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真の勇者と愉快な仲間たち  作者: カチ子
プロローグ
2/19

第2話 不思議な空間と神の依頼

 身体のあちこちが痛い。

 特に痛いのが後頭部と肩甲骨。道路など平たくて固い場所に仰向けで倒れているようだ。

 僕は死んだのに、なぜ痛みを感じるのだろう……。

 ぼんやりとした思考の中、長い眠りから覚めるように目を開く。最初に見えたのはどこまでも白い景色。一瞬、死刑部屋かと思ったけど、どうやら違うらしい。あの部屋も白かったけど、ここはもっと透き通るような白さがある。まるで晴天の雲の中にいるみたいだ。

 空気も綺麗で、閉じ込められていた牢屋の淀んだ空気に比べれば、美味しく感じる。

 深呼吸をすれば、ぼんやりしていた頭が少し鮮明になり、胸が軽くなった。

 それにしても、ここは多くの命を奪ってきた僕には不似合いすぎる場所だ。

 僕はてっきり、死ねば本に出てくるような地獄へ行くものだと思っていた。でもまさか、こんな真っ白で何もない世界に行くなんて、誰が想像しただろう。

 僕でさえ予想の斜め上の展開で多少なりとも驚いている。

 白い空間の中で、座りながら天を仰ぎ見る。そして、静かに目を閉じた。

 耳を澄ませても周りからは何も聞こえない。ただ、僕の心臓が動く音が聞こえた。鼓動は一定のリズムで聞こえてくる。生きていた頃と変わらない動きだ。


「僕は生きてるのか?」


「いいえ」


 突然、女性の声が聞こえ、その場から離れる。

 さっきまで僕がいた場所の近くに、20代前半ぐらいのドレスを着た金髪の女性が立っていた。片手には自分の背丈よりも長い杖のような物を持っている。女性は緩くウェーブが掛かった長い髪を揺らしながら近づいてくる。瞳はサファイアのような青い瞳だ。乳白色の肌にバラ色ふっくらとした唇が色鮮やかに映えている。

 女性は僕から近くも遠くもない場所で立ち止まると、敵意が無いと言うように僕に笑顔を向けた。

 僕は警戒を解かず、女性の動きに注意する。少しでも変な動きをすれば首をへし折るつもりだ。


「キミは?」


「私はマナミア。アナタがいた世界とは別の世界の神です」


 そう言って、マナミアと名乗る女性は軽く頭を下げる。その仕草があまりにも敵意があるようには見えなくて、少しだけ警戒を解く。

 それにしてもまさか神様なんてね。にわかには信じ難い。普通なら誰でもそう思うだろう。


「実はアナタにお願いがありまして。あっ、お客様にお茶を出さないなんて失礼ですよね。少々お待ちください」


 マナミアが軽く杖を振ると、丸テーブルと二つの椅子が出現した。

 テーブルの上には二人分のショートケーキとティーカップが置かれている。

 彼女は神かもしれないと少し思った。


「どうぞお座りください」


 マナミアは片方の椅子を引いて僕に座るように促す。正直背後に立たれるのは好きじゃないけど、せっかくの好意を断りづらくて、大人しく椅子に座った。

 マナミアも席に座ると、お茶とケーキを食べていいと言った。でも、毒とか入っているかもしれないと思ったら手を付けられない。


「毒なんて入っていませんよ」


 そんな僕の心を読んだかのようにマナミアが言った。


「そもそも、アナタは死んでいるんです。死んだ者に毒を盛っても意味はないでしょう?」


 確かにその通りなので、フォークでショートケーキの先端を少しだけ削り、口に入れる。そしたら生クリームの甘さとスポンジの優しい味が口いっぱいに広がった。

 ……美味しい。牢屋に入るとケーキなんて食べられなかったから、本当に久しぶりに食べた。


「ケーキ、お好きなんですか?」


「は?」


「だって、とても幸せそうな顔をしていましたので」


 他人の目から見ても幸せそうな顔をしていたなんて、自分が恥ずかしくなってくる。久しぶりの好物で感情が表に出てしまったんだ。

 頬に火照りを感じながら無言のままケーキを食べ続ける。それ以降マナミアは話し掛けてこず、優雅に紅茶を飲んでいた。

 ケーキを全部食べ終え、ティーカップに入っていた紅茶を飲む。琥珀色の紅茶からは微かに林檎の香りがする。アップルティーだろうか。上質な葉を使っているらしく、とてもいい香りがした。

