第4話 魔法職人ラウ爺と魔法道具屋
昨日と同じ、晴天の青空が広がる午後。
僕は約束通り、ラインボルトさんと旅道具を買いに町に出ていた。
今は宿から離れた通りを歩いている。人気もなく、ひっそりとしている通りは暗殺にうってつけの場所だ。こんな需要がなさそうな場所に店なんて本当にあるんだろうか。
そんなことを考えていると、ラインボルトさんは小さな看板が掛かる店の前で止まった。
本当に店がありましたね。
「ここだ」
「"魔法道具屋"……ですか?」
僕は看板に書かれている文字を読んだ。
この町のどこかにある魔法道具屋の話しは聞いたことがある。
魔法道具屋は魔法使いの職人、通称"魔法職人"が営む店で、彼らが作る道具には不思議な力が宿っているという。
魔法道具を欲しがる人間は多いが、この町唯一の魔法職人はとても頑固者で、気に入らない客にはどんなに大金を積まれても商品を売らないそうだ。
ラインボルトさんが店の扉を開ける。古っぽい木製の扉を開ければリンリンと鈴が鳴った。
「よっ、ラウ爺」
ラインボルトさんが声を掛けた先には、カウンターの後ろにある椅子に腰かけながら本を読む爺さんがいた。小太り気味の体格でどこが口かも分からないほどの髭を生やしている。最初は声を掛けられて不機嫌な顔でこちらを見たが、声の正体がラインボルトさんだと分かると「おおっ」と声をあげた。
「ラインボルト!なんじゃ、久しぶりじゃの。最近店に来てくれんから、くたばったのかと思ってたぞ」
「おいおい、上得意に向かって酷い言いようだな。この通りピンピンしてるよ。グリム、紹介するよ。魔法職人のラウ爺だ」
名前を言って、よろしくお願いします、と言うと、ラウ爺はカウンターから出てきて僕を見た。品定めをするかのようにジロジロ見られた後、ラウ爺は「ふむ……」と言って長い髭を撫でた。
「まさかラインボルトが客を連れて来るとは。よほどこやつが気に入ったのか」
「へへっ、まあね。一見弱そうな奴だけど、なかなか見どころがある奴なんだよ」
「ほっほっほ、そうかそうか。これからが楽しみじゃの。ワシの名は"ラウド"。気軽にラウ爺と呼ぶと言い。そなたが気に入る道具があるとよいな」
どうやらラインボルトさんのおかげで僕はラウ爺に気に入られたらしい。
ラウ爺は元の場所に戻ると眼鏡をかけて再び本を読み始めた。
そして僕は近くにあった棚に置かれていた商品を見たんだけど
「高い……」
値札を見たら、そこにある殆どの物が僕の全財産を出しても買えないような値段だった。
おそらく携帯食であろう、チョコレートバーのような物でも1本8000B(1B=1円)する。
何だこのぼったくり屋は。
「グリム」
ラインボルトさんに呼ばれて振り向けば、僕の手に何かを重い物を乗せた。それは緑色の鉄で出来た円盤状の水筒だった。
「俺の一番のオススメ、浄化石で出来た水筒だ。その水筒にいれた水は泥水だろうが海水だろうが、瞬時に飲み水にしてくれる優れものだ。しかも、その水筒には約10日分の水が入るんだぞ」
「それは、凄いですね」
さすが魔法道具屋と言いましょうか。
見た目は普通の水筒でも性能が普通じゃない。
ぜひとも欲しい品だ。旅をするうえで水はとても貴重。この水筒があれば水問題は一発で解決する。
……けれど、やっぱり高性能な物にはそれに見合う価値があるという物で。
「50万B……」
やっぱり高い。
「まあ、それぐらいはするな。浄化石自体希少だし、加工が難しいから。けど心配すんな。それは俺が買ってやるよ」
何っ!?
