ラインボルトさんが手を差し出すと、クロはいそいそと手の上に乗って机の上に置かれる。そしてメニューを見始め、しばらくすると体から伸ばした触手で“ミートスパゲティ”の文字を指した。
「ピッ」
「はいはい、それがいいんだな」
「クロは文字が読めるんですか?」
「ああ。俺と長い間一緒にいたせいか、人間の文字や言葉を覚えたみたいなんだ」
「なるほど。クロとはいつから一緒なんですか?」
「ん~……20年ぐらい前からかな。俺が7つの時に会ったんだ」
「20年ですか。随分と長い付き合いなんですね」
「まあな。クロは俺の家族みたいなもんだ」
クロを撫でるラインボルトさんの目はとても優しかった。クロも自分から手に擦り寄っていく。
人間と魔物。種族は違えど彼らは本当の家族のように見えた。
暗殺の技術を教わる以外では会話をした記憶が無い僕の家族だった人達とは大違いだ。しかも家族全員を惨殺したときも全く心が痛まなかったのだから、僕はあの人達を家族と思っていなかったのだろう。家族は生きる為の道具。必要が無くなったから捨てた。それだけの存在。
ラインボルトさんとクロ、そしてアリス一家には感じる家族の絆。羨ましいわけではないけど、ただ僕には少し眩しい。
料理を注文し、程なくして運ばれてくる。どうやってクロはミートスパゲティを食べるんだろうと思っていたら、触手を器用に使って子供用のフォークで上品に食べている。20年間、人間と過ごしたスライムはフォークでスパゲティを食べるようだ。
「クロ、一口くれ」
「ピッ」
「ん、うまっ。サンキュ。おかえし」
「ピ~!」
「そうか、美味いか。もっと喰うか?」
……僕はお邪魔かな。
食べさせあう2人(いや、1人と1匹か?)に徐々に居心地の悪さを感じ始める。ラインボルトさんはさっきクロを家族のようだと言っていたけど、僕からしたらカップルのようにしか見えなくなった。もしかしたら家族というのは夫婦的な意味だったのかもしれない。
もしかして、この世界では魔物と食べさせ合ったりするのは一般的な行動なのだろうか。……いや、そう言うわけではないらしい。周りにいる冒険者達が奇異な目でこっちを見てる。
ラインボルトさんはSランク冒険者になれる程の実力者だけど、変わり者だと思った。
*
「へ~、ラインボルトさんの弟子になったんだ」
宿に戻った僕はキッチンでミルクレープを作りながら、ダイニングテーブルに座るアリスに先程の出来事を話していた。
「ラインボルトさんの弟子になれるなんてすごいことだよ。今まで何人も弟子入りを志願してたけど、全員断られてたもん」
「そうなんですか」
円盤状のクレープ生地を何枚も作り、そして生クリームと生地を交互に重ねていく。全部重ね終えると4等分に切り、その内の一つを皿に乗せてアリスの前に置く。
「ありがとう。いただきま~す。ん~!美味しい!流石グリム」
レガードさんとコレットさんの分を別にしてから、紅茶を入れ僕も食べ始める。うん、美味い。
「弟子入りしたって事は修行したりするの?」
「ええ。明日からさっそく近くにある“幻獣の森”に行くらしいです」
「幻獣の森!?」
えっ、何ですかその慌てよう。
「幻獣の森はすっごく危険な場所なの!森にいる魔物は強いし、高ランクの冒険者でも滅多に入らないんだよ!魔法も使えないグリムは死んじゃうよ!」
同感です。
いくら僕が人間の亜種とはいえ、冒険者ランクは最低のFランク。
一度も魔物と戦ったことがない僕をいきなりそんな場所に連れていくなんて、スパルタなんてものじゃないですよ。
「ですが、ラインボルトさんは何度も行ったことがようですし、本当に危なくなったら助けてくれるらしいですよ」
「そうなの?だったら少し安心かな。くれぐれも気をつけてね」
「はい」
「そうだ、明日私がお弁当作ってあげるね。グリムが頑張れるように」
いりません。
目玉焼きでさえも真っ黒に焦がす人が作る弁当なんて、嫌な予感しかしませんよ。