 カップをソーサーに置く音がすると、マナミアが真っ直ぐに見つめてくる。そろそろ本題に入ろうということらしい。


「お名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「神様なら僕の名前なんて聞かなくてもわかるんじゃないですか?当ててみてください」


 我なりにイジワルな返答だと思う。だって僕に名前なんて無いのだから。

 もちろんこんな返答をしたのには理由がある。僕はまだマナミアが神様だと完全に信じたわけじゃない。だから確認の為のテストの意味も含めている。


「なら、質問を変えます。名前が無いアナタを何とお呼びすればよろしいですか」


「……これは驚きました。マナミア様は本当に神様なんですね」


 マナミアは得意げにクスッと笑う。


「信じていただけてよかったです。ですが、マナミア様ではなく普通にマナミアと呼んでいただいて構いませんわ」


「わかりました。確かにマナミアの言う通り、僕には名前がありません。ですが、グリムリーパーと呼ばれていたので、僕のことはグリムと呼んでください」


「わかりました。では、グリム。アナタはまず魂だけの状態です。肉体が死ねば通常魂はその世界を統治する神の元へ行き、天国か地獄へ行くか判断されます」


「もちろん僕は地獄行きですよね」


「ええ、そうです」


 少し表情が陰るマナミアだけど、僕はやっぱりなぐらいしか思わない。だって僕には天国へ行ける要素なんて無いんだ。それに天国は退屈そうだから、もし行けたとしてもお断りかな。僕は退屈が嫌いだ。平和な世界なんて似合わない。


「ですが、アナタにはまだ別の選択肢があります。私の依頼を引き受けてくだされば、アナタを私が統治する世界へ転生させます」


「転生……ですか?なぜ僕を」


「それは貴方が人間であって人間でないからです」


 人間であって人間でない?

 どういう意味かわからなくて少し首を傾げる。


「グリムは普通の人間よりも身体能力に優れていると感じたことはありませんか?」


 マナミアの言葉に思い当たる節はある。

 僕は暗殺者として特殊な訓練を受けている。僕の家に生まれた人間は訓練を受けるのがしきたりだったんだ。訓練は危険な目に合うのが殆ど……というか全部そう。実際、僕の兄さんは訓練で死んだ。

 でも僕はそんな訓練を歴代の誰よりも早く終えた。


「アナタは人間の中でも特殊な存在です。人間の亜種……とでも言いましょうか。人間ではありますが、人間という大きな一括りでまとめることができない。他の神が統治する世界にも人間が存在しますが、人間の亜種は滅多に生まれません。それに」


 マナミアが伏せていた瞼を上げる。


「グリムは暗殺者をしていた。つまり人を殺すのを慣れているはずです。だからアナタを転生させようと決めました」


「なら、マナミアの依頼は人の命を奪うものと考えてもよろしいですか?」


「はい。以前、私が転生させた4人を殺して欲しいのです」


 マナミアは迷いなく言った。

 少し反応に困った僕は紅茶を一口飲んだ。マナミアは僕を真っ直ぐ見つめたまま動かない。微動だにしない瞳が嘘を吐いていないことを物語っている。


「理由をお聞きしてもよろしいですか」


 基本僕は依頼の理由を聞いたりしない。

 大体、相手に対する恨みや都合の関係で消して欲しいとか、そんな理由だから。

 神様の人殺しの依頼なんて、どんな理由なのか全く予想ができない。

 もし、恨み事とかなら一体どんな悪行をすれば神様の怒りをかうのか気になる。僕でさえ多くの人を殺めたけど、天罰とかなかった。

 それに、たった4人の人間ならマナミアだけで対処できるはずだ。だって神様なのだから。例え異世界の転生者でも、自分が統治する世界で生きる人間なんてどうにでもできると思う。

 わざわざ僕を転生させる意味がわからない。

 それとも神様というのは4人の人間を相手にできないほど忙しい存在なのか。


「わかりました。実は私、神の中でも優秀な神なのです」


 ……はあ。


「神は一人前になると、自分の世界を創る権利を与えられるのです。そこで生み出せる生物のランクは神の実力次第。実力が高いほど高ランクの生物を生み出せるのです」


「高ランクの生物ってどのようなものですか?」


「いわゆるエルフや魔物、そして魔法を使える人間などのことです。グリムの世界では存在しないと言われている者たちを生み出せます。ちなみに人間のランクは中の上ぐらいです」