「い、いや!さすがにそれはダメですよ!」
「いいからいいから。俺からの餞別だよ」
ラインボルトさんは僕から水筒を奪い取るとスタスタとラウ爺の所へ行ってしまう。
本当に50万Bも払ってもらうのはいいのだろうか。しかも昨日会ったばかりの人に。
「ラウ爺、これ買うよ」
「はいよ」
迷っている内に水筒がラウ爺の手に渡ってしまう。こうなったらいつかお返しをしよう。50万Bの価値があるお返しって何だろう。
「支払はどうする?」
「俺は普通にギルドカードで支払ってもいいけど……。今ならまだギルドに売ってない素材があるぞ」
「ほう、それは」
「興味ある?」
「言う必要があるか?」
「無いね」
ラインボルトさんは屈むと、床に伸びる自分の影に向かって手を伸ばした。
何をするんだろうと思って見ていると、ラインボルトさんの手が影の中に吸い込まれる。昨日といい今といい、この人の影はどうなっているんだろう。
「えーと……、これかな」
影から出てきたのはクロだ。スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
「あれー?どこ行ったかな」
ラインボルトさんは眠っているクロを影に戻すと、次々とそこから物を取り出し始める。
鍋、食器、包丁、将又ローテーブルやテントまで。某猫型ロボットのポケットみたいに色々な物が出てくる。
「いつ見てもお主の影は不思議じゃな」
ラウ爺のおっしゃる通りです。
「あったこれだ」
影から出てきたのは七色の光沢を放つ、バスケットボールぐらいの大きさの石だった。その石を見たラウ爺の表情が変わる。まるで信じられない物でも見るかのような顔だ。
「まさかこれは……」
「未知の鉱物オリハルコンだ。こんなデカさの見たことねえだろ?」
ニッシッシと言葉が似合う得意気な顔でラインボルトさんはオリハルコンをカウンターに置いた。
ラウ爺は眼鏡を掛け直すと、あらゆる角度から見て、時々「ほう」とか「ふむ」と呟いている。
「確かにこれはオリハルコンで間違いない。どこで見つけた」
「ケルト魔石鉱。そこの最深部で見つけたんだ」
「なんと……。高ランクの魔物が蠢く場所に行って帰って来るとは……。がっはっは!相変わらずぶっ飛んだ奴じゃわい!」
「ま、伊達にS級冒険者をやってないよ。で、どうする。水筒の代金はこれでいいか?」
「これでいいのなんの、オリハルコンとこの水筒が同等の価値だと思うか?さすがに受け取れんよ」
「本当にいらねェのか?こんな代物、もう二度と出会えねェかもしれないのに」
ラインボルトさんが意地悪く笑うと、ラウ爺は低く唸る。受け取れないとは言ったものの、喉から手が出るほど欲しいのだろう。その様子に気付いているらしいラインボルトさんは黙ったまま答えを待っていた。
「……なら、これでどうだ。ここにある商品を好きなものだけ持って行くがよい。お主がこのオリハルコンの値段を決めろ」
「だとよ、グリム。好きなものを持ってこいよ」
「ええっ!」
「ほら、早く」
いきなりそう言われても困ってしまう。
しかも高額商品ばかりなのだから買って貰うことに申し訳なさが付き纏ってしょうがないのだ。
断ろうと思っても、ラインボルトさんは選べと目で催促してくるので、選んでいるフリだけでもしようと棚を見る。
あ、でも焦げ付かない永久鍋って便利そう。
そんな感じで商品を見ていくと、一つの商品に目が留まった。
それは携帯食が並べられているコーナーにあって、形はクラッカーに似ている。何かの果物がまぜられているらしく、細かく刻まれた果肉が見える。
それは他の携帯食に比べて値段の次元が違う。浄化石の水筒とほぼ同じぐらいの値段だ。携帯食なのに高すぎる。
「あの、ラインボルトさん、これ何だかわかります?」
「ん?ああ、それ。それは世界樹の実で作られた携帯食だ」
「世界樹の実、ですか?」
「そう。リスナルに数本しか存在しない神聖な木、世界樹。その世界樹に生る実を食べると空腹や喉の渇きも癒せるし、魔力も回復する。更には怪我や病を治せるっていう優れものだ」
「じゃあ、これさえあれば食料も水もいらないですよね」
治療道具や薬ですらいらなくなるんだ。高いけど欲しいですね。
「確かに便利だけど、気を付けて食わないといけないんだよな。世の中そう甘くない」
「なぜです?」
「世界樹の実は別名ロータスの実と呼ばれているのじゃ」
ラインボルトさんの代わりに言ったのはラウ爺だ。
「世界樹の実を食べ過ぎると神に呪われる。神に呪われた者は記憶を全て失い、不老不死になる。そして子孫を残せない身体にもなるのじゃ」
それは嫌だな。
生きるのが嫌になって死んだ身としては、死ぬ選択が無くなるのは辛い。
こんな実で人生そのものが狂わされるのかと思うと、欲しかった気持ちが一気に消えてしまう。
「とにかく食べ過ぎなけりゃいいんだよ。持ってたらいざと言う時本当に役に立つぞ。食材が手に入らない時とか水が無くなった時とかさ、旅してたらそんなことしょっちゅうだよ。俺も何度も助けてもらった」
「ラインボルトさんも持っているんですか?」
「ああ。何回か食ったけど記憶は無事だぞ。さすがに不死かは怖くて試してないけど」
だったら持ってていいかもしれないな。本当の本当に困ったときの為に。
「それにするか?」
「はい」
「んじゃ、決まり」
その後、僕がさっき見ていた永久鍋や調理器具セットなど、ラインボルトさんおすすめの魔法道具を幾つも買って貰ってしまった。
総額すると車数台は買えてしまうような値段だ。
それでもあのオリハルコンの鉱石とは釣り合わないらしいけど、そこはラウ爺を説得した。
買った物を全部ラインボルトさんの影の中に入れてもらい、店を出たんだけど
「あの、ラインボルトさんは何も買っていませんでしたけど、本当に良かったんですか?」
オリハルコンはラインボルトさんの物だったのに、彼は何も買っていなかった。
「俺のことは気にすんな。もともとあのオリハルコンはラウ爺にやるつもりだったんだけど、あの爺さん頑固で生真面目な性格のせいでタダでは受け取って貰えないんだ。
商品と交換ならいいんだけど、ラウ爺の店のは大体持っててさ。グリムが協力してくれて助かったよ。さてさて、そんなことより次行こうぜ」
あれ?次?
「行くのは魔法道具屋だけじゃないんですか?」
「最初はそのつもりだったけど、旅をするならぜひ持っておきたい物があるんだ」
それが何なのか尋ねても、着いたら説明するとだけ言われて教えてくれなかった。
とりあえず着いていけばいいか。
そう結論に至って僕はラインボルトさんの後ろをついて行った。