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真の勇者と愉快な仲間たち  作者: カチ子
第1章 始まりの地【港町 コルート】
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第1話 耳の尖った少女

 目を開くと、明るい陽射しが彩る木製の天井が見えた。

 さっきとは違って全身が痛くない。

 今度は床ではなくフカフカのベットの上で眠っていた。

 半身を起こし、ぐんっと腕を伸ばしてベットの近くにある窓の外を見る。最初に見えたのは海だ。穏やかな海には何隻もの船が浮いていおり、カモメらしき海鳥が青空を飛んでいる。四角の窓を真ん中から開ければ、吹き込む風と共に潮の香りがした。そして、海鳥の声と賑やかな声も聞こえた。

 窓の縁に手をかけて外を見ると、市場のようなものが見えた。露店が港の方に向かって、ずらりと両端に一列に並び、その間の道を多くの人が行きかっている。賑やかな声の正体は店の人間の呼び込みの声だった。

 窓を開けたまま部屋に目線を戻す。床、壁、天井と四方全部が木製の部屋。

 部屋には白いベットと小さな机が置かれている。机にはナイフが置かれていた。

 手に取ってシースからナイフを抜くと、見覚えのある形の刃が出てくる。

 ナイフは僕の愛用していた物だ。所々ゲームに出てくるようなファンタジーっぽい形になっているけど、面影が残っている。

 形が変わっているのは神の加護を受けたからだろう。

 ナイフをシースに直すと、ドアからノック音がした。ナイフの柄を掴んだが、扉の奥からは敵意は感じない。

 手を離すと、ドアが控えめに開かれ、森のような深い緑色の瞳が覗き込むように現れた。


「目が覚めたんだ!」


 緑の目の持ち主は僕を見るとドアを全開に開けて部屋に入ってきた。若草色のワンピースを着た僕と同じぐらいか年下の女の子だ。女性と呼ぶにはまだ幼さが残っている。肩と腰の中間ぐらいの長さの金髪。マナミアとは違い、癖一つないストレート髪をしている。見た目は僕と同じ人間だけど、唯一つ違うところがある。それは彼女の耳が尖っているということだ。


「よかった目が覚めて。アナタ、宿の前で倒れてたんだよ。全然起きないから心配しちゃった。具合が悪かったり、どこか痛いところない?」


「ご心配をおかけしました。大丈夫です。すっかり元気になりました」


「そっか、よかった。あ、まだ名前言ってなかったよね。私は"アリス"。ここの宿屋の娘なの」


「アリス。良い名前ですね。僕はグリムリーパー。グリムと呼んでください」


「グリムね。そんな畏まった話し方じゃなくて、もっとくだけて話していいのに」


 そう言われましても……。


「僕はこの話し方に慣れておりますので」


「そうなんだ。畏まった話し方が慣れてるなんて変わってるね。どこから来たの?」


「それは……」


 どう答えるべきか。こことは別の世界から来たと言っていいんだろうか。そして英雄を殺すために神に雇われた殺し屋ですと?

 この世界にとって、異世界からの転生者が珍しいかはわからないけど、もし珍しい存在であれば、人の話しはどこへ行くかわからない。

 僕の話しがターゲットの元へ行ってしまったら、僕の存在を知られることになる。

 チート転生者を相手にするのなら、どんな小さな話でも相手の耳に入れたくない。

 どんなことが障害となるかわからないからな。

 ……転生者だと黙っていた方が賢明か。


「ずっと遠い場所です。誰も知らない小さな村から来ました」


「へぇ~……、じゃあ旅人?」


「まあ、そのようなものです」


「だったら荷物とかは?旅をしてるにしてはナイフしか持って無いようだけど」


 アリスが言うには僕はナイフを掴んだまま倒れていたらしい。周りに荷物は無く、文字通り僕だけが倒れていた。

 確かに旅人にしてはナイフだけというのは怪しい。僕は荷物がない理由を考えた。


「旅の途中で野盗にあってしまい、荷物も全て盗られてしまったんです。残ったのはこのナイフだけです」


「……そうなんだ。大変だったんだね」


 アリスが同情するような目を向けてくる。

 しょうがないとはいえ、助けてくれた少女に嘘をついてしまい、少なからず良心が痛む。

 仕事とはいえ、人を殺めていた僕にもまだ良心が残っていたのか。


「よしっ!グリムちょっと待ってて」


 何か決意した顔でアリスが部屋を出て行く。

 しばらく海の音を聞きながらベッドに座ってナイフを弄んでいると、アリスが部屋の前に戻って来て手招きしてくる。


「下に降りてきて」


 アリスの後ろをついて階段を下りると、下の階は食堂になっていた。誰もおらず閑散とした空気が流れていた。


「こっち」


 食堂を横切り暖簾の下がった入口を抜けると、フロントのような場所に出る。カウンターの後ろには扉があってアリスは扉を開けた。扉の先には別の家に繋がっていて、アリスは普段こっちで暮らしているのだと言った。


「お父さん、お母さん。連れてきたよ」


 リビングまで来ると、ソファに座る夫婦がいた。夫の方は髭を生やした割と大柄な体型をした男性。妻の方はぽっちゃりとした体型の朗らかそうな女性だ。二人とも30代後半から40代前半ぐらいに見える。

 そして二人とも耳が尖っていない。

 アリスと向かいのソファに座ると、彼女は紹介を始めた。


「紹介するね。父のレガードと母のコレット」


「初めまして。グリムリーパーです。宿の前で倒れていたところを助けていただき、ありがとうございました」


「いいのよ。アリスから聞いたわ、大変だったのね」


 コレットさんが僕達の前にコーヒーの置きながら言った。

 コレットさんがコーヒーに砂糖を入れているところは見たが、ミルクが入っていない。砂糖だけでは苦くてコーヒーが飲めない。隣に座るアリスは美味しそうに砂糖だけのコーヒーを啜っている。どうやら味覚は僕より年上らしい。


「グリム君。キミがよければ次の旅ができるようになるまで、ここで住み込みで働かないかい?」


 次に口を開いたのはレガードさんだ。

 思わぬ申し出に僕は目を丸くした。


「いつもこの時期になると宿を手伝ってくれる人が、去年、引っ越してしまってね。働いてくれる人がいなくて困っていたんだ。キミが宿を手伝ってくれるなら私達も助かる」


 その申し出は思っても見ない僥倖だった。

 身寄りもなく、金もなく、この世界の知識もない今、頼れるのはこの人達しかいない。

 働くことにはなるが、金も手に入るようだし、しばらく住む場所には困らなそうだ。

 この宿にいる間にこの世界の知識を手に入れよう。

 それに宿屋なら様々な人がやってくるだろうし、もしかしたらターゲットの情報も手に入るかもしれない。

 マナミアがわざとここに僕を転生させたのか、たまたま僕の運がよかったのかわからないけど、この人達に出会えたのはよかったと言える。


「はい、よろしくお願いします。とても助かります」


「これからよろしくね、グリム」


「ええ。よろしくお願いします」


 こうして僕の第二の人生は幸先の良いスタートから始まった。

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