 なるほど。僕がいた世界、いわゆる地球の生態系のトップは人間だ。となると、地球を作った神の実力は中の上ぐらいということか。


「マナミアの世界ではその魔法使いが存在するんですか?」


「ええ。グリムの世界で言うファンタジーの世界ですわ」


 ふふっ、と得意気にマナミアは微笑むと、すぐに真剣な表情に戻る。


「以前、下級神のミスで4人の人間の命を奪ってしまいました。下級神は罪滅ぼしとして4人にどんな願いも叶えると言ったのですが、4人の願いは魔法や魔物が存在する世界へのチート転生でした。

 下級神の力では4人の願いを叶えることができない。なので、変わりに私のところへ転生させたのですが……それが大きな誤算でした」


「何があったんですか」


「……4人が私の力を越えてしまったのです。そのせいで、私の世界は奪われ崩壊への道を辿っている」


 世界の崩壊を止めようとしても、マナミアの力は通じなくなっていた。

 どうしようか考えていたとき、運よく僕が死刑になって現在に至るらしい。


「わかりました。引き受けましょう」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


「ええ。地獄に行くよりもずっとスリリングになりそうです。……ただ一つだけ。マナミアの世界に転生したら僕も魔法が使えたりしますか?」


「それは……。申し訳ありません。いくらこちらの都合で転生させるとはいえ、グリムは大罪人。魔法など神の加護を与えられません」


 ここで僕の今までの行いが響いてくるのか。

 転生した4人はチート能力を持っている。チートということは、ズルいぐらい強い能力をもっているということ。


「その4人は魔法も無しで殺せる相手ですか?」


「それは……」


 あからさまに目を逸らされた。無理なんだな。


「で、ですが。転生者4人を倒せば、彼らに与えた能力がグリムにいくようにしておきます。なので、ずっと魔法が使えないというわけではありませんよ」


 だからと言って、1人目は魔法なしで挑まないといけないことには変わりない。

 1人目で死んだらマナミアの配慮なんて無意味に終わる。

 慎重にいかないとすぐに第二の人生はジ・エンドだ。

 これは素直に地獄に行った方がいいかな。


「そんな諦めた顔をしないでください!大丈夫です!4人に対抗できるように武器を差し上げます」


「ほう、武器ですか」


「はい。グリム自身に直接神の加護を与えられなくても、武器なら差し上げられます。大サービスでこの武器に神の加護を授けます」


 そう言ってマナミアが何もない場所から出現させたのは僕が愛用していたナイフだ。

 確か暗殺のターゲットの家にあった物。握ったら僕の手にピッタリと馴染んでそれ以来ずっと使っている。雑に使っても刃こぼれしないし、手入れをさぼってもよく切れる優秀なナイフだ。

 警察に押収されて二度と見ることはないと思っていたが、また見ることができるとは。

 マナミアはナイフに息を吹きかける。すると、ナイフは砂のようにサラサラと消えていった。


「ナイフはどこへ行ったんです?」


「私の世界に転送しました。さてグリム、次はアナタの番です。この紙にサインをお願いします」


 机に1枚の紙と羽ペンが現れる。紙には『私は転生することを承諾します』的なのが書かれていた。他にも色々書かれているが、大体は転生時のオプション的なもの。例えば転生する世界の言葉が最初から話せたり理解できるとか。

 紙を手に取って書かれた文字をざっと読んだあと、机に置いた。


「……これじゃダメですね」


「何がダメなんですか?」


「成功報酬が書かれていません。マナミアはクライアントとして僕に労働の対価を払う義務があります」


「神を相手に義務を説きますか。……いいですわ。もし、アナタが依頼を達成したあかつきにはアナタの望みをなんでも叶えましょう。いかがですか」


 なんとも神様らしい報酬。4人の暗殺に見合う価値、いやそれ以上ありそうだ。まあ、今は特に願いは無いけど、追々考えていけばいいだろう。それにまだ暗殺が成功するとは限らないし。


「申し分ありません」


 羽ペンを手に取ってサインをすると、紙が青い霧状の光に変わり、僕の身体に纏わりついてくる。光を追い払おうとしても煙のように僕の腕を通り抜けてしまう。身体が上へ上へと引っ張られ、宙に浮き始める。

 眼下に僕を見上げるマナミアの姿があった。


「ターゲットは魔王を倒した英雄と呼ばれています。それを頼りにすればいいでしょう。世界の未来はアナタの手に掛かっています。グリム、アナタの働きに期待していますよ」


 マナミアが軽く杖を振ると、僕の身体は光の粒子となって消える。そして同時に意識を失った。

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